多様な人材を迎え、互いを理解するD&I ― 「働き方改革」「ダイバーシティ」の事例に学ぶ(後編)
株式会社オカムラが、さまざまな企業・大学と手を取りながら「ワークインライフ」に関連したテーマを調査・分析・発信していく研究会「Work in Life Labo.(ワークインライフラボ)」。
12月18日に、2019年度の研究報告会が開催されました。テーマは、ワークとライフのあり方を考えるうえで重要な「働き方改革」「ダイバーシティ」の2つ。社会の状況や企業の具体的な施策などが、多くの事例とともに紹介されました。後編では、セクション2で語られた「ダイバーシティ」についての調査結果をレポートします。
多様なメンバーが、組織のなかで輝く「ダイバーシティ&インクルージョン」
セッション2は「ダイバーシティ」の研究報告です。
発表ではまず「ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)」という考え方について、前提が共有されました。一言でいうならば「多様なメンバーがいること=ダイバーシティ」「多様なメンバーが組織に関われていること=インクルージョン」だと、担当者は定義します。
インクルージョンの過程には「感情のコンフリクトや調整コストの増大、プロセスの混乱」といった懸念もあるようです。これまでは似た考え方を持ったメンバーしかいなかったため、簡単に意思疎通できていたところが難しくなる。けれども、そのデメリットを乗り越えたとき「創造性の増大や人材獲得、問題解決の進展」といった、大きな効果が得られるのです。
D&Iを果たすには、3つのステップがあるといいます。
- 差別の撤廃・多様な人材の雇用
- ダイバーシティの尊重と価値づけ
- ダイバーシティから価値を生み出すマネジメント
まずは採用や昇進などの制度を整え、多様な人材を組織に迎えます。そのうえで、お互いの多様性を理解し、認め、より生産的な職場をつくっていく。そうしたダイバーシティの価値は、企業ごとに異なります。
たとえばメーカーなら「安全で便利な製品をつくるには、さまざまな視点が必要。多様なお客さまと向き合うため、私たちも多様でなければならない」という具合です。自社にとっての「ダイバーシティの価値」を考え、それを引き出すマネジメントも整備しなくてはなりません。
「企業は適切な人材登用や研修・育成、上司はリーダーシップやコミュニケーションの工夫……などというように、階層に応じてするべきことは異なります。会社、上司、チーム、個人がそれぞれアクションを起こし、その成果が相互に作用することで、インクルージョンに適した文化・風土が醸成されていくのです」と、調査担当者。
研究チームでは、D&Iが推進されている企業を調査して、10個の共通点を挙げました。たとえば「ダイバーシティの必要性を感じる環境がある」「企業理念が明確で、社員に浸透している」「社員が責任を持って自律的に働いている」「会話・対話を積極的に行っている」などだといいます。
次に、既往研究を踏まえて、D&Iの懸念点が報告されました。
「インクルージョンとは、組織への帰属意識を持ちつつも、自分らしさを発揮できている状態のことです。しかし、日本企業ではややもすると、組織への『同化』を促しがち。これからは、帰属感と自分らしさをうまく両立する意識が求められます。ダイバーシティだけでインクルージョンがないと、ネガティブな影響も際立ってしまう。ダイバーシティを深く理解し、適切にインクルージョンさせるための施策は、まだ定説がありません」
D&Iのキーワード10。具体的な施策はそれぞれでいい
そこでチームは、インクルージョンが実現している中小企業12社の施策を抽出し、10のキーワードで整理。あとに続く企業が実践しやすいよう、具体的なポイントもまとめました。
1.理念
理念の実現のために、ダイバーシティ活用をするストーリーがある。社員が企業理念に共感している。
2.カルチャー
D&Iの重要性が浸透している。自主性・主体性があり対話が活発で、チャレンジや変化を歓迎する。
3.採用
理念やビジョンに共感できる人を採用している。
4.福利厚生
社員の能力を活かすために、柔軟な制度を持っている。必要な制度は新たにつくる。
5.教育・制度・評価
理念教育のほか、社会性や自律性を醸成する。組織と個のビジョンをすりあわせたり、組織を改善する機会がある。
6.リーダーシップ
多様な仲間がそれぞれ主体性を持つために、上司ができることを探り、そのスキルを伸ばす。
7.コミュニケーション
組織・チーム運営は対話重視。多様性を重視するからこそ、社員に寄り添う。
8.チームワーク
多様性を活かすために、人事を流動させる。夢を実現するための離職や出戻りならウェルカム。
9.責任感/セルフマネジメント
「みずからを律して目的のために貢献しなければ、価値を生めない」という理解がある。
10.心理的安全性
何でも言える雰囲気や、みんなで頑張っているという実感が持てる空気がある。
「こうしたキーワードに紐付いて、各社はさまざまな施策を取っていました。たとえば『理念』なら入社後80時間の理念教育があったり、『リーダーシップ』なら、サポ-ティブなスキルを磨き、人格者になるための研修が用意されていたり。『福利厚生』では、チャットボットAIの施策がユニークでした。出産や同性パートナーシップに関する質問などを人事部に直接すると『あの人、子どもができたの?』『同性婚するの?』などと知られてしまうけれど、AI相手なら、匿名性を守りながら情報が得られるのです」
以上の研究報告をふまえ、研究アドバイザーの正木郁太郎さん(東京大学大学院 人文社会系研究科)は、D&Iをこうまとめました。
「インクルージョンという活動は、トップが何かやればいいということではなく、さまざまな立場の人にそれぞれできることがあります。組織が理念を明確にして、上司がそれを実現しやすい環境をつくり、個人が対話をする。『なにを譲れないのか』は会社によって違うので、具体的なやり方はそれぞれです。会社と人にも相性があるし、お互いに無理をしないで済むかたちを考えれば、一定の人材流動性も生まれるでしょう。そのなかで、それぞれがインクルージョンを目指していけばいいのだと思います」
ワークインライフを叶えるのは「組織と個のビジョン」「自律」「環境づくり」
「働き方改革」チームと「ダイバーシティ」チームの研究報告から、ワークインライフを叶えるための3つのポイントが見えてきました。総括を兼ねて、薄所長がマイクを持ちます。
「1つ目は『組織と個のビジョン』を明確にすること。組織がどんな理念を持ち、どう個人と関わっていくのか。そのためにどんな施策を展開するのか、しっかりとストーリーに沿って語ることで、浸透を図ります。一方で個人もちゃんとビジョンを持ち、組織のなかでどう在りたいか、どうしてほしいかを考える。お互いのビジョンが合致すればこそ、幸せに働けます。
2つ目は『自分で選ぶ・自律する』こと。多様な働き方をかなえる制度が充実すると、個人の判断に委ねられる場面が増えてきます。
3つ目は『環境づくり・マネジメント』。組織と個人をつなぐのは、やはりマネジメントです。組織の道筋をしっかり伝えることで、マネージャーが機能する。その結果、組織も個人もいきいきと回っていくでしょう」
最後に正木さんが、ワークインライフラボの3年間の活動を総括。さまざまな企業や大学の人間が集まったワークインライフラボは「まとまった事例を収集し、豊富な仮説を立てたうえで、どう実践していくか検討できた」と、振り返ります。
「成功物語というよりは、各企業が試行錯誤しながらしていることや、できていないこと。その背後にある問題などのデータを集められたのが、とても有意義でした。自律を実現するためのツールが『働き方改革』で、その結果として在るのが『ダイバーシティ』です。テレワークや副業も、単なる手法のひとつであって、目的ではありません。今後はさらなる事例研究や仮説の検証を通じて、具体的な実践へと落とし込んでいきたい。日本人は成長意欲が低いというデータもあるけれど、上手に仕掛けを考えながら、社会へ広げるところまで考えていかなければと思います」
ワークインライフを実現するために、組織と個人は何をしていくべきか――「働き方改革」「ダイバーシティ」という2つの観点から、研究を重ねてきたワークインライフラボ。3年間のデータを整理し、あらためて分析しながら、次のフェーズへと進みます。より調査を深めていくラボに、今後もご期待ください。
2020年2月25日更新
2019年12月取材
テキスト:菅原さくら
写真:WORK MILL編集部