【クジラの眼 – 字引編】第10話 セデンタリー・ライフスタイル
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
今月のキーワード:セデンタリー・ライフスタイル
はじめに
今日は正月休み明けの1月某日。正真正銘の「寝正月」だった私は、元日から一歩たりとも家を出ることなく、起床→おせち、雑煮、酒、酒、うたた寝、昼飯、酒、酒、うたた寝、酒、晩飯、酒、酒→就寝を繰り返して三が日を過ごしてしまいました。これじゃ身体にいいわけないし、せっかく秋口からダイエットして5 kg減量した体重は3kgも戻っている始末。やっぱり身体は動かさなければいけません。怠惰な生活をして身体を動かさない輩は、もはや「動」物とは呼べない存在なのかもしれません。
今回取り上げるキーワードは「セデンタリー・ライフスタイル」。座りすぎで健康を損なうことに警鐘を鳴らす動きが今世界的に広がっています。健康寿命を延ばすためにどうすればいいのか、考えてみましょう。
セデンタリー・ライフスタイルとは
セデンタリー・ライフスタイル【sedentary lifestyle】
座りっぱなしで体を動かさない生活のこと。
セデンタリー・デス症候群
「座りすぎが死を招く」。2002年、米国の大統領諮問委員会は「セデンタリー・デス・シンドローム」というショッキングな言葉をつくり、糖尿病や肥満、心血管系疾患を引き起こす「座りすぎ」の防止を国民に呼びかけました。
交通機関の発達、日常生活や職場での活動を支えてくれる道具などの恩恵によって現代人は身体を動かさなくなり、目覚めている時間の半分以上を座って過ごしています。座っているとき私たちはあまりエネルギーを使いません。肉体労働を行う人が消費するエネルギーが2,300kcalであるのに対して、オフィスでデスクワークをしている人は300kcalしかエネルギーを消費していないのです。
座りすぎは肥満に直結し、肥満は糖尿病や心臓病につながっていくことになります。80万人の患者を調査したところ、最も座っていた時間が長かった患者は最も座っていた時間が少なかった患者に比べて糖尿病のリスクは112%、心血管疾患を理由とした死因は90%も高かったことが報告されています。
「喫煙」が健康を損なう原因になることはこれまでさんざん言われてきました。タバコを1本吸うことで喫煙者は寿命を11分短くしますが、1時間テレビを座って見ていると当人の寿命は22分も縮んでしまいます。この研究成果を発表した内科医の研究者によれば、座りすぎはカロリーを燃焼しないだけでなく、悪玉コレステロールを退治する酵素の生産を抑えることがその原因なのだそうです。
また、座っている時間が長いほど死亡リスクが高くなるという調査結果も報じられています。それによると、1日の座位時間が0~4時間の人の死亡リスクを1としたとき、1日11時間以上座っている人の死亡リスクは1.4。つまり死んでしまう可能性が4割も高くなるというのです。
「座りすぎが死を招く」。セデンタリー・デス症候群は、世界的、特に高所得国における現代病で、各国で深刻に受け止められ、さまざまな対策が講じられています。例えばフィンランドでは、同国の保険省が「新聞を読むのも、テレビを見るのも、食事をするのも、たいていのことは立ったままできる」として、座りっぱなしの生活の改善に国を挙げて取り組んでいます。
このような世界的な流れの中、日本での動きを見ていくことにしましょう。
日本におけるセデンタリー対策
厚生省(現・厚生労働省)は、国民の健康寿命の延伸を実現するため、21世紀における国民健康づくり運動、通称「健康日本21」を2000年に始めました。その中で、食生活・栄養、身体活動・運動、休養・心の健康づくり、たばこ、アルコール、歯の健康、糖尿病、循環器病、がんの9つの分野について、具体的な数値目標が設定されています。
分野ごとに設定された目的達成のため、自己管理能力の向上、専門家などによる支援、保健所など公共機関による情報管理と普及啓発の推進の3つを柱とする対策を行い、国民への健康に関する情報提供と、健康づくりのための環境整備が進められています。
さらに、身体活動・運動分野に関する目標を達成するためのツールとして同省から「健康づくりのための身体活動基準2013」が発表されました。日本人が1日に歩く歩数は過去10年間で1,000歩ほど減少しているため、「健康日本21」では平成2023年までの目標として、歩数の増加、運動習慣者の割合の増加といった個人の目標と、運動しやすいまちづくり・環境整備に取り組む自治体の増加のような地域・自治体の目標が定められています。
将来予想される、早世、生活習慣病等への罹患、生活機能の低下のリスクを減少させるために、「健康づくりのための身体活動基準2013」で推奨されている個人にとって望ましい身体活動は以下のとおりです。
18-64歳の身体活動
強度が3メッツ以上の身体活動を23メッツ・時/週行う。
具体的には歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分以上行う。
18-64歳の運動
強度が3メッツ以上の運動を4メッツ・時/週行う。
具体的には息が弾み汗をかく程度の運動を毎週60分行う。
65歳以上の身体活動
強度を問わず、身体活動を10メッツ・時/週行う。
具体的には横になったままや座ったままにならなければどんな動きでもよいので、身体活動を毎日40分行う。
性・年代別の体力:全身持久力の基準
男性 | 女性 |
---|---|
18−39歳:11.0メッツ | 18−39歳:9.5メッツ |
40−59歳:10.0メッツ | 40−59歳:8.5メッツ |
60−69歳: 9.0メッツ | 60−69歳:7.5メッツ |
全年齢層における身体活動
現在の身体活動量を少しでも増やす。
例えば今より毎日10分ずつ長く歩くようにする。
全年齢層における運動
運動習慣をもつようにする。
具体的には30分以上の運動を週2日以上行う。
※メッツ:運動や身体活動の強度の単位で、安静時を1とした時と比較して何倍のエネルギーを消費するかで活動の強度を示したもの。
3メッツ程度 | 歩く・軽い筋トレをする・掃除機をかける・洗車する・子供と遊ぶなど |
4メッツ程度 | やや速歩・ゴルフ・通勤で自転車に乗る・階段をゆっくり上るなど |
6メッツ程度 | ゆっくりとしたジョギングなど |
7メッツ程度 | エアロビクスなど |
8メッツ程度 | ランニング・クロールで泳ぐ・重い荷物を運搬するなど |
そもそも日本人は諸外国に比べて座っている時間が長いと言われています。私たちは運動不足を解消するために上のような活動を意識して実行しなければなりません。でも意識することなく身体を動かせるとしたらどうでしょう。それに越したことはないと思う人は少なくないと思います。しかも1日の1/3もの時間を過ごすオフィスにおいてです。
オフィスでのセデンタリー対策
「上下昇降デスク」をご存知でしょうか。手元にあるスイッチを操作することで、デスクの天板を70cmほどの高さ(イスに座ってデスクワークするのに適した高さです)から120cmぐらい(立って作業することを想定した高さです)までの間の好きな高さに上げ下げすることができるデスクです。
先ほど触れた、立つことを奨励しているフィンランドを含めた北欧諸国では、こうしたデスクをオフィスに導入することが定められていて、国家レベルで立ったり座ったりしながら働くワークスタイルが推進されているのです。「上下昇降デスク」であれば、気分転換したいときなどに立ち上がって働くことができます。運動しようと意識することなく身体を動かすことのできるセデンタリー対策の一つだと言えそうです。
また、最近のオフィスの運用方法で盛んに採用されている「ABW(Activity Based Working)」も活動量を増やすことに有効だと言われています。ABWは、自分のデスクで行っていたいろいろな作業の中のいくつかを、それがもっと効率的にできる場所に移動して実施する方式であるため、自分のデスクに縛られているオフィスに比べてオフィス内を立ち歩く時間が増えることになります。働いている人たちは、作業効率を高めるために働く場所を選び移動するのですが、この場合にも無意識のうちに運動量を増やすことができるのです。
紹介した「上下昇降デスク」と「ABW」を実践したオフィスで新たに働くことになった人たちを対象に座っている時間を計測してみたところ、普通のデスクと運用方法だった以前のオフィスで働いていたときよりも平均して26分も座っている時間が減っていました。職種やそのときの作業内容によって結果は変わってくるとは思いますが、「上下昇降デスク」と「ABW」を組み合わせて働くことは、座りすぎを確実に減らすことができ、座りすぎが招く疾患の発症を抑える可能性もあるのです。
おわりに
「健康になるためにもっと歩きましょう」とよく耳にします。厚労省によれば日本人の1日の歩数は、男性が7,194歩、女性が6,237歩だそうです。これに対し、「健康日本21」で推奨している歩数は、それぞれ9,000歩と8,500歩。やっぱり私たちはもっと歩かなければいけないらしい。ちなみに私の昨年の平均歩数は約7,000歩。平日オフィスで働いている日は9,000歩程度歩けているのですが、在宅勤務したある1日の歩数は何とたったの72歩!健康になりたいのならばオフィスに出社する方がいいのかもしれません。あくまでも私の場合ですが…。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!
著者プロフィール
―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。
2020年1月23日更新
テキスト:鯨井 康志
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI