テープを使って梅田ジャック! 万博を半年後に控えたキタに、新しい“遊び方”を見いだした社会実験「demo!tape」をリポート
2025年に開催を予定している大阪・関西万博。各国の英知やアイデアが集結する世界的イベントの幕開きまで、1年を切りました。
しかし、「万博って、結局何をするの?」「自分には関係なさそう」「興味はあるけど、どうやって関わればいいのかわからない……」と、どこか「他人事」に捉えてしまう人が多いのでは?
その一方、万博に向けて「勝手に」盛り上がり、続々とたくさんの人を巻き込み、共創の渦を生み出している企業・人々がいます。
本連載では、大阪・関西万博に向けて「勝手に」生み出されたムーブメントに着目し、その仕掛け人たちの胸の内を取材していきます。
大阪・関西万博の開幕まであと半年となった2024年10月13日、街の新しい遊び方を提案する実証実験プロジェクト「demo!tape」(一般社団法人demoexpo主催。以下、demo!expo)が梅田エリアで実施されました。
プロジェクトの初日となったこの日は、万博の機運醸成イベントである「HH EXPO」(阪急電鉄株式会社主催)、「EKI EXPO」(JR西日本ステーションシティ株式会社、JR西日本大阪開発株式会社主催)、「EXPO OPEN STREET」(一般社団法人大阪梅田エリアマネジメント主催)が同時開催。
demo!expoのプロデュースにより、大阪の玄関口である梅田エリアを実験の舞台にして盛り上げようとさまざまな催しが行われました。
demo!tapeで重要な役割を果たすのがテープです。テープは、何かと何かをつなげたり、修復したりする道具である一方、近年は「立入禁止」や「ソーシャルディスタンス」の表示など、境界線やルールを強調するアイテムとして目にすることが増えました。demo!tapeはそんなテープを逆説的に用い、凝り固まってしまった街を緩める試みです。
今回はフォトグラファーであり、現代美術家としての顔を持つ木村華子さんに当日のイベントをリポートしてもらいました。
木村華子(きむら・はなこ)
フォトグラファー/現代美術家
京都府出身、大阪市在住。同志社大学文学部美学芸術学科卒業。スタジオカメラマンを経て独立し、フリーランスのフォトグラファーとして雑誌や広告など様々な媒体で撮影する傍ら、現代美術家としても活動中。主に「存在する/存在していない」などの両極端と捉えられている事象の間に横たわる広大なグレーゾーンに触れることをステイトメントの中心に据え、時代性を内包したコンセプチュアルな作品を展開する。近年は写真表現だけに留まらず立体作品、ドローイング、インスタレーションなども手がけている。「UNKNOWN ASIA 2018」グランプリ受賞。
阪急サン広場やHEP
FIVEがゲームの舞台に! テープが作り出す遊びの空間
まずは「HH EXPO」のメイン会場である阪急サン広場からスタート。 参加者がゲームの主人公となり、ストーリーに沿って進んでいくリアルRPG「テープファンタジー」をプレイしました。
受付で登場キャラクターの手配書をゲット。さっそく聞き込みに向かいます。
商人によると、ゲームをクリアするには「復活の魔法」を手に入れる必要があるようです。
RPGといえば勇者! もちろん阪急サン広場にも登場。通行人も思わず足を止めて見入っていました。
梅田にRPGの世界が出現していますね。
木村
みなさん衣装も演技もリアル。本当に梅田で“バグ”が起こっているような感覚になりますね!
復活の呪文を得るためには“試練”に挑戦しなければなりません。7つの試練からなる「テープゲームクエスト」はコンコースを見下ろす通路からスタートします。
最初は「跳の試練」。テープで作られた「けんけんぱっ」を、制限時間内にゴールすればクリアです。
思ったよりも難しそうですね。
木村
体だけじゃなくて、頭もめっちゃ使いました……脳トレですよ、これ(笑)
人通りの多い通路とあって、スタッフさんは交通整理に気を配りながら運営に奔走。
通りがかった中学1年生の女の子は、「『けんけんぱっを避けてのご通行をお願いします』なんて聞いたことなくて、楽しい気分になりました」と笑顔に。思わぬ「オモロイ」が生まれるのも、梅田を通じた実証実験の効果かもしれません。
続いては「見の試練」に挑戦。コンコースを行き交う人々の中から、NPC ※)を見つけ出す試練です。昔ながらのRPGで見られる、一定の動きを繰り返している人物を探します。
※)ノンプレイヤーキャラクターの略。ゲームに登場するコンピューターが操作しているキャラクターを指す
周りの参加者が苦戦する中、木村さんはわずか1分ほどで発見!
