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人材育成は「組織」と「個人」の2軸の視点で紐解く

人材育成で重要なこととは、いったい何なのだろうか

今回はこのシンプルな問いを、「個人」と「組織」の2軸から考えていきたいと思います。個人が組織に自身のキャリアを任せておけば良い時代は終わりました。組織は未来のために個人を戦略的・意図的に育てる必要があります。効果的な人材育成は、「個人」と「組織」が共に力を合わせてこそ、可能となるのです。人材育成はどの組織にとっても、最重要の経営課題であるといえます。組織が活用できる4資源=ヒト・モノ・カネ・情報の中で、ヒト=人だけがそれ以外の要素を動かすことができるのです。人を育てることは組織の未来をつくることと同じです。組織が人ひとりひとりの構成で成り立っている以上、人のスキルをあげることが組織のスキル、ひいては組織力をあげることになります。

また、ピーター.F.ドラッカーは経営学の視点から、「われわれが利用できる資源のなかで成長と発展を期待できるものは人間だけである」と述べています。ただ現実問題としては、人材育成は効果が見えにくい、中長期的な腰を据えた取り組みが必要である等の理由により、経営課題の優先順位付けから後回しにされてしまいがちです。しかし、人材育成にしっかりと取り組むことは下記のように良いこと尽くしであるといえます。

人材育成により人が育ちスキルが身に着く

その育った人がスキルを活かし生産性高く働き、組織の利益向上に貢献する

その結果人は仕事以外の家庭生活や趣味、自己啓発等にもコミットできる=ワークインライフの実現

人を支える人事制度が構築され機能し、良い採用ができ人が定着し、
組織のサスティナビリティが保たれる=HRM(Human Resouce Management)の好循環の実現

組織は、今すぐにでも覚悟を決めて経営課題として人材育成に取り組まない手はありません。また、組織における人材育成には、経営課題として人材育成に取り組む「組織」の覚悟と、それを受け止め自分事として捉え成長する「個人」の覚悟が両方必要であるといえます。そして、組織の未来をつくるのも、組織風土をつくっていくのも、「組織」を構成する「個人」が自分のキャリアを自分で描く意識を持つことから始まります。そこで前編では、「組織」と「個人」の2軸のうち、個人をまず取り上げ、中でもその根幹となるキャリアについてみていきます。

キャリアを戦略的に策定していくことの重要性

そもそも、キャリアとはなんでしょうか。キャリアの語源は、車の轍(わだち)=通った車が道に残した車輪の跡、です。そしてキャリアには狭義の意味と広義の意味があるとされています。狭義のキャリアとは、「職業、職務、職位、経歴、履歴」などを指し、広義のキャリアとは、「生涯・個人の人生とその生き方そのもの(あり方)と、その表現のしかた=人生の中でその人が積み重ねてきたすべての経験」を指します。前者をキャリア、後者をライフ・キャリアと分けて表現する場合もあります。教育学者であるドナルド.E.スーパーは、「キャリアとは生涯過程を通して、ある人によって演じられる諸役割の組み合わせと連続」(A career is defined as the combination and sequence of roles played by a person during the course of a life time)と言っています。

最近では、ワークライフインテグレーションや、ワークインライフという概念(ライフ全体からワークをとらえること。自分の人生に対しどうありたいかがまずあり、そのあり方を実現する手段としてワークがあるという考え方)も広がっており、ライフ・キャリアというコンセプトが主流になりつつあります。なぜなら、ワーク(仕事)は人生を構成する要素として非常に多くの時間を占めるので、どうしても個人の充実感や幸福感に多大な影響を及ぼしてしまいます。だからこそ、自身の中でのワークとライフを改めて捉え直し、位置づけ、自分なりのキャリアを描く必要があるのです。そういった意味で、狭義のキャリアを包含する広義のキャリア(ライフ・キャリア)を自身で戦略的に策定していくことが非常に重要であるとされます。

経営学の観点からキャリア発達を研究している山本寛は、「キャリア発達とは、生涯を通して、自己のキャリア目標に関係した経験や技能を継続的に獲得していくプロセス」としています。また、心理学者であるエリク.H.エリクソンは、人間の生涯を8つの段階:「乳児期」「幼児期」「遊戯期」「学童期」「青年期」「前成人期」「成人期」「老年期」に分け、「それぞれの段階において、心理社会的危機:その発達段階固有の葛藤、が生じる。だからこそ段階がつくりあげられる」としました。

人は、一生のうちの各時期において自分らしい生き方を描き、実現していこうとします。社会の一員として自身をとらえ、自立的に自己の人生を方向付けていくことは、生涯において続くプロセスです。個々の能力は、役割を認識しその役割を果たすこと(働くこと)を通じて、自分を見つめ試行錯誤し、その結果として獲得するものです。社会の一員として自立的・主体的に生きていく力は、ある年齢に達したからといって自然に身に着くものではなく、様々な経験を通して形成されるものであるといえます。

自己概念を形成していくことが自己実現へとつながっていくー

ドナルド.E.スーパーはキャリアを大きく2つの観点、ライフロールとライフステージと捉えました。キャリアとは、人生のある年齢や場面それぞれの時期で果たす役割(ライフロール)の組み合わせであるとし、価値観・興味関心・性格といった自己概念(自分らしさ)はひとつ、あるいは複数の役割を並行して果たす中で確立していくものであるとしました。そして人生を5つの発達段階に分け、それぞれのステージにおいて職業的発達課題があり、その課題に取り組んでいくことで一生を通じてキャリアを発達させていくと捉えました(ライフステージ)。

人生の発達段階

ここでいう自己概念(自分らしさ)とは、「自分は何者か」「自分はいったいどういう存在なのか」「他人からどう見られているのか」などといった自身を形成するイメージのことを指し、この自己概念の形成は、個人と環境(社会)の調和のプロセスであり、この調和のプロセスは完全に形成されることはないといわれています。つまり、キャリアは職業のみを指すのではなく、人生全般、社会的役割や人間関係を含む生き方そのものである、としたのがドナルド.E.スーパーなのです。現在の日本におけるキャリア教育やキャリア開発理論は、ドナルド.E.スーパーが提唱したキャリア概念に基づいています。

自分が今どんなライフステージにいるのか、そしてどんなライフロールをもっているのか、を考えることは、自身のキャリアを戦略的に描くうえで非常に大切です。そして、自分がどんな人間で、どんなことに価値を感じ、どんなことが好きでどんなことが嫌いなのか、という自己概念を明確にしていくことが、自分を取り巻く環境(社会)と安定的な関係を築くことにつながるといえます。そして、自己概念を明確にしていくことが、自身のキャリア形成に資する職業をはじめとした様々な役割を獲得し、自己実現をしていくことへとつながっていくのだといえます。

組織においても、自分がどんな仕事をしていきたいのか、自分がどんな仕事をしているときにやりがいを感じ、仕事を通じてなにを社会に対し実現していきたいのか、を日々考えていくこと。そしてそれを全うするために必要なスキルは何なのか、今自身にはどんなスキルが備わっていて、何が備わっていないのか、を具体的に考え自身のキャリアに責任を持ち仕事をしていくことが、自身のモチベーションを高め、より一層のスキルアップにつながっていきます。「個人」がまず自身のキャリアに責任を持つことで、「組織」の提供する人材育成が非常に有意義で効果的なものになっていくといえるのです。

次回の後編では、人材育成を捉える際に重要な2軸のうち、「組織」に焦点をあて、考えていきます。

【参考】

  • Drucker, P.F.(1954) The Practice of Management, Harper & Brothers (上田惇生訳, 『ドラッカー選書3 [新訳] 現代の経営(上・下)』ダイヤモンド社, 1996年)
  • Erikson, E.H. (1959) Psychological Issues Identity and Life cycle. International Universities Press, Inc(西平直・中島由恵訳, 『アイデンティティとライフサイクル』 誠心書房,2011年;小此木啓吾訳編,『自我同一性―アイデンティティとライフサイクル』誠心書房, 1973年)
  • 菊池武剋(2012)『キャリア教育』日本労働研究雑誌:No.621/April
  • 松尾睦 (2006) 『経験からの学習-プロフェッショナルへの成長プロセス-』同文館出版
  • 谷口智彦 (2006)『マネジャーのキャリアと学習 -コンテクスト・アプローチによる仕事経験分析-』白桃書房
  • 山本寛(2005) 『転職とキャリアの研究―組織間キャリア発達の観点から』創成社
  • 山本寛(2008) 『M&Aと従業員のキャリア発達』日本労働研究雑誌:No.570/January

テキスト:薄 良子
写真:薄 良子
イラスト:野中 聡紀