映画研究者の伊藤弘了さんに聞く、ビジネスパーソンがチームワークへのヒントを得られる「映画の名作」5選
上司や部下、はたまたプロジェクトチーム内のメンバーなど、働く場にはさまざまな人間関係が生じます。周囲の人々と良い関係性を築きながら、より良い仕事をしていきたい。
そのヒントは、実は映画の中にも隠れています。映画を観たときに、「これ、今の自分の状況にそっくりだな」「ヒントになりそう」と思った経験がある人も多いのでは。
今回は、『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)などの著書のある映画研究者・伊藤弘了さんにインタビュー。「オフィスワーカーが人間関係やチームワークについて考えたい時、ヒントになる映画」を5本ピックアップしてもらいました。
―伊藤弘了(いとう・ひろのり)
映画研究者、批評家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。関西大学、同志社大学、甲南大学で非常勤講師を務めるかたわら、雑誌やWeb媒体で映画に関する文章を発表している。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。
「プロジェクト達成映画」の代表作『オーシャンズ11』
今回は、伊藤さんにおすすめの映画を5本教えていただき、事前に観てきました。どんな作品なのかを紹介しつつ、伊藤さんの感じた注目ポイントを深堀りしたいと思います。
まずは『オーシャンズ11』。エンタメのイメージが強いので、「お仕事映画」として選ばれたのは意外でした。
WORK MILL
伊藤
11人の犯罪のプロが集まり、壮大な強盗計画を企て、実行していく物語です。強盗は犯罪なので、もちろんそれ自体は褒められた仕事ではありません。
しかし、「仲間が集まり、プロジェクトの達成に向けて一丸となって取り組む」という面では、一般的な仕事と重なる部分も多いと思います。
確かに、プロジェクトの達成に向けてチームメンバーががんばる話ですね。
中心人物のダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)が割と私怨で動いているため、参謀役のラスティ・ライアン(ブラット・ピット)の役割が大事だと感じました。
WORK MILL
伊藤
力強いリーダーと、それを冷めた視点で支えてチームをまとめる参謀・副官の役割の大事さがわかる作品でもあります。参謀役に限らず、それぞれが専門性を生かしたプロの仕事をするかっこよさも表現されていますね。
この映画のように、思う存分力を発揮できるプロジェクトに関わるチャンスをつかむのも能力の一つかな、と思いますね。
『オーシャンズ11』は、その後に続編として『12』と『13』があり、さらにダニーの妹が主人公の『8』と、シリーズ化されていますね。
WORK MILL
伊藤
それらの中だと、個人的には『8』がおすすめです。他の作品からは独立しているため、この作品から観るのもアリです。
ストーリー的にも一番まとまっていますし、仲間集めや最後の一捻りも洗練されていて、カタルシスのある作品に仕上がっていると思います。
『オーシャンズ11』
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演:ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツ、マット・デーモン、アンディ・ガルシア、スコット・カーン、ドン・チードル、エリオット・グールド、エディ・ジェーミソン、ケイシー・アフレック、シャオボー・チン、カール・ライナー、バーニー・マックなど
2001年製作/116分
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お仕事映画としても見どころ満載! 『七人の侍』
続いては『七人の侍』。こちらも「仲間を集めて大きなプロジェクトを達成するために行動する」というタイプの映画ですね。
WORK MILL
伊藤
そうですね。戦国時代、野武士の襲撃に怯える百姓のために7人の侍が集まり、農村で戦略を練りながら最終的に野武士を撃退する。同様のストーリーの型は、その後、多くの作品で繰り返し採用されました。
一方で、この作品の特徴は侍の仲間集めのプロセスだけで、一本の映画ができるくらい時間を割いていること。
登場人物でいえば、物語の中心人物である勘兵衛(志村喬)の強さに惹かれて勝手についてくる、菊千代(三船敏郎)がもっとも興味深い存在です。一見するとよくわからない、めちゃくちゃなキャラクター。
でも、彼の存在が、身分の違う百姓と侍の仲立ちになっていく。異なる領域の人々を結びつける役割を果たしています。
組織で仕事をする際、癖のある人と出会うこともあると思います。でも、そういった人を単に排除するのではなく、あえて引っ掻き回させることで、事態が前に進むこともある。菊千代をそんな一例として捉えると、見え方が変わってくるかもしれません。
仲間が集まった後、決戦の準備がしっかりと描写されている点も印象的です。
WORK MILL
