働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

「バイオフィリックデザイン」は、人が人らしく生きるための工夫 ― parkERs梅澤伸也さん

WORK MILL編集長の山田が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、屋内緑化に特化した空間デザインとプロデュースを展開する「parkERs(パーカーズ)」のブランドマネジャー・梅澤伸也さんをお迎えしました。

parkERsの緑あふれる新オフィスの誕生秘話を伺った前編に引き続き、後編では「バイオフィリックデザイン」「人と緑との関係性」といったキーワードを中心に、これからの働く場がどのように変化していくのか、二人でじっくりと語り合いました。

問われるリアルの場の意味、これから機能する5種のワークプレイス

山田:コロナ禍で移動が制限される状況に置かれている今、多くの企業が「オフィスを持つ意味」を問い直し始めています。梅澤さんは、これからのオフィスや働く場の在り方が、どのように変化していくと思われますか?

梅澤:働く場所の選択肢は確実に増えていきますよね。それらは機能別に、5つの種類に分類できると考えています。

―梅澤伸也(うめざわ・しんや) parkERs(パーカーズ) Brand Manager / Co-founder
1980年群馬県生まれ。(株)ソニーミュージック、楽天(株)を経て、ケニアのサバンナに触発され2013年に青山フラワーマーケットから派生した空間デザインブランド「parkERs(パーカーズ)」の設立メンバーに。人と植物や自然要素の共存した空間プロデュースを展開。「デザイン性」と「専門性」を融合させ、産業の垣根を超えたビジネスモデルに、科学的根拠やテクノロジーを取り入れた活動で海外からも注目を集めている。「緑化の潮流」や「組織づくり」等TEDxでの登壇、中央大学他で講師なども担当。

山田:一通り、ご説明していただいてもいいですか?

梅澤:第一に「メインオフィス」。従来の“本社”に相当するオフィスは、会社のブランドやアイデンティティを象徴するような、オウンドメディアやショールームのような機能を持つ場になってくる。

第二に「サテライトオフィス」。メインオフィスに対して、こちらは各所に点在するイメージですね。個人の投資では実現できないような、働くことに特化した環境が用意される場です。ここでは、事業部単位で人が集まって作業や会議をすることが増えるでしょう。

第三に「ミドルオフィス」。これは各従業員の家の近隣に置かれる、シェアオフィスやコワーキングスペースなどの準オフィスです。個人が作業に集中したり、商談をしたりするのに用いられます。

第四に「サードプレイス」。カフェやワーケーション先など、オフィス以外で働ける場所です。気分転換や、新たな着想を得るために選ばれます。

そして、第五に「家」です。私も直近は家で仕事する機会が増えましたが、うちには未就学児の子どもが2人いて、家の中では彼らがひっきりなしに動き回っているので、もう全然仕事になりませんでした(笑)。メール確認などの事務作業なら十分できるんですけどね。

山田:そうですよね。この状況下でテレワークの流れは来ていますが、みんながみんな必ずしも、家の環境をワーキングに最適化できるとは限りません。

ー山田雄介(やまだ・ゆうすけ) 株式会社オカムラ WORK MILL編集長
学生時代を米国で過ごし、大学で建築学を学び、人が生活において強く関わる空間に興味を持つ。住宅メーカーを経て、働く環境への関心からオカムラに入社。国内、海外の働き方・働く環境の研究やクライアント企業のオフィスコンセプト開発に携わる。現在はWORK MILLプロジェクトのメディアにおいて編集長を務めながらリサーチを行う。一級建築士。

梅澤:だからこそ、リアルのオフィスの存在価値はなくなったりしないと思います。その代わり、従業員がそれぞれの状況や用途に応じて、5つの働く場を使い分けながら仕事をするスタイルが、これから主流になっていくのではないかなと。

山田:会社側としては、こうした選択肢を用意しておくこと、または従業員が選択肢を持てるように支援していくことが、重要なポイントになってきそうです。

「何かいい」の壁を越えていくためのエビデンス

山田:これからの人とグリーンの関係性についても、ぜひお聞きしたいです。parkERsでは「バイオフィリックデザイン(人と自然が調和することで、幸福や健康が促進されるような環境づくりを目指すデザイン思考)」を積極的に取り入れられていますよね。梅澤さんは、人にとって植物とは、どういった存在だと捉えられていますか。

梅澤:そうですね……ひとつ、逆に質問をさせてもらってもいいでしょうか。山田さんはコロナ禍の自粛期間中に、観葉植物やガーデニンググッズなどは買われました?

