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「働き方改革」は自分を成長させるチャンス―デンマーク人に学ぶ「内省」の習慣

イノベーションを生み出すため、日本企業における組織変革や場づくりなど、さまざまな取り組みを円滑に行うため、そのヒントとなるのがデンマークのビジネスデザインスクールKAOSPILOTが開発した「クリエイティブ・リーダーシップ」というメソッドです。前編では人材育成と組織開発のプログラムを提供している株式会社Laere(レア)共同代表の大本 綾さんに、「誰でもクリエイティビティを発揮できる」ことが組織にもたらすポジティブな影響や、ご自身が学んだKAOSPILOTについてお話を伺いました。

後編ではさらにKAOSPILOTを深掘りし、その根底にあるデンマークの価値観やマインドセットから、組織変革に必要なノウハウを学びます。

チームの成長なくしては個人の成長は意味をなさない

WORK MILL:多種多様な人が生徒として集まってくるKAOSPILOTでは、身につく能力も人によって異なるのでしょうか。

—大本 綾(おおもと・あや)株式会社Laere(レア)共同代表
高校、大学でカナダとアメリカに2年留学。大学卒業後、グレイワールドワイドで大手消費材メーカーのブランド戦略、コミュニケーション開発に携わる。その後、デンマークのビジネスデザインスクールKAOSPILOTに初の日本人留学生として入学し、2015年6月に卒業。留学中は起業家精神とクリエイティブ・リーダーシップを中心に学び、デンマーク、イギリス、南アフリカ、日本において社会や組織開発のプロジェクトに携わる。ダイヤモンド・書籍オンラインの連載記事『幸福大国デンマークのデザイン思考』の著者。企業や教育機関を始めさまざまな組織に対してクリエイティブな人材育成と組織開発プログラムの開発・実施を行う。
2017/11/17〜18「クリエイティブリーダーシップ特別ワークショップ」開催予定(http://www.laere.jp/event/440

大本:そうですね。KAOSPILOTのコアコンピタンスモデル「Subject(主題)」「Relationship(関係性)」「Change(変革)」「Action(行動)」も考慮しつつ、「こうなりたい」「こんな未来を創りたい」という個人の目標や意見を尊重します。たとえば成績評価でも、「自分がどれだけ成長したか」「目指すべき方向性に向けてどれだけコアコンピテンスを伸ばせたか」と内省させるんです。あくまで主観的な評価なので、もし自分がごまかせば、そのレポートはまったく事実に即していないものになってしまいます。それを防ぐために、スタディグループやメンターグループを作って、ピア・ラーニング(仲間と協力して学ぶこと)を行います。つまり、どんな能力をどのくらい身につけたか、自分でも評価するし、周りにもフィードバックするということ。フィードバックするからには、チームメイトとも信頼関係を築いておかなくてはいけないし、相応の責任も負うことになります。

WORK MILL:個人の内省を重視しつつ、お互いにフィードバックし合うことで、チームとしての成長にも関心を払わせるんですね。

大本:「自分の成長と他人の成長は連動している」という意識を育てていくんです。どんなに個人として成長しても、チームとしての成長なくしては、意味をなさないという前提がある。チームとして360°評価を行うと、どんなに自分の個性や成長、能力を伸ばす方向で目標を設定しても、「チームとして成長するためには他にどんな目標を設定するべきか」というのが見えてくるので、トータルでバランスが取れてくるんです。

WORK MILL:会社でも人事評価に360°評価を入れているところがありますが、そのやり方は参考になりそうですね。

大本:それと、KAOSPILOTではカリキュラムの初期に頻繁に行われる「チームデイ」というプログラムがあって、ファシリテーターを設定し、その1日を使って「チームにとって必要なことを設計してください」という課題が出るんです。そうすると、何が必要なのかチームメンバーに聞いて回らなければならない。メンバーの理想をヒアリングして、現実と比較して生じるギャップがニーズということですよね。それってつまり、商品開発と同じプロセスだと思うんですよ。
これらのカリキュラムや評価方法は、デンマークの民主主義的な社会と関連性が高いかもしれません。「その場の人達の意見は尊重されるもの」という前提で、「こんな風に成長したい」と目標設定することがあらかじめ人材育成に織り込まれている。それはある意味、余白と余裕、不確実性を担保している、ということなんですよね。そしてそれこそがクリエイティビティの源泉になるんです。

ー2012年KAOSPILOTの教室にて。議論やプレゼンテーションの内容を絵で可視化するときに役立つビジュアル言語について学ぶ様子。

大本:たとえば、チーム内の持ち回りで、毎週ホスト役を設定するのですが、その役割は「チームが心地よく集中して学べる環境を自由に設計する」というもの。人によってそのやり方もさまざまで、朝にスムージーを作ってくれたり、パーティを開いたり、キャンドルを焚いて「ヒュッゲ」を楽しんだり……。「ヒュッゲ」というのは、デンマーク語で「居心地がいい時間や空間」という意味で、居心地のよい環境を作って、コーヒーやお茶を淹れて、ほっこりすることを指します。そうやって、自分たちが元気になって、集中力も高まれば、チームの成果にもつながります。

異質なものとの摩擦で新たな価値は生まれる

WORK MILL:KAOSPILOTのカリキュラムには、デンマークの文化や価値観が反映されているんですね。ただ、それをそのまま日本に適用することは難しいのでは?

