カームダウン・ルームを社内につくる狙いは? 地方発・人的資本経営の実践者4名が語るオフィスデザイン(三星毛糸・ヘラルボニー・飛騨産業・長谷虎紡績トークイベント)
2023年12月、岐阜県羽島市にある三星毛糸株式会社内にある会員制コワーキングスペース「タキビコ・キャンパス」に、カームダウン・ルームが新設されました。
カームダウン・ルームとは、発達障害や知的障害、認知症などのある人がパニック状態を落ち着けたり、パニックになるのを防いだりするために用意された外部の音や視線を遮断できるスペースのこと。空港などの公共施設で普及が進み、近年ではオフィスでの設置例も増えています。
そんなカームダウン・ルームは具体的にはどんな空間で、企業の中に設置することにはどんな意味を持つのでしょうか? 本プロジェクトに関わった4社代表のトークセッションをレポートしつつ、深掘りします。
誰もが心落ち着ける空間「カームダウン・ルーム」
三星毛糸のカームダウン・ルームの特長は、
・心が落ち着くアート
・暖色系の間接照明
・防音対策を施した静かな環境
の3つ。
三星グループのダイバーシティ&インクルージョン推進の一環として、さまざまな立場の人がリラックスできる空間としてカームダウン・ルームを設置したそう。
アートを通じて人と人とのつながりを生み出し、誰もが安心できる空間を目指しました。
アトツギ×スタートアップそれぞれの人的資本経営
今回、カームダウン・ルームの設置に携わったのは、ヘラルボニー、飛騨産業、長谷虎紡績、そして三星毛糸の4社。各社の経営者が集い、「オフィスデザインから考える『人的資本経営』の未来」をテーマに意見を交わしました。
まずは、それぞれの会社と人的資本経営について伺います。
岩田
松田
へラルボニーでは、障害のあるアーティストさんとライセンス契約を結び、さまざまな商品を展開しています。
ただ、障害のある方を支援するという視点ではありません。「障害=欠落」と連想するのではなく、「違い」や「個性」へと変換させていく活動です。
人的資本経営は、人をコストではなく資産・資本と捉え、人に投資し価値を生みだしていこうという考え方です。
ヘラルボニーで人的資本経営という点で、思いつく取り組みはありますか?
岩田
松田
私たちは、ソーシャルアクションに力を入れています。2023年は、障害のある達の平均賃金の低さを訴える「鳥肌が立つ、確定申告がある。」という交通広告を出しました。
こういったメッセージを伝えていくことは、会社経営においては、スタッフの採用にもつながっていくと考えています。
人材への投資という観点で、ソファを作ってくれた飛騨産業さんはいかがでしょうか? ユニークな人材教育をされていますよね。
岩田
岡田
我々の人的資本経営の最たる取り組みが職人の育成です。これには、ある程度の年月が必要です。
そこで2014年に、先代である父が「飛騨職人学舎」という2年の無償の学校を作りました。また一人当たり1か月8万円の奨学金を支給しております。全寮制で、スマートフォンの禁止などの厳しいルールもありますが、共同生活を通して職人の技術、そして人間性を学んでもらっています。
これまでに、何人くらい卒業されているんですか?
岩田
岡田
10年で45名です。卒業生の半分ほどは会社に残っています。
私たちの尾州でも繊維産業の担い手不足は問題ですが、学校まではなかなか作れないですよね。長谷虎紡績の長谷さん、いかがでしょうか?
岩田
長谷
とても長期的な目線ですね。短期的な収支だけを考えるとやらない方がいいけれど、世代を超えている発想がとてもいいなと思います。
松田
跡継ぎの経営者さんと話していると、次の世代や将来どうするかという未来の視点がありますよね。ここに、100年企業とスタートアップの時間軸の違いを感じます。
スタートアップといえば、長谷虎紡績でもスタートアップ投資に力を入れていますよね。
岩田
長谷
はい。長谷虎紡績は三星毛糸さんと同じ1887年に創業され、私が5代目です。カーペットや衣料などの繊維素材を作る事業をしていますが、大変厳しい業界です。
日本にある紡績会社の数は1960年代がピーク。当時は1200万錘あった紡績設備の98%以上が価格競争という波に飲まれ淘汰されました。そして、その事業は全て海外へ流れて行ったんです。
長谷
競い合いの結果、日本の多くの紡績産業が危機にさらされています。
一方で、ものづくりのどこに視点を置くのかという考え方もある。いろいろな素材から糸にできるという私たちの技術力にはまだまだ価値があります。
私たちの会社は一社だけで生き残ってきたわけではなく、時代の変化の中で、今でいうベンチャー企業と連携しお互いに生き残ってきたんですよ。
最近になってはじめたわけではないんですね。
岩田
長谷
事例として、ちょうど60年前の1963年、ダスキンという会社から「雑巾をレンタルする事業をやりたいので、強い糸を作ってほしい」という相談があったそうです。
創業者の方が何十社も断られた末に、大阪から岐阜までやってきた。当時社長だった私の祖父が「世の中のためになりたい」という情熱に感化されて、じゃあ一緒にやろう、と。
人的資本経営とは、人のご縁や人の想いを大切にすることなのかな、と思います。
想いは大切ですよね。短期的な数字には影響しないかもしれないけれど、中長期的には絶対に効いてくる。
岩田
長谷
私は2019年12月に社長になったのですが、直後のコロナ禍で大打撃を受けまして……。
そんな3年前にヘラルボニーさんと出会いました。お話をする中で、僕らのものづくりとの掛け合わせによって新しい価値が見出せるんじゃないか、と感じて。
長谷
私たちの会社は長い歴史がある中で、組織も社員も閉塞感があった。ヘラルボニーのような企業と連携すれば、私も含めて学びがあるし、会社を本当に変えていけるのでは、と。
一緒に何かやりたいと思ってスタートして、いろいろなプロダクトを一緒に作れていることがすごく幸せです。
松田
ありがとうございます。長谷さんは私たちの会社がある岩手まで来てくれて、作家さんに会って直接カーペットを届けてくれたんですよ。
長谷
僕たちは、あくまでも作家さんのデザインを使わせていただいている立場。だからポリシーとして、一緒にものづくりをした作家さんには必ず商品をお届けしようと思っています。
今度は、作家さんとご家族がうちのカーペット工場に来てくださることになりました。作家さんだけでなくご家族にとっても作品は大切な財産なんですよね。
こういうつながりから、想いや心が伝わりますよね。そして、製品を使う人たちにも想いが伝わっていく。
松田
しかも、長谷虎紡績の社員さんも一緒に岩手まで来てくださったんですよね。出張費が増えても、社員の方にとっての出会いが今後につながっていくという経営者としての視座の高さに感動しました。
長谷
現実には、厳しい意見も一部あります。自分と相反する意見を全部否定したら何も生まれないので、貴重な意見として受け止めています。
イベント参加者の方からも、「オフィス改装も否定的な意見はなかったですか?」という事前質問がありました。
今回、社内にタキビコ・キャンパスとカームダウン・ルームを作ったことで、目に見えて社員の表情が明るくなりましたね。広々とスペースが使えるし、ランチを食べるだけでもいい気分になる。これが「心理的安全性が確保された環境」だと、ようやく伝わりました。
岩田
もう一つ、タキビコ・キャンパスは一社のためだけではなく、共創パートナーの皆さんと使っています。
そのため、パートナー企業の方にはコミュニティ運営の資金を出してもらい、その一部はハード設備にも使わせていただいています。社会にひらくことで、自分たちへもいい循環を生みたいですね。
岩田
オフィスデザインで人的資本経営はどう変わるのか?
せっかくなので、デザインも人的資本経営にプラスになるという点についても話していきたいです。
岩田
長谷
デザインと聞いて思い浮かべるのが、やはり柄や色など形になっているデザインではないでしょうか。でも、私たちは素材も重要なデザインの要素だと捉えています。
たとえば、手足を動かせない知人の子どもに僕らの作った素材を使った靴下をプレゼントしたら、「あたたかくて指が動くよ」と、とても喜んでいたそうです。僕らの作る素材は人を幸せにできるデザインなのだと、感じました。
尾州地域にはいろんな素材があるので、生活しやすいデザインも作っていけるのではないのかと感じています。
岡田
飛騨産業は地元の福祉施設と製品開発を行いました。施設利用者さまのひとりが陶器を焼くことが得意だったため、陶器のアロマディフューザーとして、美しさのほか量産ができるかたちにもこだわりました。
ただ、形を考えるのがデザインなのではなく、誰がどんな能力をつかって何をつくるのか、どうユーザーに喜んでいただくのかまでのプロセスを考えるのが、本来のデザインではないかと思います。長谷さんがおっしゃるように、どの素材をつかうかもデザインの重要な要素ですよね。
松田
私としては、言葉もデザインの大切な要素だと考えています。
へラルボニーのミッションは「異彩を、放て。」です。障害のある方たちの特性やこだわりを発露させていきたいですね。
言葉は人を傷つける道具にもなりますが、人の視点や捉え方を大幅に変えて、社会を作っていくと考えています。そういう社会変革を生み出す存在でありたいです。
へラルボニーで、ダイバーシティインクルージョンや、働きやすさ、心理的安全性などで気を配っていることはありますか?
岩田
松田
へラルボニーには耳が聞こえない社員がおり、定期的に手話通訳者の方に会議へ同席してもらっています。
1人のためにリソースを割くのは、会社としてマイナスだと捉えてしまうこともあるかもしれない。でも、長期的には気づきもあり、多様な人が混じり合うことが強さに変わる。それが企業価値にもなればいいな、と思っているところです。
私は若い頃に個性的な人が集まる会社にいたので、自分の会社もそうでありたいですし、変化の多い時代はその方が強いと思っています。
LGBTQについても会社の就業規則も変えて平等にしているんですが、別にカミングアウトしてほしいというわけではなくて。日頃から、環境を作っておくことが大事ですよね。
岩田
オフィスの中にカームダウン・ルームがないと困る……というわけではありません。でも、必要だと言い出せない人に向けて、「我々はあなたのことを応援していますよ」というメッセージが伝わるかなと思っています。
岩田
オフィスからどんなリターンを期待している?
イベント最後には、会場からの登壇者へ質問をする時間も設けられました。
WORK MILLの山田です。
かつてオフィスは企業にとって「経費」として捉えられる対象でしたが、いまは「投資」として捉えられるようになってきています。環境を整える上で、経営者としてどのようなリターンを期待しますか?
山田
長谷
リターンを売上やもので測るのは難しいのですが、私はモチベーションにつながればと考えています。
それは中長期的に見て? それとも短期的ですか?
岩田
長谷
どちらかというと短期的に、ですね。僕らはものづくりの会社なので、B品(※品質条件をクリアしていない製品)のカーペットの上で仕事をしてもらいたくなくて。社長になったときにオフィスのリニューアルに踏み切りました。
岡田
飛騨産業は空間づくりの会社ですが、自社のオフィス環境はまだまだ改善の余地がありますね。自由な空気の中で、心理的安全性のある対話ができることを期待します。
松田
ヘラルボニーでは、アート作品を直接見てもらえるギャラリーを併設しています。社員のモチベーションにもつながりますし、外に開いていくことも大切。問いを与える場にもなっていると思います。
クロストークのあとは登壇者と参加者を交え、敷地内の庭「タキビコガーデン」で焚き火を囲みながらの交流会が開かれました。
自然と外に開かれていて、登壇者と参加者が混じり合いながらリラックスして過ごせる時間に。建物外にはなりますが、これも一種のオフィススペースであり、自然という素材を生かしたデザインではないでしょうか。
イベントの最後まで、空間の持つ力に魅せられる時間となりました。
2023年12月取材
取材・執筆=イトウユキコ
撮影=かとうなをこ
編集=鬼頭佳代/ノオト