文化から問い直す、オフィスのこれから “文化をつくる” 建築家が照らす新たなオフィスの可能性・イベントレポート(WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 10発売記念)
オフィスとは何か。あらためてその問いを掘り下げた『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 10』(2025年9月発刊)では、「ワークプレイスの再発明」をテーマに、コロナ禍を経て変容し続ける働く場を取材してきました。
2026年1月22日、恵比寿ガーデンプレイス内のPORTAL POINT –Ebisu-にて発刊記念イベントを開催。吹き抜けのガラスと高い天井が印象的な、開放感あふれるクリエイティブな空間を舞台に、「“文化をつくる” 建築家が照らす新たなオフィスの可能性」をテーマとしたトークセッションが行われました。
建築・空間・素材を通じて人の営みや記憶、地域の文脈を編み直してきた3組の建築家を迎え、文化という視点からオフィスの新たな可能性を探ります。
100年のオフィス史と海外事例から見える、ワークプレイス再開発のヒント

山田
雑誌『WORK MILL with Forbes JAPAN』も、おかげさまで10号を迎えました。今回はその節目として、「ワークプレイスの再開発」をテーマに、世界5カ国の最先端事例を取材しています。
オフィスとは何か。そんな根本的な問いを、あらためて立ち上げてみたいと思いました。まずは、こちらをご覧ください。


山田
2020年11月に発行されたビジネス誌『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載されていた、オーストラリアのワークプレイス研究者の言葉です。ちょうどパンデミックの真っ只中で、在宅勤務が一気に広がっていた頃ですね。
この言葉をきっかけに、私たちが続けてきたのは「働く場の再発明」だったのだと実感しました。コロナ禍から数年が経った今、改めてこのテーマを深掘りしたい。そんな思いから、今回の特集は生まれました。


山田
1920年代、ブルペンオフィスと呼ばれる管理型の空間です。その後、30年ほど経って、組織の形態やコミュニケーションの取り方を意識したオフィスランドスケープが生まれます。
さらに30年後、OA機器の普及とともにキュービクルオフィスが主流になり、個人の裁量で仕事を進めるスタイルが広がっていきました。
そして2010年代以降、Activity Based Workingという働き方が主流になっていきます。


山田
何をするか、どんなアクティビティかによって働く場所を選ぶ。ここからワークプレイスは一気に拡張していきます。


山田
たとえば、この写真はどう見ても公園ですよね? でも実はこれ、Meta社(旧Facebook)のオフィス屋上です。私が「素敵な屋上庭園ですね」と社員さんに言ったら、「違います、ここはワークプレイスです」と言われたのがとても印象的でした。


山田
続いてこちらは、Amazonの植物園型オフィスです。植物をただ空間に設置したのではありません。4万点以上の植物がある本物の植物園をつくり、そこを働く場として使用しているのです。


山田
一方で、拡張だけではありません。テレキューブのような最小単位の空間も増えています。特に日本では、オフィスの外、駅などの公共空間にもこした働くブースが都心部では当たり前にある光景になりました。
ここまで空間の話をしてきましたが、一方でどのような活動がオフィスで行われているかについて見ていきましょう。瞑想をしたり、雑談したり、食事をしたり……。一見、働いていないように見える光景も、今では珍しくなくなりましたよね。


山田
次の写真は、ノルウェーのアウトドア家具メーカーVestreの工場です。ここはオープンファクトリーで、地域に暮らす一般の方がふらっと入ってくることができます。実際、取材した際もこの屋上で、複数の観光者が家族で遊んでました。


山田
なぜ、あえてこうした開かれた場をつくったのかを聞いてみると、背景の一つとして「自然享受権」という権利が北欧にはあるそうです。
自然享受権とは、「自然そのものは人類全体の共有財産であるという考えのもと、土地の所有者に損害を与えない限りにおいて、すべての人に対して他人の土地への立ち入りや自然環境の享受を認める権利」というものです。
ファクトリーを働く人だけの場所にせず、地域の人にも使ってほしい、自分たちの仕事を見てほしい。そんな思いから、この場はつくられています。


山田
オフィスづくりには正解・不正解があるわけではありません。価値観や思想、風土、伝統、習慣といった目に見えないものを、空間や振る舞いとしてどう表現するか。そうやって、世界のさまざまな働く場がつくられているのではないでしょうか。
今日はぜひ、そうした視点を手がかりに、次のワークプレイスのあり方について一緒に考えていけたらと思います。
ちがいを前提に、多様で多層なつながりから文化を育てる(一級建築士事務所「o+h」)
続いて登壇するのは、建築ユニット「o+h」の大西麻貴さんと百田有希さん。


大西
私たちの事務所である一級建築士事務所「o+h」は東京・日本橋浜町にあり、通りにオープンな形で仕事をしています。
もともとガレージだった場所なので、シャッターを開けると風がそのまま入ってきて。ときに子どもたちが遊びに来たり、近所の方がふらっと立ち寄ってくださったりします。月に一度くらいワークショップや勉強会も開いています。


大西
このようなオフィスにしたきっかけは、2011年の東日本大震災でした。東北に通う経験を重ねるなかで、もっと町とつながりながら建築を考えられないか、と思ったんです。
今日は、そんな私たちの考えを「文化の最小単位をつくる」というテーマで、以下の3つのプロジェクトを例にお話します。
キーワード1「ちがいを認め、ちがいを大切にする」

百田
最初にご紹介するのは、奈良県香芝市にある障がいのある人たちとともに社会に新しい仕事をつくり出す場「Good Job! Center KASHIBA」です。
このプロジェクトの根底にあったのが、「ちがいを認め、ちがいを大切にする」というクライアントの理念です。それは福祉の分野に限った話ではなく、これからの社会全体が向かう方向を示していると感じました。


百田
事前に既存の施設を見学すると、みんなが同じように創作しているわけではなく、共同で作業する人もいれば、一人で黙々と手を動かす人もいる。そのグラデーションがとても魅力的でした。


百田
そこで、私たちは部屋で区切るのではなく、森のような空間をつくろうと考えました。
仕事する場所・リラックスする場所、デスクワークをする場所が、一つの空間の中で共存している。千鳥状に配置される壁には隔てるだけでなく、つなぐ役割もありますから。違う人が同じ空間にいてもいい、と感じられる建築を目指しました。


百田
右側には真剣にデスクワークをしている人がいて、左側にはくつろいでいる人がいる。
それでも「同じ空間に一緒にいていい」と感じられるこの場所は、自分と違う誰かと共にいることを自然に受け止める建築になったのではないかと感じています。


百田
ここで私たちが気づいたのは、ユニバーサルとインクルーシブの違いです。ユニバーサルな価値観は、できるだけ多くの人が同じように使える「共通解」をつくろうとします。
一方インクルーシブな考え方は、特定の誰かの具体的な困りごとから出発し、その解決を社会にひらいていく。たとえば、体の片半身が動かない方と一緒に考えたポシェットが、授乳中のお母さんのような他の人にとっても使いやすかった、ということがありえます。


百田
文明は、違いを超えて誰もが同じように使える「便利さ」を広げてきました。一方で文化はもっと小さな単位で共有され、育まれていくものです。
だからこそ、一人ひとりの違いを丁寧に受け止めることが、文化を育てるための大切な営みになるのではないでしょうか。
キーワード2「ひとつのものに、多重の意味を見出す」

大西
次は山形市の屋内遊び場「シェルターインクルーシブプレイス コパル」です。全ての子供たちが遊べる場をつくりたいというリクエストでした。


大西
誰にでも開かれた寛容な場を目指すために「ひとつのものに多重の意味を見出す」ことを大切にしました。ここで私たちが着目したのがスロープです。スロープには車椅子の人が階段よりも上がりやすい機能があると同時に、子どもたちにとっては思わずかけあがりたくなる坂道でもあります。


大西
段差や色、素材の工夫によって、安全性と楽しさ、美しさを重ねていく。一つの要素に一つの機能を固定しないことで、空間全体がよりインクルーシブになっていきます。五感で楽しめる工夫を散りばめることで、多様な人がそれぞれの関わり方で過ごせる場を目指しました。
キーワード3 土地の時間とつながる

百田
最後は「熊本地震震災ミュージアム KIOKU」です。敷地は雄大な阿蘇のカルデラの中にあり、隣には熊本地震で被災した東海大学のキャンパスが震災遺構として残されています。
そこで、自然と呼応するような建築を作りたいと考え、周りの風景を切り取るような屋根をデザインしました。


百田
エントランスの明るい軒下から入り、屋根の流れに導かれるように展示を巡り、震災の記憶へとたどり着く。建築そのものが、時間を語る存在になることを意識しました。


大西
働く場の関係性というと、人と人、人と物を思い浮かべがちですが、建築はもっと広い関係を紡げると信じています。敷地を越えた風景や、土地の時間とつながることで、関係性はより多層になり、文化を受け止める器にもなっていく。
そんな「文化の最小単位」を、これからも建築を通してつくっていけたらと思っています。
オフィスという日常に、非日常を取り入れる(佐野文彦さん)
後半のトークセッションでは、文化資本を軸に新しい価値を生み出し、経済活動とも両立させる「文化起業家(カルチャープレナー)」2名をゲストに迎え、それぞれのご活動を伺っていきます。


佐野
本日は、今まで手がけてきた建築の中のオフィス事例から、本日のテーマである「文化」にちなんだものをいくつか紹介します。
こちらはビズリーチの渋谷新南口オフィスです。「見たことのないオフィスを」というオファーを受けて、120卓ほどのテーブルをすべてヒノキで制作しました。


佐野
京都のソニーコンピュータサイエンス研究所では、コロナ禍に「なぜオフィスに行くのか?」が問われる時期に、「そこに行かなければ得られない体験」を考えました。


佐野
築120年の祇園建築を再生したFabCafe Kyoto / MTRL KYOTO。
3階のワーキングスペースに5メートル級の大きなカウンターテーブルを中心に、集中とコミュニケーションと収納が共存する空間を作りました。

「長尺の思想」で文化をつくる(工藤桃子さん)


工藤
「MMA Inc.」という一級建築士事務所で、展覧会やレストラン、商業空間のインテリア、プロダクトデザインのほか、素材をテーマとした自社出版のジャーナル『MMA fragments』などを手がけています。


工藤
「文化」の文脈で少しお話しさせてください。
2026年から私は「景色を作る」活動を始めようと考えています。きっかけは、コロナ禍に長野県信州エリアに山小屋を購入したことでした。


工藤
その山小屋を拠点に、農地と関わりながら建築家として小さな建築を点在させ、集落の景色を次の世代に渡したいと計画しています。最初に取り組んだのは、自然素材による護岸づくりや耕作放棄地の再生です。


工藤
文化とは何かと問われたとき、この活動を経て、私の答えは「長尺の思想」でした。
この里山の景色づくりもまだ途中ですが、未完成でも次の世代にバトンタッチしていく。文化は短期では生まれないので、長尺の思想を持ってものづくりをすることが大切だと思っています。
「文化を宿す」ためには、手を加えられる余地があること


山田
今回のテーマである「文化を宿す場」をつくるには、“ノイズ”は必要ですか? お二人が手がけた建築を見ると、素材や陰影などで不均一な要素を入れているように見えました。

佐野
木材は変化が早いので、陽に焼けたり、ねじれたり、割れたりします。使い続ける中で、削り直すこともある。
完成して終わりではなく、使いながら更新されていくこと自体が空間の価値になるのではないでしょうか。

山田
使う人と一緒に味が出るのですね。

佐野
そうです。最初と表情が変わるので、愛着も出やすい。その変化に共感できるつながりが生まれるのではないでしょうか。

工藤
柱の傷のように素材に手が入る余地があるといいと思いますね。
それに、その空間に懐かしさを感じられることも大切です。人にとって、懐かしさは過去と今をつなぐ大事な感情なので。

山田
ちなみに、プロジェクトが始まるとき、建築家として必ずすること、見ることなどはありますでしょうか?

佐野
ベタかもしれませんが、場所が持っている歴史や、周辺で作られてきたもの、どんな材料が使われてきたかは最初に調べます。
あとは実際の場所へ歩いて近づくときの見え方、立ち現れ方。初めて訪れたときの印象は大事にしています。

山田
それらをどう翻訳して具体化しているのでしょうか?

工藤
設計ではさまざまな回答がありえるので、幹を定めてパターンとなる枝葉を増やしますね。
たとえば、「良いものは良い」だけでは伝わらない。「良い」という言葉は代替可能で曖昧ですから。どう「良い」のかを詳細化していきます。


佐野
私も文脈を大事にしながらその建物にとっての「いい」を定めて、濃淡をたくさんつくって、いちばん良いバランスを見極めるようにしています。

山田
それをクライアントにどう伝えていますか? 共感してもらうコツはあるのでしょうか?

佐野
思考プロセスそのものを見せています。たくさんのバリエーションがある中で、どうやって選んだのかが追える資料をつくるようにしていて。
人によって好き嫌いがあるからこそ、自分が好きな理由を説明できるように視覚化します。


工藤
私が気をつけているのは、言葉で理詰めにしないことでしょうか……。相手が「イエス」はもちろん、「ノー」も言えるようなフェアな状況をつくるよう心がけています。

山田
本日は、設計やデザインに携わる方が多く来場しています。最後に皆さんに伝えたいメッセージはありますか?

工藤
流行りに流されないこと、そして脚色しないこと。
突飛であることがデザインだと思われがちですが、冷静にものを見ることも大事です。思い込みのまま実践してもその通りにいかないこともあるので、リアリティをもって判断してほしいです。

佐野
僕が工務店にいた頃は、既製品は使わず全部つくることが前提でした。
最初からカタログを探すのではなく、「本来は自分でつくる」前提に立ったうえで、なぜそれを入れるのか、なぜそれが表現としていいのかを考えながら選ぶ。そうすると空間がもっと面白くなると思います。

2026年1月取材
執筆=矢内あや
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代(ノオト)



