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観察力や気配りがプロジェクトワークでの武器になる。イギリス映画業界で働く河森まりんさんに聞く、次の仕事に呼ばれるためのコツ

会社員・フリーランスにかかわらず、プロジェクト単位で働く機会が増えました。しかし、新しいプロジェクトに入っていくのは誰もが緊張するものです。「馴染めなかったらどうしよう」「適切な振る舞いが分からない」「失敗したらもう呼ばれないかもしれない」など、不安を感じることも。

今回お話を伺ったのは、ロンドン在住の撮影監督アシスタント・河森まりんさん。2024年公開予定のディズニー実写版映画『白雪姫/Snow White』に、撮影現場では唯一の日本人スタッフとして携わりました。

日本の美大卒業後に単身渡英した河森さんに、イギリスの映画業界で働きはじめたきっかけ、自分とは異なる文化を持つ人々が多い職場に馴染むために取り組んだこと、「次の仕事」に呼んでもらうためのコツについて伺いました。

単身渡英、そして突然やってきたビックチャンス

河森まりん(かわもり・まりん) 1994年生まれ。多摩美術大学にて演劇から写真まで幅広く学んだ後、2017年に渡英。フリーの映像クリエイターとして働く傍ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションを2021年に卒業し、以後ハリウッド映画制作に関わっている。 https://marinkawamori.com/

本日はいつも楽しく見ている映画の裏話を聞けるのが楽しみです! まずは河森さんが渡英しようと思ったきっかけを教えてください。

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河森

日本の美大にいた頃から、「卒業後は海外に行って何かやってみたい」と漠然と思っていました。イギリスを選んだのは、英語圏なのとアートの分野が強いからです。

美大卒業後、22歳でロンドンにあるセントラル・セント・マーチン(※1)に半年間留学してデザインなどのアートを幅広く学び、その後の3年間はロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション(※2)で映像を専攻しました。

※1:イギリスの名門芸術大学。ファッションデザイン学部が人気で、数多くの有名ファッションデザイナーを輩出している。
※2:「世界大学ランキング2022」のアート&デザイン部門でトップ2位に入った名門アート大学。

留学すると決めた時、英語力に不安はありませんでしたか?

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河森

不安だらけでしたね(笑)。留学前は英語力がほとんどない状態だったので、「英語を耳にする機会を増やそう!」と思って洋画を観始めました。

特に好きだったベネディクト・カンバーバッチ主演のBBCドラマ『SHERLOCK/シャーロック』を何十回も繰り返し観て、セリフ一つひとつを書き出して覚えていきました。

クライムドラマなので「死体」や「遺体安置所」など使い所のないボキャブラリーまで増えてしまったんですけど(笑)。

そうしたら、英語力が着実に上がっていったんです。

映像作品で英語学習をしていたんですね! やはり、留学前から映画業界を強く意識していたんでしょうか?

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河森

いえ。実は、元々は映画業界に入りたかったわけではないんです。

10代後半の頃に興味があったのは写真で、映像を撮りたいとは思っていなかったんです。ですが、写真を学ぶなかで「一枚の画から物語を作りたい」と徐々に感じるようになって。それに映像は言語を介さずとも伝わるものがあり、言葉の壁を越えやすいのも魅力的でした。

それで、ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションの1年生だった23歳の時に、本格的に映像制作を始めました。

その後、とあるプロジェクトの撮影監督を引き受けたことがきっかけで、クラスメイトからよく映像撮影を頼まれるようになり、個人で引き受ける仕事が増えていったんです。

イギリスでの学生時代の様子。カメラを持っているのが河森さん(河森さん提供)
イギリスでの学生時代の様子。機材は学校で借りたもの(河森さん提供)

留学中に、撮影監督のキャリアが始まっていたんですね。

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河森

はい。在学中はフリーランスの映像作家として活動もしていて、ある程度は軌道に乗っていました。

学生時代に撮ったロンドン拠点のキャリアコーチングブランド「theMakings」のプロモーションビデオ。これはリスボンへの旅行時、どうせならと8ミリカメラを借りて撮ったものを、友達のミュージックビデオにしたそう。

河森

「このままフリーランスの映像作家としてイギリスで何とかいけるんじゃないかな〜」と思っていたんです。

ところが卒業前に突然、卒業制作で一緒だった友人が「今度、ディズニーが『白雪姫』を実写映画化することになって、撮影監督がアシスタントを探している。まりんを紹介してもいい?」って言ってくれて。

いきなりビックチャンスが……!

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河森

こんな大きな映画に関われる機会はそうそうないので、履歴書を送って面接を受けることにしました。

実際に面接では撮影監督の方とZoomでお話しして、「今までどんなことを勉強してきたのか?」の世間話から始まり、「何か質問はありますか?」と逆質問の時間が設けられました。

自分に仕事がちゃんと務まるのか不安だったので、面接では「私の経験値で本当に大丈夫ですか?」って何度も聞きました(笑)。

そして、幸運なことに『白雪姫』の撮影チームに入れることになったんです。

映画業界はタフな体力と精神力が必要

フリーランスの仕事が軌道に乗っているとはいえ、いきなり個人で大きな映画に関わるなんてことができるんですね。

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河森

映画業界って、作品ごとに会社やチームが設立されるんです。例えば、邦画では上映前に「製作委員会」って文字をよく見ませんか? あれが映画を作るグループという意味になっているんです。

だから、フリーランスとして映画に関わっている人が多いんですよ。私も抵抗なく、すんなりと切り替えられました。

映画業界はフリーランスの方が多いとは意外でした! 撮影監督のアシスタントとは、具体的にどんな仕事をするのでしょうか?

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河森

まず、撮影監督は「画面に映る全ての映像の責任者」。細かい部分を専門スタッフに、どうやって任せるかを采配します。ここが撮影監督の力量が問われまるところです。

そして、アシスタントの主な仕事は、撮影監督が映像を撮る際に必要な情報をまとめることです。

例えば、撮影前に「映画のセットがどこに建てられるのか」や「そのシーンが朝なのか、夜なのか」の確認など。他にも、カメラのアングルや照明など撮影に関するあらゆることを記録します。

だけど、一番大切なのは現場でどんなトラブルが起こっても対応できる力なんですよ。過去に関わったある現場では、火事が発生してしまって。

火事ですか……!?

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河森

セットに火が燃え移ってしまって……。撮影で使用する予定のセットが一つなくなってしまったんです。

ええ〜!!

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河森

怪我人が出なくてよかったんですけど、「このまま撮影が中止になってしまうかも……」と不安になりました。

けれど、そんな中でも周りのスタッフは気持ちをうまく切り替えて続きの撮影に挑んでいて。その姿を見た時に、「私もこんなことでクヨクヨしている場合じゃない!」と思いましたね。

作品撮影中の様子。中央でカチンコを持っているのが河森さん。(河森さん提供)

どんなトラブルにもふり回されないタフな人たちが集まっているんでしょうね。

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河森

そうなんです。それに映画業界って昼夜土日関係なく活動するので、相当な体力が必要になってきます。前回の撮影は5カ月間続いたんですけど、その間は1日14時間勤務で、1カ月以上休みが取れなかった時期もありました。

もちろん撮影期間は大変なんですが、その後に長いホリデーを計画しているので、「これはこれでバランスの良いライフスタイルじゃないのかな?」とも思いますね。

それに、映画制作の現場は技術的に色々な得意分野を持つ人達が集まっているので、困った時は必ず誰かが解決してくれるんです。

例えば、私のリュックサックが壊れた時は衣装さんが直してくれたり、通勤用の電気自転車はSFX(特殊効果)担当の人が組み立ててくれたり。チームワークの良い職場で楽しく働けています。

以前、現場の先輩が「この働き方は生き方になる」と言っていて。映画業界で長く働いた経験が、自分らしさに繋がっていくんだなって思いましたね。

日本で大切にされている「気配り」を意識

大勢の人たちが集まる撮影現場で、目立つために工夫している点はありますか?

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河森

私は日本の中で自然と大切にされている「気配り」を意識しています。周りを観察して、「あの人、あれが欲しそうだな〜」と気付いたら自分から動いたり、職種の壁を超えて色んな人に話しかけたり。

あくまでも「日本なら、これくらい当たり前にやるレベルのこと」をしているだけで、特別なことはしていないんですよ。周りのスタッフからは「どうしてそこまでやるの?」って驚かれるんですけど(笑)。

現場で「気配り」をしようと思ったのには、何か理由があるのでしょうか?

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河森

私が関わっている映画の制作現場は、意外と国際色が豊かではなく、スタッフのほとんどがイギリス人かアメリカ人なんです。

必然的に英語のネイティブスピーカーに囲まれながら働くことになるので、正直自分の英語の拙さに落ち込むこともあって……。

語学力という自分の弱点をカバーするためにも、誰よりも作業を丁寧に行って、細かいところまで気にかけるようになりました。

そうしたら、『白雪姫』撮影の終盤にスタッフの方が「まりん募金」を立ち上げてくれて。撮影後に「頑張ってくれてありがとう」の意味を込めて、給料とは別に約30万円が振り込まれていたんです。

すごい! 本当に感謝されたんですね!

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河森

日本社会って、良くも悪くも多くの人が自然に「空気を読む」をやっていますよね。映画業界は臨機応変さが必要なので、そこが生かされたんだと思います。

そして、私の頑張りを見てくれていたスタッフやプロデューサーの紹介で、次の現場にも入ることができたんです。今いる環境で精一杯仕事をすることで、キャリアが積み上がっていくんだって実感しました。

アウェイな存在として映画に関わっていきたい

この日は河森さんお気に入りのイギリス南東部にある海辺の街ブライトンで取材。河森さんは休みができると、リラックスするためによくこの海を見に来るそう。

プロジェクト単位で働く河森さんにとって、「次の仕事」に呼んでもらえるために大切なことは何だと思いますか?

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河森

「ユニークであること」だと思います。私は他人がやらないことの中にこそチャンスがあると考えていて、積極的に自ら仕事を探して提案をしています。

それに海外で働く場合、私が日本人であることも武器になっていると思うんです。

武器ですか?

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河森

イギリスではアジア人というだけで目立つんですよ。「目立つ=覚えられやすい」ということなので、そういう点でもアウェイな存在でよかったなと思います。

他にも、日本人であるがゆえの観察力や気配りは、海外で勝負するための心強い力になってくれるんですよね。

最後に、河森さんの今後の目標を教えてください。

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河森

これからもイギリスを拠点にして、規模の大小問わず映画に関わる仕事がしたいです。今の撮影が終了したら、自主制作映画にも取り組みたいと思っています。

私が携わった実写版ディズニー映画『白雪姫(原題:SNOW WHITE)』は、2024年3月にアメリカから公開予定です。多くの人に作品を観てもらえることを、今から楽しみにしています。


2022年11月取材

取材・執筆・撮影=吉野舞
編集=鬼頭佳代/ノオト