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「あなたはどう思う?」 3歳から問い続ける幼稚園 ― Forest Kindergarten

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。

1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。 

遊びのなかで養う生きる力

真冬の1月。デンマークではこの時期、平均気温が0℃まで下がる。そんな寒空の下で、防寒具に身を包んだ約30 人の園児たちが、頬を赤く染めながら森の中を駆け回っていた。地面に横たわった大木の幹によじ登る子どもが入れば、広い草っ原で鬼ごっこをする子どももいる。誰かに何かを強制されることはなく、それぞれが、思い思いの過ごし方をしているのである。5人の保育士は、ただその様子を見守っていたり、あるいは、子どもと一緒になって夢中で遊んだりしていた。

デンマークには、日本の幼稚園や保育園と同じような位置付けで「森の幼稚園」がある。これはある特定の幼稚園のことを指すのではない。幼稚園の種類のひとつとして1950年代から設立されるようになり、現在、デンマークでは数十の機関が森の幼稚園として存在している。ここに通うのは3〜6 歳の子どもだ。

日本の幼稚園や保育園では一日の大半を室内で過ごし、先生を囲んで歌ったり、紙芝居や絵本を読み聞かせられたり、というのが一般的だ。外出は限られていて、特に真冬の外出は1時間程度。一方、森の幼稚園では、雨の日も、雪の日も関係なく、一年中森へ出て行き、そこで一日の大半を過ごす。四季の変化や、天気によって森の表情が変わることを目の当たりにしながら、子どもたちは理屈ではなく肌感覚で自然界の秩序を覚え、そのなかで自分はどのように適応していくべきかを本能で悟る。不思議と、風邪をひく子どもも少ない。デンマークのほかの幼稚園の園児は年間25日程度欠席するといわれるが、森の幼稚園では年間を通して5日程度だ。

森の幼稚園には、お互いにたたいてはダメ、大声で叫んではダメ、などの最低限のルールがあるだけだ。それ以外は保育士が子どもに干渉することもなければ、カリキュラムがあるわけでもない。その代わり、たとえ木に登った子どもが下りられなくなっても、すぐには助けない。やはり、ただ見守っているだけ。

「自然のなかにあるものを使って自由に遊びながらクリエイティビティを豊かにすることと、子どもたちがお互いに助け合うことを身につけるのが、森の幼稚園の教育の目的だからです」と、園長は話す。「遊びのなかで生きる力を養っていくことが、教育につながると信じているんです。それに、読み書きと言ったスキルは、小学校に上がればどのみち学ぶことになりますから」。

保育士に求められているのは、子どもたちの力を信頼すること。問題が起きたとしても、解決策を教えるのではなく、常に「あなたはどう思うの?」と問いかける。大人が答えを押しつけられるのではなく、子どもが自分で考え、答えを見つけ出す力を養うのだ。

また、保育士は、園児たちがより深く自然とかかわれるよう、適度に体験をデザインしている。取材中、印象的だったのは鹿に遭遇したことだ。園舎から森まで園児たちが列になって移動しているとき、先頭の保育士が100m程先に鹿を発見した。彼は歩みを止め、最後尾の子どもたちが追いつくのを待った。そして、我々にこう語った。「すぐに近づくと鹿が逃げてしまう。だから少し離れたところで園児が揃うのを待ち、全員が鹿を見られるようにするのです」。

2020年7月29日更新
2017年1月取材

 

テキスト:吉田彩乃
写真:デイビッド・シュヴァイガー
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載