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イノベーションを生み出すオフィスデザインとは ― DESIGN For Innovation 2017レポート

2017年5月24日、デザインコンサルティング会社・ビートラックスジャパンによるオーガナイズNagatacho GRIDで行われた「DESIGN For Innovation 2017」。昨年に引き続き第2回目となったイベントでは、「デザインと経営」をテーマに、ビジネスにおけるデザインの必要性やデザイン思考の有用性などが語られました。メディアパートナーとしてイベントをサポートしたWORK MILLでは、興味深いテーマの中から、ワークスタイルやワークプレイスの新たなヒントとなるようなセッションをセレクトしました。後編ではイノベーションを生み出すオフィスデザインについて考えます。

 サンフランシスコを拠点にSkypeやSlackなど先進的な企業のオフィスデザインを手がけるDesign BlitzのSeth Hanleyさんと、日本やアメリカ、中国、ベトナムの4カ国10拠点でオフィス環境づくりに取り組むFrontier Consulting America, Inc.の稲田晋司さんが登壇。サンフランシスコ・シリコンバレーと日本の事例を交えながら、ディスカッションを繰り広げました。

ゲスト:Seth Hanley(Design Blitz 代表 兼 クリエイティブ・ディレクター)
ゲスト:稲田 晋司(Frontier Consulting America, Inc. CEO)
モデレーター:Brandon K. Hill(btrax, Incファウンダー兼CEO)

どこでも働ける今だからこそ、オフィスの価値を明確に

Brandon:オフィスデザインを検討する際、事前準備としてどんなことを行っていますか。

稲田:どのくらい事前準備にかけられるかは会社によっても違いますが、トップへのヒアリングやアンケートによって目的を明確にします。「イノベーション」という言葉はかなり日本でも浸透してきていますが、その影響度や効果は人や組織によっても差があります。ですからプロジェクトを立ち上げる際、まずどの程度の効果を求めるのか、設定をすり合わせる必要があるのです。
また、新たなオフィスを作ることで、どんな経験を求めているのか、何が課題で、どうすればそれを解決できるのか、個人と組織との間でまとめる軸を設定することが大切です。イノベーションを生む源泉として欠かせないのはダイバーシティですが、さまざまな考え方や価値観を受け入れるだけでは、一人ひとりが大切にしている軸と組織やチームの軸とがずれてしまう可能性があります。それらを包括し、ブレないような軸……共有できる価値観を設定すること。つまり「ダイバーシティとインクルージョン」の二つが必要です。そのための材料として、インフォメーションインデックスを作って情報を整理したり、先行事例をお客様と共有したりして、具体的なイメージに落とし込んでいきます。

Seth:私たちの場合も同様で、クライアントがどの程度望んでいるかによりますが、まずは主要メンバーにインタビューを行います。「何をしたいか」「何のために仕事をしているのか」「それによってどうなりたいのか」……など。そこから導き出される答えや価値観は、非常に実践的な情報となります。ただ、どう働きたいのか、どれだけオフィスをオープンにするか、人によって大きな隔たりが生じることもあります。場合によっては外部のオブザーバー組織を入れて、ピースを寄り集めて、客観的に検討して、実際のデザインに落とし込みます。現在ではBIM(モデリング)ツールも進化していて、デザインイメージをバーチャルツアーすることができます。オフィスのプロトタイプを見てもらって、実際にどう感じるか、ヒアリングを行います。多くの社員に共感してもらえるように、そのデザインには物語性があって、時にはロマンが必要なこともあるのです。

Brandon:オフィスデザインは従業員の創造性や生産性、満足度にどう影響しているのでしょうか。

Seth:オフィスデザインはビジネスを進化させると思います。従業員は企業のために働くだけでなく、さまざまなアイデアを発想したい、今まで気づかなかったことを提案したい、という純粋な欲求があります。一辺倒の働き方を強制するのではなく、好きな場所で、好きな時間で、好きなように働ける環境を提供することで、個人にもチームにも創造性やエナジーが生まれ、生産性が高まり、素晴らしいアイデアが生まれる。テクノロジーを活用することで、人々が自由に行き交い、出会い、コラボレーションすることに障壁はありません。そのためには、人々が行きたくなるような場所を作ることが必要です。そこで仕事することでワクワクするようなオフィスを。

