「楽しさ」の提供こそ、最大の投資だ ― Hey
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE04 LOVED COMPANY 愛される会社」(2019/4)からの転載です。
個人の「楽しい」という思いが、今後の経済を発展させるー。グーグル勤務を経てイグニス、フリークアウトを立ち上げたhey佐藤裕介がたどり着いた、理想の組織のあり方とは。
heyのコーポレートサイトのトップページには、アロハシャツを着た4人のボードメンバーが肩を組む写真とともに、「『楽しみ』のための経済へ。」というメッセージが掲げられている。オンラインストア開設・運営とキャッシュレス決済サービスの開発を手がけるhey。表面的な情報だけを切り取ると、友人同士で楽しく仕事をする会社のようにも見える。しかし彼らが大切にしている「楽しさ」は、ノリと勢いだけのそれとは異なる。代表取締役社長の佐藤裕介は、26歳でグーグルを退職後、アプリ開発のイグニスと、ネット広告技術を提供するフリークアウトの2社を創業した。同社で働いていたころに佐藤が抱くようになったのは「自分のこだわりや熱量、楽しいという気持ちで駆動している人たちが、よりいっそう報われるような社会こそが理想」という思いだ。
フリークアウトは、アルゴリズムとパーソナライズ、つまりあふれる情報を相手の関心に応じて個別化して届ける企業。その技術基盤をネット広告に応用する中で、年齢や性別など、大きな枠組みで共通する関心事はほとんど存在せず、「世界はバラつき始めている」ことに気づいた。多くの人が好きになる大ヒットプロダクトを生むことは、もはや不可能に近い。「これからは、小さな世界から生まれる特殊なアウトプットと、それを待ちわびるファンという組み合わせであふれるようになる」と確信した。heyの主な顧客は、地方の中小企業や、SNS 上で人気を集める個人など、こだわりをもって楽しみながら活動するスモールビジネスのオーナーだ。この事実からわかるように、当時佐藤が抱いた確信はheyの事業としてかたちになった。では、heyの事業を支える人はどうか。「楽しさ」を共有できる相手かどうかを見極める採用基準は、「heyだけでなく、顧客のことを好きになるかどうか」だと言う。それは決して、いわゆる顧客至上主義だからではない。
heyの顧客は、自分の楽しさに突き動かされてビジネスをしている人たち。彼らに憧れや尊敬をもって仕事ができるかどうかが採用基準となる。「顧客のことを好きになるかどうかの見分け方は?」と聞くと、「いいフィルターになっているから、バラしたくない」と笑いながらこう続けた。「単純ですが、きちんと調べてきているかどうか。実際、面接に来てくれる方のなかで、ぼくらにとっての顧客である、ストアのことを具体的に話せる人って、1 割くらいなんですよ」
とはいえ、会社も人も変化するもの。「入社段階でフィット感があっても、その後ずれが生じる可能性はないのか?」という質問には、きっぱりと「互いの変化をリアルタイムに察知して、お別れすることも必要」と答えた。考え方が変化しているのに、居心地が悪くないからという理由でheyに居続けることは、本人にとっても会社にとっても、いいことはひとつもない。実際、heyにフィットしない行動に対しては「評価しない」と明確に示す。結果として、給与が下がることもあれば周囲からのリスペクトがなくなることもある。そういった社員は、居心地の悪さから、自ら社を去っていく。「heyのメンバーは光るスキルをもっているから、転職には困らない。だからこそ、カルチャーフィットする所に行ったほうがいいんです」
社員の「楽しさ」を重視するからこそ、そこからずれる人材に対しては、別れるという選択肢も辞さない。その決断は人としての心を揺さぶるが、経営者としては避けることのできないことだ。一方、heyのメンバーが最大限に力を発揮できる環境づくりについて話を向けると、「期待を伝えることが大切です」という答えが返ってきた。厳しい状況にあっても、自分への期待が明確であれば、「やるぞ!」と力が出せるメンバーが多い。だからこそ、期待が変化するたびに即時にフィードバックする体制づくりに注力している。
最近では、目標設定に用いるOKR(Objectives and Key Resultsの略。目標管理法のひとつ)とは別に、新たなプロジェクトが始まるタイミングで、マネジメント層が部下へ期待をしたためた手紙を渡すという制度の導入を計画中だ。まずは佐藤が取締役陣に対する手紙を書くことからスタートしている。佐藤は手紙の中で彼らの良い点、強み、四半期に期待する役割と、変化する点を書いた。また、その役割の重要性、彼らが変化することの意義、いつもありがたいと感じている点も添えたという。佐藤は明確に、かつ丁寧に期待を伝えることが社員の原動力になると信じている。その原動力を確かなものにするために、不安を解消したり背中を押したりする努力は惜しまない。純度の高い「楽しさ」を守り抜くのは決して簡単なことではない。だからこそ、heyの「楽しさ」は最強の優位性になる可能性を秘めている。
2020年2月19日更新
取材月:2019年3月
テキスト:伊勢真穂
写真:金東奎(ナカサアンドパートナーズ)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 04 LOVED COMPANY 愛される会社』より転載