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人と自然が紡ぐ、“余白”のある暮らしとコミュニティとは? 「ちっちゃい辻堂」石井光さんが語る100年先の住まい

「100年先の風景を作りたい」──そんな壮大な構想のもと、神奈川県藤沢市に誕生した「ちっちゃい辻堂」。JR辻堂駅から徒歩圏内にありながら、そこには一般的な賃貸住宅とは一線を画す、独特の世界が広がっています。

戸建ての賃貸住宅とアパートが並ぶ敷地内には、自然と調和した暮らしにゆるやかにシフトしていける要素が随所に散りばめられています。

この場所を営むのは、大家であり、地主でもある石井光さん。かつて生態学の研究をしていた経験を持つ石井さんは、人と自然、そして人と人との関係性を大切にした場づくりに取り組んできたのだそう。そんな石井さんが提案するのは、人々が心地よく生きられる「余白」のある暮らし。

では、その「余白」とは一体どういったものなのでしょうか。今回は、「ちっちゃい辻堂」の理念や、そこで実践されている暮らしのあり方を通して見つめた、石井さんならではの視点を伺います。

石井光(いしい・ひかる)
神奈川県藤沢市辻堂出身。「ちっちゃい辻堂」の土地の地主の13代目。2023年に「ちっちゃい辻堂」をオープンし、「久根下」と「出口」(昔の字名で呼び分けている)の2拠点を営む。会員制コミュニティ農園「EdiblePark茅ヶ崎」の運営も行っている。

生態学の知見を活かした、新しい住まいのかたち

まず、「ちっちゃい辻堂」について教えていただけますか?

石井

「ちっちゃい辻堂」は、私が地主として始めた、自然と住まいをゆるやかに繋ぐための暮らしのプロジェクトです。

ここ久根下には築30年の3世帯のメゾネットタイプのアパート、去年新築した戸建て4軒(平屋3軒、2階建て1軒)、に加えて、石井家の母屋と離れがあり、合計9世帯が暮らせるようになっています。小さな村のような賃貸住宅といった感じですね。

石井

特徴は、建物と建物の間に共有の庭や個別の畑があることです。住民の方々には、これらの共有スペースを通じて自然とコミュニケーションが生まれると良いなと思っています。

住戸と住戸の間は、共有スペースと専有スペースがゆるやかにつながっているため、コミュニケーションが生まれやすい

一般的な賃貸住宅とは随分と異なる印象を受けますね。このような形態の住宅を作ろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

石井

そうですね。きっかけはいくつかあるのですが、一つは私自身のバックグラウンドが関係しています。私は大学で、生態学(※)の研究をしていました。その経験から、「人間も自然界の生態系の一部である」という考えを持つようになって。

もう一つは、地主としての責任感。この土地は代々受け継がれてきたものであり、私は地主の13代目です。

単に経済的な価値だけを追求する使い方ではなく、自然や風景、文化も含めて、この地域にとって、そして未来の世代にとっても意味のある使い方をしたいと考えました。

(※)生物同士、生物と環境などの相互作用を理解しようとする学問

生態系や地域など、大きく捉えられているのですね。

石井

現代社会の課題にも目を向けました。今の社会では、人々のつながりが希薄になったことによる孤独死などの問題が多く、また自然との接点も失われつつある。そんななかで、人と人、人と自然がもっと調和して共存できる場所を作れないかと考えたんです。

生態学の研究から、このような住宅プロジェクトへと繋がったのは興味深いです。

生態学の知見は、具体的にどのように活かされているのでしょうか?

石井

たとえば、多様性を重視した仕組み。自然界では、多様な生物が存在することで生態系が安定するように、ここでも多様な人々が無理なく一緒にいられる環境を目指しています。

なので、小さな循環の工夫を取り入れています。畑での野菜作りや食べられる果樹、鶏の飼育など、食の循環を身近に感じられるようにしています。地球に生きる生物の中で、人間だけが循環しない資源の使い方をしていると思うんです。

さらに、井戸や雨水タンク、堆肥場などを設置し、資源を循環させながら、できるところから自立した暮らしができるようになっていて、それぞれの興味によって関われるようにしています。

石井さんが手掘りした井戸

石井

そして、相互作用の重要性も意識しています。生態系では、さまざまな生物が互いに影響を与え合いながら成り立っています。ちっちゃい辻堂でも、住民同士が自然に交流し、互いに良い影響を与え合えるような空間づくりを心がけています。

ちっちゃい辻堂では、「100年先の風景を作りたい」考えていて。

100年先?

石井

はい。いくつか理由があるのですが、まず私たちの生活や社会のあり方を長期的な視点で考えることが重要だと考えたからです。

現代社会は短期的な利益や効率を追求しがちですが、それが必ずしも持続可能ではないと感じています。100年先という自分の死んだ後の世界に想いを馳せることで、今の行動が未来にどのような影響を与えるか、個人の所有の範囲を越えて意識できるようになると思うんです。

たとえば、建物の設計や材料の選択においても、できるだけ自然素材を使い、メンテナンスしながら長く使える設計にしています。短期的には多少コストがかかっても、長い目で見れば環境にも経済的にもメリットがあると考えているからです。

4羽のにわとりを飼育。石井さんだけでなく、入居者も一緒に世話をしている

石井

コミュニティづくりにおいても長期的な視点が重要です。一時的な賑わいを追求するのではなく、世代を超えて継続的に機能するコミュニティのあり方を模索しています。

そのために、多様な年齢層や背景を持つ人々が一緒にいられる場づくりを心がけています。

「当事者」として場をつくる、ということ

石井さんは、コミュニティ農園もされていますね。これらの活動を通じて、大切にされていることはなんでしょうか?

石井

主に4つのことを大切にしています。

1つ目は、「当事者性」。参加者を単なる「利用者」や「消費者」としてではなく、その場を共に作り上げていく「仲間」として捉えています。

たとえば、作業日にすることから収穫物の分配まで、みんなで話し合って決めています。これにより、参加者一人ひとりが農園に対する思い入れと責任感を持つようになります。

石井

2つ目は、「得意なこと、好きなことを持ち寄ること」。農作業一つとっても、得意不得意や好き嫌いがあります。土を耕すのが好きな人、種が好きな人、草刈りが苦にならない人、にわとりが好きな人、焚火が好きな人など。

それぞれの興味や能力を活かせる器が畑を含めた農的なことにはあると思っていて、その方が無理なく続いていくと思います。

なるほど。では、3つ目を教えてください。

石井

3つ目は、「ゆるやかな学びの共有」。2つ目にも通じますが、それぞれの得意なことや学びをゆるやかに他のメンバーさんにも共有されていきます。

これは先生と生徒という固定された一方的な関係性とは異なり、時には教えてもらう立場に、ある時には教える立場にもなり得ます。

約800坪の畑を30家族ほどで共同運営しているコミュニティ農園(提供写真)

石井

4つ目は「1人で抱え込まないこと」。一人で抱え込んで疲弊してしまう前に、仲間を頼ること。一緒にしゃべりながらやっていると、いつの間にか作業が終わっていたり、疲れを感じにくかったり、思わぬアイディアがでたり。みんなでやることで自分だけの限界を超えていけると思うんです。

これは「ちっちゃい辻堂」の運営にも通ずるものがありますね。住民のみなさんに当事者でいてもらうために、意識していることはありますか?

石井

まず、出会い方を大切にしています。入居希望の問い合わせをいただいた方には、ここでの暮らしのイメージを具体的に持っていただけるように、理念や日々の暮らしについて、じっくりとお話する機会を設けています。

この時に、入居者さんと大家さん、お客さんとサービスの提供者としてではなく、お互いに1人の人間として出会いたいなと思っています。その際に、コミュニティだからこそ起こり得る良いことも煩わしいことも含めて伝えています。タイミングが合えば既存の住人さんとも顔合わせができたりもします。

その段階から、関係性の構築は始まっているんですね。

石井

次に、まだこれは少しずつですが、一緒に草刈りをしたり、場のメンテナンスをしたり、どうしたら良くなるかを一緒に考えてやりはじめています。

そうすることで、単に「与えられた」空間ではなく、「自分たちで一緒に作り上げた」と思える空間にしたいと思います。

ただ、高い樹木の手入れにはどうしても危険が伴うこともあるため、職人さんの手を借りることも。ただし、すべてプロの手に任せきりにするのではなく、できる範囲で住民自身も関わることで、より愛着を持ってこの場所を大切にしてもらえると考えています。

完全に外注する、ということはしないんですね。

石井

2週間に1回程度行っている持ち寄りご飯会も重要な機会です。定期的に顔を合わせて一緒にご飯を食べると、関係性が積みあがっていきますし。いろんな方の手料理を食べるのも楽しいです。これからはこのように、ミーティングよりもう少しカジュアルに「ちっちゃい辻堂でこんなことしたい!」というアイディアを出す会もやりたいと考えています。

一緒に時間を共にすると、少しずつ信頼関係が積み上がっていき、強みだけでなく弱さも出しあえる間柄になっていくと思うんです。

コモンスペースには、入居者さん1人1マスの本棚がある。入居者さんとDIYでつくった。

住民の方々の反応はいかがですか?

石井

全体的にとても良好だと感じています。もちろん、はじめはコミュニティのある暮らしへの抵抗や心配は少なからずみなさんあったんじゃないかなと思いますが。

食事会には毎回多くの方が参加してくださり、新しい企画が生まれることもあります。たまに人数が少ない時もありますが、それもそれで良い時間だったりします。

先日は、住民の方から「流しそうめんをやりたい」という提案があり、行ける人で竹を切り出してきて実現しました。こういった自発的な活動が生まれるのは、とてもうれしいですね。

流しそうめん、いいですね……!

石井

入居者の方々の多様性も面白いところです。デザインの仕事をされている方や、日本酒の修行のために東北に旅立った方、会社勤めをしている方など、さまざまな背景を持つ人々がいます。

忙しくて関わりが薄くなる時期もあるでしょうし、そもそもちょっと人見知りな方もいるかもしれません。でも、それも含めて「ちっちゃい辻堂」の多様性だと思っています。

田舎の農村共同体のような、義務や強制ではなく、それぞれのペースで関われる余地を残しているのも重要だと思っています。

(提供写真)

「余白」がもたらす、豊かな暮らし

その「余地」とは、「余白」とも言い換えられる気がします。

石井さんは、「余白」を作るためにどのようなことをしているのでしょうか?

石井

「ちっちゃい辻堂」の共有スペースは、特定の目的のために作られた場所ではありません。住民のみなさんが暮らしを拡張して、そこで自然発生的になにかが起こる可能性のある物理的な「余白」です。

コモンスペースの周りには畑や木がある。「何かが起こる可能性を残す」ため、建物と建物の間は広くとっている。作物を育てるだけでなく、そこで人々が出会い、会話が生まれる「余白」になっている。

石井

時間の「余白」も重要だと考えています。常に何かに追われ、効率を追求する人間中心の時間の流れではなく、ゆったりとした自然の時間の流れのなかでこそ、新しい発見や創造が生まれると思っているんです。

現代社会では「余白」を作ることが難しいと感じている人も多いですよね。

私たちはどのようにして「余白」を作り、維持していけばいいのでしょうか?

石井

たしかに現代社会では、効率や生産性が重視され、「余白」がどんどん削られていってしまいます。だからこそ暮らしの中に「余白」を生む工夫が必要です。

暮らしの中に自然の時間が入り込む余白をつくることが良いかなと思います。庭やちょっとした縁側のようなスペースなど、そういう空間があると、ゆっくりと過ごしたり、自然の移り変わりに気づけたりする機会が生まれるのかなと。自然のなかにいると、人間中心的な時間の流れから解放され、生き物としてのリズムを感じることができます。

 なるほど。時間的な余白についてはいかがでしょうか?

石井

コミュニティだからこそ生み出せる時間の余白があると思っています。

みんなでやると良いことと、逆にみんなでやらないでまとめて1人でやった方が良いことがあると思っています。

たとえば、先ほど話したご飯会では、それぞれが一品もってくればいろんな料理が食べられる。また、ゴミ捨て場まで運ばなければいけない資源ごみがあれば、一人分ではなくまとめてみんなの分を軽トラで持っていけば、時間が少し節約できます。

石井

あと経済的な余白も、すべてを所有するのではなく、共有することで生み出せると思っています。

たとえば、有志の住人さんとテントサウナを共同で購入しました。1人だけで所有していなくてもいいものはあると思います。それは心理的な余白にもつながります。

確かに、一人だけで所有しなくていいのは大きいですね。

石井

また心理的な「余白」を作るには、「完璧を求めすぎない」ことでしょうか。ある程度の「いい加減さ」や「曖昧さ」を許容すること。

すべてを管理し、コントロールしようとすると、かえってストレスが溜まり、創造性が失われてしまいます。むしろ、コントロールし過ぎないことで、自分の想像を超えていくことができると思います。

確かに、「〜するべき」と考えてしまうと、なんだか心が窮屈になる気がします。

石井さんご自身は、日々の生活の中で「余白」をどのように作り出していらっしゃいますか?

石井

私の場合も、ついつい予定を詰め込みすぎてしまうので、定期的に「予定を入れていない時間」を作るようにしています。そのときは、ただベッドでごろごろしたり、読書をしたり、ランニングをしたり、家族と過ごしたりします。どうしても仕事に侵食されてしまうこともありますが(笑)。

あとは、「できること」と「できないこと」を明確にし、いろんな方の力を借りること。以前はなんでも抱え込んでいましたが、それでは疲弊してしまい、長続きしません。

今は、できることは無理のない範囲でやりますが、流れが来ていないことは無理してやらないようにしています。そうすることで、自分の中に「余白」を保つようにしています。

これからの「ちっちゃい辻堂」が描く、100年先の風景

「ちっちゃい辻堂」での生活を通じて、住民の方々の生活や考え方に変化は見られますか?

石井

「自然との関わり方が変わった」という声をよく聞きます。

都市部で暮らしていると、自然と触れ合う機会が少なくなりがちですが、ここでは日常的に植物の成長を見たり、土に触れたりする機会がありますから。

時間の使い方も変わってくるかなと思います。効率を追求するのではなく、ゆっくりと過ごす時間の大切さに気づく人が多いです。たとえば、夕方に庭で過ごすことが日課になったり、休日にのんびりと畑仕事をすることが楽しみになったり。

こうした小さな変化の積み重ねが、結果的に持続可能な暮らし方につながっていくのではないかと期待しています。

環境が変わることで、人の意識も自然と変わっていくんですね。

最後に、これからの「ちっちゃい辻堂」の展望や、石井さんご自身の目標などをお聞かせください。

石井

「ちっちゃい辻堂」は、まだまだ発展途上だと考えていて。まず、この場所をより自立的で持続可能なものにしていきたいと考えています。

たとえば、食の面でも、10%でも20%でも良いので自給自足できている部分を増やしていく。少しでも外部への依存度を下げることで、いざというときになんとかなる手触り感を取り戻していきたいと思っています。

コミュニティに関しても、まだ人数がそこまで多くないので、合意形成などのプロセスがフットワーク軽くできますが、これから人数が増えてくるので、みんなでここをどうやったら良くしていけるかを決めていくしくみを取り入れたいです。

素敵ですね。

石井

また、この「ちっちゃい辻堂」での経験を、他の場所でも活かせるようなモデルにしていきたいと思っています。

もちろん、まったく同じものを別の場所に作るのが良いとも思いません。でも、ここでの取り組みのエッセンスを抽出し、他の地域でも応用できるような「つながりと持続可能性を重視した暮らし方のモデル」を提示できればと考えています。

それが、結果的に人々の幸福度を高め、同時に環境にも優しい社会につながっていくのではないかと信じています。

この「ちっちゃい辻堂」を通じて、「人と自然が調和した豊かな暮らし」のあり方を試行錯誤し続けていきたいと思っています。

石井さん、長時間にわたり貴重なお話をありがとうございました。「ちっちゃい辻堂」の今後の展開がより一層楽しみです。

2024年8月取材

取材・執筆=詩乃
撮影=篠原豪太
編集=桒田萌/ノオト