稲田:これだけ「働き方改革」と言われて、リモートワークでどこでも働けるようになってくると、逆に「オフィスじゃなきゃできないこと」を明確にすることが重要ですよね。「何のためにオフィスがあるのか」「どういう価値があるのか」……と追求することが大切なんです。オフィスには大きく4つの価値があると考えています。

1. 公共性
オープンなスペースとして外部の人材を巻き込んで、新しいアイデアを生み出せる環境を作り出すこと

2. 専門性
キッチンや洗面所などユーザー環境を再現したスペースで、実際に商品テストや試作などを行えること

3. 人間関係
その場にいる人と直接気軽にコミュニケーションが取れること(ただその場にいるだけでなく、意識的にイベントやミーティングなどの機会を作ることを大切にする)

4. 文化を伝える
会社の価値観や事業の意義などを共有すること
特にこの4.は非常に重要だと考えていて、カルチャーはいわば土台のようなもの。デザインは遠くからでもぱっと見でもわかるし、ファンクション(機能)は実際に使ってみたらわかるけど、カルチャーは掘ってみなければわかりません。けれどもそこをしっかり理解して、オフィスデザインに反映させれば、多くの社員にとって働きやすい環境となると思います。日本は本来、意外とそういう部分はできていたと思うんです。沿革を張り出したり、創業者の写真を掲げたり……。そういったものを現代風にアップデートしてデザインすることが重要だと考えています。

ーDesign(デザイン)、Function(機能)、Culture(文化)の概念図
(出典:稲田様プレゼン資料)

互いへの信頼感がベースとなっている西海岸のオフィス

Brandon:稲田さんは西海岸のオフィスデザインをどう日本に移植しようとされていますか。

稲田:そもそも、西海岸と日本では考え方自体が違います。専門誌では海外事例が紹介されていますが、一般レベルではまだあまり伝わってきていません。国が違えば、抱える問題もカルチャーも違います。まずは僕らが先行事例をもっと一般化し、ローカライズして伝えることが必要だと考えています。

Brandon:シリコンバレーにはGoogleやSquareなど優れた企業が数多くあります。西海岸と日本のオフィス環境にはどのような違いがあるのでしょうか。

稲田:日本における典型的なオフィスといえば、社長室や役員室があって、島型にデスクが並んでいて、上司が窓側にいて、その前にずらっと部下がいるようなもの。本来、マネジメントの原点は信用だと思うんです。上司は部下を、部下は上司を信頼しているかどうか。日本はある種、あまり互いを信用せず、監視しあうようなオフィスとなっています。西海岸の場合、「代表がどこにいるかわからない」というのはザラですよね。信頼が前提としてあって、監視よりも自由闊達なコミュニケーションを重視しています。

Seth:確かに、オープンでクリエイティブで、机にへばりついているような働き方はしませんね。誰もデスクにいなくても、バーカウンターでコーヒーを飲んでいても気にしない。ただ、あまりにオフィスから人がいなくなると寂しいし、上司もスタッフももっと話したいと感じるでしょう。そういう部分ではコミュニケーションの機会を設けるようなマネジメントは必要だと思います。幸い、テクノロジーによって新たなデバイスが生まれ、Slackなどのツールもあります。そういったものを活用して情報共有できますよね。

Brandon:西海岸では執務スペースに加えて、プライベートルームやカウチスペース、ピンポンテーブルがあるようなオフィスが多いですが、日本でもそういったものを取り入れたほうがいいのでしょうか。

稲田:確かに、西海岸ではABW(Activity Based Working)が主流となって、仕事の方法に合わせて場所を選ぶことができますが、日本の場合、そもそもオフィスが狭いという事情があります。また、固定席を手放すということにも心理的ハードルがあって、固定席に加えてABWも……というのはスペース的にも難しいんですよね。その中でどうローカライズして選択肢を増やすかは、私たちとしても課題に感じながら、最善策を考えています。

