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0円で社長を貸し出したら何が起きた? 「和える(aeru)」矢島里佳さんと考える、お金と働き方の関係性

「0円で社長を貸し出します。お役に立てた場合のみ、ご自由なお礼の形にていただけると嬉しいです」

こんな投稿を見かけたら、あなたは何をお願いし、何をお返しするでしょうか?

今回紹介するのは、日本の伝統を次世代につなぐ企業「和える(あえる)」が2020年に始めた、「和える代表の矢島里佳を1日0円〜、お貸出ししますキャンペーン!」。「ありがとうの気持ち」だったはずの仕事の対価が、お金だけになっていることへの疑問から生まれた、まずは0円で相談に乗り、お礼はあとから決めてもらうという実験です。

この取り組みに興味を持ってキャンペーンに応募した人たちは、伝統工芸の担い手から音楽教育団体まで多種多様。お礼のかたちもさまざまで、和えるの製品を会社に導入したり、木材をゆずったりと、それぞれの個性や想像力が溢れたものでした。

さらに、社長の行き先を社員みずから考えることで、経営判断力が磨かれる機会にもなっているのだとか。実験的な取り組みゆえに、社長を貸し出した和える側にもたくさんの気づきがあったといいます。

利用者からも好評、会社や社員にもプラスとなって「三方よし」以上を生み出した、和えるの0円キャンペーンについて詳しく伺いました。

―矢島里佳(やじま・りか)
1988年東京都生まれ。職人と伝統の魅力に惹かれ、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。大学4年時の2011年3月、株式会社和えるを創業。“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出す。事業承継・企業やブランドの原点を整え、魅力化をお手伝いする「伴走型リブランディング事業」など、日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を創造。

藤田朋巳(ふじた・ともみ)
香川県在住、入社時より完全フルリモート勤務。ライティング業務を軸にオンラインにて和えるを育む。国内外での長年に渡る日本語教授経験をもち、「日本を伝える」ことに従事。
四国拠点、リモート勤務募集もない状況で、和えるに出逢いアプローチ。対話を通して日々、「自分らしい働き方」に向き合う社会実験中。

0円で社長を貸し出したら、その後に続くお礼が返ってきた

本日はよろしくお願いします。さっそくですが、社長を0円で貸し出すキャンペーンを始めた経緯を教えていただけますか?

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矢島

このキャンペーンを企画したのは私ではなくて、和えるの社員たちなのです。

私は「じゃあ、貸し出されてきますね」という感じで動きはじめて、いつの間にかこんな具合になっていました(笑)。

社長を外部に、しかも0円から貸し出すことを社員が決めるなんて、かなり意外です。

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矢島

このあたりの経緯は、今日はオンライン参加してくれている藤田さんに話してもらうのがいいかな。

藤田

きっかけは、仕事とお金の関係について考えたことでした。

今の社会では、商品やサービスへの対価が、先に決まっているのが当たり前。まだ一度も一緒に仕事をしたことがない人同士であっても、先に金額を決めてからスタートしていますよね。

でも、仕事に対して支払われるお金は本来、「ありがとうの気持ち」を表すためのものだったはず。

それならば、まずは先に仕事をさせていただいて、金額は後から決めていただいても良いのではないか? そもそも、対価をお金でいただく必要はあるのだろうか? といった疑問が湧いてきたのです。

東京・目黒の直営店、東京「aeru meguro」には、職人さんと一緒につくったアイテムがずらり。ほかにも、京都・五条にも直営店、京都「aeru gojo」を構える。

仕事に対する対価のあり方を見つめ直すために、社長の矢島さんを0円で貸し出しはじめたのですね。どのような相談やお礼があったのでしょうか。

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藤田

「自分たちの想いを実現するために、意見をちょっと聞いてみたい」というお声がけが多かったですね。何かが新しいことが生まれるのではないかと、ワクワク感を持って応募してくださいます。

お金という対価を求めなかったことで、お礼のかたちも、業種によって本当にさまざまでした。

矢島

たとえば、お礼に私たちの商品である『福岡県から 小石原焼の こぼしにくいコップ』を購入してくださった企業さんがありました。訪問したら、来客用コップとして利用いただいていて。

『青森県から 津軽塗りの こぼしにくいコップ』。大人はもちろん、小さな子どもの手でもしっかり持てるようにあえて取っ手をつけないデザインに。

矢島

従業員さんに聞くと、このコップを出すたびに和えるの話になると教えてくれて。私たちの手を離れたところでも関係が続くことの素晴らしさを感じました。

藤田

木製品のメンテナンス方法の発信について相談をいただいた製材屋さんからのお礼は木材でしたね。

矢島

その木材は、「木の魅力を伝える」がテーマのSDGs教育のワークショップで使わせていただきました。

結果的に、製材屋さんの想いを広めていくことにも繋がったと思います。

実際にワークショップで使用した木材(株式会社和える・提供写真)

相談したらおしまい、ではなく、想いが連鎖する関係性が生まれたのですね。

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お金じゃないからこそ、自分にできることを考える

矢島

お役に立てなかったら、お礼をいただかなくても問題ありません。

そのかわり、「もしお力になれたのなら、無理なく、あなたらしい、お礼をいただけると嬉しい」と伝えています。

そうすると、とても想像力や思いやりが込められたものが届くのです。「こんなに素敵なお礼をいただけるんだ」と毎回感動しています。

お金で払うよりもむしろ、いろいろなお礼の仕方がありますね。

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矢島

会社さんや担当者さんの純粋なお心って、お金だと見えにくいじゃないですか。キャンペーンのお礼では、それがダイレクトに伝わるので、とても嬉しいです。

藤田

私たちもどのような依頼が来るのか、どのようなお礼がいただけるのかがわからないので、ワクワクしています。

その自由さゆえに最初は戸惑う依頼主の方もいらっしゃいますが、結果的にみなさんの想像力が引き出されているようで。

お金というフレームが取り払われた状態だからこそ、能動的に考えられる状況になるのだと思います。

自分らしいお礼を考えるのは、きっと相談する側にとっても珍しい、実験的なことですよね。

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矢島

和えるは社会実験を続ける会社です。もちろん仮説を持って取り組みますが、0円キャンペーンではその想定以上に素晴らしいことが起きました。

この実験を通して、「社会はまだ温かかった」という実証もでき、そして時には、お金がこの温かさを奪っていたのかもしれないと感じました。

「お金がないと話しかけることすらできない社会」になっていると言えませんか?

あぁ、確かに……!

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矢島

このキャンペーンで起きていることは、私の原点に近いのかもしれません。私は学生時代、伝統工芸の職人さんに取材していました。

職人さんの手を止めて、話を聞かせていただく以上、最低限「なにか」を返せる可能性があることがとても大事。

だからこそ、記事としてご活動を紹介することはもちろん、いただいた原稿料でその職人さんの作品を買うこと、取材先でお金を使うことも意識していたのです。もちろんどれも素敵で使ってみたい!という純粋な想いでしたが。

自分にできることを考えてお礼する。かつて矢島さんが職人さんの取材で意識していたことが、0円キャンペーンを活用する相談主さん達のなかでも起きているのですね。

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子どもの手の大きさを記録できる『宮城県から 作並こけしの 成長てがた』。胴体を握りやすい細さにし、赤ちゃんがなめても安心な顔料を使用している。

「社長を活用する」ことで、社員が経営者の目線をもつ

キャンペーンは年1回開催されていて、2022年で3回目の実施となりました。社内で何か変化はありましたか?