早かったですね! スタッフさんも驚いていましたよ。
木村
洞察力には自信があるんです! でも休日の阪急百貨店前の、あの混雑……NPCを探すのは大変でした。
「時の試練」は、物件情報などで距離を表すときに使われる「徒歩1分」を再現するゲーム。テープで示された80mのコースを55〜65秒の範囲内で歩くとクリアとなります。周りの人も審査員のストップウォッチを見ながら「もうちょっと急いで!」などと声援を送っていました。
木村
テープが貼ってあるだけでみんなで盛り上がれるって、すごい!
再び阪急サン広場に戻り「知の試練」へ。ここでは、9マスに配置された○×クイズに挑戦しました。大阪・関西万博や梅田に関する問題ですが、住み慣れた街もクイズになると新しい発見があったようです。
試練をクリアし、テープファンタジーの世界を救った木村さんが次に向かったのは、HEP FIVE前の「うめだマイゴロード」。テープで装飾された壁面と地面が、YES / NO形式の巨大フローチャートに変貌を遂げていました。
設問は「じつは、さっきからトイレに行きたい」などライトな内容からスタートしますが、徐々に自分自身への問いかけに……
行き着いたマスの指示に従うと、その先で「悩み」から抜け出すためのヒントが……というアトラクションでした。
HH EXPOを体験してみて、どうでしたか?
木村
梅田という街には以前から興味があったのですが、いろんな仕掛けがあることでディテールが浮かび上がってくる感覚がありました。実はコンコース上の通路も、今日初めて通ったんです。身近なのに知らなかった場所を知る機会にもなりました!
“梅田ダンジョン”にちなんでRPGの世界を現実化!
素通りしてしまう梅田を、歩くだけで楽しい街に
「梅田って、目的地まですぐに行けちゃうから、道中の”あそび”がないんですよね」と話すのは、テープファンタジーの企画を担当した左子さん。現実にゲームの世界を持ち込むことで、新しい出会いを生み出すのが狙いだったといいます。「キャラがいると、歩くだけでも楽しめる場所になるかなと思って。梅田は迷子になりやすいことからダンジョンにたとえられます。それでRPGにした、というのもあります」。
うめだマイゴロードを担当した、かわかたさんは、設問を見た女性たちが「これ、いま私が考えてたことだ!」と楽しそうに会話している場面に出会ったそうです。「街の中でコミュニケーションを生み出せている実感がありました。道にテープが貼ってあると、人はその上を歩きたがるんだな、ということも分かりました。これからの作品にも生かせそう」と手応えを得た様子でした(取材は別日にオンラインで実施)。
歩いて、見上げて、見下ろして。駅の空間を大胆に使い、思い出の場所に
次に訪れたのは、JR大阪駅で開催された「EKI EXPO」。サウスゲートビルディング1階「旅立ちの広場」には、テープで描かれた巨大な漫画が! こちらは漫画家・小山コータローさんの書き下ろし作品を展示し“ギャグ空間”を生み出す実験「THE 3次元ギャグ漫画」です。
人が行き交うにぎやかさと小山さんの作風が溶け合い、シュールな空間を演出します。木村さんも独特な世界観にニヤリ。2本の柱の間を行ったり来たりして、味わっていました。
平面・立体・空間を行き来するという意味では、木村さんの創作に通ずる部分もあるかも、と思いました。どう感じましたか?
木村
誌面とは違う、3次元の使い方を意識されているのが伝わってきました。まさに空間がギャグになっていて、笑ってしまいました。いつもは柱の上の方まで見上げることがないので、その体験も興味深かった。こういうアート作品が街に増えたらいいなと思います!
続いて、体験型コンテンツ「KEEP OUT(立入禁止)?」が設置されたノースゲートビルディング2階「アトリウム広場」へ。立ち入り禁止のテープをまたぎ、謎の箱を開けると……
中に仕掛けられたカメラが作動し、開けた瞬間の表情が撮影、印刷されます。顔写真には、テープを乗り越えた勇気をたたえるメッセージが添えられていました。
偶然通り掛かって参加したという就活生もいました。KEEP OUT(立入禁止)?のテープに戸惑い、悩むこと約30分。ついに“越境”を果たした彼女は「勇気が必要だったけど、思い切ってテープの中に入ってみてよかった」と顔をほころばせました。自身の行動を少し変えてみよう、と思えるきっかけになったようです。
今度は、同じくテープで囲われた机を物色。残された手紙の指示に従い、その続きを広場の中から探します。
意味深長なテキスト、その主とは……?
どうやらその“人”は近くにいて、とても大きな存在のようです。
広場中央に設置された黒電話にも、テープの囲いが。突然鳴りだしたベルに応え、紫のバリケードを越えて受話器を取ります。
初めは電話の向こうからの問いかけに答えている様子でしたが、しきりに「えっ、見られてる?」と視線を上げる木村さん。さて、その声の主は……?
手紙を読みながら頷いたり、電話しながら辺りを見回したりしていましたが、どんな話をしていたんですか?
木村
3つのアトラクション全てが、今いる「アトリウム広場」からのメッセージだったんです! 文字や声でやり取りしていると、本当に“アトリウムちゃん”と話している気分になるんですね。つい長電話してしまいました(笑)。正直この広場の名前すらあやふやだったけれど、KEEP OUT(立入禁止)?を通して、思い入れのある場所に変わりました。
大阪ステーションシティ5階「時空の広場」には「世界一やさしいトイレ」が出現。常設のトイレの前に、3つのメッセージが並んでいます。
順番待ちの人が、3つの立ち位置のうちひとつを選択。トイレから出てきた人に「待ってないよ」「梅田たのしんで」など心の声を届ける、という仕組みになっています。
世界一やさしいトイレを含め、「EKI EXPO」の感想を教えてください。
木村
トイレから出たときって、「どうぞ」くらいしか言わないですよね。鉢合わせた初対面の人と、それ以上のコミュニケーションが取れるのが素敵だと思いました。
どのコンテンツも、いつもなら素通りしてしまう広場が会場になっていました。テープという限られた要素なのに、それがあることで「ここも土地や駅を構成している場所なんだ」と再認識できたのがおもしろかったです。
「おもしろい」は大阪流のおもてなし。万博に来た人を、サービス精神を持って迎えたい
THE 3次元ギャグ漫画を企画した山根さんは、梅田にはさまざまな施設や広告などが立ち並ぶ一方、「純粋なギャグがないことに気付いた」と指摘します。そこで、見た人をただ笑わせるというシンプルな仕掛けを考えたといいます。
「人を笑わせる行為は、サービス精神からくるものだと思います。これからたくさんの人が大阪に来るので、大阪人として笑いの“機能性”を見直して使えたら、もっとおもしろくなるのでは」と話してくれました。
KEEP OUT(立入禁止)?を手掛けた河カタさんは「テープを越えるのは勇気がいること」とした上で、あえて参加者の気持ちに委ねるコンテンツに仕上げたといいます。「気になってテープの内側に入った結果、その人だけの物語体験が待っていたはず。この体験が、普段の生活でも少しだけ勇気を出すきっかけになってくれたらうれしいです」と狙いを説明してくれました。
朝戸さんは世界一やさしいトイレだけでなくHH EXPO内に複数の“試練”を設けたテープゲームクエストや、地面に描いた盤に椅子を並べて対戦する「イスチェス」も企画。「些細なことでもいいので、ゆるやかなコミュニケーションを起こしたいと考えました。トイレを待っているという、切実な人からやさしくされたら、こっちもやさしくなれると思うんです」と話していました。
テープカットで梅田が“ひらく”瞬間を目撃。ストリートは自由空間に変貌を遂げる
17:30よりJR大阪駅前、南側歩道で「EXPO OPEN STREET」(以下、EOS)がスタートしました。オープニングセレモニーのMCを務めたのは、落語家・桂九ノ一(かつら・くのいち)さんとバンド「愛はズボーン」ボーカルの儀間建太(ぎま・けんた)さん。
軽妙な掛け合いで笑いを誘いつつ、大阪商工会議所の鳥井信吾会頭、会場デザインプロデューサーである建築家の藤本壮介さん、ミャクミャクらをはじめとしたゲストを呼び込み、テープカットを行いました。
ステージとなったテントの脇の「スナック横丁」には、大阪でお店を切り盛りする3人のママの姿が。来場者はカウンターを挟んでおしゃべりを楽しみ、ほろ酔い気分でスナックを擬似体験していました。
さて、紙芝居屋のガンチャンが登場すると、瞬く間に子どもたちの輪ができあがります。クイズを交えた賑やかな創作昔話に、親子連れの笑い声が響いていました。
満を持してライブがスタート! 先陣を切ったのは、梅田の歩道橋での活動をルーツとするヒップホップユニット「梅田サイファー」のKZ、KOPERU、teppeiの3氏。
スムースかつパワフルなマイクリレーの後は、それぞれのソロ作品を披露しました。すっかり暗くなった梅田の空にはビルの灯りが浮かび、ライブムードを演出しました。大勢の聴衆が手を挙げ、体を揺らしながら楽しんでいました。
中でもteppeiさんは学生時代、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)を題材に卒業制作に取り組んだ経験に触れ「EXPO’70に魅せられ力をもらった。今を楽しむことで次にもつながっていくはず。2025年も見届けていきたいと思っています」と思いを語り、オーディエンスの耳と心を惹きつけました。
この日のために結成された「テープカットバンド」は、スペシャルセッションを繰り広げました。ゲストダンサーや、神戸市にある音楽教室「ツナガリMusicLab.&DIVERz」のメンバーも参加。NujabesやMrs. GREEN APPLEなど、さまざまなアーティストのカバー曲を演奏しました。
ラストソングは儀間さんをボーカルに迎え、有山じゅんじと上田正樹の「梅田からナンバまで」を演奏。
「どこか固かった梅田が、ちょっと柔らかくなった気がする。みんなも心の中のテープを切って、歌って踊って、新しいことを始めてほしい!」と呼びかけると、ステージと客席の境目はみるみる曖昧に。梅田サイファーのMCたちも伴奏を背にフリースタイルラップで競演し、奏者と観客が渾然一体となった会場は、多幸感に包まれました。
ライブのトリは人気上昇中の“梅田路上発”バンド「ラッキーセベン」。ホームグラウンドへの凱旋と言わんばかりのソウルフルな演奏に、オーディエンスの熱気は最高潮を迎えます。
「ストリートから始まったバンドが、ストリートでこんなに大きな音でライブできるなんて!」と叫ぶボーカルのDaPlanetさんに対し、祝福の声と拍手が湧き上がりました。
観客とのコールアンドレスポンスはもちろん、まるでラインダンスのように動きを合わせたパフォーマンスも繰り出すなど、ストリート仕込みの求心力を余すことなく発揮。ますます膨れ上がったオーディエンスをまとめ上げ、大団円を迎えました。
大阪のプレーヤーを知る夜。異種混交のプランナーたちが語る
スナック横丁は、全国850軒を訪店し「スナック女子、略して『スナ女®』」として知られる五十嵐真由子さんが運営にあたりました。コロナ禍で打撃を受けた夜の街の経済を活性化しようと、外国人や初心者向けのスナックガイド付きスナックツアーなどに取り組んでいます。「このイベントもスナックへの入り口にしたい。万博で大阪を訪れる人にも、大阪のママさんたちの魅力に触れてほしいんです」と語りました。
一方、阪急大阪梅田駅近くで「スナックうみ」を営むうみママも「普段会えない方ともお話しできるのが、スナック横丁の醍醐味。今日の出会いも広がっていけばうれしいです」と微笑んでいました。
「この街に根付く文化を、あらためて広く伝える機会になったはず。梅田で働く人々を元気づけてきた憩いの場のスナック、そして梅田にゆかりのあるアーティストの音楽……多様なコンテンツが、来場者一人ひとりに刺さっていると感じました」と手応えを示したのは、JR西日本SC開発株式会社で万博関連事業に取り組む出口さん。
万博は新しい技術や製品をアピールするだけでなく、地域文化や伝統に再注目するチャンスだと強調します。「これからも万博に向け、いろんな“実験”をしていきたいですね。阪急阪神さんをはじめ、地域の企業と、より一層力を合わせていけたら」と意欲を見せました。(取材は別日にオンラインで実施)。
EOSのステージ企画を担当した儀間さんは「今回のライブは、ストリートで生まれたものを再びストリートに呼び戻すことをテーマにしました」と話します。自身も大阪を拠点に14年間、愛はズボーンの活動を結成当初と同じメンバーで継続。
あらゆるクリエイティブが、ただ消費されていくさまには疑問を抱いているといいます。「万博をきっかけに、いろいろなスペシャリストの力を合わせていけたら、周りの人の人生も豊かにできるはず」と期待感を示していました。
本日はそれぞれの会場でたくさんの人と出会いましたが、何を感じましたか?
木村
あらゆる場所に、初対面の人と触れ合うきっかけが作られていたのが印象的でした。梅田って、どうしても「自分の街」という感じがしなかったんです。それが、偶然でもコミュニケーションが生まれると、街の手触りのようなものが浮かび上がってくるというか……そんな感覚になりました。
半年後に迫った大阪・関西万博を迎えるべく、梅田が“ひらく”気配を確かに感じた一日でした。世界をワクワクさせる都市・大阪へ──。demo!tapeは、新しい街の遊び方を提示できたのではないでしょうか。
2024年10月取材
取材・執筆:山瀬龍一
撮影:牛久保賢二
編集:人間編集部/南野義哉(プレスラボ)