働き方研究者がおすすめするビジネス書 ― 心理的安全性を高める企業風土
はじめに
「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。
働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで考えるべきテーマをもとに、参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。
今回のテーマ : 「心理的安全性を高める企業風土」に関する書籍
おすすめ図書①
『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』
著 エイミー・C・エドモンドソン
発行 英治出版 2021年2月
この本のおすすめポイント
豊富な事例解説と考え方、そして「心理的安全性」の構築まで
- 人はどのように潜在意識から影響を受け行動を起こし判断を下すのか解説しています。
- 事例が豊富で分かり易い論理展開ですが理論だけに終わらない説明です。
- 実践における具体的な注意点、コミュニケーションの取り方を示してくれます。
- 失敗の典型的な例から賢い失敗、複雑な失敗、回避可能な失敗と詳細に分析します。
- リーダーが気おつけるべき心理的安全性の注意点を提示します。
本書では、知識労働が真価を発揮する為には「フィアレス(不安も恐れもない)かつ対人関係の不安を最小限に抑え、チームのパフォーマンスを最大にできる組織」、すなわち「心理的安全性のある組織」が必要だと説明しています。企業風土として「みんなが気兼ねなく意見を述べる事が出来、自分らしくいられる文化」が大切なのです。
心理的安全性を考える前提として、組織がもつ「四つの不安」を「七つの意識調査項目」に分類し取り上げています。職場で課題に対して発言するか黙っているか判断する時のワーカーの意識や「黙っている時の沈黙のルール」についても指摘し率直な発言が果たす重要な役割も述べています。
また企業事例の中では「飛行機事故」、「映画製作現場」、「医療機関」などにおける人命にかかわる事例において「発言と沈黙の非対称性」を説明し人間の意識がどう働くかを見せてくれます。エドモンドソン教授は「心理的安全性」を通して人間の弱さを見つめ直し、弱さに打ち勝つための本質的な努力を「組織改革」に向けるべきこととして示してくれます。
『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』の読後感は?
本書では、チームやグループのリーダーが組織運営をするときに意識すべき具体的な注意点が取り上げられています。重要なのは失敗しても次のチャンスがやってくるといった組織風土が基本にあることでした。他に、明瞭かつ率直なコミュニケーションが図れる人間関係や信頼感のある職場環境の必要性も、
そうした心理的に安全な職場環境を作り上げるにはリーダーの積極的な関与が不可欠です。一般社会では失敗につながる要素は嫌われ、失敗した時の責任追及は実質的にも心理的にも厳しいものです。人は結果を恐れる必要のない無難な方法を選びがちです。本書で取り上げられた事例では「命」にかかわる状況や、最悪の結果につながるリスクが高いとき、人間関係で生じるストレスや恐れは必ずしも避ければ良いというものではなく、それらに打ち勝つ強い精神力が必要だと説明しています。
おすすめ図書②
『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』
著 シェリル・サンドバーグ
発行 日本経済新聞出版社 2018年10月1年2月
この本のおすすめポイント
女性の働き方・出産・育児・評価・待遇について
- 女性が仕事と出産・子育てをどう両立するかを解説する
- アメリカでは出産後の職場復帰はどうでしょう、日米比較で解説
- 日本の女性と男性の仕事分担(仕事・育児と家事の比率)を検証
- 女性と男性の職場での評価のされ方を比較している
- 米国や日本の女性の大学進学率と、社会での活躍の対比が面白い
本書は、女性に「一歩踏み出せ」とエールを送り、社会的に高い地位に着くことを勧めています。同時に男性には家庭生活の責任をはたし、子育てに積極的になろうと声援を送っています。
本書発行当時の、女性としての仕事への取組み方、結婚や出産、子育てなど日常の出来事と生活への対処の仕方を、自身の仕事と家族との奮闘記を交えて楽しく解説。女性が社会において自立していく難しさも説明しています。シェリル・サンドバーグ氏は、ビジネスの先端を走り続けてきましたが、女性がビジネス界を走り続ける難しさを、女性のおかれた立場と女性自身の意識の持ち方などいろんな角度から説明しています。
女性の仕事に対する意識は、ビジネス界では世界中、歴史的にも共通で男性より劣るといった偏見が有るようです。「仕事ができる女性」は「女性だから」と甘く見られてしまい、「仕事ができない女性」は「やっぱりね」と厳しく批判され、周りの女性からは特に子育てと仕事の両面から厳しくみられ「仕事は出来る」けど「子育てはダメ」と批判されてしまいます。
特に出産、子育てといった面ではどうしても女性に負担がかかるのは世界共通です。そうした厳しい環境の中で、男性と女性では行動も違うし、その行動がどう見られどう評価されるかという違いもあります。
本文の中では女性の一般的な出産、子育ての苦労が多く語られています。それ以外にも華やかに見えるグーグルの役員やフェイスブックTOPの厳しい「働き方の現状」が語られ、女性が「心理的安全性」を維持しながら働く環境の構築方法も教えてくれます。
『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』の読後感は?
本書には、世の女性たちが直面している仕事の悩みと、出産や子育ての問題が具体的に載っています。世界中の歴史において女性に対する偏見や先入観が数多く提示され、男性や女性自身さえもいまだに惑わされている現実について詳しく解説しています。
女性は出産という生命活動によって生き方に制約を受けます。しかし、世の中には必ずしもそうした枠にとらわれない女性たちも多く存在しています。シェリル・サンドバーグ氏はそうした女性としての宿命と果敢に戦って、自身の求める人生を勝ち取ってきました。必ずしもそのような生き方が全てとはシェリル氏も言っていませんが、そうした生き方を望む女性も多く存在するという事です。
そうした自分に合った環境は、心理的安全性のある社会環境として与えられるものではなく、勝ち取って作り上げていかないといけないと力強く世界中の女性に語り掛けています。
おわりに
今回の「心理的安全性」は、「従業員が不安を覚える事なくアイデアを提供し、情報を共有し、ミスを報告する企業風土」を指しています。「LEAN IN」の著者シェリル氏は女性が感じる仕事における不安感とその原因を具体的に解説しながら、いかにしたらその不安を解消できるか解決方法を提示して見せてくれました。エイミー・C・エドモンドソン氏は、さらにさまざまな業種における課題を提示し「恐れのない組織」とはどんな組織であるか具体的な企業事例を取り上げ、それぞれの業務活動の中で“心理的安全性を高める具体的な取り組み”を数多く紹介しています。
今回の執筆者は二冊とも女性ですが、性別問わず企業組織の中でいろいろなプレッシャーにさらされている人たちに対して今までになかった課題解決を提示しています。共通することは、まず変えていくのは、企業風土(企業文化)ということ。女性特有の視点を生かし身近な自分のいる企業風土から変えていくべきで、透明性がありお互いの失敗を認めあえる企業文化が重要であるとまとめています。
著者プロフィール
ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。
2021年11月2日更新
テキスト:田尾悦夫(オカムラ)
イラスト:前田豆コ