伊藤
実戦に移る前の根回しや事前準備、目的意識の共有の大事さを教えてくれますよね。これもこの作品の特徴です。
7人の侍はあくまでチームの中核で、彼らに依頼している百姓もその周りで働いています。周辺の人たちにも準備の過程で当事者意識を持たせ、一緒にプロジェクトを進めていく。人々をいかに巻き込んでいくのかに注目するのも面白いと思います。
『七人の侍』
監督:黒澤明
出演:三船敏郎、志村喬、木村功、加東大介、藤原釜足、津島恵子、島崎雪子、稲葉義男、千秋実、宮口精二など
1954年製作/207分
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働く人なら感情移入必至の良作『ハケンアニメ!』
3本目は『ハケンアニメ!』。2つのチームによる対抗戦、それぞれのリーダーの奮闘が描かれている作品ですね。
WORK MILL
伊藤
『ハケンアニメ!』は、春アニメの「覇権」をめぐって、2つのアニメ製作チームが視聴率を競い合う物語です。
どちらのチームも監督が問題を抱えていて、それをどう乗り越えていくか、そして最終的にアニメという成果物にどう結実させるかがしっかりと描かれています。
片方の製作チームを率いる斎藤瞳(吉岡里帆)は新人監督で、プロデューサーから無理難題を吹っ掛けられまくるというキャラクターでした。
WORK MILL
伊藤
監督しているアニメの視聴率が伸び悩んでいて、スタッフとの関係もうまくいっていない。そんなどん底の状態から彼女がどうやって這い上がるかが物語の一つの焦点です。
問題を乗り越えていくたびに少しずつアニメの視聴率が良くなっていく辺りはフィクション的でしたが、最終的に「チームワークの勝利」という形で優れたアニメの完成に至ります。
この過程は、「大きな成果物は一人で作ることができない」ということを効果的に説明しています。そして、競争相手である王子監督(中村倫也)も、チームの力をどう引き出していいアニメを作るのかという点について同じ問題を抱えています。
2人の監督だけではなく、さまざまな立場のスタッフの姿も印象的でした。
WORK MILL
伊藤
それぞれのチームのプロデューサーを筆頭に、縁の下の力持ちポジションで作品を支える人たちが、絶対に必要であることも描いていましたね。その人たちも、それぞれの立場でものすごく努力している。
でも、そこまでやっても作品を見てもらえるとは限らない。人に作品を届ける難しさ、その壁の高さも表現しています。見た人それぞれに実感を持って感じられる場面があると思いますし、立場に関係なく、真剣に仕事に打ち込むすべての人をエンパワーメントしてくれる作品です。
『ハケンアニメ!』
監督:吉野耕平
原作:辻村深月
出演:吉岡里帆、中村倫也、柄本佑、尾野真千子など
2022年製作/128分
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『アメリカの夜』が描く、リアルな撤退戦
4本目が、1973年公開のフランス映画『映画に愛をこめて アメリカの夜』です。
WORK MILL
伊藤
「映画作りを描いた映画」の代表作ですね。その意味では『ハケンアニメ!』と似ている部分もあります。ただ、こちらは終始、撤退戦の様相を呈しているというか……。「傑作を撮りあげる!」というよりは「なんとかちゃんと完成させないと!」の方に力点を置いた物語です。
こういう切羽詰まった状況は仕事においてありがちですし、いろんな方に共感してもらえるのではと思っています。
『アメリカの夜』も中心人物は監督。しかし、他の登場人物のキャラクターもすごく立っていて、完全な主人公というわけでもない。
自分が前面には出ないものの、いろいろなトラブルを調停して仕事を進めていくという、調整型のリーダー像の例ですね。
猫がミルクを舐める演技をしてくれなくて悪戦苦闘するといった微笑ましいトラブルに始まり、スタッフ同士の色恋沙汰がもつれて撮影に支障をきたしたり、ついには出演俳優が当然亡くなってしまったりと、見方によっては、ひたすら振り回されているだけでもあるんですが……。
とにかく、トラブルが次々に発生するんですよね……。
WORK
MILL
伊藤
『ハケンアニメ!』は、100点を上回る120点の作品を作ろうとする話でした。
しかし、実際の仕事現場では『アメリカの夜』のように、最初は100点を目指していたのに続々とトラブルが襲いかかってきて、最後は「60点、70点の出来でいいからとにかく完成させろ!」となりがちですよね。
現場はめちゃくちゃになっているけど、「でも、まだなんとかなる! やれることがあるはず」と全力を尽くす。妥協はするけれども、決して破れかぶれになって投げ出しはしない。そんな監督の姿は、ビジネスパーソンのみなさんに勇気を与えてくれると思います。
組織として動いているプロジェクトだと、必ずしも自分の理想がすべて実現できるわけではありません。でも、そこで諦めてしまうのではなく、できる範囲でいいものにしたいですよね。
ネタバレになっちゃうので、気になる方には読み飛ばしてほしいのですが……。
ラストでは、映画はなんとか完成するのでしょうか?
