知らぬ人だから、話せる悩みもある。スナックのママが伝える「ゆるいつながり」の作り方(木下紫乃さん)
仕事の悩みを誰かに相談したいけど、なかなか言える相手がいない。気軽にポロッと吐き出したいけど、深刻になって相手を心配させてしまうかもしれない――そう思う人は少なくないのではないでしょうか。
人には相談できない仕事の悩みを抱えた人が集まるのが、東京・赤坂見附にある「スナックひきだし」です。これまでに店を訪れた人は、延べ4000人を超えます。
オーナーは、普段は株式会社HIKIDASHIの代表として40〜50代のキャリア支援を行いながら、週に一度カウンターにママとして立つ木下紫乃さんです。
「スナックという場だからこそ、悩みを吐き出しやすい」という木下さん。スナックひきだしはどんなお店なのか、スナックの外でも「ゆるいつながり」をつくるヒントを聞きました。
スナックの魅力は、適度な狭さと人との距離感
「スナックひきだし」は、どのようなきっかけで始めたのでしょうか?


木下
見知らぬ人同士が気軽につながれる場を作ろうと思い、2017年に始めました。
実は当初、40〜50代のミドルシニアが自分の人生を考える機会を作ろうとセミナーを開催していたのですが、全然人が集まらなくて。
そこで、ミドルシニアがフランクに話せる場をつくろうと思い、友人の店を間借りして「スナックひきだし」を始めました。現在のお店は2020年から営業しています。

そもそも木下さんは、もともとミドルシニア向けのキャリア支援のお仕事をされているんですよね。
なぜ、「スナック」という形態で場所をつくろうと思ったのでしょうか?


木下
スナックは見知らぬ人が集まるフラットな場であり、楽しい時間を過ごす場所です。悩みや思いを話せる場として、セミナーよりも来店するハードルを下げられたらと思いました。
どんな方が来店されますか?


木下
当初は悩みをもつミドルシニア世代が中心でしたが、最近は老若男女さまざまな方が来られます。
子どもを連れたお母さん、有休を利用してくる会社員の方、会社を休職している方、高齢者施設から抜け出して来られる方など、さまざまです。一人で来られる方がたくさんいます。
予約する人もいますが、ふらっと来店されることも多いです。
お客様には、どんな接客をされていますか?


木下
来店されたときにまず少しお話します。そこで聞いた話をもとに、他のお客さんに他己紹介して、お客さん同士をつなげていきます。
そうすると、私とだけでなく、皆が近くの人と自然に話し始める。お店で初めて会って意気投合して、そのまま別のお店に飲みに行ったりする人たちもいますね。
まさに一期一会ですね。


木下
スナックの魅力は、適度な狭さと距離の近さです。「知らない人と話してもいい」という気持ちになれるのは、場が持つ力ですよね。


木下
その場限りの出会いだからこそ、身近な人には話しにくい深刻な悩みも吐き出しやすく、赤裸々な相談をする方も多い。
普段は出会わないような人から思いがけない意見をもらえることもあるのも、スナックの良さですね。
仕事の悩みは、生活と地続き
どんな悩みを持っている方が来られることが多いのでしょうか?


木下
シンプルな仕事の悩みというよりは、仕事と家庭の両立など、仕事と生活のバランスに関する悩みが多いです。仕事と生活は地続きですから。
転職先を探すだけなら、キャリアコンサルタントのようなプロに相談したらよいですが、仕事と生活の両方を相談できる相手って意外といないんでしょうね。
たとえば、障がいがあるお子さんがいて、「ケアをちゃんとしてあげたいけど、今の仕事ではなかなか時間が取れない。罪悪感がある」とお話される人もいました。
たしかに、仕事の悩みは生活と密接に関連していますよね。


木下
誰でも人生の波があるので、生活の中でどのくらいの割合を仕事に捧げられるかは、タイミングによって違うじゃないですか。
でも、上司に「今は20%の力で働きたいです」とはなかなか言えないですよね。そう思っていても、会社ではやる気にあふれているポーズを取らなきゃいけない。


木下
だからこそ、ひきだしでは本音を気軽に話してもらいたい。苦しいときには客観的な視点で一緒に考えられたらと思っています。
たしかに、上司にすべての本音は話せないですよね。


木下
スナックで相談しても、的確なアドバイスが返ってくるわけじゃないけど、自分の心情や悩みを誰かに吐き出したい時もありますよね。
最近は、休職中のお客さんも増えています。スナックひきだしは昼営業もしているので、来やすいのだと思います。
「復帰するかどうか迷う」と悩んでいたり、「休職期間がそろそろ終わるけど、同じ部署に戻ることになりそうで不安だ」と話したり。
会社の中でもぽろっと悩みを吐き出せる相手がいればいいですよね。こうした相談ができる関係を、組織や会社のなかで作ることはできると思いますか?


木下
所属する組織だけではなく、別部署や違う世代の人と「斜めの関係」を作れるといいですよね。社内にそういう人が何人かいれば安心です。
どのように斜めの関係を築いていくとよいでしょうか?


木下
まずは社内イベントや研修で出会った、気の合いそうな人をランチに誘うことから始めるのはどうでしょう?
ランチは終わりの時間が決まっているから、誘われた方も気軽です。「悩みを聞いてください」という重い感じではなく、「ランチにいきませんか?」と軽く誘ってみる。
決死の覚悟をする必要もないし、断られたら別の人を誘えばいい。2人きりでランチに行くハードルが高いなら、最初は3~4人で行ってもいいですよね。
会社側が、斜めの関係性が生まれやすい環境を作ることはできるでしょうか?


木下
そういった取り組みをしている企業も増えていますし、作れると思います。ただ、通常業務に加える形で、社員同士の交流の時間を増やすのは限界がありますよね。
一方で、効率化を進める動きもあるので、無駄な仕事を見直して、交流の機会を増やしていけるといいですよね。
ちなみに、この店を企業が貸し切りで使うこともあります。会社の会議室でなく、スナックに場所を変えることで、いつもと違う関係性を生み出すきっかけを……という狙いがあるようです。
木下さんご自身にも、悩みを相談できるメンターはいますか?


木下
年齢や性別問わず、何人もメンターがいます。1カ月に2~3回は、自分から誘ってランチに行きますね。自分より若い方に言われて、ハッとするようなことは多いです。
実は、私が会社員を辞めて独立したのも、40代で大学院に通ったときに、20代の同級生の言葉がきっかけでした。
どんなことを言われたんですか?


木下
木下 「木下さんみたいに適当に生きてて楽しそうな40代を初めて見た」と言われました。彼らに言わせると「40代以上の人は楽しそうに見えない。疲れている」のだそうです。
実際は、私の周囲に楽しく生きている40代以上の人はたくさんいたんですけど、若い人からそう見えているのはよくないと思いました。
当時、私は「若い人向けの人材育成をしたい」と思って大学院に通っていました。でも、その言葉を聞いて「変わらなきゃいけないのは私たちの世代だ」と思って。
年下のメンターの言葉が、木下さんのキャリアの転機になったんですね。


木下
当時、私は会社員として5社目で働いていました。結局、どこに転職してもきっと変わらないだろうと思っていたので、大学院在学中に会社員を辞めて。
そして、ミドルシニア向けの事業を立ち上げました。
やりたいことを実現する方法
木下さんのように、やりたいことを見つけて実現するにはどうしたらよいでしょうか?


木下
まずは自分がテンションの上がる状況や関係性を知ることです。
たとえば、私は新しい人と話すのが好きなんです。そういう人なら、営業職のように他者と関わることの多い仕事をする、スナックで人と話すなど、自分が好きなことを経験できる場に身を置くといいと思います。
そして、テンションが上がる状況や環境は、年齢や状況と共に変化するので、ときには環境を変える勇気を持つことも大事です。
自分の好きなことがよくわからない、という人もいるかもしれません。


木下
過去を振り返り、自分がワクワクを感じた瞬間を思い出してみてほしいですね。異動や転職で仕事が変わったときにも、変わらない瞬間を探してみてください。
たとえば、「人と話すのが好き」「データの整合性があったときにテンションが上がる」「数値目標を達成できるとうれしい」といった感じです。
ワクワクするのは仕事ばかりとは限らないので、周囲の人や家族に「私は、どんなときが楽しそう?」と聞いてみるのもいいと思います。
スナックのママとして、一番うれしい瞬間はいつですか?


木下
課題や悩みを抱えてスナックにやってきた人が、後日報告に来てくれることがあります。
その方自身が考えて行動したことで状況が一歩前に進んだ、といった話を伝えに来てくれることがうれしいですね。


木下
人にとって居場所はたくさんあった方がいいと思っていて。うちの店に来る時期があれば、他の店に通う時期があってもいい。
そんなふうに、スナックひきだしは、閉じられたコミュニティではなく、いつでも出入り自由なゆるい輪のようなつながりでいたいと思っています。 社内のことばかり意識していると視野がどんどん狭くなってしまいます。社外の人と話すことで、自分を客観的に見ることも大事です。
スナックは一見、閉じられたコミュニティのような場になりがちなイメージがあるため、意外です。


木下
私の偏見かもしれませんが、コミュニティは作った時点から「存続」が目的になってしまうと思うんです。
私自身が飽き性なので、同じ人とばかり話し続けるのはしんどいし、依存されるのも好きじゃない。私自身が媒介者のような存在であることを意識しています。
常連さんとばかり話したり、教祖と信者のような関係になったりしないようにしています。
スナックのママとしてさまざまな人と話す中で、新しく気づいたことはありますか?


木下
失敗する練習をしないまま、年齢を重ねている人は意外に多いと思います。50代のベテランになってもうまく上司に要望を伝えられない、という人もいます。
長く我慢してきた人ほど、ある日限界がきて、唐突に会社を辞めることが多いというか……。
我慢するのが当たり前になってしまって、限界を超えてしまうのですね。


木下
本当は、辞める前に上司に文句を言った方がいいと思うんです。「このままでは私のパフォーマンスが発揮できないのは、会社にとっても損失ですよね」など、言い方は工夫すればいい。
ぶつかるのは怖いし、勇気がいることだけど、少しずつ練習をすれば、いい塩梅がわかってきます。人とのぶつかりは経験しておかないと、どれくらいの強さでぶつかったらいいのか、わかりません。
だから、若い人には「失敗したくない」という気持ちが強いかもしれませんが、「失敗を避けていると、歳を取ってから後悔するよ」と伝えたいですね。
文句を言う練習も必要ということですね。


木下
何かにチャレンジして失敗する経験をしていないと、自分のやりたいこと・やりたくないことが見えてきても、失敗が怖くて動けなくなってしまいます。
一方で、チャレンジしてうまくいったり、失敗した経験をしたりしてきた人は、楽しそうに生きている人が多いです。
たとえ、うまくいかなくても学びになるし、リカバリー方法も学べる。試行錯誤を繰り返している人ほど、自分の好きなことや向いていることを見極められると思いますよ。
スナックひきだしは、どんな場であり続けたいですか?


木下
「新しい人と話す」という私が楽しいことをやっているから続けられています。これからも、いつでも出入り自由な風通しのいい場でありたいです。

2026年4月取材
取材・執筆=久保佳那
写真=栃久保誠
編集=桒田萌(ノオト)