Brandon:フリーアドレスだと、「席を探す時間もかかって、生産性が下がるのではないか」と考える日本人もいますからね。

Seth:ただ、実際のところ西海岸でもフリーアドレスを導入する動きは遅いんです。彼らだって、今までのままでいたいですからね。大きなデスクより「自分の机が欲しい」と考えていますよ。ここで重要なのは、自分の依存心に気づき、それを取り去ることなのです。自分の働き方を理解し、本当に必要なものをきちんと認識して、自分が使っている仕事道具が果たして最善のものなのか。もっと厳選して、より良い3つのものに置き換えることはできないか、と考えるのです。そうすれば、自分自身の働き方をデザインすることができ、フリーアドレスによって生産性も高まるはずです。

オフィス改革だけでなく人の意識改革も重要

Brandon:日本では朝から夕方まで、大勢で参加するようなミーティングが多く、「17時になってやっと自分の仕事に取りかかれる」ということがザラにあります。もっと生産性を高めるようなオフィスデザインというのは可能なのでしょうか。

Seth:私自身、ミーティングは嫌いですね(笑)モチベーションが上がりません。西海岸ではおそらくみんなそう思っているのだと思いますが、ミーティングの優先順位やゴールが明確で、建設的で、2、30分で終わるようにオーガナイズされている。みんな自分の仕事時間を確保できるようにしていますね。

稲田:物理的に会議室を減らすことはできますが、オフィスを変えただけでは時間は減らせません。結局、ルールや個人の意識が伴わなければ、改善できませんよね。たとえばミーティングがはじまってから議題を考えるのではなく、事前に共有して、当事者意識を持って考えを深めておくだけでも変わるはずです。

(会場からの質問):私の職場は日本の典型的なオフィスなのですが、社長や役員たちには自分の部屋がありますし、それを変える必要性を感じていないというのが現状です。「今まで通りでいい」と考えている上司に対して、新しいオフィス環境の導入を提案するためにはどうすればいいでしょうか。

Seth:いい質問ですね(笑)実は私も以前、そういう会社にいたことがあるんです。いわゆる伝統的なオフィスで、みんなCubicles(間仕切りのある小個室)に座っているような。ある日、そのCubiclesを取っ払うためにひと勝負打とうと思って、自分のCubiclesから「私が一緒に働きたいのは、もっとオープンでクレバーな雰囲気で働きたいと思っているひとだ」というメッセージを掲げました。まぁ、これは極端な例ですけど、会社や社員はもっと生産的になれるはずだし、幸せになれるはず。働く環境を変えることで、ビジネス的なアドバンテージになるんです。小さなところから、テストとして何か新しいことをはじめてみる会社もあります。すべてを放り投げて、諦めてしまうのではなく、ほんの小さなところからはじめてみて、成功したら少しずつ進める。大きく変える必要はないから、改善していくことに集中してみるのも一つの手でしょう。

稲田:根本的に大切なのは、やはりトップをどう口説き落とすかですよね。でないとプロジェクトは進まない。実際に作ったところで、運用に人材や資金を継続的に割いてもらえません。外部の先行事例を見てもらったり、「なぜ変える必要があるのか」を有志で考えたりして、何とかトップの説得材料を探せたらいいのではと思います。

編集部コメント

日本の働き方を変革するうえで大きな障害になっているのが、働き方に対する思い込みや思考停止の存在です。与えられた人事制度、オフィス環境、そしてIT環境。これら所与の働き方をそのまま受け入れることが当たり前になっており、まさにSethさんが話すように「自分の依存心」として思考停止を更に強固なものにしていると言えます。思考停止はすなわち主体性の喪失。性悪説による制度設計の考え方も、この思考停止を招く原因の一つともいえるでしょう。稲田さんがご指摘の通り信頼がベースにないため、どうしても管理・監視が主体になる。この点については私も昨年クロストークで問題提起しています。
与えられた「自分の働き方を理解し、本当に必要なものをきちんと認識して、自分が使っている仕事道具が果たして最善のものなのか」と自律的に主体性をもって考えること、そして信頼をベースにした性善説の制度設計を推進すること。これらによってはじめて、働き方変革のスタートが切れるのではないかと感じます。(遅野井

2017年6月20日更新
取材月:2017年5月

テキスト: 大矢 幸世
写真:btrax Japan