WORK
MILL
伊藤
はい、映画は無事に完成します。撮影終了後にスタッフの一人がインタビューを受ける場面があって、「作っている我々が楽しんでいるんだから、みなさんも楽しめるはずだ」と言うんですよ。
もちろん仕事は大変なものですが、根本にある「好き」や「楽しい」の気持ちさえあれば、それが最後のところで支えになる。
たとえめちゃくちゃしんどい撤退戦であっても、楽しむ気持ちが少しでも残っていればなんとかなるし、その「好き」や「楽しい」の気持ちは成果物のクオリティに影響を与える。そんな真理をついたセリフだと思います。
『映画に愛をこめて アメリカの夜』
監督:フランソワ:トリュフォー
出演:フランソワ・トリュフォー、ジャン=ピエール・レオ、ジャクリーン・ビセット、ヴァレンティナ・コルテーゼ、ジャン=ピエール・オーモン、アレクサンドラ・スチュワルトなど
1973年製作/115分
U-NEXTでデジタル配信中
特に若手社員にオススメな『アキラとあきら』
5本目は、『アキラとあきら』です。銀行を舞台にした、直球のお仕事映画ですね。原作小説は池井戸潤さんが書かれています。
WORK
MILL
伊藤
主人公は、大手都市銀行に同期入社した二人組。一方は父親の町工場が倒産して苦学の末に銀行に入った「山崎瑛<アキラ>」、もう一方は名門家庭の御曹司の「階堂彬<あきら>」。
生い立ちも価値観も正反対な二人が、とあるプロジェクトで一緒に仕事をすることになって、お互いの相反する要素を力に変えていくストーリーですね。
映画の序盤で、「アキラ」(竹内涼真)はバンカー(銀行員)としてはアウトな方法で担当先のトラブルに介入して、左遷されてしまいます。
その後、地方で成長を遂げたアキラは、東京に戻ってきます。そして、「あきら」(横浜流星)のトラブルに介入することになり、その過程で自分を左遷させた上司と再び対峙することに。ここで彼が上司とどう向き合い、今度はどうやって乗り越えるのかは、特に若手のビジネスパーソンの興味を惹くポイントだと思います。
仕事をする上で、上司との関係性は切っても切れませんからね。
WORK
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伊藤
「アキラ」と「あきら」のように若い方なら、仕事に関してやりたいことやアイデアをたくさんお持ちだと思います。ただ、自分の職場やチームでそれを実現しようと思ったら、まずは同じチームの上司の許可や共感を得ないと話が進まない。それができなければ却下されてしまうでしょう。
そこでどう説得するのか、どうすれば自分と異なる価値観を持つ上司を動かすことができるのか。このシーンは映画の大きな見どころだと思います。
どんなに数字や論理を積み上げてもダメだった相手の気持ちを、最後の最後で動かすのは結局その人の思いの強さだったりするんですよね。情熱や理想を持った若いビジネスパーソンが観ると面白い作品です。
『アキラとあきら』
監督:三木孝浩
原作:池井戸潤
出演:竹内涼真、横浜流星など
2022年製作/128分
『アキラとあきら』Blu-ray&DVD発売中
発売・販売元:東宝
Amazon Prime Video、U-NEXTなどでデジタル配信中
ⓒ2022「アキラとあきら」製作委員会
映画で、楽しみながら仕事へのフィードバックを!
5本の映画について解説していただきましたが、仕事への学びがある映画を探すコツはありますか?
WORK
MILL
伊藤
映画って、基本的には「勉強するぞ!」と思って観るものではなくて、楽しむために観るものだと思います。
なので、どの映画でもまずは楽しむことを優先する。同時に仕事に関するアンテナを張っておくと、「全然関係ないように見えるけど、実はこれって自分の仕事にも当てはまるんじゃないか」といった気づきにつながることがある。
「学べる映画」をあえて探すよりも、普段から「ここから何か学べることはないかな?」と意識しているかどうか、ということでしょうか。
WORK
MILL
伊藤
そうですね。たとえば、インターネットで「お仕事映画」と検索すれば、いろんなタイトルが出てきます。ただ、そういうリストは似たり寄ったりになりがちですし、拾われていない作品もたくさんあります。
だから、普段から映画を観るときに、自分の中で「仕事」をちょっと意識しておく。そうすると、検索には引っかからないような映画の些細なエピソードに、何かしら自分の仕事と関係するポイントが見つかるかもしれません。
「映画の中に、勉強になることもあるかも」という意識があると、細かい描写に気付きやすくなって、映画鑑賞の質自体が高まります。オススメの鑑賞法です。
あくまで映画を楽しむことが一番で、「学びがあればいいな」と考えておくと、自然とインプットされるものがあるかもしれないですね。本日は、ありがとうございました!
WORK
MILL
2022年12月取材
取材・執筆:しげる
編集:桒田萌(ノオト)