VRオフィスがオンラインとリアルを補完する ー NEUTRANS
新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの企業が従来の働き方を見直さざるを得ない状況になりました。
紙ベースで管理していた書類や情報をデータ化したり、インターネット環境を整えてテレワークをできるようにしたりと、新しいワークスタイルが定着しつつあります。
WORK MILLでは、働き方や働く環境のDXを推進するテクノロジーを「Work Tech」と称し、これらをテーマに先駆者たちのお話を数回にわたりお届けします。
第一弾の株式会社ビットキーと第二弾の株式会社tonariに続き、第三弾でご紹介するのはバーチャル空間によって多面的なビジネス環境を提供する、株式会社Synamonです。
同社が提供するのは、3DCGによって構築したバーチャル空間を利用してビジネス活動が行えるVRイノベーションタワー「NEUTRANS(ニュートランス)」。
今回お話しいただくのは、同社のビジネス全般を統括するビジネスディベロップメントの武井さんと、NEUTRANSを実際に利活用し、新しいワークスタイルを検討しているSynamonのパートナーであるNECネッツエスアイ株式会社、執行役員の西川さんと新事業開発マネージャーの田中さんです。
NECネッツエスアイ株式会社のVRオフィス内で取材を行い、バーチャル空間で実現できることや、VR・リアルにおける今後の在り方などについてお話をうかがいます。
バーチャル空間はZoomの次のステージではない
ー西川明宏(にしかわ・あきひろ、左)
NECネッツエスアイ株式会社 執行役員 「働き方改革」「DXビジネス」を担当 人と空間とICTをつなげ、最適な働く場とプロセス改革を提供するEmpowered Bussiness、と共に、全社社員のマインドや文化醸成を重要と考えコーポレートカルチャーデザイン室長を兼務。
ー武井勇樹(たけい・ゆうき、右)
新卒でITベンチャーのSpeeeに入社しWebマーケティングのコンサルティング等に従事する。 その後、渡米してUC Berkeley ExtensionのThe International Diploma Programs (IDPs) を修了。 2018年よりSynamonに入社し、「NEUTRANS」の事業開発やセールス部門を統括している。
WORK MILL:はじめに『NEUTRANS』の、サービス内容や仕組みについて聞かせていただけますか?
武井:NEUTRANSとは、3DCGによってバーチャル空間を構築し、アバターの姿になった複数人が他拠点から同じ空間に集まりビジネス活動が行えるサービスです。主な用途は会議・セミナー・取材・トレーニングなどですが、多種多様な使い方ができます。従来のビジネス活動はオフラインかオンラインかの二択で行ってきましたが、バーチャル空間を活用してさらにオフィスワークを加速させていけるのです。
WORK MILL:NEUTRANSは、Zoomとは違う新しいサービスなのでしょうか?
武井:私たちは「リアル」と「オンライン」の間に、ものすごく大きな狭間があると考えています。よく私たちもNEUTRANSのようなサービスを提供していますと「ZOOMを置き換えるんですか?」とか、「リアルでのコミュニケーションはバーチャルで無くなっていくんですか?」と聞かれることがあります。
「リアル」と「オンライン」にはそれぞれ良さがあります。ただ、二つの間のギャップがまだまだ大きいので、第3の選択肢としてのバーチャルが必要なのだと考えております。
たとえば昔の連絡手段といえば「手紙」でしたが、技術が進化するにつれて「電話」や「メール」が登場し、最近では「チャットツール」なども一般化されつつあります。
時代の流れに合わせて、様々なコミュニケーションツールが生み出されていますが、チャットツールが登場したからといってメールや電話がなくなってしまったわけではありません。
あくまでも、それぞれの得意不得意を補完していく関係性にあるといえます。そういった意味で、バーチャルは新しい選択肢になるのではないかというのが私たちの見解です。
西川:NECネッツエスアイでも4年前※1 から、Zoomを活用したリモートの働き方を追求しています。
※1 NECネッツエスアイでは2017年から職種関係なく在宅勤務を採用し、zoomの全社員導入を開始しました。
コロナが流行り始めてすぐの頃は、仕方なくZoomやリモートワークを取り入れる企業が多くありました。しかし最近では、リモートワークの良さが発揮され始めています。たとえば、社長から担当者まで、現在地が異なる様々な人がZoom会議に参加できるようになりましたよね。
これは、完全にリアルでは実現しにくいことです。こうしたバーチャルの良さを考えてみると、リアルよりバーチャルの需要が圧倒的に増えていくのではないかと思っています。
WORK MILL:例えば「週何日の出勤があるのか」といったリモートワークの状況について教えていただけますか?
西川:日本橋勤務においてはコロナ発生時から目標出社率を50%以下に設定し、slack botを活用して出社率をカウントしはじめました。そして現在でもこの目標出社率を維持しているため、比率としては50%以下、出勤頻度は週2~3日といえます。
WORK MILL:withコロナになってからは、やはりVRオフィスを使いたいといった企業も増えているのでしょうか?
武井:コロナ前と比較すると、Zoomだけでオフィスの臨場感や一体感を再現するのは難しいため、バーチャル技術を使って何かできないかといった問い合わせが増えてきていますね。
WORK MILL:頭脳と頭脳をぶつけ合ってアイデアを出し合うクリエイティブな作業というのは、Face to Faceで仕事をすることが重要だとも言われています。そこでお聞きしますが、バーチャル空間でそういったクリエイティブなチーム作業を遂行していくのは、実際に可能なのでしょうか?
武井:はい、十分に可能です。私たちとしては、バーチャルとクリエイティブな作業は相性がいいと感じています。その理由は、バーチャル空間でもリアルで行っている作業が再現可能だからです。
リアルで行う具体的なクリエイティブ作業として、みんなで同じホワイトボードを見たり、ディスカッションをしたり、新商品のモックアップ(サンプル)を見ながら意見を出し合ったりしますよね。こうした作業は、バーチャル空間でも問題なく再現可能です。
西川:コロナ禍では、大人数がオフィスに集まってアイデアを出そうとしても、密を避けるために結局はバラバラの席に座って作業を進めなければなりません。
しかしデジタルツールを活用することで、バーチャル空間で集合し「付箋に書いて貼り付ける」や「ホワイトボードを活用してディスカッションをする」といった、リアルに近い感覚でイノベーションやアイデアの創出が可能です。
柔軟な働き方が可能となり、従業員満足度も高まる
WORK MILL:西川さんに伺いますが、NEUTRANSを実際に導入してみて従業員の満足度はいかがでしょうか?
西川:バーチャル空間を使ったリモートワークで、従業員満足度は非常に高くなっていると感じています。その理由はやはり、リアルに近いコミュニケーションを図れるようになったため、効率よくアイデアを考えられたり議論を進められたりするからです。
一方で、VRを活用してビジネスを展開している企業はまだまだ少なく、あまり浸透していない点は課題といえるでしょう。
田中:私は先日、バーチャル空間とZoomの両方を使ってワークショップを開催してみました。両者を比べてみて、ワークショップのようなイベントに関しては、その場を共有して一体感が出るバーチャル空間が向いていると感じました。
バーチャル空間のワークショップに参加した人からは、音声が崩れることもなく、声がほかの人と被ってもそれほど違和感がなかった点から「雑談しやすかった」という感想も集まっています。
ただし、ほかのツールとの親和性や軽量化などの課題をクリアしていかなければなりません。またキーボードが実装されていないので、資料づくりには向いていないと言えます。
たとえば紙にメモを書いて、バーチャル上でディスカッションを行うことはできますが、実際にそれを資料としてまとめ上げるためにはパソコンで作業したほうが圧倒的に早いのです。
このため、コミュニケーションツールとしては便利ですが、業務遂行の視点ではまだまだ課題がある状態です。ほかにも、私たちの業務で言いますとSI(システムインテグレーター)として顧客訪問した際に行う機器の設定をシミュレーションできればよいですが、どこまで緻密にVR空間を構築できるのかという点においても課題が残ります。
VRは若い世代から普遍化し、徐々にミドル・シニア層へと浸透していく
WORK MILL:VR空間は、ビジネスだけではなくイベントなどでも活用していけるのではないでしょうか?たとえば、シンガーソングライターの米津玄師さんが、2020年にバーチャルライブを開催したことが話題になっていましたよね。
こうしたVRを活用したイベントは、「スムーズに受け入れられる世代」と「受け入れがたい世代」がいると思いますが、なかなか変化を受け入れられない世代にはどう受容してもらうのでしょうか?
西川:たしかにバーチャル空間を受け入れられる世代と、そうでない世代に分かれるかもしれません。しかし、そこは「慣れ」が重要だと思っています。若い世代からバーチャル空間をどんどん浸透させて、そのあとからミドル層やシニア層が慣れてくるのではないでしょうか。
最近ではライブだけではなく、プロ野球観戦にVRを使ったりなど、様々な趣味の分野でもバーチャル空間が使われるようになってきています。そうするとミドル・シニア層も、バーチャルの世界に慣れていかなければなりませんよね。
そのため、若い人たちに引っ張ってもらいつつ、趣味を通してバーチャル空間に慣れていき、日本全体に普及していくのではないでしょうか。
武井:VRは直感的に使えるところが利点です。過去の実証実験では、60歳を超える人にVRゴーグルを被ってもらいVRの世界を体験してもらいました。その結果、正確な操作方法などはわかっていないものの皆さん直感的に動かせていたんです。
これは、リアルに近いテクノロジーだからこそ、VRのメリットを享受しやすいのだと思います。今後も、操作性やスペックなどの課題を改善していければ、ミドル・シニア層にも抵抗なく使ってもらえる世界がくるのではないかと考えています。
体験やシミュレーションだけではなく、ファーストタッチに活用されるVR
WORK MILL:将来的には、どこかに行く第1ステップとしてバーチャルを活用し「面白そうだったから実際の会場に行ってみようかな」と判断するようになるのでしょうか?
武井:そうですね。VRで、視覚や聴覚の部分をリアルに近い形で疑似体験し、面白そうだったら現地に行くというような行動が一般的になる可能性もあります。
西川:ビジネスの場においても同じことがいえます。VRではありませんが、私の会社では昨年から、クライアント様とのミーティングをZoomで行っています。最初からリアルでお会いするよりも、一度Zoomを挟んだ後にお会いした方が、実際にお会いした時に、非常にスムーズに話が進められます。
WORK MILL:VRは具体的に、どのようなシーンで利用されているのでしょうか?
武井:やはりトレーニングや研修、訓練のような場面でよく使われています。具体的には、建築現場における高所作業の研修や海外警察のテロに備えた訓練など、再現するのは難しいようなシチュエーションでVRが活用されていますね。
西川:ほかにも、旅行業界でバーチャルを活用する動きが見られています。たとえば、イタリア旅行のバーチャル映像で、ドローンなどを活用しながら大聖堂のステンドグラスを撮影すれば、リアルを超えた体験がVRでも可能です。当然、リアルな世界では、大聖堂のステンドグラスを間近で見ることはできませんよね。
アフターコロナにおけるリアルオフィスとバーチャル技術の展望
WORK MILL:今後のリアルオフィスはどのように変化していくのでしょうか?
西川:これまでにもお話してきたように、基本的なビジネスについてはバーチャルの世界でも実現可能だと思います。しかし、リアルオフィスでしかできないような部分も当然あります。たとえば、同僚同士のふざけた会話や趣味の話などです。こうした取るに足らないような会話によって、良好な人間関係を築いていけるケースも往々にしてあります。
また「飲みニケーション」という言葉もある通り、リアルで顔を見ながら会話をするから深く語り合えることもあるでしょう。こうした感情的なつながりの部分については、バーチャルが浸透してきてもリアルを求める人が多いと思います。
WORK MILL:今回取材を行っているNECネッツエスアイ株式会社のVRオフィスはリアルのオフィスと同じようなデザインにされていますが、オフィス自体を今後VRに置き換えていこうと考えているのでしょうか?その場合、リアルオフィスの位置づけはどうなるのでしょうか?
西川:リアルオフィスからVRオフィスに置き換えていこうとは、今のところ思っていません。日本橋のVRオフィスはまず「出社した気分」になってもらうためにリアルオフィスの再現をしましたが、やってみて必ずしも100%リアルに似せる必要はないとわかりました。
ほかのプロジェクトでは「リアルの『らしさ』を残しつつ、バーチャルの遊び要素を取りいれる」ことを試行しています。またリアルオフィスの位置づけですが、やはりリアルはリアルならではの価値があるのでどちらがメインというわけではないと思います。
先にもお話ししたようにまずはVRやZoomで関係構築を行ったうえで、「信頼関係の仕上げ=確かめる」をリアルで行ったりすることが大切です。苦楽をともに乗り越えてプロジェクトを完遂させたり、相手に背中を預けたりできるかといった判断は、実際に会ってみて「同じ釜の飯を食う」などの体験共有が効いてくると思います。
実際に私も、役員同士で意見が合わずに『微妙な時』はそのモヤモヤを腹割って話したいと考えるときがあります。そうした話し合いのときはZoomではなくリアルがいいですね。
武井:そうですね。VRでオフィスや業務の補完は限りなく高い確率でできますが、なにか不安や確信が持てないときなどはリアルのほうが早いし最適だと思います。
WORK MILL:最後に、20年後や30年後の近未来では、どのような世界になっていると思いますか?
武井:たとえば、映画の『サマーウォーズ』や『マトリックス』、アニメの『ソードアート・オンライン』のようなバーチャルが当たり前に活用されている世界がやってくるのではないかと考えています。ただし、それが果たして5年後なのか10年後なのかというタイミングをハッキリと予測することは難しいですね。
社内では「10年後はこういった未来がくるとしたら、5年後にはこれくらい、1年後にはここまで技術が進んでいないとだよね」といったように、逆算思考で未来を考えていくような議論を重ねています。
「リアル」と「オンライン」には、お互い代行できない良さがあります。この狭間を埋める第3の選択肢としてバーチャルな世界が広がっていくように、私たちも日々新しいことに挑戦していきたいですね。
更新日 : 2021年6月15日
取材月 : 2021年5月
インタビュアー : 夏目 力
ライター : 棚澤 智泉
写真提供: 株式会社Synamon、NECネッツエスアイ株式会社