クラフトチョコレート文化で、世界をサステナブルに変えていく。ダンデライオン・チョコレートの思想と実装
東京の下町、蔵前。上野と浅草に挟まれたこのエリアは、古くから数々の手工業が栄え、ものづくりの町として親しまれてきました。その穏やかな町並みのとある一角、緑あふれる公園の目の前に佇むのが、ダンデライオン・チョコレートの日本一号店「ファクトリー&カフェ 蔵前」です。
アメリカ生まれのダンデライオン・チョコレートは、現在クラフトチョコレート業界をけん引する存在として、世界中から注目を集めています。このブランドの日本進出の立役者である、ダンデライオン・チョコレート・ジャパン CEO の堀淵清治さんは、過去にブルーボトルコーヒーの日本出店にも携わった目利きの人。
世界をまたにかけて働く堀淵さんの目には、今の日本の働き方はどう映っているのでしょうか。ダンデライオン・チョコレートでの実践を中心に、これまでの経験を踏まえて、語っていただきました。
前編では、ダンデライオン・チョコレートに感じた魅力から、思想や文化ごと日本に持ち込むための工夫について、お話をうかがいました。
Bean to Bar とサードウェーブ、根底で繋がる思想
WORK MILL:はじめに、堀淵さんがダンデライオン・チョコレートを日本に出店するまでの経緯をおうかがいさせてください。こちらは元々、2010年にサンフランシスコで創業されたクラフトチョコレートのブランドでしたね。
ー堀淵清治(ほりぶち・せいじ)
NEW PEOPLE, Inc. 代表取締役社長、Dandelion Chocolate Japan(ダンデライオン・チョコレート・ジャパン)株式会社代表取締役CEO。
堀淵:そうです。元IT業界の起業家のトッド・マソニスとキャメロン・リングが、自分たちの事業を売却した後、「本当に美味しいチョコレートをつくりたい」と思い立って、友人宅のガレージで実験的につくり始めたのがスタートでした。
彼らが2013年にオープンさせたカフェを併設したファクトリーは、たちまち多くの人々に愛される場所となり、今では世界のクラフトチョコレートブームをけん引する存在として注目されています。
WORK MILL:堀淵さんがダンデライオン・チョコレートに出会われたのは、いつ頃でしたか。
堀淵:2014年ですね。その頃、僕はちょうどブルーボトルコーヒージャパンの立ち上げにも関わっていて、クラフトフードの領域が面白いなと感じていた時期でした。それで、風のうわさで「かっこいいチョコレート屋ができたぞ」と聞いて足を運んでみたら、もう一目ぼれです(笑)
内装も洗練されていたし、カフェからファクトリーを覗けるのがとてもよかった。「チョコレートってこんな風につくられるのか!」と驚きましたね。普段、全然見えないところだから。それから創業者たちの話も聞いて、ぜひ日本に紹介したい文化だと思いました。
WORK MILL:ブルーボトルは2015年、ダンデライオン・チョコレートは2016年に日本一号店が生まれ、どちらも現在に至るまで、多くのファンに愛されていますね。
堀淵:ブルーボトルは、シングルオリジンのコーヒー豆を仕入れ、自分たちで焙煎し、一杯一杯ハンドドリップで丁寧に淹れる……というスタンスが「サードウェーブコーヒー」として多くの人々に受け入れられました。このプロセスにある“コーヒー豆”が“カカオ豆”に変わったのが、ダンデライオン・チョコレートなんですよ。両者とも、コンセプトの根底にある思想や文化は共通しているんです。
WORK MILL:そう考えると、堀淵さんがダンデライオン・チョコレートを手がけられたのは、自然な成り行きだったのでしょうか。
堀淵:そうですね……と言えば恰好がつくけど、正直直感的な一目ぼれ(笑)。ただ、表面的な格好良さだけで評価しているわけじゃない。その根底にある文化を含めて「クラフトは一過性のブームではなく、世界的に大きなうねりを生む流れのひとつだ」と感じられたから、日本に持ち込みたいと思うまでに至っているんですよね。
ダンデライオン・チョコレートに出会ってからは、すぐ創業者たちに会って「ぜひ日本でも」とオファーしました。けれども、当時彼らは1店舗目をオープンしたばかりで「今の状況で海外進出なんて考えられもしない」と言われた。「せめて2年後、今の店が落ち着いてから」とね。
WORK MILL:それで一度断られたと。
堀淵:それでも僕は「もし将来的に視野に入れているなら、2年後の動き出しでは遅い」と説得しました。「日本では今、“Been to Bar チョコレート”のお店がちょうど増え始めている。君らの文化で、日本のクラフトチョコレート業界を引っ張っていってほしい」と。1年ほどかけて、ようやく口説き落とした(笑)
クラフトチョコレート業界にはたくさんの作り手がいて、ダンデライオン・チョコレートよりも前に創業している人たちもいます。ただ、ダンデライオン・チョコレートは思想や注目度、事業性から見て、この業界のフロントランナーであることは間違いない。そう感じたからこそ、僕はダンデライオン・チョコレートにこだわったんだと思います。
世界で盛り上がるサステナビリティ・クラフト
WORK MILL:さまざまなプレイヤーがいた中で、そこまでダンデライオン・チョコレートに惹かれたのは、なぜだと思われますか。
堀淵:まあ、そもそもが一目ぼれだから、理屈ではないんだけどね。それは「こんな世界観があったんだ!」という驚きなわけで。そういうのは、ちゃんとつくり込まれた店を見れば、一瞬でわかるんですよ。ダンデライオン・チョコレートのそれをあえて言葉にするなら、「サステナビリティ・クラフト」の精神かな。
WORK MILL:サステナビリティ・クラフト?
堀淵:今の世の中では「クラフト○○」って流行り言葉として使われているけど、みんな適当にクラフトって言ってる(笑)。だから、本来的な意味合いをより強める意味で、サステナビリティ・クラフトと呼んでいるんですけど。
それは何かと言うと、工業的な大量生産・大量消費に対するアンチテーゼとして台頭してきたクラフト文化のこと。手づくりの感覚や生産過程の透明性を大事にして、人にも自然にもやさしい少量生産・少量消費のサイクル、無理なく持続可能な市場を生み出していこう、という思想です。そういう流れがものづくりの世界に生まれつつあることは知っていたけど、「チョコレートにもあるのか!」というのが新鮮な驚きだったし、余計に面白さを感じたんです。
WORK MILL:ダンデライオン・チョコレートの場合には、流行の奥に普遍的なものが見えていたと。
堀淵:そう、「ここが新しい市場、新しい文化をつくっていく」という予感があったし、創業者たちからその気概も感じられた。事業としてもサステナブルでなければいけないけど、それよりも先に「地球にとって良い」とか「世の中のためになる」という軸がビジョンにある。その思想が支持されて、結果として事業としても成長していくのが理想的であって。ダンデライオン・チョコレートは、それをいま体現しているブランドだと思っています。
WORK MILL:単純に「手作り感がある」という意味合いだけで「クラフト○○」と言っているケースは、たしかに少なくなさそうです。けれども、それは本来もっと奥行きのある、大きな世界観の話なんですね。
堀淵:そういうクラフト文化がいま、世界中で同時多発的に沸き起こり始めているんですよ。しかもチョコレートの場合、この流れが発祥の地であるヨーロッパではなくて、アメリカから生まれているのが面白いポイントで。
WORK MILL:えっ、そうなんですか?
堀淵:そうです!「ダンデライオン・チョコレートでは、100年以上前からある一番シンプルなつくり方でチョコレートをつくってみる」という原点回帰をしながら、そこにイノベーションの種を見出していく。アメリカというと少し範囲が広すぎるから、主に西海岸と言ってもいいのだけど、そこにはそういう発想ができる人たちが多いし、その発想を生かす土壌が向こうにはあるんですよね。
WORK MILL:アメリカが大量生産・大量消費の先頭を進む国であるからこそ、そのアンチテーゼとしてサステナビリティ・クラフトの精神が芽生えやすいのでしょうか。
堀淵:そういった側面もあると思います。ヒッピーがそうであったように、大きな流れに対するアンチテーゼとして、新しい文化が生まれやすい国なのかもしれませんね。
一方、日本におけるクラフト文化の盛り上がりが遅れているのも、また面白い現象なんです。なぜなら、日本にとってクラフトは珍しいものではなく、当たり前だったから。たくさんの職人がいて、すでに超クラフト大国なんですよ。
WORK MILL:なるほど。
堀淵:ただ、その素晴らしいクラフトの伝統技術が、大量生産・大量消費の中で消えかかっている。それは、非常にもったいないことだと感じています。
ダンデライオン・チョコレートが持ち込むサステナビリティ・クラフトの精神は、古き良き日本の伝統の価値を見直す上でも、重要なものさしとして機能するはずです。この意味でも、僕はチョコレート屋を持ってきたのではなくて、やっぱり文化を持ってきたかったのだと言えますね。
魅力を損なわないための「トランスレーション」
WORK MILL:ダンデライオン・チョコレートを日本で展開される上で、堀淵さんはとりわけどんな点に配慮されましたか。「文化を日本に伝える」という文脈で、何か気を付けたことは?
堀淵:僕が気を付けたのは、「カスタマイズはせず、トランスレーションに徹すること」ですね。
WORK MILL:トランスレーション、つまりは「翻訳」?
堀淵:そうですね。僕は以前、アメリカに日本の漫画文化を紹介する仕事をしていたんですけど、そこでやってきたことも、ずっとトランスレーションでした。
原作のよさ、世界観をそのままに、それをどうやって異国、異文化圏の人たちに伝えていくか。文化が違うと、直訳では微妙なニュアンスが食い違ったりする。翻訳は「なるべくそのまま伝えたいがために変えていく」という、とても繊細な作業です。それを、ダンデライオン・チョコレートでも、同じように続けている気がしますね。
WORK MILL:ダンデライオン・チョコレートや文化の「翻訳」とは、具体的にどんなことをされているのでしょうか。
堀淵:これも、なかなか説明しにくいんだよね(笑)。ひとつは、僕が現地のダンデライオン・チョコレートで感じた驚きを、なるべく同じように感じてもらえる体験の提供を目指したこと。
つくる工程を見て驚いてほしかったから、カリフォルニアと同様に、ファクトリーにカフェ併設して。ほかにも、外観のレイアウトから内装のデザイン、ブランドイメージ、プロモーションのやり方に至るまで、ダンデライオン・チョコレートの根っこにあるサステナビリティ・クラフトの文化が、感動を伴って皆さんに伝わるように、細かな調整をしていきました。
WORK MILL:空間的には、カリフォルニアの店舗の雰囲気を忠実に踏襲していった、というイメージでしょうか?
堀淵:そうですね。ハード部分に関して言うと、できるだけ「直訳」を意識している部分は多い気がします。一方で「意訳」的に変えていった部分もあるんだけど、それは働き方のシステムや社員のエデュケーションなど、ソフト部分に関することが多いですね。
変えるといっても、そんなにドラスティックに変えたわけではないです。国が変われば、人も変わる。人が変われば、やり方も変わる。スタッフに気持ちよく働いてもらうために、当たり前のローカライズをしていったまでで。そう思うと、トランスレーションというのは「どう変えるか」ではなくて、「何を変えないのか、変えないためにどうするのか」という意識が大事なのかな、と思います。
WORK MILL:変えないために、どうするか。
堀淵:そのために重要になってくるのが、エデュケーションなのかなと。本国のダンデライオン・チョコレートには「ダンデライオン・チョコレートとは、Been to Barとは何ぞや」を知るためのプログラムがあって、僕らもそれを踏襲しつつ、スタッフの研修には時間をかけています。その期間に、ぶらさない軸を共有していく。とくに一号店の開店前は、主要スタッフをアメリカに連れていって、2カ月ほどかけてじっくりトレーニングをしましたね。
職場の文化づくりは「景色の共有、共感」から
WORK MILL:今のお話にあった「ぶらさない軸を共有していく」というのは、「社内の風土、職場の文化をつくる」ための行為として捉えられるかなと感じます。
堀淵:そうですね。
WORK MILL:以前、別の取材で「働きやすい職場環境を目指すなら、システムではなくて文化を育むことが大切だ」 というお話を聞きました。「職場の文化をつくる」という観点から考えて、何かポイントになりそうだと思われることはありますか?
堀淵:おっしゃる通り、システムだけじゃダメだよね。どんなに働きやすいと言われる制度が整っていても、働く人たちの感情や心がそこに伴っていなければ意味がない。文化は感情や心に通うものであって、だからこそ根付くまでに時間がかかる。
その文脈の中では、「見えなかった景色が見えてくるようになること」が大事だと思う。今まで見えなかった面白いもの、素晴らしいものを見せて「どうだい、面白い世界でしょう?」と働きかけて、共感を得ていく。ダンデライオン・チョコレートの場合、そもそもサステナブルな世界を目指しているから、その景色を共有していくことで働き方も必然的になっていくんですよね。
WORK MILL:それは素敵な流れですね。
堀淵:僕自身、そこに一番のモチベーションを感じているんです。いま見えていない、もっといい世界を、人々に気付かせていくこと。小さな気付きが積み重なって、明確なムーブメントへと移り変わっていく様子が、やっぱり面白いんです。それは職場というミクロな場でも、経済市場というマクロでも、同じような構造で起こっていくことじゃないかなと思います。
WORK MILL:お話をうかがっていると、文化をつくるというのは、ビジョンの共有から始まるものなのかなと感じました。「その文化が浸透していくと、未来がどうなるのか」という景色を言語化して共有していくことで、働く人たちの意識がひとつのベクトルにまとまっていって、その軌跡から文化が形づくられていくと。
堀淵:そうですね。だから、職場にいい文化が根付いているのは、僕の力じゃない(笑)。それは、ダンデライオン・チョコレートというコンテンツの力なんです。僕は媒介としてそれをトランスレート、橋渡しをしているだけ。ただ、媒介の僕だからこそできるのが「これは面白いコンテンツなんだ、世界にとって大事なコンテンツなんだ」と、実感を込めて伝えることなんだと思っています。
前編はここまで。後編では日本とアメリカの働き方の違いの話から、職場の多様性がもたらすもの、「外に出ること」の重要性などについてうかがいます。
2019年11月12日更新
取材月:2019年9月
テキスト:西山武志
写真 :マスモトサヤカ
画像提供:(c)Dandelion Chocolate Japan
イラスト:野中 聡紀