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リモートワークだけでは、信頼を醸成することは難しい ー チームワーク研究者・村瀬俊朗さん

産業革命期の1729年にロンドンで竣工された東インド会社の建物、これが世界初のオフィスだったそうです。

以来人類はオフィスで働くことを当たり前にしてきました。しかし2020年現在、オフィスの意義が問い直されています。新型コロナウイルスの影響によりリモートワークが浸透し、オフィスを縮小、解約する企業も見られるようになりました。

オフィスに行くことが少なくなる、あるいは完全になくなることは、チームワークにどのような影響を及ぼしているのか。今回は日米で10年以上チームワークの研究に携わってきた早稲田大学准教授の村瀬俊朗さんに、話を聞きました。

リモートワークの現状について、「信頼貯金が削られている」「効率性を追求する段階じゃない」と村瀬さんは語ります。強固な信頼で結ばれたチームをつくるために、私たちはどうすればいいのでしょうか?

リモートワークを好む従業員、困窮するマネージャー

WORK MILL:いま、働く環境が大きく変わりつつあります。オフィスへの通勤が減ったりなくなったりした代わりに、リモートワークが浸透しはじめました。

ー村瀬俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授。1997年、高校を卒業後、渡米。2011年、中央フロリダ大学で博士号取得(産業組織心理学)。ノースウェスタン大学およびジョージア工科大学で博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴにあるリバラルアーツ系のルーズベルト大学で教鞭をとる。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。

村瀬俊朗さん(以下、村瀬):わたしは10年以上リモートワークを続けているので仕事における変化はなかったのですが、多くの人は環境の急変があったと思います。ただ予想していたよりも好意的な意見が多いですよね。「満員電車から解放された」「業務中話しかけられなくて集中できる」「家族との時間が増えた」といったように。心配されていた仕事の効率面でも、むしろ効率化が進んだという喜びの声があったりする。

WORK MILL:リモートワークが浸透している現状を村瀬さんはどう捉えていますか?

村瀬:良い側面がある一方で、マネージャークラスとメンバークラスの間では乖離が起こっていると感じます。メディアではメリットの声が多く取り上げられていますが、理解しなくてはいけないのは、それらは従業員の多くを占める一般従業員の意見だということ。マネージャークラスは相対的に少数派意見になってしまうので、デメリットの声をあげていてもメディアではあまり取り上げられないんです。

WORK MILL:マネージャークラスにおいては、どんな問題が起こっているのでしょうか?

村瀬:「メンバーの状況が把握できない」ことですね。マネージャーは個人で動くのではなく、組織を連携させることが仕事です。オフィス勤務の時は、困っているメンバーがいたら直接手助けできるし、違うメンバーにフォローをお願いするなど、チームで連携することができました。

でも在宅勤務だとメンバーの顔が見えないから、何に困っているかが分からない。メンバーからしても上司が忙しいのか、はたまた余裕があるのか状況が分からないから、助けを求めづらい。その結果、チームで連携を取ることがとても難しくなっているんです。この状態が長く続けば、業績にも影響が出てくると思います。

WORK MILL:リモートワークが本格化して間もないですから、今は影響がなくても今後どうなるかは未知の領域ですよね……。

村瀬:アメリカでは、新型コロナウイルスの流行前からリモートワークが問題視されていたんですよ。米Yahoo!では業績立て直しのためにGoogleの副社長だったマリッサ・メイヤーが最高経営責任者に就任しました。彼女は2013年2月に、テレワークを行っている全従業員に在宅勤務禁止を求めたんです。従業員同士の協力を促し、仕事の質やスピードを上げることが狙いでした。米Yahoo!だけでなく、2017年5月にはリモートワークを先駆してきたIBMがリモートワークの廃止を発表して、「オフィス勤務か退職か」を数千人もの在宅勤務の従業員に選択させました。

タスクレベルの仕事ならリモートワークでもできるんです。問題は、どのレベルのパフォーマンスを求めるか。アメリカの第一線の企業が求めているのは、ニーズがめまぐるしく移り変わる市場にハイスペックの商品をスピーディに提供することでした。おのずと、組織の高度な連携が求められます。それをリモートワークで実現することは難しい、というのがトップ企業の判断だったのだと思いますね。

オフィスで対面することが、信頼醸成につながっていた

WORK MILL:そもそも、どのような状態が「チームワークが良い」と言えるのでしょうか?

村瀬:大きく分けると、二つ挙げられますね。一つは、お互いのことをよく理解している状態です。パーソナリティや得意不得意、仕事の状況などを知っていれば、コミュニケーションが物凄く円滑になります。例えばAさんという女性従業員は昼の13時過ぎに働くとパフォーマンスが発揮しやすくて、お昼休憩前にコミュニケーションをとるのがあまり好きじゃない。息子が一人いる。仕事はマーケティングをしている……。

また、Aさんが「こんなことに困っている」と他のメンバーが知っていたなら、Aさんにお願いされる前に、役に立つ情報を教えられる。組織全員がお互いのことをよく理解していれば、多くの言葉を交わさずとも深い意思疎通ができるんです。

WORK MILL:まさに阿吽の呼吸ですね。

村瀬:もう一つは、個人の仕事の範囲を超えて組織のために尽くしている状態。感情面でメンバー同士が強く繋がっていたら、「この人のために一肌脱ごう」と自然と助け合うようになります。例えば成果が出ない同僚の学習を助けたり、仕事終わりに上司が忙しく働いていたら「なにか手伝いましょうか?」と手を差し伸べたりするようにもなる。

WORK MILL:とても理想的な関係ですね。チームワークの良い組織をつくるために、一番重要な要素はなんなのでしょう?

村瀬:信頼ですね。「信頼は大事だよ」って小学校の話みたいですけれど、大人になってもビジネスでもとても重要なんですよ。上司や先輩を信頼しているからこそ、自分の弱さを共有できます。たとえ休日がなくなっても、仲間のために尽くそうと思えるんです。

WORK MILL:信頼を醸成することは、リモートワークでは難しいのでしょうか?

村瀬:そうですね…正直、簡単ではないと思います。冒頭でお話したようにメンバー間の連携が取れにくいですから。今は、コロナ以前の信頼貯金を削っている状況だと思います。

信頼形成の観点からすると、「対面すること」は重要な意味をもつと思います。何千万年も人類が積み重ねてきたコミュニケーションの取り方からして、一緒の空間で話すのが自然ですしね。

WORK MILL:従業員全員が継続的に対面できる場所として、オフィスという場所は重要な意味を持ちそうですよね。

村瀬:そう思います。

WORK MILL:先生はオフィスで対面することの価値をどう考えられていますか?

村瀬:オフィスは、信頼関係を形成するのに重要な「雑談」が自然と生まれる空間だと思います。仕事の合間や終わった後には、近くにいる人や仲の良い人と自然と会話が生まれますよね。

お互いの多様な側面を理解するためにも、雑談はとても大切です。例えばBという男性従業員がいたとします。彼の母親は病気で彼は勤務後はいつも看病にあたっている。従業員同士がそのことを知っていたら、たとえ彼の仕事が遅れていても、「看病で大変だろうしな」と彼の心に寄り添うことができる。でも彼の家庭状況を何も知らなかったら「こいつはなんで遅れるんだ」と彼に苛々したり、きつく当たってしまうかもしれない。やっぱり、個人同士のつながりは対面でこそ育みやすいものだと思います。

働き方はハイブリッドへ。オフィスでは「存在感のない人」を仲間に入れる

WORK MILL:一方で、新型コロナウイルスの感染防止を踏まえると、リモートワークも取り入れなければいけない状況ですよね。

村瀬:そうですね。多くの人は今、ハイブリットに働いています。つまりフルリモートワークでも週5日出社するわけでもなくて、リモートワークとオフィスワークを組み合わせている。

会社によってハイブリッドのパターンもさまざまです。例えば全従業員共通してリモートワークを週3日、出社を週2日。または一部の従業員だけ週5日出社して、それ以外の従業員は週5日リモートワークという場合もあるでしょう。

村瀬:ハイブリッドの働き方の難しさは、そのパターンによっては社内に敵対関係が生まれてしまうこと。

例えば一部の従業員は週5日出社、それ以外の従業員は週5日リモートワークの場合、社内は二分化されてしまいます。マネージャーは出社している人と自然と会話をしますし、時間が合えばランチを共にします。結果として、出社している人をある意味、えこひいきせざるを得なくなる。フルリモートワークの従業員は「出社している人の方が優遇されているんじゃないか」と不満を募らせたり、「コロナでリストラを宣告されるのは自分かもしれない」と不安を抱いてしまう。

そうすると、出社している人とリモートワークの人との間でどんどん溝が深まり、組織間の連携が取れなくなっていきます。

WORK MILL:ハイブリッドの働き方の中でも、どのようなパターンをめざすべきなのでしょうか?

村瀬:大事なのは、可能な限りリモートワークと通勤頻度の公平性を保つことだと思います。週2日はみんなと顔を合わせる、コアタイムの11~16時は必ずみんなが出社する、などといったルール設定なら、雑談も自然と生まれるはずです。

WORK MILL:出社日が少ないですから、オフィスで過ごす意義も変わりそうですよね。

村瀬:そうですね。重要になるのは、リモートワークでも強く連携できる信頼関係の土台をつくることだと思います。タスクはリモートワークでもできますからね。オフィスでは会議で深い議論をしたり、積極的にグループでランチしたりしましょう。仕事でいま何に困っているかを話すだけではなく、生活の中で何が楽しいかも共有して、感情的なつながりを強固にできることが理想です。

このとき大切なのは、リモートワークで存在感が薄くなっている人を積極的に仲間に入れること。オフィスで働いていても存在感の薄い人はいますが、リモートワークになると、そういう人がもっと増えてしまいます。相手が何をやっているかわからないと、直接のやりとりがない限り、各々の意識から存在が抜け落ちる人が出てくるためです。存在感のない人は疎外感を覚えますし、それがチームワークにも悪影響を与えてしまいます。

マネージャーだけにリーダーシップを求めない

WORK MILL:オフィスでは信頼を醸成することを前提として、ハイブリッドの働き方ではどうすれば組織の一体感を生み出せるのでしょうか?

村瀬:明確な意識変化をすることです。これまでオフィスで働いていた延長線上でハイブリッドの働き方を考えてはいけませんから。

WORK MILL:具体的にどのように意識を変えるべきなのでしょう?

村瀬:大切なのは、マネージャーだけにリーダーシップを求めないことです。これは対面でも意識して欲しいのですが、特にリモートワークでは現場のメンバーが何をしているかマネージャーが全てキャッチアップすることが難しい。だから部下からコミュニケーションを働きかけることが重要です。

例えば、Slackなどのビジネスチャットツールで現場の従業員だけが仕事のコミュニケーションをとっていたら、上司は何が起こっているか知る由がありません。従業員は「ある程度進行したら上司に報告すればいい」と考えているかもしれませんが、上司は「プロジェクトはいまどのくらいの進捗なのか」「順調なのか」「それともトラブルがおきているのか」全く分からないから不安になりますよね。

プロジェクトの進捗状況、個人的に困っていることなど、仕事についての細かいコミュニケーションを上司に働きかけることは、現場のメンバーの責任だと思います。

WORK MILL:リモートとオフィスのコミュニケーションの違いを考えると、現場の意識改革も必要ですよね。一方で「意識を変える」だけだと、属人的で下から上のコミュニケーションが浸透しない恐れもありそうです。

村瀬:おっしゃる通りです。ですから、新しいコミュニケーションのシステムをつくることが大切で。リモートワーク、ハイブリッドの働き方で市場で勝てるのは、下から上へのコミュニケーションが活発な組織だと思います。

WORK MILL:具体的には、どうすればいいのでしょうか?

村瀬:すぐにトライできるのは、ビジネスチャットツールでやり取りする場合、プライベートチャンネルでのやり取りを基本禁止にすることです。代わりに、プロジェクトやトピックごとのオープンチャンネルをいくつか作り、上司を入れることはもちろん、プロジェクトに関係ないメンバーも入れましょう。これには、二つのメリットがあります。

一つは、「現場が何をやっているのかわからない」という上司の不安がいくらか解消されること。プロジェクトの進捗が逐一わかりますし、客観的に「この人がこれくらい話しているから大丈夫だ」と安心できます。

村瀬:もう一つは、リモートワークでは難しかった、部署間をまたいだ横のつながりを形成できる可能性があることです。各メンバーが自分に関係のないプロジェクトのチャンネルにも入ることで、知見や交流を深めることができます。Aのプロジェクトの話が、Bのプロジェクトにとっても重要な情報である場合だってありますから。

オフィスでは部署の島が離れていると話しにくいし、情報が耳に入りにくいですけど、オープンチャンネルなら、誰がどういう情報を持っているのか、どういうことをやっているのか一目瞭然でわかります。これはオンラインならではの良さかもしれませんね。

今は効率性を追求するフェーズじゃない

WORK MILL:リモートワークでは仕事の効率性に影響がないかばかり懸念されますけど、まずは信頼関係を醸成したり損なわない環境をつくることが大事なんですね。

村瀬:そうですね。オフィスがあったら自然と行われていた、マネージャーにすら見えないところでの助け合いがなくなりました。だからこそ今は、一人ひとりが弱いところを共有して困っていることを解消しなければいけません。

でも弱さを共有することは、相手への信頼がないとできませんよね。今考えるべきことは、どうやって信頼関係をつくるのかということであって、効率を求める段階じゃないんですよ。

WORK MILL:「効率を求める段階じゃない」、この意味はよくよく考えなければいけませんね……。

村瀬:信頼関係をすっ飛ばして効率を追い求めても、短期的に成果は出るかもしれませんが、長い目で見ると組織は脆くなってしまうと思います。

それに無駄がないと人間は疲れてしまうと思うんです。例えばアリって全体の2割が働いていないんですね。でも働いている8割が疲れてくると、その2割が働きだすんです[1]

個人単位でみると「こいつ怠けてるじゃん」と思うけど、組織全体でみると怠けている人が重要だったりするんです。効率性ばかり追求すると、組織全体が疲弊しやすくなります。ゆるいペースで働くとか雑談するとか、一見無駄にみえることが、心のエネルギーになっているんじゃないかと思うんです。

WORK MILL:いまはオフィスの解約も進んで、「オフィス不要論」も生まれていますけど、あらためてオフィスの必要性が明らかになった気がします。

村瀬:オフィスの意味を皆さんものすごく考えていらっしゃると思います。不要だと判断した企業は解約を進めるし、規模を縮小したりしている。でもオフィスがあることで、いろんな無駄が生まれたり、助け合いが自然と起こってきました。そういうことが組織の豊かさにつながると思うんです。

■参考文献
[1]Hasegawa, E., Ishii, Y., Tada, K., Kobayashi, K., & Yoshimura, J. (2016). Lazy workers are necessary for long-term sustainability in insect societies. Scientific Reports, 6(1), 1-9.

2020年12月8日更新
取材月:2020年10月

テキスト:田中一成
写真:
長野竜成