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ミュージアム兼シェアオフィス。ファッション業界のイノベーターを育てるプラットフォームとは?

アムステルダムの中心地にユニークなシェアオフィスがあります。入居するのはファッション関係の組織のみ。さらに建物の地下〜2階まではミュージアムになっており、一般消費者がファッションの歴史や現状、課題、最新テクノロジーや素材について学ぶことができます。 

FASHION FOR GOOD(ファッション・フォー・グッド)は、持続可能なファッションを掲げ2017年に設立された株式会社です。シェアオフィスとしてただ「働く場所」を提供するだけではなく、同じ理念を持ったスタートアップ、ブランド、消費者、投資家をつなげ、業界を変革するための様々な支援活動を行なっています。その企業姿勢からは、消費者としても企業人としてもインスパイアされるものがあります。本記事では、ファッション・フォー・グッドが提供する起業家支援プログラム、消費者に推奨するブランドとの接し方やこれからの「消費の在り方」をレポートします。

ーアムステルダム市内にあるファッション・フォー・グッド建物には100年以上の歴史がある

ーアムステルダム市内にあるファッション・フォー・グッド建物には100年以上の歴史がある

ファッション・フォー・グッドのディレクターKatrin Ley(カトリン・レイ)氏によると、15年前と比較して約60%も多くの衣類が購入される一方で、各アイテムの製品寿命は半分に短縮。生産後1年以内に、衣類の約60%が埋め立て地に入るか、燃やされています。また、労働環境にも課題があります。ファッション業界は世界で何百万もの雇用を生み出していますが、賃金の低さや職場環境の安全性に関する問題も多く指摘されています。「現状の産業構造は、明らかに持続可能ではありません」とカトリン氏は語ります。しかし、現状を変えることは容易ではなく、産業構造の抜本的な改革が必要です。

イノベーション・プラットフォームとしての機能

パラダイムシフトを起こすために、ファッション・フォー・グッドはアムステルダムにイノベーション・プラットフォームを開設。建物の上階はコワーキングスペースになっており、先進的な技術を持つスタートアップや財団、協会のハブになっています。

入居する財団や協会

2017年にスタートした「アクセラレーター・プログラム」では、毎年有望なスタートアップを10〜15社選考し、6ヶ月のプログラムに招待しています。企業が成長するために必要な専門知識を専任のメンターが提供し、上記の財団・協会が入居するアムステルダムのオフィススペースを無料で利用することができます。

ファッション・フォー・グッドが提供するコワーキングスペース

重点的に投資する分野は、「原材料」「処理方法」「製造方法」「透明性」「トレーサビリティー」「廃棄方法」「労働者のエンパワーメント」「パッケージング」など。例えば、2018年にアクセラレーター・プログラムに選ばれたFLOCUSは、「カポック」の木の実から作られた繊維をもとに糸や布、断熱材、詰め物やクッションを開発。高い保温性を持つ軽やかな天然繊維・カポックは素材として優れているだけではなく、樹木を伐採する必要がない点で環境負荷も抑えることができます。

さらに、大企業とスタートアップをつなぐ「スケーリング・プログラム」も実施。2017年にアクセラレーター・プログラムに選ばれたColorifixは、ファッションブランド「STELLA McCARTNEY(ステラ・マッカートニー)」とコラボレーションしドレスを制作。ステラ・マッカートニーがデザイン、Colorifixが染色を行いました。Colorifixは、自然由来の染色方法を開発し、染色の過程で使用する水、エネルギー、廃棄物を大幅に削減。また有害な化学物質の使用を回避する点も高く評価されています。

ステラ・マッカートニーがデザインしColorifixが染めたドレス 

スケーリング・プログラムでは、他にもスポーツブランドのadidas(アディダス)、Tommy Hilfiger(トミー・ヒルフィガー)やCalvin Klein(カルバン・クライン)などのブランドを持つPVH Corp、ベルギー発で世界展開するC&Aなどの大企業と提携を行なっています。アクセラレー・タプログラムを経てブラッシュアップされた事業や技術は、スケーリング・プログラムで大企業と共に市場でテストされ、拡大を目指します。

ファッション消費について考える体験型の博物館

スタートアップの支援だけではなく、消費者向けに無料の体験型博物館も提供しています。ただの展示ではなくインタラクティブな体験をしてもらうことで、訪問者にファッション産業の歴史と現状の課題を伝え、自分ごととして考えてもらうことが目的です。各階にそれぞれテーマがあり、地下は「歴史」、1階は「現在」、2階は「未来」です。

地下1階の展示スペースでは、ファッション産業の歴史がパネルで紹介され、衣服の素材となる綿の加工前・加工後の実物が展示されています。生産・流通の過程で、どれくらいの水とエネルギーが消費されるのか、衣服が店頭に並ぶまでにどれくらいのコストがかかり、生産地に支払われるのかも図解。生産、製造業に携わる人々の労働環境については動画で本人たちのインタビューも交えて放送されています。

ただ「知る」だけではなく、パネルの横には現状を変えるための「アクション」も書かれています。博物館に入る際にブレスレットを渡されるのですが、自分も実行できそうだと思ったら機器にブレスレットをタッチをします。簡単に実行できるものから努力を要するものまで、行動には様々なレベルがあります。ファッション・フォー・グッドでは、これらを5つのカテゴリ(CONSIDER/考える、CHOOSE/選ぶ、USE/使う、REUSE/再利用する、ACTIVE/他の人とコミュニケーションをとる)にまとめました。

行動の第一歩はまず「考えること」。新しい服は自分にとって本当に必要かどうか、ブランドが社会に対して示す姿勢には好感が持てるかなどを考えます。衣類を「選ぶ」ときは、素材を元に判断します。商品を購入し、所有した後はどう「使う」か。必要以上に洗って水とエネルギーを無駄にしていないか、長く着るためにはどうすればいいかを考えます。衣類を着なくなったら、古着屋や他の人に譲渡、リメイクなど創造的な「再利用」を検討します。最後は、より良いファッションの未来のためにブランドや周りの人々とコミュニケーションをとり、自らアイデアも提供するなどアクティブになることです。

この仕組みは、ファッション業界を前進させるためには、企業のイノベーションと消費者の意識改革の両面が必要だという考えに基づき作られました。ブレスレットに記録された「アクション」の宣言は、まとめてEメールに送ることができます。博物館での経験と学びを日常生活に活かすためのデジタルガイドです。

季節ごとにテーマを設けたThe Good Shopも設置

博物館の1階、「現在」をテーマとした展示スペースには「The Good Shop(ザ・グッド・ショップ)」が設置されています。ショップには年に2回テーマが設けられ、それに関連した製品コレクションが展示されます。取り扱うテーマは、サプライチェーン全体での水の役割やトレーサビリティ、透明性など、ファッション業界が直面する課題で、その場で購入も可能です。

季節ごとのショップだけではなく、常設でTシャツ制作のエリアも設置。自分でデザインと色を選び、その場でデジタルプリントして持ち帰ることができます。2階「未来」のエリアは、アクセラレーター・プログラムに選ばれたスタートアップが作った素材や企業コラボレーションして作られた商品、事業内容がパネルで展示されています。マッシュルームから作られた生物分解可能な繊維や、ブロックチェーンを活用して衣類や素材を追跡する技術、プラスチックの代わりに再生紙で作られたデザインハンガーなど、世界各国の最新の取り組みを知ることができます。他にも、ワークショップ、ドキュメンタリー上映、各テーマに関する講演会を開催し、訪問者に学びの機会と行動のヒントを提供します。

5つの「Good」とは

ファッション・フォー・グッドが定義するGood Fashion(良いファッション)では、以下の5つの点を重視しています。

  • 素材:素材の安全性が確保され、健康への悪影響もない。素材の段階で、再利用や廃棄まで設計されている
  • 経済:環境や人に優しいだけではなく、経済的な成長もあり利益をもたらす
  • エネルギー:再生可能かつクリーンなエネルギーを使用
  • 水:生産に関わる水は、清潔ですべての人が利用可能
  • 生活:働く人の尊厳安全、労働条件の公平性の実現

資源を使い、製品を作り、消費・廃棄する従来型の経済を「リニア・エコノミー(直線的経済)」と呼びます。この一直線型の経済から、資源を使い、商品を作り、リサイクル・再利用する「サーキュラー・エコノミー(循環型経済)」への移行が世界で推奨されています。ファッション・フォー・グッドが拠点を置くアムステルダムでは、2050年までにサーキュラー・エコノミーに完全移行すると宣言したほどです。

コミュニケーション・マネージャーのEarl(エール)氏曰く、「すぐに現状を大きく変えることは難しいかもしれません。でも、小さな一歩でも行動に移すことが大切です。ファッション・フォー・グッドが博物館を持ち、Webサイト上でも広く資料を公開しているのも、行動のきっかけを作るためです。」

これはファッション業界に限らず、全ての産業に当てはまることではないでしょうか。

2020年4月28日更新
取材月:2020年1月

テキスト:佐藤まり子
写真提供:Fashion For Good、Presstigieux(ステラ・マッカートニードレス写真)

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