札幌に共創の大きな「森」をつくる。エア・ウォーターの森・棟方祐介さんの手探りの挑戦
産業ガスや医療機器、物流などを手がける、エア・ウォーター北海道株式会社が、札幌市桑園地区の社有地に2024年12月にオープンさせた「エア・ウォーターの森」。
JR札幌駅や北海道大学にもほど近い場所に建てられた美しい建造物は、大学生やビジネスパーソン、研究者が交わる場として機能しています。
同施設を運営するのは、社内公募で全くの異業種から異動してきた棟方祐介さん。地域と企業、社員と未来の可能性をつなぐ存在として、熱量高く活動しています。
インフラ企業のイメージの強い同社がつくった「エア・ウォーターの森」から、北海道にどんな風を起こそうとしているのかを棟方さんへ伺います。

棟方 祐介(むねかた・ゆうすけ)
北海道札幌市生まれ。エア・ウォーター北海道株式会社 事業企画部ファシリテーションマネージャー。同社入社後、医療分野において北海道全域を担当。事業運営や企画管理を経て、社内公募にて「エア・ウォーターの森」のファシリテーションマネージャーに就任。施設運営の基礎固めを行うとともに、多様な共創のためのつながりをつくるべく奔走中。臨床検査技師、北海道フードマイスターなど多数の資格を持つ。
JR札幌駅の隣駅・桑園地区に突如現れたガラスと木と緑の建物

「エア・ウォーターの森」は、どのような経緯でつくられたのですか?


棟方
運営会社であるエア・ウォーター北海道株式会社のことからお話させてください。
1929年に札幌で創業した北海酸素株式会社を母体に、規模を拡大しながら北海道の地域インフラ企業として100年余り、産業ガス、エネルギーや物流を軸とした事業を展開してきました。
そのため、館内の電気の一部を水素燃料電池で賄うなど、環境にも配慮した作りになっています。

100年余りとはすごいですね。


棟方
ただ、次の100年を見据えたとき、自社だけで既存事業を続けたとしても、これからのビジネスは成り立たないのではと考えました。それで、数年前より神戸や大阪など各地に共創施設をつくりはじめていたんです。
当グループの会長である豊田喜久夫からも「これからは無形資産である『人・知財・アイデア』を重要視していきたい。北海道にもそのような場所を」との声もあり、2024年12月6日に札幌・桑園にオープンしたのが「エア・ウォーターの森」です。
エア・ウォーターの森はJR札幌駅から1駅の桑園エリアにあります。なぜ、札幌市の中央部から若干離れたこの地域に?


棟方
桑園地区は元々倉庫街で物流の拠点で、弊社グループが古くから所有していた土地があったんです。
これまで、なぜかあまり注目されない地域でしたが、実は、大学や大きな病院、競馬場、札幌市中央卸市場と幅広い施設が集まるところです。
ということは、いろいろな人たちが交わる場所でもある。なので、ここにシンボリックな建物があれば、エア・ウォーターグループの英知を結集する場所になるのでは、と思ったんです。
全面ガラスに木製の大きな柱、たくさんの緑があふれた建物はひときわ目を引きます。



棟方
ありがとうございます。
実は、北海道最大級の木造建築なんですよ。北海道産のカラマツ材100%で。
この大きな建物が木造建築!


これまでの企業としてのノウハウを共有して新たな事業をともに開く場に
現在、どのように活用されていますか?


棟方
まず、1階はイベントホールやキッチンラボ、レストランがあり、一般の方も自由に出入りしていただいています。
2階には個室が21室あり、うち15室を企業や大学、研究機関に貸し出しをしています。

どのような団体が入居していますか?


棟方
大学や研究機関ですと、小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学が連携した北海道国立大学機構のオープンイノベーションセンター。産業技術総合研究所の桑園サイト、日本食品分析センターの札幌事務所などですね。
現在、宇宙系のコンソーシアム機関にもご検討いただいています。スタートアップでは、IT系、海産系、観光DXなどでしょうか。
入居者も多彩ですね。


棟方
とにかく、「今までつながりがなかった人たちとも一緒にお仕事ができるように」と動いています。
3階はコワーキングスペースです。法人でのご登録もありますが、医師や弁護士、コンサル、投資家、テレビプロデューサーと、輪をかけていろいろな方がいらっしゃいます。


棟方
もちろん、ご登録いただければどなたでもご利用いただけますが、せっかくだからここでコミュニティをつくって、一緒にお仕事をしたいんです。我々には、利用者の皆さんに提供できるリソースもあるので。
提供できるリソース?


棟方
「エア・ウォーター=ガスや物流」というイメージが強いかもしれません。
ですが、私たちは農業や海水事業、ハム・ソーセージ、ケーキなどの食品加工・卸販売などもやっているんです。
ガスの特性を活かした冷凍技術があるから、ケーキや野菜の冷凍もできる。このような事業展開は社内的には自然なことで。
ガスからケーキまで!


棟方
そうです。BtoBだけではなくBtoCのビジネスにもリーチしやすい立ち位置にいることを活かし、今まで蓄積してきたノウハウや販路をスタートアップやベンチャー企業の方々と共有し、事業を共創していく。そんな場所にしていきたいのです。
そういう想いもあって、あえて3階にコワーキングスペースを置きました。弊社のオフィスフロアが4階にあるんですが、社員の仕事場のより近くに、人が集まる場所を置きたかったのです。

社内と外の人材が交流しやすくなりますね。


棟方
そうですね。僕のような中間管理職が先頭に立ってエア・ウォーターの森を運営しているのも同じ理由です。
私たちがどういうことをやっている会社なのか、社会の動きとどう呼応しているのか。社内で長く経験を積んできた僕のような立場の、いわゆるおっさんのほうが話しやすいのではないか、と……(笑)。
その業務を担当する社内のキーパーソンを直接紹介したりもできますから。
会社をよく知っている方がいると、事業の実現スピードが格段に上がりますね。


棟方
逆に、弊社がやりたいことがある場合にも、僕がスタートアップや起業家が集まるところにお邪魔して、直接つないでいくこともできます。
だから、棟方さんの肩書はコミュニティマネージャーではなくファシリテーションマネージャーなんですね!


棟方
はい。僕の仕事は、コミュニティを広げたその先で何につながるのかを考え、動くことだと定義していて。
ですから、社外と社内をつなげたり、会社対会社の調整をしたり。そうして、ビジネス創出や盛り上がりをつくっていくイメージです。
「どうしたらいいのかわからない」から始まった運営が施設の特徴となる
棟方さんは社内公募でこのポジションに異動したそうですね。どうしてこのお仕事に興味を?


棟方
エア・ウォーターがこういう新たなチャレンジをするという話は、社内的にもセンセーショナルでした。それにぜひ携わっていきたいと思ったのがまず理由のひとつです。

社員の皆さんにとっても驚きだったのですね。


棟方
はい。僕自身、臨床検査技師として、この会社の医療分野に長く携わってきました。
医療の仕事は安定しているように見えますが、高齢化や医師不足が加速、社会保障費の減少で、どんどん厳しくなっていました。だからこそ、もっと広くヘルスケアの文脈にもリーチしたいと思っていたんです。
そして、公募があった当時、僕は45歳でキャリアシフトするなら大事なタイミングで。もし関わってきた事業の裾野を広げたり新しいチャレンジをしたりするなら今だ、と。それで、一念発起してチャレンジしました。
新しい仕事へチャレンジしてみていかがですか?


棟方
自分は、井の中の蛙だったとすごく感じています。
ひとつの分野に特化してきた分、なかなか社会を広く知ることができていなかったんですが、一気に視野が広がりました。
いろいろな分野の方々とお話することで、成長を実感できるようになってきました。
長く会社勤めをしつつの成長の実感はなかなかでないことですよね。スタッフの皆さんも全員公募で?


棟方
はい。医療分野から僕含めて2人、エネルギー分野から2人。この4人で「エア・ウォーターの森」を立ち上げなさいというミッションで。
この大きな施設を4人で、施設運営のプロも入れずに? みなさん、未経験ですよね?


棟方
はい。社長の庫元(くらもと)からも「外部からプロを入れてはダメ。お前たちが考えてやりなさい」と。
4人とも素人な上、オープンまでの時間は限られていますから、いろいろな共創施設を見に行ったり、声をかけたり……。今から考えると、相当なスパルタでした(笑)。


棟方
でも、「知らない、わからない」メンバーばかりだったからこそ、自分たちの発想で必死に動いたんです。その結果、他の施設とは違う特色が生まれたと感じています。
そういう動き方の結果、集まる方々も、ビジネス一辺倒ではなく、お医者さんなどひと味違った感じになっているのですね。


棟方
僕も含めて、くじけそうになったことも何回もあるのですが、メンバーは本当に優秀でよくやってくれました。
今、少しずつですが「エア・ウォーターの森」を知ってもらえるようになり、スタッフたちも成長の実感を持ち始めています。
「エア・ウォーターの森」がスタートしたことで、ほかの社員の方々からはどんな反応がありましたか?


棟方
どこのイノベーション施設でも起こり得ることかと思うのですが……。既存事業と新規事業はやることが相反するために軋轢を生みやすいものです。なので、懐疑的な的な声もあがったようです。
ただ、もともと固い会社で突然始まったからこそ、「エア・ウォーターの森ができたことで何かが変わるのかも」と期待を寄せてくれる社員も若手・中堅問わずいます。

社内の皆さんが興味を持ってくれるのは嬉しいですね。


棟方
そうですね。 「エア・ウォーターの森」の役割は、新たな技術やビジネス、プロジェクトをつくっていくこと。
そして、社内の文化をつくっていくこと。これから、社内にどんな新しい風を吹かせていけるかですね。
目標はさまざまな人が集まる大きくて多様な「森」

棟方
エア・ウォーターの森を担当して改めて気付いたのですが、「何かを知りたい」と思っても、どこへ行って誰に聞いたらいいのかがわからないことが案外多いんですよね。
なので、自分の業界や専門以外のことを知ることができる場所もつくり出したいと思っています。
どのようなイメージですか?


棟方
たとえば、医療分野の人たちがエア・ウォーターの森に来たら、札幌で宇宙のことをやっている人と知り合うことができたり、農業・食品分野の人が、ソーシャルビジネスのことを学べたりする。
それぞれの業界だけではなかなかリーチしない方々がライトに交われる場をつくっていけたらいいですね。


棟方
いろいろな形のコンソーシアムを少しずつ形成し始めているのもそのひとつです。
今は、食にまつわるインカレサークルをつくろうと動いています。大学生や若手を集めてアイデア出ししつつ、交流を持ってもらう。
そうして、社会に出たあとも、自社の中だけでなく、外の人たちとも引き続き交流が持てる場所になるといいな、と。
そのような交流の場があると、社会に出てからも心強いですね。


棟方
もうひとつ、企画をあたためているのが、ヘルスケア分野の人材の交流です。検査技師や看護師、薬剤師などの医療従事者はだいたい縦割りの構造で病院や協会の枠を越えた横のつながりができにくいんですよ。
そこで、自分の知らない技術を知りたい、さらには社会についてもっと知りたいという方たちのための場をつくりたいんです。

素敵です。それでも、やはりリアルな場所があるからこそ、いろいろな可能性を感じられますよね。


棟方
集まれるところ、シンボリックなものって本当に重要です。
「何かを始めたいときは、エア・ウォーターの森に行こう」とか、何かを話したくなったら「ああ、棟方さんがいるわ」と思ってもらえたらうれしいですね。
これからの「エア・ウォーターの森」はどう進んでいきたいと思いますか?


棟方
北海道には農業、食、新エネルギー、広大な土地を網羅する物流などの要素と独自の魅力があります。それらは同時に生活に必要なインフラであり、世界に通用する資源であると確信しています。
まだまだ発展途上ですが、エア・ウォーターの森で共創の動きをどんどん活発にして、北海道全体を元気にし、世界へ進出していく後押しをする場所でありたいと思っています。
北海道全体を盛り上げていく要の場所の一つになりそうですね。


棟方
そうですね。木を人にたとえるなら人が集まれば森になると思うんです。いろいろな人に集まってもらってここにひとつの森をつくりたいのです。
街の中で自然が感じられるような木やグリーンをふんだんに使った建物、環境問題に寄り添った水素燃料電池によるエネルギーの循環も「森」の特徴を表しています。

「エア・ウォーターの森」の「森」には、さまざまな意味が込められているのですね。


棟方
将来的には、「北海道で何かに携わるならここ」とまずは目指してもらえる施設にしたいというのが僕の理想であり、我々の目標です。世界中から集まった人たちでここを大きな森にしたいですね。

【編集後記】
学生時代から馴染みのある桑園エリア。「何やらすごい建物ができるらしい」と地元で話題になっていた場所を、今回こうして自分の目で確かめることができ、感慨深いものがありました。
そして、ファシリティマネージャーとして活躍されている棟方さん。その快活なお人柄と、多様な方々を自然に巻き込む姿勢から、てっきりコミュニティマネジメントのご経験がある方だと感じていたのですが、まったく別分野からのご異動と伺い驚きました。北海道の発展に寄与する施設であると同時に、社員一人ひとりが内に秘めたスキルや個性を発揮できる、そんな、人を育てる場としての可能性を強く感じました。(株式会社オカムラ WORK MILL 編集員 / Sea コミュニティマネージャー 宮野 玖瑠実)
2025年9月取材
取材・執筆=わたなべひろみ
撮影=寺島博美
編集=鬼頭佳代/ノオト


