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【クジラの眼 – 字引編】第3話 コラボレーション

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

今月のキーワード:コラボレーション

はじめに

JR西日本は山陽新幹線の全線開業40周年を記念して、エヴァンゲリオンを新幹線の車体にラッピングした「500 TYPE EVA」を運行させました。人気キャラクターを使用したことと想像を上回るクオリティだったこの車両は、人の記憶に残るコラボレーションだったと言えるでしょう。企業間のコラボレーションの例で有名なものにビックカメラ×ユニクロの「ビックロ」があります。これは同じようなターゲット層を持つ両社が売り場を共同で開発したコラボです。また、紳士用シャツの山喜×赤城乳業の「ガリガリ君クールシャツ」は、涼しく爽やかに過ごすという共通のコンセプトの下で成立したコラボレーションです。その意外性や楽しいアイデアには脱帽するしかありません。

パッケージレベルのコラボから事業戦略レベルのコラボまで、今やコラボレーションは花盛りといった体。物的な豊かさを手に入れ、物が売れない時代を迎えた日本では、商品を開発するときに新しいアイデアが必要不可欠となっています。それを生み出す「コラボレーション」は時代の寵児的な存在なのかもしれません。今回は、私たち誰もが何となくやってきてしまっているコラボレーションについて改めて考えてみることにします。

 コラボレーションとは

コラボレーション【collaboration】

異なる分野の人や組織による共同作業。またそれによって生み出される成果のこと。

コラボレーションとは、複数の異なる分野に属している人や組織が共通の目的を達成するために行う共同作業、共同制作、共同事業、共同研究、協業、利的協力、共演、合作のことです。またその作業によって得られた成果もコラボレーションと呼ばれています。

もともとコラボレーションという言葉は30年ほど前までは音楽や美術など芸術の分野で多く使われていましたが、1990年代頃からはビジネスの分野でもよく用いられるようになってきました。世の中が知識社会へ突入し、新たな価値を創造する必要性が唱えられるようになった今、ビジネスの場における「コラボレーション」は、意外なものを組み合わせることによる「付加価値の創出」という意義で用いられるようになっています。

付加価値を創出する新しいアイデアは、かけ離れた異なるアイデア同士をつなぎ合わせることで生まれます。そのためコラボレーションをする場合には自分の組織には無い知識や技能を持つ異分野の組織を相手として選ぶことが必然になります。その際、弱みを克服するという発想から自分たちの弱点を補うために相手とタッグを組むと考えるのではなく、お互いの強みを掛け合わせて相乗効果を狙っていかなければならないと言われます。よくコラボレーションをする組織や個人を表すときに「〇〇〇△△△」ではなく「〇〇〇×△△△」と表記されるのはこのためなのです。

なんのためにコラボする?

世の中の状況や組織の置かれている立場、商品の販売戦略などによってコラボレーションの目的は様々だと思います。ここではそれを四つのタイプに分類して見ていくことにします。

  • 事業領域を開拓する

新たな事業領域に進出する、あるいは新たな事業領域をつくる。これらは組織としてリスクを覚悟の上で取り組まなければならない事業です。切り拓いていくためには強力で魅力的で斬新な商品やビジネスモデルが必要になります。それを生み出すのにコラボレーションはうってつけの活動だと言えます。これまでにないものを生み出す。一番コラボレーションらしいのがこの目的だと言えるでしょう。

  • 新規顧客を獲得する

既存製品の売り上げを伸ばすために顧客を増やしたり、相手が持っている顧客を取り込むためにコラボレーションを行うケースがあります。ビックロの場合は、まさに両社が既に獲得している固定客を自社の顧客として取り込めることを期待してのコラボレーションです。この目的でコラボした結果生み出されるのは新しいビジネスモデルということになります。

  • ブランド力を強化する

知名度の高い組織同士がコラボレーションすると双方のブランド力を強化することができます。異なる分野とのコラボは意外性を持って世の中に受け入れられるため話題になる上、コラボ相手の顧客も自社ブランドに注目してもらえます。逆に同じ分野の複数の組織、つまり業界内の競合他社とのコラボも考えられます。業界挙げての活動は顧客に対して信頼感を植え付けることができ、業界自体のブランド力の向上につながります。

  • コストを削減する

新規性の有無を脇に置くと、この実質的な目的を重視するコラボが意外と多いのかもしれません。複数の組織が開発費や広告費を出し合うので、一組織当たりの資金面の負担は少なくなります。反対にひとつの組織単独では実現しえない大規模な広告を打つことも可能になります。この目的だけでコラボレーションすることはありえない話で、「事業領域の拡大」で行う商品開発などと合わせて掲げる目的になります。

何のためにコラボレーションするのかを明確し、それをコラボする自分の組織のチーム内で、そしてコラボする相手の組織としっかり共有することがコラボレーションを成功させる上でなによりも大切なことです。コラボの目的は場合によっては相手と異なることも考えられます。そうであっても相手との信頼関係を築くためには、お互いの腹の内を明かしておく必要があるのです。

どこでコラボする?