山田:僕は、お花を定期的に買うようになりました。

梅澤:そう、皆さん結構、このタイミングで花や緑を欲したと思うんですよ。アメリカだと、4人に1人がガーデニンググッズを買ったというデータも出ています。それって、なんだかすごく本能的な反応なんじゃないかなと。

資本経済の世界観の中には、快楽や欲望をお金で満たせる手段が、たくさんあったりする。わかりやすく楽しいし刺激的だから、みんな普段はそっちに目を奪われがちです。

けれども、手軽に欲を満たしたり発散したりする選択肢が、コロナ禍で一時的に削ぎ落とされてしまった。そしたら、多くの人が緑を求めて散歩をしたり、土いじりをしたりするようになった。「ああ、人は根っこの部分で、やっぱり自然に回帰していく欲求を持っているんだろうな」と、あらためて実感したんですよね。

山田:たしかに。この機に緑の安らぎや必要性を、身体的かつ直感的に感じた人は、少なくないと思います。

梅澤:グリーンと人との関係性に注目する人たちは、実はコロナ以前からも目に見えて増えてきていたんです。従来、自然について提言したりするのは、もとより環境問題に関心の高い人たちがほとんどを占めていました。しかし、昨今では経済界からも声の上がる頻度が増えています。

たとえば、ドイツのメルケル首相をはじめ、世界各国の首脳陣のアドバイザーを務める文明評論家ジェレミー・リフキンは、2019年に『THE GREEN NEW DEAL』という本を出しました。簡単に要約すると、ここでは「グリーンに投資すると国が強くなり、人々が幸せになり、経済も上向いていく」ということが、さまざまなデータを用いながら説かれているんです。

山田:これまでは「経済活動を縮小してでも取り組まなければならない」というふうに、義務的なニュアンスが強かった環境へのアプローチが、今では全方位的にポジティブな取り組みとして再認識され始めてきていると。

梅澤:私たちの生活を取り巻く「経済・社会・環境」という大きな三つの要素は、実は自然や緑によってバランスが保たれている。だからこそ長期的な視座で見たときに、自然と調和していくことが、サステナブルな生存戦略になるのだと考えています。

けれども、「オフィスのなかに緑を置く効果」などは、体感値で訴えかけてもなかなか浸透しづらいのも現状です。僕らも提案に行くと「毎月メンテナンス費としてかかるのが数万円、それだけの価値はどこにありますか?」と、必ず聞かれます。

山田:「緑が人間にとっていい」というエビデンスは、学問分野のほうから出ていたりするのでしょうか。

梅澤:現状で信頼できるエビデンスが取れている緑の効果は、3つ挙げられます。リラックス効果、クリエイティビティの向上、そしてポピュラリティ(好感度)への寄与です。

山田:ポピュラリティへの寄与とは?

梅澤:「人が何を好意的に感じ、何に嫌悪感を覚えるのか」は、文化や宗教の違いに大きく左右されます。そのなかでも、植物に対してネガティブな感情を持つ人は、極めて少ない。天気と同様に「誰も傷つけない話題」として、植物は機能しやすい。目の前に植物のある状態は、コミュニケーションのハードルを下げ、対話を促す効果があるんです。

山田:なるほど、それは体感的にもわかります。

梅澤:緑化の投資対効果を問われたときに、こうしたエビデンスを提示しながら、しっかりと訴求できるような土台をつくっていくことは、今後の課題ですね。そのために、最近では企業や大学と協力しながら、自分たちでも研究活動に取り組んでいます。

「緑ってなんかいいよね」と皆が言う。その「なんかいい」の壁をデータを示していくことで越えて「確実にいい」に変えていければ、オフィスの緑化はメジャーになっていくはずです。

目先の利益に囚わない、ドリルの先端であり続ける

山田:植物に真摯に向き合いながら、そのよさをなんとか数値化、言語化していこうと、さまざまなアプローチを取られているところが、parkERsさんの唯一性だなと感じています。研究部門を持てるような大企業ならともかく、数十名ほどの規模で、基幹研究に近い取り組みをされている会社は、ほかにあまり見たことがありません。

梅澤:僕らは根底に「花や緑が人を豊かにする」という信念を持っています。「緑が人類共通のソリューションになる日がきっと来る」と、淡い野望を持ち続けています。この信念を貫き続け、野望の実現に向かっていくためには、研究も「やるしかない」って気持ちなんですよね。自分たちがやらずして、ほかに誰がやるんだと。

「緑があると豊かになる」ということを体感してほしい、広めていきたいという思いから、短期の営利に反することもやっちゃうんですよ。

山田:それは、どういうことですか?

梅澤:たとえば、このオフィス内の植物はセンサー管理していて、必要な水やりを自動で行なうシステムを導入しています。このシステムを開発したことで、メンテナンス費を最大で従来比の50%下げられるようになりました。

ただ、実際にこれを導入することについては、周りから反発があって。「メンテナンス費が収益源のひとつなのに、自分で自分の首を絞めるようなことをして、どうするつもりだ」と(笑)。

山田:それは、ごもっともな意見ですね(笑)。

梅澤:でも、そこで僕らは、目先の利益よりも「緑の豊かさや必要性」の認知が広まることを優先しました。経費がボトルネックになってオフィスの緑化が広まらないなら、自分たちの取り分が目減りしたとしても、導入のハードルを下げていきたい。それは単なるお人よしの判断ではなくて、「緑化が広まった未来では、parkERsがもっと活躍できる」と信じているからです。

山田:オフィス緑化の領域の先駆者として、「何を提供していくことが優位性や価値になるのか」を、明確に見すえられているのですね。

梅澤:今後、この領域はさらに注目度が高まって、資本力のある企業がどんどん参入してくると思います。私たちはほんの小さな一事業部ですから、「すぐに踏みつぶされてしまうかもしれない」という恐怖は、常に持っているんですよね。

だからこそ、選ばれ続ける存在でいなければならない。そのために本質を突き詰めて、常にドリルの先端となって、新たな道をつくっていきたいと思っています。

幸いなことに、そういう「誰もやっていないチャレンジをすることに美徳を感じる」みたいなタイプの人間が、うちの会社には多いんですよ。変化や挑戦を進んで受け入れられるメンバーに恵まれているからこそ、parkERsはここまで道なき道を歩んでこれたし、これからも歩んでいけるのだと信じています。

人らしくあるため、まずはデスクに一輪の花を

山田:最後に、梅澤さんご自身が、これからチャレンジしていきたいと思われていることがあったら、ぜひお伺いさせてください。

梅澤:オフィス内で使用するエネルギーを、オフィス内ですべてまかなえるようなシステムをつくっていきたいですね。たとえば、オフィス内に流す水を利用して発電をするとかして。環境に負荷をかけない循環型のグリーンオフィスを実現させたいなと思っています。

それとともに、もっと人にとっても安心できる空間づくりができる技術や知見も、さらに深めていきたいです。いま弊社でも協力しているある研究では「どのような植物が、どういった影響を人間に及ぼすのか」を、さまざまな角度から調査しています。

人が植物に対して感じる印象と植物の形状などを数値化して、デザインの設計指針に取り入れるなど、さまざまな切り口で測定した結果を集積していって、ゆくゆくは「適材適所で植物の力を借りて、人が人らしくいられる、働ける環境を実現する」というところを目指していきたいですね。その糸口を掴めたら、緑と人間がもっと自然に、共生の関係を紡いでいけるはずです。

山田:「人が人らしく」という言葉、力強く響きました。parkERsの緑あふれるオフィスのなかにいると、一般的なオフィスがいかに自然から分離された環境なのか、痛感しますね。

室内に緑が溢れる環境は、慣れるまでの違和感はありつつも、しばらくいるうちに自然と馴染んで、心が穏やかになります。一方で無機質で人工的な環境には、常にどこか緊張感が漂う。その緊張感が仕事にうまくハマることもあるとは思いますが、どちらがデフォルトとして「人らしく」あれる環境かと問われると、やはり前者なのかなと感じました。

梅澤:僕らはあんまり「もっと働く環境をよくしよう」とか、おこがましいことは考えてなくて。「人が人らしくいられるよう、空間の調律をすること」が、使命だと思っているんですよね。そのためには、緑が必要です。人間の起源からずっと、なくてはならない存在として、身近にあったものですからね。というより、人間は本来、自然の一要素なんですよ。

切り離されてしまった人間と緑の関係を見直し、人が無理なく自然に回帰していく。その導線を見つけて整えていくことが、広義での「バイオフィリックデザイン」であり、parkERsが提供していきたいサービスの本質です。

山田:バイオフィリックデザインと聞くと、空間づくりをイメージしてしまいがちですが、それは狭義の捉え方なんですね。広義に捉えれば、それはまさに生き方のデザインであり、日々の小さな営み一つひとつを「人らしく」していくための、大切な視点にもなりますね。お話を聞いて、この概念にとても親しみを持てました。

parkERsでは、従業員一人ひとりにネームプレート付きのマイ一輪挿しが用意されており、フリーアドレス制度において「今、どの席に座っているか」の目印としても機能する。花は1週間ごとで切り替わる。

梅澤:皆さん試しに、オフィスの自分のデスクに一輪だけでもいいから、季節の花を飾ってみてください。夏だったらヒマワリ、秋だったらコスモスとか。季節の花が視界に入ると、自然のリズムと自分のリズムが調律されてくるはず。それだけで、不思議と心が穏やかになってくるんです。

今ってともすれば、駅から地下道でオフィスまで繋がっていて、ほとんど外に出なくとも、家から仕事場までたどり着けたりしちゃうじゃないですか。利便性を追求していくと、人と自然はどんどん離れていってしまいます。

人間は機械じゃないから、自然と離れすぎるとやっぱり「人らしく」いるのが難しくなると思います。そこの関係性の引き戻しは、あんまりお金をかけなくとも、個人でできることが多いんです。皆さんがコロナ禍で一度はしたであろう散歩などは、まさにそうなんですよね。

山田:parkERsが手がける空間が増えていったら、バイオフィリックデザインの意義を肌で感じる人が、きっと増えてきますね。

梅澤:そう願っています。僕らの企業活動によって、皆さんと自然の距離が縮まって、ちょっとずつ日常が豊かになっていくといいなと思っています。

山田:たっぷりとお話聞かせていただき、ありがとうございました!

2020年8月25日更新
取材月:2020年6月

テキスト:西山武志
写真:
土田凌