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第2話 「みんなにひとつ」から「ひとりにふたつ」へ

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラムです。働く場や働き方に関するテーマを毎月取り上げ、『「〇〇」から「××」へ』という移り変わりと未来予想の視点から読み解きます。

はじめに

今回は机の話です。でもタイトルでひとつ、と数えているのは机の数ではありません。後ほど種明かしをしていきましょう。

ちょっと意外なところから話を始めたいと思います。皆さんは机という文字の成り立ちをご存じですか?まず、“つくり”の「几」を見てみます。これは、左右に並んだ2本の脚の上に平らなものが載っている状態を表す象形文字です。それを木材で作ったものが「机」です。ですから机の上部の板(これを天板といいます)は平らでなければなりません。机というのは床と水平になっている天板をもつ木製の作業台のことなのですね。

ところが明治の中頃、天板が傾斜している机を使っているオフィスがありました。手前の縁が通常の机の高さで向こうに行くほど天板が高くなっていく机で、その傾斜は30度くらい。なぜ、そんな机を使っていたのかといいますと、その理由は、当時仕事に使っていた文書や台帳がすごく大きなサイズだったからなのです。新聞紙ほどもある大きな紙を水平に置くと、向こうの端の方は読みづらいし書きづらい。そこで天板に傾斜をつけて、その不便さを解消していたというわけです。ご存じない方はピンとこないかもしれませんが、大きな図面を作図する製図板と同じ理屈ですね。

机の天板は作業面です。作業の内容や使う道具、そのときの作業姿勢に応じて、机は工夫・改善されてきた歴史があります。「机」という本来の字義をも顧みず、天板を斜めにすることまでしていたのですから、机というものはこれまでかなり姿を変化させてきた家具だと言えそうです。

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。 

 机とレイアウトー激動の歴史

そろそろ今回のタイトルのことに触れようと思います。ひとつ、ふたつと数えているのは実はPC(コンピュータ)の台数です。近年の机の形に最も影響を及ぼしてきたのはPC。今や仕事を進めていくのに欠かせない、オフィスワーカーにとって最も身近で大切なツールであることに異を唱える人はそうはいないでしょう。

ということで、影響力絶大のコンピュータという道具がオフィスに登場してから、机の形がどのように変わり、机のレイアウトがどのように移り変わってきたかを見ていただき、これからそれらがどうなっていくのかを考えていただこうというのが今回の目論見です。

部署に1台  

コンピュータがオフィスに導入され始めたのは1980年前後くらいからのこと。会社の基幹業務を支援するために、 ひとつの部署に1台の汎用コンピュータ端末が配備されるようになりました。当時は部署全員(実際にはオペレーションできない人やしたがらない人も少なからずいたので全員という表現は正しくないかもしれません)で1台のマシンを共有して使っていたのです。端末とプリンタを部屋の隅に配置するのが一般的で、そこのことを「OAコーナー」(注:OAはOffice Automationの略で今や死語に近い言葉です)などと称していました。

不特定多数の人が入れ代わり立ち代わり利用するので、オペレーション用の椅子(OAチェア)には利用者の体格に応じて座面の高さを簡単に調節できる機能が求められたりしたものです。

課・係に1台

コンピュータの普及は目覚ましいスピードで進みます。80年代の半ばごろには、課や係に1台配備されていきます。これに対応して、対向島型で並べられた机の端に機器を載せる専用テーブルが連結されるようになりました。

ちなみに、端末やプリンタを載せる台はOAテーブルです。なんでもかんでも「OA(Office Automation)」をつけていた時代だったのですね(笑)。当時厚みが5㎝ほどもあったキーボードを操作するときに両肩が上がりすぎないよう、端末用のテーブルには、キーボードを置く部分だけ天板を切り欠き、モニターを置く作業面よりも一段高さを低くするといった工夫が施されていました。

2人に1台

80年代の後半にかけて、先進的な企業では2人に1台の配備がなされていきます。コンピュータの利用頻度は格段に高まっていきました。ですが、身近なものになった分そこに弊害も発生していったのです。当時大きな問題になっていたことのひとつは、端末からの放熱が周辺の人に与える影響。もう ひとつはプリンタの騒音問題でした。いずれも機器のまわりに仕切りを立てることで、熱や音が周囲に広がらないよう対処していました。臭いものに蓋をする式ですね。特にプリンタは、全体をすっぽり格納する箱(これを称して“消音ボックス”)に入れて“ジーコジーコ”という音が聞こえないようにしていたものです。

なお、今ではこうした問題はコンピュータの供給者側で根本的に解決してくれているので、私たちはもう心配することはありませんね。

2人に1台の発展形

2人で1台を共有するときに、端末へのアクセスをしやすくするために図にあるようなテーブルが登場しました。真横に移動するよりも少しだけ角度がふられています(計算すると150度です)ので、移動効率が高まるという発想です。その結果、これまでにはなかった新しいデスクレイアウトが誕生したのです。

1人に1台

90年代に入り、PCとインターネットの時代に突入。普及は一気に加速して、多くのオフィスで1人1台の運用が始まります。ですが、当時の機器はデスクトップPCで、ブラウン管の大きなモニターとキーボード、そしてマウスというセットが一般的。これらを1200mm間口の机に設置すると、机の上はとたんに狭くなってしまい、書類を置いたり、書き物をするスペースが十分に確保できない事態が生じます。机上面を広げる必要がある。だからといって大きな机に買い替えると今度は人数分の机が部屋に入らなくなってしまう。さて、どうしたか?

天板の一部を手前に拡張させた斬新な机を開発し、その問題を解決したのです。机の天板は四角というそれまでの常識を簡単に打ち破って“異型天板”なるものが開発されたのです。

ノートPC1人に1台

90年代後半からはデスクトップPCからノートPCへの移行が進んでいきます。同時にオフィス内に無線LANの導入も進み、オフィスワーカーのモビリティは急速に高まりました。オフィス内で場所に縛られる必然性が軽減したことを背景に、この頃から大きな天板を多人数で共有する働き方、いわゆるフリーアドレスのオフィスが誕生し、発展していったのです。

しかし、こうしてレイアウトの変遷を見てみると、「ノートPC1人に1台」のオフィスは「部署に1台」のオフィスにとてもよく似ていることに気づかされます。ぐるりと一周してふりだしに戻っているのが現在のオフィスなのかもしれません。さてさて、これから机は、レイアウトは、どんなふうに変わっていくのでしょう……。

机上面は残るのか

オフィスにコンピュータが入り始めた1980年頃からの机やそのレイアウトを見てきました。使う道具が机(特に天板)の形にいかに大きな影響を与えてきたのかをあらためて実感していただけたのではないでしょうか。道具が変われば働き方が変わる、そして机が変わり、オフィスが変わる、という図式はこれからも続いていくのです。今後PCの形状が変われば、あるいはPCに代わるデバイスが仕事を進める上での主要なツールになったなら、そのとき机の形はさらに変わっていくことでしょう。現在当たり前のようにやっているキーボードとマウスによる入力作業が音声入力に変わったらどうなるか。今キーボードを置いているフラットな面はとたんに要らなくなくなるのです。

また、私の息子世代など若い人たちがスマホを目にも止まらぬ速さで親指入力するのを見ていると、スマホサイズのデバイスとモニターがあれば十分に(少なくとも私より速く)仕事ができるように思えます。彼らに必要な家具は、モニターが生えた、カップホルダー付きの椅子であって、机は無用の長物に成り下がるのかもしれません。仕事をするための机は、その役目を終えてしまうのです。

ですが、ちょっと待ってください。

私は今、この原稿の下書きをペンで紙に書いています。PCの画面に向かってキーボード入力すると、「どうも発想が縮こまる。入力に手間取ると、考えていたことが頭から欠落する。だからいきなりPCで原稿は書けない」などと勝手に思い込んでいます。そして「そういう人はまだまだ少なからずいらっしゃる」とも思っています。将来、机の不要論が現実のものになるときには、そういう人は声を大にして机の延命運動を繰り広げましょう。もしもまだ私が生きながらえていたのなら改めて呼び掛けますから、そのときは私の元へ集結してください。

おわりにーー木へんの「机」よ、永遠なれ

机の形やレイアウトの話をしてきましたが、最後に天板の素材のことに少しだけ触れてみたいと思います。冒頭で「机」の字義の話をしました。先ほどは“つくり”の「几」に着目したのですが、今度は“へん”の「木」の方を見てみたいと思います。昔々は木材で作るのが当たり前だったので机へんの「机」で良かったわけですが、今のオフィス机のほとんどはスチールと樹脂でできています。ですから木へんを使ってはいけない。木でできていないのに木へんの「机」とは何事か、ということになりゃしないでしょうか。

大量に安く製造するためには木製は適当でないので、今はこうしたことになっています。もちろんスチールと樹脂にはコスト以外にもたくさんのメリットがあることも事実です。でも、私はやっぱり木の机が好き。本物の木の机だと長く使い続けるほど良さが増します。傷がついてもそれが味になったりする。するとますます愛着を感じるようになり生涯使い続けたくなる。使っていて、仕事をしていて楽しくなる。机の不要論のような物騒なことを上に書きましたが、木へんの「机」、純木の机こそ残していかなければならない大切な家具文化、生活文化ではないでしょうか。この主張にも賛同してくれるあなた。ぜひ手を組みましょう。お待ちしてます!

これで連載第2話は終わりです。第1話に懲りず今月も読んでいただいた皆さんにこの場を借りてお礼を申し上げます。初めて読まれた方はお時間のあるときに第1話の方も眺めてやってください。

それではまた来月お目にかかります。それまでの間、ごきげんよう。さようなら。

第2話 完

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)永良 亮子
(文中図版)野中 聡紀