コラボレーションは、メンバーが一か所に集まり、①アイデアを出す、②アイデアを練る、③まとめる の三つの活動を繰り返しながら進められます。このときにそれぞれの活動をやりやすい場を用意し利用することでコラボレーションを効率的・効果的に進めることが可能になります。

①アイデアを出す

コラボレーションの課題解決のためにアイデアを出し合い、アイデアを大きく膨らませます。コラボレーションの目的・目標を共有した上で、メンバー同士で思いついたアイデアを発言したり、書き出してみたりする活動で、「ブレーンストーミング」を実施するのが一般的だと思われます。

この活動に適した空間はメンバーがリラックスできるカジュアルな環境です。硬い雰囲気の空間とカジュアルな空間で表出されるアイデアの数がどのくらい違うのかを実験してみたところ、カジュアルな空間では硬い空間より4割も多くのアイデアが出ることが分かっています。

②アイデアを練る

出そろった多様なアイデアを取捨選択しながら練り上げていく活動で、チームとしての結論に向けて発案された複数アイデアについて議論し有効性を評価していきます。

この活動を効率的かつ効果的に進めるには、今議論している対象にメンバー全員が集中できるようにすることが必要です。例えば議論しているアイデアをひとつの大型ディスプレイに表示すれば、全員がそれに目を向け文字通り同じ方向を向いて議論できます。グループワークの結果を評価者が5段階評価する実験で、大型ディスプレイの有無が創出されるアイデアの新規性などに影響することが確かめられています。

③アイデアをまとめる

チームとしての最終成果をプロジェクトチーム外の人間に正確かつ有効に伝えられるよう、収束したアイデアをまとめ上げる活動です。

最終的な形にする作業は基本的にはメンバーそれぞれが一人で行う個人作業です。ここでは外部からよけいな刺激が入ってこない環境が必要になります。集中作業に適した環境は人によって異なり、一番人気があるのは図書館のような環境(周囲にいる集中している人と軽く仕切られている状況)ですが、もっと閉ざされた環境を好む人もいます。集中する場を用意するときは、いくつかの種類の環境をつくっておくのがいいようです。

当該のコラボレーションが組織内の他の人たちにも伏せて進める必要性があるのなら、プロジェクト外と明確な境界を持つ空間を確保し、その中に三つの活動を行う場をつくりこまなければなりません。逆に組織内に(組織外であっても)情報を開示してもいい場合には、閉じたプロジェクトルームを設けるのではなく、①②③を行う場を他のチームと共有する運用方法が考えられます。積極的に流した情報に対して他のプロジェクトメンバーから知見やヒントをもらえれば、さらなるアイデアの創出につながるかもしれません。

おわりに

「自分のことは自分でしなさい!」多くの人が両親から言い聞かされてきた言葉だと思います。最低限のことは自分でしなければならないのは大人だって同じ。でも前例のない画期的な発明なんて他の人の力を借りなきゃできない話です。ビジネスの現場では自分だけでは立ち行かなくなることがたくさんありますし、自分の殻を破るには内側からの圧力だけでは難しいことが多いのです。コラボレーションは、それまで自分が見てきたのとは違う景色を見せてくれる活動です。もし今、身の回りが停滞していてそれを打破したいのならコラボレーションを企画してみてはいかがでしょう。

だけど安易な企画にはご用心。コラボレーションを成功させるには、はっきりした目的を持ち、しっかりした人材を確保し、ふさわしい空間で進めなければなりません。きちんとやらないと自分の時間と費用が無駄になるだけでなく、巻き込んだ人たちにも害を及ぼすことになってしまいます。そういえば最近やたらと忙しくなっていませんか? まわりに青息吐息の人はいませんか? いくつものプロジェクトに参加させられ、会議ばかりの日々を過ごしている人が増えている気がするのは私だけでしょうか….。『Diamond Harvard Business Review』の2016年7月号には「コラボレーション疲れが人を潰す」という、行き過ぎたコラボレーションに警鐘を鳴らす特集記事が掲載されました。金の卵が期待できるコミュニケーションですが、組織全体で適切なマネジメントがなされていないと、優秀な人材の能力をすり減らし、コラボ以外の本来業務にも悪影響を及ぼしかねません。なにごともやりゃあいいってものじゃないのです。気をつけましょう!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

2019年6月20日公開
2020年10月27日更新

 

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI