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【クジラの眼 – 字引編】第4話 コミュニティマネジメント

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

今月のキーワード:コミュニティマネジメント

はじめに

大好きなミュージシャンを応援する仲間、いっしょにマニアックな映画を観に行く会社の同僚、小説本を貸し借りする同好の士、行きつけのバーでお酒を酌み交わす連中、住んでいる町のな~んちゃって自治会(失礼!)、地域猫の面倒をみるご近所さん。それからもちろんInstagramやFacebook、Twitter、Lineなどでバーチャルにつながっている人たちだっています。こうやって書き出してみると、人付き合いが悪いと思っていた私にもいろいろなつながりがあることに驚かされました。

このような集団は、想いや価値観が似かよっているのでくっついたものだったり、たまたま居る場所が同じだということだけで自然と集まってしまった、ある意味ゆるくて弱いつながりで結ばれた小集団です。こうした集まりのことを私たちは一般的に「コミュニティ」と呼んでいます。

リアルな集まりはもちろんバーチャルなつながりでも、そこで一人では成しえなかった成果が得られたり、思いもよらぬ発見につながったりする可能性があるという点で、コミュニティなる人の集まりに対する期待は近年大いに盛り上がりをみせています。今回は、そんなコミュニティをうまく運営し、活動をより良いものへと導いていく管理手法「コミュニティマネジメント」を取り上げてみます。

 コミュニティマネジメントとは                      

コミュニティマネジメント【community management】

コミュニティを活性化・健全化し、その成長を促す支援活動のこと。

そもそもコミュニティって何だっけ?

少し堅苦しい話になりますが、まずコミュニティそのものについて触れておこうと思います。

コミュニティとは、文化や信条、関心、価値観を共有するなど、何らかの共通性を持っている人たちが結びついている状態を示すものです。その共同的関係という特質自体を指すときは「共同態」と表し、共同性を備えた集団を指すときは「共同体」とするのが一般的です。米国の社会学者R.M.マッキャバーは、共通の目的を持たずに同じ場所や地域に居合わせたり、住んだりして共通の風俗などでつながり合っている共同体を「コミュニティ」と定義し、逆に特定の目的を実現するためにつくられた集団を「アソシエーション」と呼び、両者を明確に分けて捉えています。

しかし、コミュニティという集団が次第に目的を持つようになりアソシエーションへと進展するケースはよくあることです。また、共有する目的を持つ・持たないの区分は曖昧で、ある意味それは程度の問題ですから、コミュニティとアソシエーションをはっきりと分けるのは意外と難しいのかもしれません。そこで本稿でのコミュニティの定義は「同じ場所に居たり同じ関心を持つ人々がつくる、弱いつながりで結ばれた集まりのこと」としたいと思います。

マッキャバーが活躍していた時代にはありませんでしたが、コミュニティは今やリアルな場だけでなくインターネットを介したバーチャルな世界にも存在します。若い世代の人たちは現実の世界でのつながりよりもSNSでつながっている知人の方が多いのかもしれません。ですが本稿では、あえてバーチャルのコミュニティは脇に置きリアルな場のコミュニティに絞ってみたいと思います。

その上でビジネスの分野で着目されているコワーキングスペースのコミュニティマネジメントにフォーカスしていくことにします。コワーキングスペースは、米国大手のWeworkの日本進出の話を出すでもなく今急成長している分野で、これからの働く場として注目を集めていることは言うまでもないでしょう。また、コワーキングスペースを利用する人にとっての大きな目的の一つが他の人とつながりを持つこと、つまりコミュニティづくりであることから、そこでのコミュニティづくりについて考えていきたいと思った次第です。さらにコワーキングスペースでのコミュティづくりの方法論は、従来のオフィスでの人のつながりづくりにも応用できるはずで参考になる人が多いこととでしょう。

コミュニティマネジメントの役割

コミュニティマネジメントの目的・役割はなんでしょう。まずは興味の対象や価値観などが似通っている利用者同士を引き合わせ、ゆるいつながりをつくっていくことです。そしてできたコミュニティに参加する人を徐々に増やしていくと同時に、彼ら彼女らの交流を深めていかなければなりません。そして、つながりが切れてしまわないようにすることもコミュニティマネジメントの大切な役割だと言われています。

そんなコミュニティマネジメントを行う立場にあるのがコミュニティマネジャーです。コワーキングスペースでコミュニティを活性化するためにコミュニティマネジャーが日頃から心がけておくとよい具体策を見ていこうと思います。長年コワーキングスペースの運営に携わりコミュニティを見つめてきた自称「さすらいのコワーキングスペース管理者」山下陽子さんがまとめた資料から引用(抜粋)させてもらいましょう。