大本:確かに、私も最初は戸惑いがありました。デンマークでは自分の意見や思ったことは正直にストレートに相手に伝えることが美徳とされています。ですから最初、議論の場ではみんなの意見に圧倒されて、まさにカオス状態。意見を求められると「こっちの意見もいいけど、あの意見もいいよね」と和を重んじる意味で、バランスを取ろうとしちゃって……まさに日本人的ですよね(笑)。すると「さっきと言ってることが違うじゃないか。自分が正しいと思ったことを言って議論すべき。それがリーダーだから」と。それがまさに彼らの理想的なリーダー像なんですよね。

 
でもそうやって海外の文化を取り入れようとすると、自分のバイアスに気づけるんです。アイデアは異質なものとものとを組み合わせることで新しいものが生まれるけど、極端に異なる考え方と接することで自分のアイデンティティに気づかされることもよくあります。私の場合、高校、大学とカナダ、アメリカへ1年ずつ留学したのですが、その時はすっかりアメリカナイズドされちゃったんですよ。でもそれでは新しいものは生まれないんですよね。議論は摩擦や葛藤が起きること前提で考えて、自分とは異なる価値観を取り入れる時、個人レベルでも構わないから、「自分はどうしたいのか」という仮説を置いたうえで取り入れると、スムーズに自分の中で消化できるようになる。
その国特有のバイアスがそれぞれあります。それを「自分のバイアスとうまく掛け合わせよう」と意識づけていると、「染まる」のではなく、あらゆる状況下において平等に、新しいものを生み出しつづけられるようになるんです。やっぱり、それぞれにいいところがあるじゃないですか。異文化に触れたとき、それぞれの良さを見出して「いいとこ取り」というか、良さを活かしたうえで取り入れたほうが、異なる背景を持つ人たちと組むときに、より質の高い結果を出せるんです。

WORK MILL:そう考えると、日本では議論の場で摩擦や葛藤を過度に避ける傾向がありますが、それこそ「新しいものが生み出せない」障壁になっているのかもしれません。

大本:KAOSPILOTの1年目に「ダブルダイヤモンドイノベーションモデル」という合意形成のプロセスを学ぶのですが、それがまさに摩擦や葛藤……カオスを活かした思考の羅針盤ですね。議論のフェーズによって、意見をわーっと発散させたり、それを絞って収束させたりすることで、議論の質を高めていくんです。

WORK MILL:さまざまな人が意見を発散する場では、なかなか意見がまとまらないのでは?

大本:KAOSPILOTの議論では、お互いに意見を発散すべき点と収束すべき点、目指すべき方向性がわかっているので、どんなにカオス状態になっても、議論がまとまらないということは起こりえないんです。

WORK MILL:日本だと、そもそもカオス状態になることがほとんどありませんよね。会議でもなかなか発言が生まれず、シーンとしてしまうことが多いです。

大本:「沈黙の価値」というものもあると思うんですよね。デンマークではみんなわーっと発言して、間を埋めるような文化だけれど、日本の間合いを取るような文化にも、考えを醸成したり、内省したり、相手の思いを汲み取るという価値があるはず。議論の中でただ黙るだけではなく、沈黙しているからこそ客観的にみんなの意見を判断し、その視点を共有することで結論に導くことができます。「どんな行動も発言もチームやその場に影響する」という前提を共有しているからこそ、自分なりに日本人ならではの考え方やあり方、文化を再定義して、それを発信しつづけることで、チーム内での価値を発揮しようと試みていました。デンマーク人ばかりのKAOSPILOTの中で、私自身の価値を見出そうとすると、やはり自分のアイデンティティを無視することはできないんですよね。

WORK MILL:自分なりの考え方や特性を無理に押し込めるのではなく、だからこそ自分が議論を深めるには、チームのためにできることは何か……と考えることが重要なんですね。

大本:ワークショップの中でも「内省する時間」というのがとても重要で、ひとつのワークが終わるごとに「今回学んだことはどんなことですか?」と必ず聞くようにしています。それぞれの発言に対する捉え方は異なりますし、消化しないまま溜まっていくと、情報過多でオーバーヒート状態になってしまう。ファシリテーターがそうやってこまめに「この時間があなたにとってどんな意味をもたらしているか」と聞くことで、意図的に余白を作り出していくんです。

深い内省が優れた問いを生み出す

WORK MILL:日本人らしさや日本的な価値観も、いいものは活かす。そのうえで何か取り入れたほうがいいと思うデンマークの文化や価値観はありますか。

大本:「すべてを疑え」ということ。デンマーク人の友人はみんなそれを小さい頃から教わっていたのだと言います。つまり、「問いを立てる習慣が早くから身についている」ということですね。たとえば、KAOSPILOTには週1で「ラーニング・ゾーン」というプログラムが設けられているのですが、授業でどんなことをするか、授業開発の場(学ぶ環境を開発する場)に学生が入って、自由に議論できるんですよ。それに加えて、3、4カ月に一度「カリキュラム・ディベロップメント・ワークショップ」というものが開催され、それには先生と在校生だけでなく、卒業生も参加して、カリキュラムをよりよくするための議論がなされます。つまり、学生でも何か問いを立てれば、それを表明し、表現できる意思決定の場に立ち会うことができるんです。ただ、そこでの問いは、学校の方向性を大きく変えるものとなる可能性もあります。問いそのものの質を高めていかなくてはならないんですよね。そのためには、歴史や文化、世の中の潮流、宗教や政治観……身の回りのあらゆることに興味を持ち、教養を深めていかなくてはなりません。

 
デンマークには24時間を3つに区切った「8×3」の考え方があるのですが、それは1日のうち8時間は働き、8時間は眠り、残り8時間の自由時間を家庭や友人と過ごし、豊かなものにしよう、というものです。まさにその自由時間の活用法が重要で、そこで普段から家族や友人と価値観を共有し、宗教観や歴史観など深い議論を行っているからこそ、公の議論の場でも、臆することなく自分の考えを表明することができるんです。

ーデンマーク、コペンハーゲンにて撮影

WORK MILL:日本では宗教観や政治的な議論はある種タブーとなっていますから、なかなか難しいかもしれません。

大本:私自身、両親も日本人ですし、日本的な道徳観や価値観で育ちましたから、最初は戸惑いもありました。ただ、それも聞き方によるというか、「パワフル・クエスチョン」……深く考えさせ、探求させるような質問を投げかけることで、議論の質を高めることは可能だと思います。つまり、「はい」「いいえ」だけで答えられるような質問ではなく、その人自身の言葉で答えられるような質問です。日本ではどうしてもファシリテーターは「場を回すこと」「時間を守ること」にとらわれがちですけど、それぞれの発言を理解しながら、その場で盛り上がった議論や、より深めるべき議論を、時にはあらかじめ決められた流れを変えてでも、時間を割こうと決定するには、リーダーシップも必要。ファシリテーションとリーダーシップ、両方の文脈を取り入れて、議論の質を高め、新たなものを提案していく。それこそがクリエイティブ・リーダーシップなんですよね。

WORK MILL:場当たり的に考えるのではなく、常日頃から内省を習慣づけ、それを持ち寄る場づくりが重要なんですね。

大本:意識的に考える時間を持つことが重要ですね。デンマークの場合、夏休みは1カ月とって、「サマーハウス」と呼ばれる別荘で過ごすことが一般的なんです。別荘というと、なんだか裕福な感じですけど、場合によっては複数の家族でシェアして、ただのんびりして過ごす……それが内省の時間になってるんです。自分がこれまでしてきたことを振り返り、もし習慣を変えたほうが成長できるなら、大胆に変えられる。それは自分の中に余白や余裕があるからなんですよね。

WORK MILL:どこかへ旅に行くとしたら、つい何か予定を詰め込みたくなってしまいますけどね。

大本:日本人は休み方が不得意なのかもしれませんね。でもプレミアムフライデーにしても、せっかく始まったんだから活用すればいいんですよ。働き方改革で、「早く帰ろう」と言われても、どう過ごせばいいかわからないと戸惑っている人が多いけど、自分が本当に望むような休み方を、自分自身でデザインするということ。自分が元気になれるような休み方を理解して、習慣的に取り入れる。それこそが、自分の意識や行動を変えるきっかけになると思うんです。

 
デンマーク人は、小さい頃から「あなたが幸せなのがいちばん大事」と言われるそうなんです。それは、制度的に社会保障が充実していて、医療費がタダで、学生の間はSUという返済義務のない奨学金があって、日本円にして毎月約10万円ほどもらえるので、できるだけ学ぶことに集中して好きなことをひたすら追求できる背景もある。でも、そんな制度がない日本でも、「自分にとって幸せとは?」と継続的に問いかけたり見直すことは、どれだけやってもタダなんですよ。自分自身でそれを習慣づけたり、時にはそれを打ち明けあえるような場を作ったりすれば、自分自身が変われると思うんですよね。私もそれを意識していきたいですし、そういう場を提供していきたいなと思っています。

編集部コメント

私自身も過去に、大本さんが開催されているKAOSPILOTの校長とプログラムディレクターが来日し、講師を務める2日間の「クリエイティブリーダーシップ特別ワークショップ」に参加しました。ワークショップでは、記事内でも出てくるダブルダイヤモンドやパワフル・クエションなどを実際に体験し、また随所に内省や自分に問いを立てるための余白の時間が用意されていました。まるで自問自答のブートキャンプのようでした!普段から実践していなかった私にとって「自ら問う」ということがどれだけ難しく、また怠っていたかを痛感しました。これらを習慣づけることで教養や議論の質を高めるだけでなく、思考的に余白や余裕を常につくる働き方へとシフトしていきたいです。(山田

2017年11月14日更新
取材月:2017年8月

テキスト: 大矢 幸世
写真:岩本 良介
写真提供:株式会社Laere
イラスト:野中 聡紀