なりたい自分をアバター化する。仕事で役立つセルフプロデュース術(熱燗DJつけたろうさん)
自分らしい仕事や働き方は、どうやったら見つかるんだろう?
自分の長所をうまくプロデュースして、他にはない肩書で仕事を作りだしている方がいます。それが、「フロアとお湯を沸かす熱燗(あつかん)DJ」として活動するつけたろうさんです。
つけたろうさんは、日本酒好きが高じて、2018年に熱燗の専門家として活動を開始。2020年には定額会員制のオンライン酒屋「つけたろう酒店」をオープン。現在は全国各地で開催する日本酒イベントの出演や酒蔵のアドバイザーなど、さまざまな活動を行っています。
もともとはIT企業の会社員だったつけたろうさん。なぜ、「熱燗DJ」として活動するようになったのでしょうか。また、自分らしい仕事を生み出すセルフプロデュース力について伺いました。
熱燗DJつけたろう
神奈川県横浜市生まれ。武蔵野美術大学でファッションを専攻し、2009年にサイバーエージェントに入社。ハンドメイドマーケットを立ち上げ、事業責任者として7年間つとめたのち、フロアとお湯を沸かす熱燗DJとして独立。家には八石(800升)以上の日本酒を保有している。現在は山梨を拠点に、全国や海外にて酒を中心とした様々なフィールドで活動中。
熱燗専門店をきっかけに、熱燗の沼にハマる
いきなりですが、「熱燗DJつけたろう」ってインパクトのあるお名前ですね……!
「熱燗をつける」という表現はありますが、一体どんな意味があるのでしょうか?
つけたろう
それが特になくて(笑)。
この名前は発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが飲み会の席で付けてくれたんです。
つけたろう
ちなみに、「DJ」と名乗っていますが、僕はいわゆるクラブで使うようなターンテーブルを触ったことはなくて(笑)。DJのDは「ドリンク」です。
もちろん、これは後付けです(笑)。
そっちだったんですね(笑)。
そもそも、つけたろうさんは熱燗DJになる前はどんなお仕事をしていたのでしょうか?
つけたろう
学生の頃から何かの代表になることが多くて、美大時代にも学生主催のファッションショーの代表などを務めていました。全体を統括するようなプロデュースが好きで。
つけたろう
その経験から、「プロジェクトを動かすのが好きなら、広告代理店などの業界がいいかもしれない」と思い、大学卒業後はインターネット広告代理店にデザイナーとして入社したんです。
そして、新卒1年目の時に「営業ができるデザイナーになった方が自分の市場価値が高くなりそうだな!」と思い、子会社の営業職に配属希望を出して、実際に働けることになりました。
営業をやってみてどうでしたか?
つけたろう
それが全く成果を上げられなくて……。
そんなどん底だった頃、所属していた会社の事業がソーシャルゲームに変わり、僕も営業からモバイルゲームのディレクターになったんです。
つけたろう
その後、最終的にはハンドメイド販売サイトの事業責任者になって。
デザイナーとして入社したのに、気が付けば全く関係ない仕事をしていました(笑)。
すごい変遷ですね。
熱燗の活動は、何がきっかけで始めたのでしょうか?
つけたろう
大学生の頃から日本酒が好きで、当時は月の半分以上は飲み歩き、稼ぎのほぼ全てを食につぎこんでいました。
そんな時、友人が連れて行ってくれた熱燗専門店でそのおいしさに衝撃を受けて。
つけたろう
それで、すぐに自宅にあった日本酒を熱燗にしてみたんですが、全然おいしくできなかったんです(笑)。
熱燗ってただ温めるだけではなく、おいしく味わうためにはお湯の温度や時間調節など絶妙なテクニックが必要なんですよね。
つけたろう
そうなんです。熱燗づくりにはある程度の経験が必要で。さらに、お酒ごとに最適な温度や温め方が違うんです。
でも、もちろん最初はそんなことも知らず、ただひたすら家にあるお酒を温めまくりました。
そこからどんどん熱燗の沼にハマり始め、日本酒専門店に通っては店員さんがどんなふうに燗をつけているのかを観察し、家で真似するようになりました。100本くらい熱燗にした頃から、「燗所(かんどころ)」みたいなのが分かるようになって、熱燗の腕が上達していきました。
その後、「上手になった気がするし、誰かに飲んでもらいたいな」という思いからプライベートで熱燗と料理を振る舞うイベントを始めたんです。
会員制のサブスク酒店をオープンした理由
「熱燗DJつけたろう」という肩書きで活動を始めたきっかけは、何だったのでしょうか?
つけたろう
34歳の時、事業責任者をしていたハンドメイド販売サイトが他社サービスに吸収合併されてしまったんです。
飲み以外の生活のほとんどを捧げていたサービスだったので、その反動でモチベーションが崩壊してしまって……。
それでも当時、僕は妻との結婚資金を貯めるためにくすぶりながらも仕事を続けていたんです。そんな僕の姿を見た妻から「結婚を理由にやりたくもない仕事をしているのなら、別れる!」と言われて。
しびれる一言ですね……!
つけたろう
はい。そんな妻の後押しもあり、会社を辞め、熱燗DJとしてフリーランスで活動していくことにしたんです。
フリーランスとしては順調なスタートが切れたのでしょうか。
つけたろう
いえ。会社を辞めたものの自分でも、「熱燗で独立」ってどういうことなのか分かっていなくて……(笑)。
それに熱燗の活動を始めた頃、知人からはよく「自分のお店を始めるの?」と聞かれたんですけど、お店だけは絶対にやめようと考えていました。
どうしてですか?
つけたろう
僕は「片付けること」と「時間を守ること」がすごく苦手なんです。お店をやったら、毎日その両方をやらないといけない。
一方、企画を考えたり、人前で話したりすることが得意。そこで、お店を持たない代わりに熱燗の専門家としてイベントに出たり、料理家の方とコラボしたりするようになりました。
自分自身の強みと弱みをしっかり理解して、活動を始めたんですね。
つけたろう
はい。その結果、一時期はイベントでの月の売上が会社員時代の収入を超えたこともあります。
全てが順調かと思いきや、ある日風邪で鼻がつまってしまい、熱燗の匂いが分からなくなってしまって……。熱燗って温度を決める時に香りを嗅いで味の変化を判断するので、匂いが分からないのは致命的なんです。
それは大変……! その後、体調は戻ったのでしょうか?
つけたろう
ただの風邪だったので、すぐに鼻は治ったのですが「熱燗のイベント一本で生きていくのはリスクが大きい」と感じ、新たな方向性を探ることにしました。
それで、2020年10月に会員制のサブスクリプション酒店「つけたろう酒店」を始めたんです。
どんなお店なんですか?
つけたろう
「まだ世にない日本酒の感動体験をつくる酒屋」をコンセプトに、僕が信頼する酒蔵とコラボで作ったオリジナルのお酒を定期的にお届けするサービスです。
面白いですね! でも、なぜこのサービスを?
つけたろう
熱燗の活動をしていく中で、日本酒ってファッションみたいに流行りがあることに気づいて。
つまり、消費者に買い求められやすいように流行りの味の日本酒が作られるので、どの酒蔵も似たような味になる傾向があったんです。
なるほど。酒蔵としては売れるものを作りたいですもんね。
つけたろう
はい。でも、それは長期的にみると日本酒業界にとって良いことではありません。
だから、信頼する酒蔵さん協力の元、自分の酒屋から新しい日本酒を生み出していこうと思いました。
一般の消費者向けではなく、サブスクにしたのは何か理由があるのでしょうか?
つけたろう
酒蔵としてはちょっとチャレンジで作りたいお酒があっても、実際に売れるか分からない状態ではリスクがありますよね。
そこで、先に「買い手」となる人たちを会員として募り、販売先が確定した状態で酒造りを行う仕組みにしました。
なるほど。
つけたろう
先に販売先を確保しておけば、売れるか売れないかの判断が必要なくなります。
それで、プロダクトアウトの考えで日本酒造りができるようになったんです。この仕組みがあるお陰で、今もお互いに安心して新しい日本酒造りにチャレンジできています。
ちなみに、コロナ禍に入ってからイベントの仕事はほとんどなくなってしまったこともあり、新しい事業の方向性を見つけられたのは本当に良かったですね。
なりたい自分をアバター化して、プロデュースしていく
イベントの仕事も、オンラインサブスク酒屋も、「熱燗DJつけたろう」さんのことを知っていないとオファーや登録がこないのでは?と思います。
認知度を上げるために、何か意識したことはありますか?
つけたろう
大きく意識したことは2つあります。
まずブランド力を高めるために、初期の段階でアートディレクターの方にお願いして、つけたろうのロゴとイラストを作りました。
オリジナルの梱包用紙や封筒なども用意しましたね。
つけたろう
そして、もう一つは「見た目」です。
僕はよく人から「見た目にインパクトがあるね〜」と言われるのですが、スキンヘッドの自分が奇抜な服やメガネを着用してイベントに立つと、飲食だと不安に感じる人もいると思うんです。
そうならないためにも、イベントの時は清潔感のある白シャツを着たり、大人しめの眼鏡をかけたりしています。
かなり積極的にセルフブランディングを行っているんですね……!
つけたろう
それには実は会社員時代の失敗が影響していて。
僕は昔からふざけて自由にしている時に能力を発揮できるタイプだったんです。
でも根が真面目なので、組織の中で役職が上がっていくにつれて、やりたい放題できなくなっていき、「自分はつまらなくなったな……」と感じていて。
つけたろう
そんな時にプライベートのつけたろうの活動を通じて「やっぱりこっちの方がパフォーマンスを発揮できる!」と確信したんです。
自分の特徴を活かして仕事をするために、打ち合わせなど真面目にする時は普段の自分、人前に出てパフォーマンスするときは「つけたろう」になればいいんだと。
自分のベストな状態に自分自身で気づく。それって難しいことですが、仕事をする上でもとても大切なことですよね。
つけたろう
僕は今も気を抜くと真面目な自分が前面に出てきてしまうので、そんな時は歌手の矢沢永吉さんの言葉「俺はいいけどYAZAWAが何て言うかな?」を思い出すんです。
矢沢永吉さんはYAZAWAを演じている……、と。
つけたろう
わからないですけどね(笑)。でも、同じように「自分だったら真面目に受け応えちゃうけど、つけたろうだったらどう振る舞うかな?」って(笑)。
そんなふうになりたい自分をアバター化してプロデュースしていくと、自分の能力を発揮しやすい環境がつくれるかもしれませんね。
相手のために自分の苦手分野をあえて伝える
いま企業にお勤めの方でも、自分のいいところを最大限に引き出したいと思う人も多いと思います。そういう場合、何かコツはありますか?
つけたろう
自分自身の強みと弱みをしっかり理解することですかね。
世の中には、苦手なことでも頼まれると断れないという人が少なくないと思うんです。でも、自分の苦手なことをあえて伝えることは相手のメリットにもなると思っていて。
相手にとってもメリットですか?
つけたろう
たとえば、僕はメールが苦手で。どんな仕事相手でも最初に「メッセージの方が早くお返事できると思うので、メールじゃなくて、LINEかメッセンジャーで今後やり取りしてもいいですか?」と伝えるようにしています。
そうすると、相手に迷惑をかけない範囲で自分のパフォーマンスが下がってしまうのを最小限にできるんですよ。なので、「社会人としての基本」などは気にせず、「これは苦手だけど、これが得意です」と発言していくのがいいと思いますよ。
なるほど……。最後に、今後の目標を教えてください。
つけたろう
今までは会員制の酒屋をやってきたんですが、もっと多くの人に日本酒の魅力を知ってほしいと思っていて。
2024年から、つけたろう酒店を1年に1度、定期コース会員向けだけでなく、誰でも買えるような商品を出す計画をしました。ちょうど7月上旬に、初めて一般販売用のオリジナルの特別酒をリリースしたんです。
わー、気になります!
つけたろう
ありがとうございます。
これからも日本酒の楽しさを沸かし続けます!
2024年6月取材
取材・執筆=吉野舞
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト