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STEAM教育って何?遊びと学びを融合させてその真髄に気づく「フィンランド式STEAMワークショップ」体験レポート

耳にする機会は多いものの、「実際のところどんなものなのかよく分からない」「理数系で難易度が高そう」と感じている方も多いであろう「STEAM教育」。

それを実際に体験できるワークショップイベント『フィンランド式STEAMワークショップ』が、2024年10月22日に大阪の共創空間Open Innovation Biotope “bee”で開催されました。

STEAM教育とは、芸術や科学を横断する学びのこと。それが根付いているフィンランドは、国際学力比較調査「PISA」や国連の「世界幸福度ランキング」でいつも上位にランクインしています。

今回は、フィンランド国立教育研究所のKristof Fenyvesiさんと矢田匠さんをゲストに迎え、プレイフルワークへのヒントとなるフィンランド式STEAM教育を座学とワークショップ形式で体験。参加者は一体どのように遊び、学びを深めていったのか。当日の様子をレポートします。

“遊び”ながら学ぶフィンランド式の教育が、日本でも注目されはじめている

本ワークショップを主催したのは、在日米国大使館が助成している女子中高生のためのキャリア教育プログラム「Girls Unlimited Program(以下、GUP)」。

GUP運営メンバーであり、大阪大学全学教育推進機構教授の金森サヤ子さんは、学部・学科の枠を超えて共に学び合う「文理融合教育」が注目を集めていることから、その要素を備えたSTEAM教育に着目しました。

STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の頭文字を取った教育概念のこと。STEAM教育では、それらの学問領域の知識を活用しながら融合し、社会問題の発見・解決を目指しています。

「分野を横断する学びは、中学校や高校といった段階から進める必要がある。しかし、専門性が深まるほど、同じ日本語でも共通言語が少なくなり、お互いにコミュニケーションが取りづらくなっている」。そう課題を感じたことが、この企画の発端だと金森さんは話します。

本イベントを運営する大阪大学全学教育推進機構教授の金森サヤ子さん

金森

現代社会で生きていく中では、専門性が高いものを自分とは分野が異なる人にもシェアしたり対話したりする習慣を身につけることが必要です。

コンフォートゾーンの外にいる相手に対しても、自分の意見を伝えて、一緒に学びを深めていくスキルが大切だと思うんです。それがないと、社会課題の解決もできないと感じています。

その力を得た先に何が生まれるのか。簡単に答えのない事象に対して、どんなアプローチができるのか。学生にもぜひ一度、立ち止まって考えてほしいんです。

そんな中、金森さんが研究のために訪問したフィンランドで、フィンランド国立教育研究所 上級研究員のKristof Fenyvesiさんと同研究所 ポストドクトラル研究員の矢田匠さんに出会います。

フィンランドは、国際学力比較調査「PISA」や国連の「世界幸福度ランキング」でいつも上位にランクイン。またフィンランドではSTEAM教育が根付いていることも、金森さんの関心を引くきっかけになったそう。

金森

概念としてのSTEAM教育は理解していたつもりでしたが、実際に日本で「体得」できる機会は限られていると感じています。

しかし、フィンランドでは日常生活の中にもSTEAM教育が自然に取り入れていました。一種の流行のような扱いではなく、国民教育として保育園のころから絵画や立体的なボールなどを使って、遊びながら学んでいるんです。

そんな現地の教育方法を日本にも活かせないか。そんな想いでおふたりをゲストに招き、『フィンランド式STEAMワークショップ』を開催しました。

フィンランドではどんな教育が行われている?

そうして開催された、『フィンランド式STEAMワークショップ』。Kristofさんと矢田さんをゲストに迎え、会場にはGUPに参加している女子中高生らを中心に20名超が集まりました。

前半では、フィンランドの歴史や教育についてレクチャーが行われました。矢田さんは、フィンランドの人々の特徴を3つの言葉で説明します。

1つ目は「合理性」。キャッシュレス文化や教育のICT化の浸透が他国より早く進んだのも、その特徴の一つだと話します。

2つ目は「市民と権力との近さ」。フィンランドでは主婦や教員関係者も選挙に立候補するなど、市民の政治への関心が高いそうです。

フィンランドの選挙期間中の様子を写真で示す矢田匠さん。フィンランド国立教育研究所、ポストドクトラル研究員。兵庫教育大学教育行政リーダーシップコース客員准教授。フィンランドでは、デジタル教育の教育的効果検証を行う研究グループに所属。

そして3つ目は「個人主義」。

矢田

フィンランドの人々は、いい意味でみんな周りの人のことを気にしないですね。

どこの大学が一番賢いのか、学校や職場では誰が一番偉いのか、といった権力性を重視しないんです。 フィンランドは権力もヒエラルキーも平行関係です。

個人を尊重する価値観は教育にも反映されているそう。矢田さんとKristofさんのお子さんたちが通う学校のリアルな様子も紹介されました。

フィンランドの学校教育について説明

矢田

フィンランドでは保育園のころから「自立性」が重視された教育が行われています。

たとえば、今日はどんな遊びがしたいのかを自分で意思表明して決めるんです。常にみんなで同じ遊びをするのではなく、部屋ごとにつみ木やかくれんぼ、絵画など遊びが分かれていて、一人ひとりが選択できる環境が整っているんですね。

おふたりのお子さんが通われている学校では、勉強する場所も、クッションがあるスペース、机と椅子があるスペースなど、自分で選択するようになっているのだとか。

矢田

また、先生が一方的に評価するのではなく、生徒が自分自身で自分の成績を決める習慣を0歳児から身につけます。

「この遊びに対して、あなたはよくできた? できなかった? どう思う?」と、誰のための学びなのかを意識させる教育が続きます。

参加者からも「自分がフィンランドに生まれていたら、どんな選択をしていたんだろう」「できている・できていないを先生の価値観で決めるのではなく、自分で100点を配分できるのっておもしろい」と声が挙がりました。

一人ひとりの「自立」を促すフィンランドのSTEAM教育のあり方について理解が深まった時間でした。

キットを使ってウイルスモデルを作るワークショップ

続く後半は、Kristofさんがお土産として持参したフィンランドのチョコレートを参加者みんなで味わうところからスタート。

より和やかになった会場で、Kristofさんから本イベントのメインでもある「フィンランド式STEAMワークショップ」について説明があります。

Kristof

先ほど見ていただいたように、フィンランドのSTEAM教育は遊びと学びが一体化しています。つまり、プレイフルワークなんです。ここからはそれをみなさんにも体験していただきます。

そうして、「これが何を指しているのか、みなさんはわかりますか?」と示されたのは、とあるスライド。そこに映っていたのはKristofさんがとあるキットで作成した、COVID-19のウイルスの模型でした。

キットを使ってCOVID=19のウイルス模型を作ったと話すKristof Fenyvesiさん。STEAM教育の学際的・複合的学習と現代文化研究の大学研究者。フィンランド国立教育研究所のInnovative Learning Environment研究グループに所属。

Kristof

まずはこれからお配りするキットを使ってサッカーボール型のウイルスの形を作ってみましょう。

そうすると、遊びと発見が一緒になり、複雑な科学がより身近に感じられるようになるはずです。

そこで配られたのが、正多面体キットです。中にあるのは、青のスティックと白のコネクター、白の6本足のパーツのみ。

それらを使いながら、自分たちの力だけで自由にサッカーボール型のウイルスの模型を作る時間が設けられました。

なお、あらかじめキットに同封されていた作り方に関する説明書は、あえてお預けに。自分たちの力で取り組みます。

最初に手にするキットの種類も、手順も、できあがってくるかたちも人それぞれ。説明書がないぶん、各々が試行錯誤しているようでした。

4人1組になりながら模型を作る

途中から「1つの5角形のまわりに、5つの6角形でできているよね」などと同じテーブルの参加者同士でワイワイと話し合いながら、それぞれの制作物を作り直す姿も。まさに遊びと学びが同時に見受けられた瞬間でした。

理論からではなく、遊びから入るプレイフルワークがもたらすもの

20分ほどで、全員がサッカーボール型のウイルスの模型を完成。そのウイルスモデルの形状を見ながら、Kristofさんは完成形も作る過程でもさまざまな発見ができたのではないか、と言います。

ウイルス模型の完成形

たとえば、作る途中は「対称」になっていたはずの形が、完成してみて見る角度を変えてみると非対称に見えるなど。

Kristof

完成したものをよく観察してみると、見方によって科学のあらゆる定理や法則を見出せます。

今回みなさんに作っていただいた模型は、オイラーの定理や炭素原子が連想できます。そしてモデルを連結させると、洋服の汚れなどを落とすときに使用されるナノカプセルの法則も見えてきます。

Kristof

非常に高度な科学の知識をこうして遊びながら表現・発見・体感できる。科学に初めてふれる子どもから科学者まで、時代や世代を超えて楽しめるのがこのウイルスモデルであり、フィンランド式の「遊んで学ぶ」教育スタイルなのです。みなさん、知らないうちにSTEAM教育に触れていたんですね。

体感しなければ理解しづらいSTEAM教育を、理論や法則からではなく、身をもって楽しく遊び、ものを創り上げ、新しい視点を得ながら会得していく。

文理融合教育が浸透しはじめている今の日本においても、フィンランド式の「遊んで学ぶ」教育スタイルは非常に重要なヒントとなりそうです。

山田 雄介
山田 雄介

【編集後記】
今回のフィンランド式STEAMワークショップ、まさに「学びって楽しい!」と実感する時間でした。遊びを通じて学びを深めるというフィンランドのスタイルですが、実際にウイルスモデルを組み立てるアクティビティでは、みんなでアイデアを出し合いながら進めるうちに、自然とチームワークや創造性が引き出されていたように思えます。
また、フィンランドの教育が「自分で選ぶ」「自分で評価する」という自立を大切にしているという話には、なるほどと納得。自分で考える力、そして振り返る力が鍛えられる仕組みに感心しました。肩肘張らないアプローチだからこそ、自然と「学び」が身に付くのだなと。
日本でも、こんな自由でクリエイティブな教育がもっと増えたらいいのに、と思わずにはいられません。子どもだけでなく、大人にも通じる「遊び心のある学び」、そんな視点を持ち帰れるイベントでした!

2024年10月取材

取材・執筆=おのまり
写真=古木絢也
編集=桒田萌/ノオト