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藤田

矢島の行き先は社員が一人ひとり意見を出し合って決めているのですが、そこでの学びが大きくて。

100%意見が合うとは限りませんが、考える基準やプロセスを話し合うことで、他の社員の視点や、経営者としての観点がリアルに感じられました。

矢島

私は「社長に使われる会社ではなく、社長を活用するのが会社が良い会社だ」と言い続けています。

会社は社員を食べさせてくれる相手ではなく、社員が育てる存在なのです。だから、私たちは会社のことを子どものように捉え、「和えるくん」と呼んでいます。

だから、社長と従業員という考え方ではなく、一人ひとりが経営者のような感覚で働こうという考えがベースにあるのです。

経営者のような感覚?

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矢島

和えるには、

・日本の伝統が次世代につながること
・文化と経済が両輪で育まれること
・三方よし以上であること

という3原則があります。

これはそのまま、キャンペーンの行き先を選ぶ基準にもなっています。

この基準に則って判断されたのであれば、和えるとして取り組んでいい事業ということ。しっかり内容を理解していれば、社長の私でなくても判断できると思うのです。

生まれたての赤ちゃんの繊細な肌を優しく包む『徳島県から 本藍染の 出産祝いセット』。aeruブランドの商品はどれも3原則を反映したものばかり。

なるほど。経営者として時間の使い方を考える機会になっているのですね。

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矢島

私への指示は「きっとこれにつながるから、里佳さんいってらっしゃい」とか、「これとこれを全部和えてきてください」といったコメントや、話すべきポイントまで具体的にまとまっています。

貸し出す時間も厳密に決められているので、そういうリクエストには正確に答えているつもりです(笑)。

こういうキャンペーンの行き先を考える社員のコメントや評価を見ていると、経営スキルや感覚の具合がわかります。研修制度と呼んでしまうとつまらないですが、社員の成長を確かめられる機会にもなっていると思います。

よりよく生きるために、制度ではなく文化を育む

お金というフレームを取り払い、仕事との付き合い方を考え直すことで、社内にも社外にも、まさに三方よし以上の影響が生まれていることがわかりました。

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矢島

社員にとってもいい機会になっていますし、「キャンペーンを続けてほしい」「今ではないけれどいずれ応募したい」というお声もいただきます。

みなさん、楽しみにしてくれているみたいで。恒例行事になりつつあると感じています。

矢島さんをはじめ、和えるの社員さんとお話をしてみたい、想いを持った人たちはたくさんいるはずですよね。

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矢島

今度、キャンペーンに応募してくださった音楽教育団体で講演をするのです。

まさか自分がピアノの先生とつながることがあるとは思いませんでしたが、よく聞けば先生達も地域を相手にする仕事。だからこそ、地域との関わり方について学びたいという意外な共通点がありました。こういうふうに、私たちの可能性も見出してもらっているように感じます。

職人さんによる『大分県から 竹細工の ベッドメリー』。赤ちゃんの頃だけではなく、暮らしのインテリアとしても長く楽しめる。

偶然の出会いが生まれる機会になっているのですね。

和えるでは今後、0円キャンペーン以外にも、こうした新しい制度を作っていくのでしょうか?

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藤田

うーん。制度を作ろうとして何かが生まれるのではなくて、何かをしたいと思って取り組んでいたら、気がつけば環境ができている感覚ですね。

矢島

私は会社の中に、制度ではなく文化を生み出すことにこだわっています。経営者にできるのは方向性を示すことくらいで、実際にそれを作っていくのは社員たち。

あえてルールを挙げるとすれば、「性善説でよりよく生きてください」ということだけです。

社員一人ひとりが考えを共有しあって、決め事を繰り返すから、厚みのある文化ができるのだと思います。日本の伝統を次世代につなごうとする会社ですから、自分達でも文化を生み出し続けることを、常に実験的にやり続けていたいと考えています。

会社として大事にしていることが明確で、社員一人ひとりが経営者としての目線を持つからこそ、さまざまな挑戦ができるのだと感じました。本日はお時間をいただき、ありがとうございました!

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2022年2月取材

取材・執筆=淺野義弘
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト