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【クジラの眼-未来探索】 第15回「テレワークとオフィスワーカーの生産性 ~動機づけを中心として~」

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 未来探索」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで開催される“SEA ACADEMY” を題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。 

―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

イントロダクション(オカムラ 遠藤一)

遠藤:コロナ禍の中、多くの企業がテレワークを実施している状況ですが、「生産性は上がったのか?」「モチベーションが下がっていないか?」「コミュニケーションが減っていないか?」といった声をよく耳にします。そこで今回は、これからテレワークをより効果的に続けていくためのヒントとして、テレワーク下でもワーカーの生産性を上げるための研究結果や、ニューノーマルにおけるワークプレイスの考え方を紹介します。

プレゼンテーション1「テレワークとオフィスワーカーの生産性 ~動機づけを中心として~」(関西学院大学 古川靖洋)

テレワークの実施状況

古川:コロナ禍でテレワークの導入が積極的に進められ、5月の時点では30%ほどの企業で導入されていました。その後ワーカーをオフィスに回帰させる企業が増えたので、現在テレワークを実施している企業は20%程度になっていると思われます。

どのようにテレワークをしていたのかを見てみると、もともとテレワーク制度があった企業で感染対策としてテレワークをした人が50%だったのに対し、制度のなかった企業で今回初めてテレワークをした人は5%ほどしかいなかったことが分かっています。制度があった企業のワーカーはすぐにテレワークできましたが、そうではない企業では対応できなかったと言えます。

テレワークの問題点として「会社でないと閲覧できない資料・データがあった」「取引先、同僚、上司との連絡や意思疎通」をあげる人が多くいた一方で「問題なし」と回答した人も4人に一人以上いました。平時から制度を整えテレワークを実施していたかどうかによってこの差が生まれたのだと思われます。

生産性が変化したかを調査した結果を見ると、生産性が「上がった」と感じている人が31%、「下がった」とした人が26%となっています。「上がった」理由は「時間的な余裕ができた」「業務が中断されない」「静かな環境で集中できる」などで、「下がった」方の理由としては「コミュニケーション不足」「家事との両立が難しい」などがあがっています。今回のコロナ禍でのテレワークはまさに緊急避難的なものであったために問題が発生し、仕事がうまくいかなければモチベーションが下がってしまうケースもあったと考えられます。

10年ほど前にテレワークを導入している企業にテレワークによって効果が上がったこと(テレワーク導入目的)を調査したところ、「仕事の効率性」「顧客サービス」「通勤時間削減」などで効果が上がっていることが分かりました。(ちなみに「災害・パンデミック対応」については、大震災前だったこともあり、効果があると回答した企業は多くありません)

一方でテレワークを導入していない企業に何が問題でテレワークをしないのかを聞いてみました。すると「労務管理が難しい」「人事評価が難しい」「セキュリティの確保」「コミュニケーション不足」などがその理由としてあげられました。これらを問題視してテレワークの導入に足踏みする傾向は現在でも変わっていないようです。

テレワークと生産性

テレワークには生産性を向上させるという目的があるのですが、これまでそれが進んでこなかったのは生産性向上との因果関係が明確になっていなかったためだと思われます。生産性はアウトプット÷インプットですが、オフィスワーカーのアウトプットを何で測るかはとても難しい問題です。

私は、アウトプットに影響を及ぼす要素を、オフィスワーカーの「アイデア創造」、「情報交換度」、「モチベーション」の3つとし、これらを高めることが業績の向上、すなわち生産性を高めることにつながると考えています。今日はこの中から「モチベーション」とテレワークの関係に絞ってお話ししていきます。

まず、テレワークを導入するだけではモチベーションは上がらないことが調査の結果わかっています。そこで、テレワーク未導入企業と導入企業それぞれに、オフィスワーカーのモチベーションを向上させる要因を聞いてみました。

未導入、導入企業いずれにも「信頼関係」「他のメンバーとの協力」「垂直方向のコミュニケーション」などが要因として挙げられていた中で、導入企業にのみ上位に入る要因があることがわかりました。それは「知識学習の機会」と「水平方向のコミュニケーション」です。そこで、このことを基にしてテレワーカーに特化したモチベーションアップ施策を考え、その効果を検証してみました。

一人で働いていると仲間と会えず気が滅入ってくるのでワーカー間のコミュニケーションを促進する、自分だけでやっていると新たなことを学習しなくなるので学習機会を充実させるといいのではないか。自律性を向上させる、権限を与える、成果・業績をしっかり承認するといった施策がテレワークには有効なのではないかという仮説を立て、それぞれの施策の効果をテレワーク未導入企業と導入企業それぞれに対して調べてみた結果をお示しします。

ワーカー間のコミュニケーション促進

個人情報の共有、水平・垂直方向のコミュニケーションや自然な雰囲気の中での意見交換、いずれにおいても(垂直方向のフォーマルコミュニケーションは除いて)テレワーク導入企業の方がより大きな効果があることがわかりました。

ワーカーの学習機会の充実

自宅に引きこもっていると自分の周りのことだけしか物事を判断できなくなってしまいます。ですから、新たな知識を得ることができるようになっているとモチベーションは向上します。ここでもテレワークを導入している企業の方が未導入企業よりも大きな効果があるようです。

ワーカーの自律性の向上

主体的な仕事の進め方を認める、業務以外の仕事を許容するといった施策をテレワーク導入企業が実施すれればモチベーションの向上につながることがわかりました。

ワーカーに対する権限委譲の促進

テレワークでは近くに上司や部下がいない状況になりますから権限を委譲せざるをえません。ですからテレワーク導入企業でそれができていればモチベーションの向上に貢献するということになります。

ワーカーの成果・業績に対する承認

改善点の実現度や失敗に対する評価方法が整っている、適切な人材配置ができている、といった成果・業績を承認する施策についても、テレワーク導入企業の方がより大きな効果があるという結果が出ています。

まとめ

テレワークを導入しただけではワーカーのモチベーションは向上しません。テレワークの導入はモチベーションの向上とは関係していないのです。ちなみに、生産性を測る指標としてお示しした残りの二つ「アイデア創出度」、「情報交換度」についても同様のことが言えます。

テレワーク導入企業で働くワーカーのモチベーションを向上させるためには「コミュニケーションの促進」「学習の機会の充実」「自律性の向上や権限委譲」「成果に対する承認」といった施策を積極的に行うことが効果的だと考えられます。

経営者側の労務管理には、成果を適切に評価する上でワーカー一人ひとりの業務内容を明確にすることが求められます。また、権限委譲するからには部下と業務のベクトルを合わせることが必要になる一方で、過度な監視は避けるようにしなければなりません。

ワーカー側の仕事に対する取り組み方について言えば、自宅で働くことを家庭内で理解されること、オン・オフの切り替えを適切に行うことが必要です。業務手順や報告方法、相談相手や相談方法を明確にしておくことや働く場所とそこを利用する頻度を上司としっかり確認し合うことも必要だと考えられます。

最後に、ポストコロナに向けてのテレワークについてお話しします。

コロナ禍で多くの企業、多くの人たちがテレワークを経験し、テレワークのメリット・デメリットを認識することができました。今後、ワーカーはワークライフバランスを遠慮することなく追求するようになり、ワーケーションなどを利用したいとする人が増えていくでしょう。一方で経営者は、BCP(事業継続性計画)をしっかりと計画し、自然災害や新たなパンデミックが起きたときにワーカーをすみやかにテレワークさせられるよう準備をしておかなければないと考えています。

プレゼンテーション2「コロナ禍におけるワークプレイスの捉え方」(オカムラ 遠藤一)

遠藤:テレワークが増える中で働く場をどのように考えていけばいいのでしょうか。私たちは、これからの働き方の展望を示しているキーワードを国内外・産官学が発表している資料から収集し、11(10+1)の働き方の視点にまとめました。本日は、それらの中で特に重要だと考えている「Autonomy:自律性」「Emotion:感情」「Culture:共通概念」「Performance:成果」の四つの視点でこれからの働く場を考えてみたいと思います。

Autonomy:自律性

経営者にこれから雇用したい人材について聞いたところ、「リモートでも仕事の成果を評価できる」「自律して仕事ができる」人間を求めていることがわかりました。古川先生からも話がありましたが、これからのワーカーには自律性の向上が求められます。受動的に仕事をするのではなく、いつから、どこで、この仕事をするのか、働き方を自らデザインするようにならなければなりません。

企業は、センターオフィス以外に、自宅、シェアオフィス、駅中などにあるモバイルワークプレイスなど、様々な働く場を企業は用意し、自律的に働くワーカーをサポートしなければなりません。逆に、働く場所と時間を選択することがワーカーに自律性を根付かせるきっかけになる可能性もあります。

センターオフィスの中でもこれまで以上にいろいろな空間を設けていく必要がありそうです。垂直・水平方向のコミュニケーションをとるための空間、社内外の人を交えて情報交換やコラボレーションをすることで学習機会をつくる空間など、ワーカーに自分の働き方を自発的にデザインさせる環境を整えておくことが望まれます。

Emotion:感情

テレワークが進む中、私たちはリアルな人と人とのつながりや人々が持つ感情の重要性を再認識させられています。ニューノーマルの働く場には経験を共有する機能が必要になり、リアルに会ってコミュニケーションをとる機会を意識的に設けていかなければなりません。

オカムラのある営業拠点には「部室」と呼ばれる空間があります。これはグループごとに割り当てられた専用スペースで、内部の使い方やインテリアデザインをグループが独自に決めて運用をする「たまり場」的な空間です。ここを利用してグループ内のつながりを強固なものにし、経験や感情を共有することを進めています。

古川先生の話で生産性を測る指標の一つに「アイデア創出度」がありました。社内外の人が集いワークショップやコラボレーションをすることで新たなアイデアを生み出していく共創エリアで他グループや社外の人と交流することも有効な施策だと考えられます。

Culture:共通概念

組織にはメンバーの考え方や行動を導く価値観、暗黙的な前提といった「組織文化」があります。オフィスのような人が集まる場には、このような目には見えない「会社の雰囲気」のようなものを大切にしなければなりません。テレワークが普及する中、企業ブランドやカルチャーに対する意識を再確認する必要性が高まっているのです。

自社の製品やサービスに触れることのできる展示、事業領域を表現したインテリアデザイン、企業のイメージカラーを配した空間。受付・ロビーなどで会社のブランドを社外の人にアピールすると同時に社員に再認識させる、そんな試みに取り組んでいるオフィスは既に数多く存在します。

終了した社内のプロジェクトのレビュー会をオープンでフランクな雰囲気の中で、直接かかわりのなかった人も交えて行うことも価値観を広く共有することにつながりそうです。逆に「1on1」など、上司と部下がクローズドな環境で面談して共通概念を確認し合うことも有効だと思われます。

Performance:成果

紹介してきた3つの視点の施策を導入する前に、現在の生産性がどのような状態にあるのかを企業はきちんと把握していかなければなりません。オカムラ(グループ企業のエフエム・ソリューション)では古川先生と共同で「オフィス生産性調査」を開発しています。

これは、生産性を測る三つの指標「アイデア創出度」、「他部門との情報交換度」、「モチベーション(モラール)」それぞれをWebアンケート調査によって数値化するもので、基準値と比べて自社の生産性が高いのか低いのかを偏差値等を見ることで判定できるようになっています。

テレワークをしていく中で、例えば「モチベーション」を高めるためにはどんな施策を検討していけばいいのかがわかる仕組みにもなっていますので、まずは第一ステップとして現状の生産性の実態を把握し、さらに課題の見える化を行って重点的に検討・対応すべき施策を明確にしていただければと考えています。

おわりに ~テレワーク資格試験~

「今後、オフィスにすべてのワーカーを戻すべき」と考える企業もあれば、「どこにいても働けるのだからオフィスは不要」と語る経営者もいます。テレワーク率は両者の間のどこかに落ち着いていくのでしょうが、どの程度にすればいいのかを各企業は真剣に検討していかなければなりません。

古川先生からテレワーカーのモチベーションを高めるには「コミュニケーションの促進」「学習の機会の充実」「自律性の向上や権限委譲」「成果に対する承認」が欠かせないと説明がありました。いずれも納得できる施策だと思います。

ですが、逆に考えることもできそうです。それは、これらの施策が実施されていてモチベーション高く働くことのできる人にのみテレワークを認めるという考え方。むしろこちらの方が正論であるようにも思えます。日本でテレワークが普及してこなかったのは、この条件をクリアするワーカーが少なかったからなのかもしれません。

遠藤が最後に紹介した「オフィス生産性調査」を改造して『テレワーク資格試験』を作り、企業はそれを定期的に実施してテレワークさせる人間とさせられない人間とを正しくふるい分ける、というアイデアはいかがでしょうか。これもニューノーマルでの生産性向上策の一つだと思うのですが…。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!(鯨井)

登壇者のプロフィール

-古川靖洋(ふるかわ・やすひろ)関西学院大学総合政策学部 学部長
1985年慶應義塾大学商学部卒、1992年慶應義塾大学商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。1998年より関西学院大学総合政策学部助教授、2003年4月から現職。2019年4月より学部長。専門は、計量経営学、人的資源管理論。通産省によるニューオフィス運動開始頃から、オフィス環境とホワイトカラーの生産性・動機づけなどの関係を、アンケート調査に基づく多変量解析を駆使して、長年に渡り調査。現在は、ホワイトカラーの生産性向上策やテレワークと生産性の関連性の調査などに取り組んでいる。著書に『情報社会の生産性向上要因』、『テレワーク導入による生産性向上戦略』(いずれも千倉書房刊)などがある。2006年から一般社団法人日本テレワーク協会アドバイザー、2017年から日本経営品質賞判定委員に従事している。

-遠藤一(えんどう・はじめ)株式会社オカムラ ワークデザイン研究所
2002年武蔵工業大学(現 東京都市大学)環境情報学部卒、2005年東京工業大学大学院総合理工学研究科人間環境システム専攻修士課程修了。2018年英国・リーズ大学ビジネススクール組織行動学プログラム修了。修士(工学)。MA Organizational Behaviour(組織行動学修士)。2005年に株式会社岡村製作所(現 オカムラ)入社、同年株式会社エフエム・ソリューション出向。2018年より株式会社オカムラ。働き方やオフィス環境に関する診断業務やコンセプト策定、ワークショップの運営等のコンサルティング業務に従事。日本オフィス学会ワークスタイル研究部会所属。書籍「いい会社はオフィスが違う」共著。現在、働き方改革に関するオフィスコンサルティング業務に取り組む。

2021年1月15日更新
取材月:2020年11月

テキスト:鯨井 康志

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