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経営者もリモート社員も「週休3日制」。AIをフル活用して働き方と人生を改革するMs.Engineerの挑戦

女性IT人材の育成を通じて、日本の賃金格差解消をビジョンに掲げているMs.Engineer株式会社。代表取締役CEOのやまざきひとみさんは、創業翌年の2022年から自らも含めて「週休3日制」を実践。導入からすでに3年目となった現在も、そのスタイルを貫いています。

週休3日制を導入した狙いは? 休日はどのように過ごしているのか? そして、AIは女性の生き方にどう役立つのか?

小学1年生のお子さんを育てながら、経営者としても着実に成果をあげてきたやまざきひとみさんにお聞きしました。

やまざきひとみ
1984年生まれ、東京都出身。Ms.Engineer株式会社代表取締役CEO。サイバーエージェントで「アメーバピグ」立ち上げに携わり、2015年に独立。2021年、IT業界のジェンダーギャップ解消と女性のキャリア支援を目指してMs.Engineerを設立。日本のIT分野の経済成長に寄与できるエンジニア人材の輩出を目的に、女性向けITエンジニア教育プログラムを運営している。

「週5日働く」前提を疑ってみた

やまざきさんがCEOを務めるMs.Engineerでは、「週休3日制」を実践されています。導入の背景とは?

やまざき

私たちの会社は日本の女性の働き方を改革することを主軸に事業を展開しています。日本の女性の第一子平均出産年齢は31.0歳。つまり、子どもを産む女性の多くは30歳前後に出産し、育児をしながら働いています。

でも、そもそも夫婦ともにフルタイムの共働きで子育てをすること自体がほぼ不可能である、という前提に私は立っているんですね。

正直なところ、フルタイムの仕事と育児の両立は、時間的にも体力的にもかなり負荷がありますよね……。

やまざき

もちろん、多くの人が大変な思いをしながら仕事と育児の両立を頑張っていらっしゃる現状は知っています。

けれども、私は「そもそも本来は不可能なことを無理してやらなきゃいけない状態になっている」という前提に立つべきだと思っているんです。

やまざき

そう考えたとき、まず私が疑ったのは5日間の平日と2日間の休日のルールです。これまでは男性労働者がフルタイムで平日5日間働き、女性は家庭を守るというというのが一般的でした。

ですが、この20~30年で社会構造が大きく変わったことで、平日にフルタイム勤務する女性が増加しましたよね。男女ともに就労することが前提となったにもかかわらず、2人だけで家庭を運営しなければならないのは大変ですよね。

確かに、女性が家事を行っていた時間が仕事の時間になっているんだとしたら、男女ともに時間がない状態ですよね。

やまざき

それならば、平日を4日、休日を3日という枠組みに置き換えることで、女性の働き方に変革を起こしてみたい。

Ms.Engineerに週休3日制を導入したのは、そのような理由からです。自分たちの会社のビジョンとの言行一致という意味合いもありつつ、ある種の実験でもあります。

社会構造の変化という大きな潮流を見極めた上での挑戦なのですね。その発想は、ご自身の育児経験から生まれたのでしょうか?

やまざき

いえ、子どもがいないときから考えていました。

私は昔から働くことにポジティブでしたし、いわゆる「バリキャリ」の自覚はあるのですが……、そんな私でも独身の頃から週5日の勤務は結構しんどかったんです。

現行の社会制度の多くは、成人男性が働く前提で設計されています。でも、スポーツ競技のほとんどが男女で種目が分かれていますよね?

平均データを見ると男女の体力が違うことは明らかなのですから、今の男性基準のルールで働こうとすると、女性が体力的にきつさを感じるのも無理はありません。

さらにその状況に出産・育児という負荷がかかってしまうと、女性が働き続けることに不利である事実は否めませんよね。女性に非正規雇用が多いことにも繋がっていそうです。

やまざき

はい。でも、「週に5日間出勤することが常識」という前提がなくなれば、週4でも結果を出せる人は必ずいるはず。それが週休3日制を始めた理由です。

もうひとつ、裏の目的としては、採用競争力がまだ弱いスタートアップ企業として、優秀な人材に集めたかった意図もありました。

週5日働かなくても成果を出せる人って、本当は世の中にたくさんいるはずなんですよ。その確信があったので、「週休3日制」は小さいスタートアップにとって有効な戦略になると考えたのも事実です。

給与や運用の実態は?

Ms.Engineerでは具体的にどのような形で週休3日制を運用しているのでしょう。

やまざき

水曜日と土日を休日に設定した週32時間制です。基本的には週32時間の中で自分のミッションと役割を果たしてくださいね、という感じですね。

一部はフレックスタイム制でコアタイム(12~14時)を設けており、形式としては裁量労働制に近いかもしれません。

社員によって休日をずらすのではなく、全員が水土日を休日にしているのですね。なぜ一律で水曜を休みに?

やまざき

週の真ん中の水曜日を休みにすると、毎日が「休みの翌日」か「休みの前日」になるからです。

なるほど。メリハリが効いていいですね! ちなみに水土日の休日にクライアントから業務連絡が行き交うことはありませんか?

やまざき

そこは人ぞれぞれですね。Slackでやり取りをする人もいますが、何か連絡が来ても返信をする義務はありません。

もちろん受け手が返したければ返してもいいのですが、休日なのだから返さなくてもいい。基本的には各自にお任せしています。

フルリモート勤務の社員も多いそうですが、週休2日の他社の会社員と比べたときに、給与面での違いはありますか。

やまざき

導入当初から、市場のフルタイム勤務の会社員と同程度の給与水準を保っています。

当社はコロナ禍の真っ只中の2021年に創業したこともあって、2023年まではフルリモート勤務が基本だったんですね。

リモートワークが普及しはじめたばかりで、まだ10名未満のフェーズだったからこそ、週休3日制をスムーズに導入できた側面もあったように思います。

その後、コロナ禍が収束してもエンジニア職などの社員はほとんどフルリモート勤務です。営業職など一部の職種は週2日出勤のハイブリッド勤務にシフトしています。

職種ごとに最適な働き方が異なることを考えると、それが自然なのかもしれません。

やまざき

そうですね。営業のような抽象度が高いコミュニケーションが重要な職種の場合、対面のほうがどうしてもクイックに話が進む場面が多いですから。

たとえるならば、たまにしか会えない遠距離恋愛の相手よりも、リアルに頻繁に会える相手のほうが単純接触効果で好感を持たれやすい、という状況と似ているかもしれません。

そうなったとき、営業だとコミュニケーションの量と濃度で他者と競り負ける、という事態も起きやすいですから。

3日間の休日をどう過ごしてる?

ところで、1日増えた休日を社員の皆さんはどう過ごしているのか気になります!

やまざき

そこは人ぞれぞれですね。

副業の日に設定している人、勉強や自己投資の時間に充てる人、心身のメンテナンスに使う人、家族と過ごす時間にする人などさまざまです。

「平日はディズニーランドが空いていていい!」と喜んでいる社員もいますよ。

やまざきさんは休日をどんなふうに過ごしていますか?

やまざき

別に隠していないのですが、私は割と仕事をしていますね。社長業をやっていると、ウイークデーってほぼ打ち合わせで埋まるんですよ。

でも、経営者としては立ち止まって考えたり、別の視点を取り入れたりする時間もほしい。そんなとき、「休日」だからこそ外部とのやり取りをブロックできる今の状況はすごく有効なんです。

もちろんそれだけではなくて、いつもより多く眠って体力を回復させたり、美容院に行ったり、役所で手続きをしたり……と日常の雑務も色々とこなしながらですが。

なるほど。まとまった時間がとれたときにやりたいことをやっているんですね。

やまざき

だからこそ、私にとって水曜の休日はとても貴重です。

銀行や郵便局など、平日の昼間しか行きづらい場所もまだまだたくさんありますからね。

やまざき

そうですよね。ああいう雑務って意外と時間が取られるもの。それで、有給を使うのはもったいないですよね。

週4日で成果を出すためにAIをフル活用

「週休3日制」と聞くと単純に羨ましく感じますが、裏を返せば「週4日の労働で成果を出さなければならない」とも言えます。

仕事の効率を上げるために、どんな工夫をされていますか?

やまざき

そこはMs.Engineerが今まさに注力している領域とも重なるのですが、AIを味方につけて時間貧困を解消することが大切だと思っています。

時間貧困……。つまり、労働などの理由で生活に必要な最低限の時間(睡眠や余暇など)が確保できない状況のことですね。

「日本の女性の多くは時間貧困を抱えている」との調査結果も出ています。

やまざき

AIを脅威と感じている人も多いですが、私はAIこそが時間貧困に悩む女性たちの味方になりうるテクノロジーだと確信しています。

AIをうまく活用できれば、短い時間で今まで以上の成果を出せるようになります。

それで仕事の効率が上がれば、浮いた時間を余暇に充てられる。私が週休3日制を導入した理由も、時間の余裕を生み出すためですから、根底ではつながっています。

やまざきさんはどんなふうにAIを活用されているのでしょう?

やまざき

仕事の資料づくりから日常のタスク管理、組織のリーダーとして抱えるマネジメントの悩みまで、ほぼすべてをAIに相談しています。

悩み相談なんかは車の運転中に、スマホに話しかけてChatGPTに答えてもらうことが多いですね。

PCの前に座ってではなく、音声入力で使いこなしているんですね!

やまざき

そうですね。私はChatGPTをエグゼクティブ・コーチとして設定して相談することが多いです。

「ディスカッションしたいテーマがあるから一問一答して」と頼むと、ChatGPTが「じゃあその状況ではあなたはどうしたい?」「メンバーにどんなふうに成長してほしい?」という感じで返してくれるんです。

そうやって話していくと、自分の考えが整理されて、メタ認知が高まっていくのがはっきりわかります。

やまざき

AIは何でも叶えてくれる魔法のツールや、白馬の王子様ではありません。たとえるならば、「頼りになる頭のいい友人」的な存在。だから、友達に話しかける感覚で話せばいいんですよ。

そしてAIに語りかけるためには、「自分は何をしたいのか」を明確にしておくのが大事になってくる。AIを上手に活用する上で一番重要なのは、そうしたリテラシーなんですね。

AIリテラシーを身につけることは、日本の女性にとっても大きな力になると私は信じています。AIを使いこなせるようになれば、自分の時間をコントロールできるし、人生の向き合い方もきっと大きく変わるはず。

なるほど。

小手先のテクニックではなく、AIのリテラシーを高めることが大事なのですね。

やまざき

Ms.Engineerでも、2025年から働く女性向けにAIリテラシーの基礎を学ぶ「AIホリック」というオンラインレッスンを開催していますが、受講した方々からすごく評判がいいんですね。

レッスンは全3回。初回はAIとは何かという基礎を知り、2回目は実際にAIを使って資料を作ったりChatGPTを使いこなしたりする実践編、3回目はChatGPTをさらに深く使いこなす方法や自分専用のメンタリングAIを作る応用編です。

受講した子育て中の社員は、業務効率化はもちろん、子どもたちの情報をAIにインプットした上で、子育ての相談に乗ってもらっているそうです。

転職のような大きな決断をする前に、AIを活用して目の前にある業務や生活をスリム化することも確かに有効かもしれません。

やまざき

ここ数年で、生成AIの技術環境が急速に進化していますよね。

当社も2023年からAIエンジニア人材の育成を目指して開発プログラム全体にAIを導入し、個人が学習効率を上げてより高い技術を身につけられるようにアップデートを重ねてきました。

ですから自分の業務の効率化はもちろん、それぞれの生活や人生に寄り添って改善してくれるパートナーのような存在としてAIと向き合ってみることをまずおすすめします。

長い人生の中で「働く」時間の割合がどんどん増えている私たちにとって、非常に示唆に富んだお話でした。

組織はもちろん、個々人も学べるところがたくさんあると思います。ありがとうございました!

2025年4月取材

取材・執筆:阿部花恵
撮影:小野奈那子 
編集:鬼頭佳代(ノオト)