コワーキングスペースの管理者が大切にしたい7つの心構え

心構え1:挨拶を大切にする
利用者が来たら挨拶しましょう。挨拶は相手を知るタイメングになります。特に利用を始めたばかりの方や一人でもくもくと作業をする方に話しかける貴重なチャンスです。

心構え2:自分のコワーキングスペースに一番詳しい人になる
スペースのルールを把握し、質問されたらすぐに確認をして返答する。「質問すると絶対に答えが返ってくる」という安心感は、利用者との信頼関係の構築につながります、

心構え3:親しみやすいキャラクターでいる
交流のハードルを下げるのは運営者の役割です。話しかけられたら笑顔で明るく接する。積極的に交流の場を作り、たまには失敗を見せる…。このように身をもって「気軽に交流してもいいんだ」ということを示していきます。

心構え4:目の前にいる一人ひとりの利用者を大切にする
作業中だとしても、話しかけられたら手を止めて、相手を見て話を聞くこと。利用者一人ひとりを大切に、真摯に向き合うことをお忘れなく。

心構え5:誰よりも丁寧に基本業務を行う
運営者はパートやアルバイトとして運営を手伝ってくれるスタッフの手本になるよう、基本業務での手抜きや出し惜しみをやめて、誰よりも丁寧に業務を行うよう心がけます。

心構え6:ルールを守らない利用者を見過ごさない
ルールを守らない人がいると、それ以外の人が不利益をこうむります。運営者の注意がなければ、ルールがなあなあになることも。だからこそ、運営者は勇気を持って行動することが大切です。

心構え7:利用者目線を忘れない
「利用者にとっては不便かも知らないけど、運営者側としては助かる」と運営者目線で考えてしまっては、心地いい場所づくりはできません。

コミュニティを生む場

最後にコミュニティをつくりやすくするための空間づくりについて考えてみましょう。

まずは人が集まりたくなる場、雰囲気をつくることです。それは、家庭のリビングのようなホッとできる空間かもしれませんし、楽しくアクティブな環境で高揚感に浸れるところかもしれません。逆にスタイリッシュでクールな雰囲気で自己陶酔できる場もありかもしれません。いろいろな選択肢があれば、その日の仕事の内容に応じて、あるいは単にその日の気分や自分の好みで働く場を選ぶことができるので利用者にとっては好都合です。また、空間づくりがコンセプトチュアルであればあるほど、価値観を同じくする似た者同士が集う可能性が高くなるはずですから、自然とコミュニティは生まれやすくなることでしょう。

WORK MILL記事(ヤフーLODGEに学ぶ、コーポレートコワーキングの可能性)より

おわりに

ここまで来て身もふたもない話をします。

今回コミュニティマネジメントをリアルな場のコミュニティを主体に扱ってきました、バーチャルなコミュニティはあえて外してきたのです。その上で今回取り決めたコミュニティの定義を繰り返しておきますと、コミュニティとは「同じ場所に居たり同じ関心を持つ人々がつくる、弱いつながりで結ばれた集まりのこと」。この中の“弱いつながりで結ばれたというところがミソだったのです。つまりそこには、みんなで目指していく強固な目標は存在しないという意味を込めていたのでした。

ここにちょっとした疑問が生じます。一つの共有目標の達成を目指さないコミュニティなる集団を何故マネジメントしなければならないのでしょう。逆に言うと、誰かがマネジメントをした瞬間に、その集団はコミュニティからアソシエーションへ変わってしまうのです。これはもうパラドックスと言ってもいいかもしれません。そして身もふたもないことですが、コミュニティマネジメントは実はバーチャルな場のコミュニティ、つまりインターネットを介して集まっている人たちをシステムの運営者が自分たちの事業を有利に進めるために管理するために生み出された管理手法だったのかもしれません。

それでも今回はリアルな場を選んで話を進めたかったので、言葉を定義するときにも気を遣いました。コミュニティマネジメントの定義は「コミュニティを活性化・健全化し、その成長を促すための支援活動のこと」としたのですが、“管理”という言葉を使わず、あえて“支援”とした意味はここにあったのです。リアルな場のコミュニティマネジメントは、コミュニティの活動を機能させ、変な方向に進むのを抑制し、活動の質的な向上や量的な拡大を促進するために存在するのだと私は考えています。

コミュニティマネジャーと呼ばれる人たちは、面倒見のいい縁の下の力持ち的存在であって、活動を輝かせる演出家、あるいは化学反応を活性化する触媒的な役割を担う立場にあるのかもしれません。本当の意味でのマネジメントではないのかもしれませんが、コミュニティにとっては、いなくなったとたんに不便を感じてしまうありがたい人間であることは間違いありません。リアルな場のコミュニティであっても、コミュニティマネジメントは無くてはならないものなのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

2019年7月18日更新

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI
参考文献:「コワーキングスペース 運営者の教科書」