職域食堂は社員食堂と何が違う? オフィスワーカーも地域住民も居心地よくいられる「雨晴食堂」の仕掛け

「職域食堂」という言葉、聞いたことがあるでしょうか? 簡単にいうと、複数の企業が共同で使う社員食堂のことです。
東京・品川区のゲートシティ大崎ウエスト3階にある「雨晴(あめはれ)食堂」は、ビル内のオフィスで勤務する社員はもちろん、一般の方も利用可能な職域食堂として、2025年3月にオープンしました。
運営に携わるオイシックス・ラ・大地株式会社の契約農家の野菜を使ったサラダバーや、ミールキットを業務用にアレンジしたメニューなど、健康面にも配慮した食事を提供しているとのこと。
職域食堂は、社員食堂や一般の飲食店とは何が違うのでしょうか? 運営全般を担当しているシダックスコントラクトフードサービス株式会社の長澤千裕さんと入間川卓さんにお聞きしました。
気づいたら健康になっている? 「雨晴食堂」の仕掛け
はじめに、「雨晴食堂」の概要やコンセプトについて教えてください。


長澤
雨晴食堂は、大崎駅東口の複合施設「ゲートシティ大崎」の中にある職域食堂です。
これまで65年以上にわたり社員食堂を運営してきたシダックスの調理や衛生管理、サービスに関するノウハウを生かしています。


長澤
また、グループ会社であるオイシックス・ラ・大地株式会社(以下、オイシックス)の野菜やご家庭の食卓向け商品で人気のあるメニュー、ミールキットの活用なども特徴です。
「雨晴食堂」という名前の由来は?


長澤
気分が落ち込んだときも、ここに来れば少し晴れやかな気持ちになれる……。
そんなお客様の心の支えになれるような食堂を目指していきたい、というのが店舗名の由来およびコンセプトです。
メニューはどのような工夫がされているのでしょうか?


長澤
1番の特徴は、サラダバーです。
常時20種類以上の野菜が食べられるのがウリで、ドレッシングも野菜をミキシングして作っています。野菜は季節ごとに変わるので、いろんな味を楽しんでいただけます。


長澤
あとは、健康面を意識したメニューも多いですね。
それは減塩や低カロリーとか……?


長澤
実は健康であることを前面に押し出しても、「じゃあ食べよう」とはなりにくいんです。でも、オイシックスの野菜を取り入れながら、「気づいたら健康になっている」なら嬉しい。そんな状態を目指し、管理栄養士がメニューを作っています。


長澤
あとは、オイシックスのミールキットを使ったメニューも人気です。
ミールキットは、料理に必要な食材とレシピがセットになった、オイシックスのサービスですよね。


長澤
そうです。カット野菜や調味料などがあらかじめ用意されていて、その混合をセントラルキッチンと連携して行います。
店舗では最小限の調理で、効率よく食事を提供できるんです。
なぜ、食堂でミールキットを?


長澤
今、飲食業界も働き手が減っており、業務を効率化しつつ料理を提供していかなければなりません。
人件費が上がると、メニューの価格に影響してしまう可能性があります。価格を抑えつつ食事のクオリティを保つためには、調理時間の省力化とパフォーマンスをうまく組み合わせながら進めなければなりません。
確かにそうですよね。


長澤
弊社は運営費用を削減しながら満足度の高い食事提供ができる「タイパ給食」の実現を掲げており、「雨晴食堂」はそのモデル店としても位置付けています。
お客様に満足いただけるメニューを提供するためにも、運営体制の効率化は1つのミッションになっています。

オフィスワーカーはもちろん、一般にも開放している「職域食堂」
なぜ職域食堂「雨晴食堂」をオープンしたのでしょうか?


長澤
この場所には以前、別の事業者さんが運営していた食堂がありました。ただ、ゲートシティ大崎のビルの管理会社様から「リニューアルしたい」という話が挙がり、コンペが行われたんです。
一番の課題は、「コロナを経て利用客が減少した今、新たな客層を呼びこむこと」。以前は男性会社員が多く、女性客が少ない状況でした。
なので、まずは女性が入りやすい店舗を作れば、新たな客層の開拓に繋がるのではないかと考えました。
そもそも「職域食堂」は、社員食堂とどう違うのでしょうか?


長澤
まず社員食堂は、その食堂を運営している企業の従業員だけが使える場所です。そのため、企業の担当者と打ち合わせをしながらメニューを決めたり、福利厚生の一環として考えたりしながら運営します。
一方、職域食堂は、複数の企業に対してサービスを提供する形です。そのため、利用者全体のニーズを把握し、社員の方々の満足度を高めなければなりません。
従来の社員食堂と比べて、職域食堂はどういうメリットがあるのでしょうか?


長澤
1社単独で社員食堂を持つのは、設備投資などの面からもハードルが高いですよね。
コロナ禍で社員食堂の利用が一時的に減りましたが、また出社回帰の動きがあります。その中で、「食堂を社員間のコミュニケーションを取る場所にしたい」と考える企業も増えています。

入間川
コロナ禍で在宅ワークが一気に増えましたが、当初は「落ち着いたらまた戻るだろう」と思っていました。
ただ実際には、コロナ前の食数には戻っていない社員食堂も多いですね。

いまは、コロナ前と比べて何割ぐらいなのでしょうか?


長澤
だいたい8割ぐらいです。ただ、社員食堂でもオフィスと工場では状況が異なっており、工場は出社率が高いためコロナ禍でも食数の減少などの影響度合いは比較的低い状況でした。
一方で、オフィス系は在宅ワーク環境が整えられつつありますが、出社率が100%に戻ることを想定するより、食堂自体の価値を上げてリピートでも利用したいと思っていただける食堂づくりが必要だと思っています。
なるほど。雨晴食堂は、ビル内の企業の従業員だけでなく、一般の人も利用できるのも特徴ですよね。


長澤
はい。職域食堂には「施設内の企業だけが使える食堂」と「一般にも開放されている食堂」の2種類があり、雨晴食堂は後者です。
オープンから4カ月、思っていた以上に近隣の方にもご利用いただいており、先日もお母さんがベビーカーを押しながら来てくれました。ご高齢の方もいらっしゃいますよ。地域の方にもここまで使っていただけているのは嬉しい誤算ですね。
1人席や自然物で、いつでも居心地よく過ごせる空間に
食堂の価値を上げるというお話がありましたが、その方法に悩まれている企業も多そうです。雨晴食堂では具体的にどんな工夫を?


長澤
雨晴食堂でいえば、サラダバーなど価格的なメリットのあるメニュー、ここでしか食べられないメニューなどを提供しています。
居心地の良さにもこだわっており、空間設計や内装は株式会社ノンピの寺井幸也さん(※)にご協力いただきました。
※料理家。現在は、『食』を起点に、サステナブルな取り組みなど幅広く活動中。彩り豊かな家庭料理をメインにしたケータリング「YUKIYAMESHI」を主宰。大手企業やイベントのケータリング、ファッション誌などでのフードスタイリングやレシピ提供、飲食店プロデュース、企業との商品開発、イベント出演なども。2024年より、オイシックス・ラ・大地株式会社グループの株式会社ノンピのCSSO(Chief Sustainability Story Officer)に就任。

長澤
3~4人のグループで使える丸テーブルなど、エリアごとにコンセプトを分け、縦長の空間に対してメリハリをつけています。


長澤
特徴的なのは、1人でも使いやすいカウンター席です。以前は3〜4人掛けの席が中心でしたが、仕事の合間には「少し気分が落ち込んでいるから、1人で落ち着いて食べたい」というときもありますよね。
たしかに、ゆっくり気分転換したいときは、1人席が便利ですね。


雨晴食堂は、仕事で忙しい中での休憩時間や、1人で食べたいとき、家族と過ごしたいときなど、「だれがいつ来ても、居心地よく過ごせる空間」を目指しています。
そのために、280坪という広い空間を壁や仕切りで区切ることなく、空間の演出だけで用途に応じた使い方ができるよう、インテリアや装飾を工夫しています。具体的には、植物や石などの自然物を配置し、少しでも心を開放できるような空間づくりを演出しました。
気分が沈んでいる日も、元気いっぱいのときも、この空間で過ごすことでリフレッシュしていただけたら嬉しいです。
雨晴食堂の全体ブランディングを担当した、株式会社ノンピCSSO(Chief Sustainability Story Officer)の寺井幸也さんより

今回は、貴社とオイシックス、ノンピの3社で初めて共創したと伺いました。その中で、何か工夫や意識した点はありますか?


長澤
毎週定例の会議を開くなど、コミュニケーションは密に取っていました。
弊社の社長も参加していたので、経営判断が必要な場面もスピーディーに進められたかなと思います。

入間川
定例会はオンライン会議ではなく、実際に会って話し合うようにしていました。
今でも必ずリアルで会って、それぞれのノウハウや思いを共有するようにしています。

長澤
あと、お客様の目線に立って改善していく点は意識しました。「あそこの動線が良くなかった」と言っても、みんなが同じ目線になれないと問題が共有できませんから。
なので、実際に店内を歩きながら、「どういう動線だったから混雑したのか?」「こう変えた方が見やすいんじゃないか?」などのやり取りをしています。

リフレッシュ効果と休憩時間の有効活用。オフィスワーカーにとっての利点
オープンしてから4カ月以上経ちましたが、お客さんからはどういった感想や意見が寄せられていますか?


入間川
やはり女性にはサラダバーが人気ですね。一方で、男性のビジネスマンは量を求める傾向が強く、「ごはんの量が少ない」といった意見がありました。
そこで現在は、小盛と大盛を選べるサービスを提供しています。小盛を選ぶ人も多いので、全体としてはそれほど使用量が変わらず提供できています。
いま課題に感じていることはありますか?


入間川
お客様のお声をもとに、もっと高みを目指したいですね。LINEを使ってアンケートを行っていますが、「すごく良かった/悪かった」など両極端な意見でないと、なかなか書こうとは思わないですから。
たとえば、毎週水曜日はアンケートデーにして、「回答していただいた方には100円引き」といった施策も検討中です。


長澤
女性客は増えていますが、一方で男性ビジネスマンのご利用をもっと増やしていく施策が必要だと感じています。
食事のボリュームはもちろん、個々のニーズに応じたメニュー設計の必要性を感じています。
オフィスワーカーにとって、職域食堂はどういう利点があるのでしょうか?


長澤
社員食堂とも通ずる部分はありますが、1番はリフレッシュ効果ですね。おいしい食事と快適な空間で、気持ちを切り替えられます。
あとはビルの中で食事をして、すぐにオフィスに戻れるので、昼休憩の時間を有効に活用できます。同僚と一緒にご利用いただくことで、コミュニケーションの促進も期待できます。
雨の日に、わざわざ外出せず食事ができるのは良いですね。


入間川
その利便性は意外と大きくて。やはり雨の日はお客様の来店人数が増えますね。
入居企業の社員が健康で長く働き続けられる食堂を目指す
雨晴食堂の今後の展望は?


長澤
3つあります。1つめは、ビルに入居している企業とのコラボレーションです。
たとえば、A社とのコラボメニューができれば、A社の社員さんが来ていただけますし、「自分たちも参加している食堂」という位置づけになる。企業の商品・サービスを発信する場として使っていただくのも面白いと思っています。
実はすでに社員総会や歓送迎会で使っていただいていて。今後は新卒採用者向けのイベントや、社員の家族を招待するファミリーデーなども展開していければ、と考えています。


長澤
2つめは、やはりメニューへのこだわりです。日々ご利用いただくためには、季節ごとにフレキシブルに変えていくなど、飽きられないメニューを作っていかなければなりません。
3つめは、地域との連携強化です。オフィスワーカーが多い大崎は、地域のコミュニティが作りにくい土地柄と聞きました。雨晴食堂という場所が、地域交流のきっかけになればと思っています。

最後に改めて、職域食堂の今後の可能性についてお聞かせください。


長澤
新たにビルを建てるオーナーさんから職域食堂のご相談をいただく機会は増えています。
メニューの他にも、社員同士のコミュニケーションや健康経営、ウェルビーイングなど、入居企業の社員の方々が健康的で長く働き続けられることを目指していきたいと思っています。
雨晴食堂を1つのモデルとして見ていただいて、「うちの施設でも職域食堂をやってみようかな」と思っていただけたら嬉しいですね。

2025年5月取材
取材・執筆:村中貴士
撮影:栃久保誠
編集:鬼頭佳代(ノオト)