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植物と人間の関係性から考える、いいオフィス空間とは ー 園芸学研究家 鎌田美希子

職場に緑、足りていますか?

オフィス空間に植物を置くと、ストレス軽減や集中力増進といった効果が生まれることが、研究によって徐々にわかってきています。

プランツディレクターの鎌田美希子さんは、まさにそういった「オフィス緑化と人間の関係」についての研究を進める一人。千葉大学大学院園芸学研究科の博士課程に在籍し、緑化が人に与える影響を研究するかたわら、アート、プロダクト開発、オフィスデザインなどさまざまな面から「植物と人との距離を近づける」ための活動を行なっています。

オフィスという場で、植物と人間はどう共存できるのでしょうか。そして、植物と人間、双方にとって理想的なオフィスとはどのような空間なのでしょうか。

研究と現場、両方の視点からオフィス緑化のアプローチを進める鎌田さんにうかがいました。

「植物を単なる“モノ”として扱いたくない」

WORK MILL:鎌田さんがプランツディレクターとして「植物と人間の関係」をテーマにお仕事を始めたきっかけを教えてください。

鎌田美希子さん(以下、鎌田):子どもの頃から植物が大好きで、ずっと植物に関わっていたくて大学でも農学を専攻しました。ただ、卒業したあと、少し植物から離れた時期があったんです。

その頃は東京にある医療機器メーカーで働いていて。毎日朝から晩までグレー一色のオフィスにこもりきりで、外に行くこともほとんどない生活を送っていました。大自然に触れたいのにそれも叶わない。そんな環境で心を病みそうになってしまったんです。それをきっかけに自分でオフィスの環境を変えていきたいと思うようになりました。

ー鎌田美希子(かまた・みきこ)
ロッカクケイLLC.代表。 園芸学研究家(博士課程在籍中)
大学で植物の研究をしたのち、外資系医療機器メーカーを経てプランツディレクターとして独立。オフィスや店舗、個人宅といった空間の緑化に関する活動を行ないながら、現在は千葉大学大学院で空間の緑化が人に与える効果の研究を進めている。多肉植物のリアルな姿を再現したクッション「たにくっしょん®」(2015年発売)は、新しい室内緑化ツールとしてさまざまなメディアに取り上げられるなど話題に。

WORK MILL:その想いが「オフィス緑化」につながったんですね。

鎌田:とにかく「人と植物の距離をもっと近づけたい」と思ったんです。オフィスや店舗の緑化をはじめ、プランツディレクターとしての活動内容はいろいろありますが、ベースにあるのはその気持ちですね。

WORK MILL:プランツディレクターとして活動しながら、大学院への進学を決めたのはどうしてですか?

鎌田:以前ある企業の方に「植物をオフィスに置いてどんな効果があるのかを実験したい」と相談したら、「植物にお金をかけるくらいならいいオフィスチェアを買いたい」と言われてしまったことがあったんです。私は昔から植物が好きで、みんなも同じように花や草木を好きだと思っていたんですけど、他の人にとっては植物ってモノと変わらないんだなと痛感して。

ただ、そういった考えに対して私が説得力のある意見を持つためには、やっぱりエビデンスが必要なんです。植物と関係を築くことにどんな意味があるのかをアカデミックな視点で発信できる人間になりたくて、大学院で研究することを決めました。

WORK MILL:実務とアカデミック、両方の視点がないと不十分ということでしょうか。

鎌田:私がオフィスのデザインや施工をして、植物を増やし、良い空間を作っていくという方法ももちろんありますが、植物を増やすことが人間にどんないい影響を与えるかをもっと上流の部分から示したいと思ったんです。

感性的には、みんななんとなく植物は好きですよね。「あるといいよね」っていう感じはみんな持っている。でも、企業は感性では動きません。企業の人を巻き込んで一緒に動いていくためには、やっぱりロジックをベースにした研究が必要なんです。

植物の力が、都市で生きる人の心を豊かにする

WORK MILL:植物が人間の心身にいい影響を与えるというのは、どのような研究で示されているのでしょうか。

鎌田:私の研究分野は、1980年代に始まった比較的新しい分野で、植物の効果を人の心理や生理の変化等から研究しています。この分野の出発点となっている研究は、アメリカで入院患者を対象に行われた研究です。同じ病で入院している患者のうち、樹木が見える病室にいる患者の方が、壁しか見えない病室にいる患者よりも手術後の回復率が良いことが明らかになりました。これを元に、植物との関わりを通じて、心身の健康を促す「園芸療法」という分野が確立しています。

また、日本では、林野庁が提唱した「森林浴」に基づき、森の中を歩くことで実際にストレスホルモンの低下や免疫の向上等の効果が明らかとなり、科学的エビデンスを持った「森林セラピー」の研究に発展しました。現在は科学的に効果があることが評価された認定森林セラビーロードが整備されています。

WORK MILL:植物のリラックス効果は、30年近く前から証明されているんですね。

鎌田:私が研究しているテーマはそこからの派生系というか……森林の中での効果はもう十分にわかっているので、それをオフィスや都市などの空間でどう取り入れるか、ということですね。

国連によると2050年には、日本の人口の7割が都市に住むようになると言われています。植物や土がなく、ゆとりのない環境の中で、植物の力を借りてどうやって人々の心を豊かにしていくか。働く人が、人生の多くの時間を過ごすオフィスという環境を、どのようにしたらもっと楽しく、創造性を発揮して仕事に取り組めるのか。そんな研究を進めています。

WORK MILL:オフィスでの植物の効果というのは、具体的にどうやって測るのでしょうか。

鎌田:私の所属する研究室では、ストレスホルモンの測定や、「気分プロフィール検査※」という国際的に共通で使用されている心理テストや、「ビジュアルアナログスケール(VAS)」という視覚アナログ尺度、質問紙などを用いて研究しています。

実際のオフィスと、そこで働いている人たちに被験者になってもらい、植物を置く前と置いた後で様々な指標がどのように変化するかのデータを取っています。例えば、感情状態がどう変化しているかは心理テストの結果を点数化できますし、主観的に仕事への集中力や職場満足度や職場のコミュニケーションはどう変化したかも数値化できます。それらを統計的に処理して、最終的に有意差の有無を見ています。

WORK MILL:そういった調査の結果、どのようなデータが出ているんですか?

鎌田:研究指標の特性上、「ストレスが◯%減ります」といった分かりやすくてセンセーショナルな数値を出すことが難しいのですが、オフィスに植物を取り入れることで、ストレスホルモンの低下や血圧の改善など生理的指標に有効であることや、抑うつ・落ち込みなどネガティブな感情を改善することが分かっています。

人間も自然の一部だということを忘れちゃいけない

WORK MILL:植物が人間に与える効果についてうかがってきましたが、その他の点で、植物に目を向ける必要性についてどのようにお考えですか? 人間が植物から学べることというか……。

鎌田:学べることは……そうですね、まず植物ってたくましいですよね。長期的な視点にはなりますが、戦略的に自分自身や周りの生き物たちとの関係性を作り変えていく力がすごいなと思います。

WORK MILL:「戦略的に自分を作り変える」とは?

鎌田:たとえば、ダイズは自分にとって有益な微生物を根っこに住まわせて共存関係を作っているとか、竹は地下茎で繋がっていて、光や水が足りない個体にエネルギーを分け合って集団で一緒に成長しているとか……。生き延びるためにいろんなことをしているんです。

長い歴史の中でトライ&エラーを繰り返しているので、人間がすぐに真似するのは難しいかもしれません。ただ、自分に環境を変える力がなくても、考え方や視点を変えることで生きる道を見出せるかもしれません。自分自身を変化させていく植物の力に、人間は学ぶところがあるんじゃないかなと思います。

WORK MILL:人間社会で行き詰まったとき、植物や自然の世界に目を向けるというのは大切なことなんですね。

鎌田:本当にそう思います。人間も自然の一部だということを忘れちゃいけないと思うんです。植物も動物も人間も、遺伝子の多くは共通している。つまりみんな共通のOSを持っているようなものだから、生きるヒントは地球全体にあるんです。

WORK MILL:先ほどの、「植物を“モノ”として考えない」という話にも繋がりますね。モノではなく「地球を生きる仲間」と考えると視座が高まる。

鎌田:みんな人間社会だけを見て「これをやらなきゃ」「人生はこういうもの」って決めつけているけど、どこで何をしてどんなふうに生きたっていいはずなんです。 自然界では、生きてるだけでも本当に素晴らしいこと。植物や自然に触れるとそういうことを思い出せて、精神が健やかになる気がします。

植物と人間にとっての「いいオフィス」とは

WORK MILL:オフィス空間に植物を取り入れる事例も増えてきたように思いますが、現在のオフィス空間は、あくまでも人間に最適化されたものですよね。植物と共存するという観点で理想的なオフィス環境はどのようなものでしょうか。

鎌田:植物にとって大事なのは空間の湿度と風、それから光ですね。それらをなるべく自然の状態に近づけること。なるべく太陽光が入るような設計にするとか、空調の熱い風寒い風が当たらないようにすることが重要ですね……。これらの要素は本来、人間にとっても重要です。紫外線の問題はありつつも、近年は太陽光を浴びることの重要性も分かってきています。

鎌田:以前代官山で行われたアートイベントで、実際にオフィスの執務空間として使われていた空間を、植物にとって理想のオフィスってどんな感じだろうと考え、大量の植物や落ち葉で埋め尽くした「OFFICE UTOPIA」という作品を展示しました。その際、植物にとっては湿度がとっても重要なので、大掛かりなビニールカーテンできっちり空間を囲ってもらい、農業用の加湿器を設置し、空間湿度がとても高くなるように設計しました。

オフィスにおける「人間が快適に過ごせるように作られている」という前提を全部否定はせずに、一部だけ「OFFICE UTOPIA」のような植物のための場所があるといいなと思います。そこが人間にとっても良い場所だからたまに間借りする、みたいな感覚で使えたらいいですよね。

WORK MILL:短い時間でも、植物に囲まれることで気分がリフレッシュしそうですね。

鎌田:個人的には、私はまず朝になると庭に出て植物の世話をしないと1日のスイッチが入らないので、オフィスに土を触ったり園芸作業ができる屋外空間のようなものがあるといいなと思います。私にとって土や植物と触れ合う時間は、自分と対話する時間でもあるんです。植物や虫を眺めながら「生きてるなあ」「変化してるな」「今はこういう季節なんだな」と今目の前のことに集中する瞑想のような時間を過ごしたり、デスクや会議室でアウトプットばかりして、考えが煮詰まったタイミングで自然の一部に触れ、自然からヒントをもらうようなブレイクがあってもいいなと思います。

WORK MILL:植物を飾って眺めるだけでなく、自分の手で世話をしたり触れ合う時間が大事なんですね。オフィスの場合、植物の世話はすべて業者任せというケースも多いと思いますが、それはどうなんでしょうか。

鎌田:私は、それだとちょっと足りないかなと思っていて……。全部業者の方任せの環境だと、せっかくの生き物である植物が、モノとして認識されてしまう危険性があって。変化に気づけないですし。それだと植物の良さを活かせているとは言い切れません。

WORK MILL:やはり、積極的に関わりを持つことが大切ということですか?

鎌田:はい。植物は自席に置いて自分で世話をする方が効果が高いんじゃないか、という研究もあって。自分の手で育てることで愛着が湧いて、それがストレス軽減にいい効果を生むはずなんです。

WORK MILL:とはいえ、なかなか自分で世話をするのも難しいですよね。フロアの観葉植物の世話を、社員同士で押し付け合うことになってしまったり……。

鎌田:業者さんの力を借りるのであれば、たとえばオフィスに植物置き場のような棚を作って、そこに置いている間は業者さんに管理をお任せできるという形だといいかもしれません。普段は、棚から自分で選んだ植物を自席に連れて行って世話をして、長期間オフィスを離れるときや植物の元気がなくなってきたときは棚に戻す。そうすると業者さんがケアをしてくれる、みたいな。

WORK MILL:それなら負担なく世話ができそうです。

鎌田:そういう方法だと、オフィス内でコミュニケーションが生まれるきっかけにもなりますよね。棚を見て「これはサボテンですよね」「それ、パキラですか?」とか。植物って、いいコミュニケーションツールなんですよ。マニアックすぎず、みんなが適度に関心があるのがちょうどいいんですよね。

WORK MILL:そうなると、コミュニケーションの場としてのオフィスの価値がますます高まりそうですね。

2021年8月3日更新
取材月:2021年6月

テキスト:べっくやちひろ
写真:長野竜成
取材場所:point 0 marunouchi