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ヤフー、アクセンチュア、リクルート -「コーポレート・コワーキング」の最前線

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE01 WHY COWORKING? コワーキングと働き方の未来」(2017/9)からの加筆・編集しての転載です。 



コワーキングスペースが増加傾向にあるなか、日本の大企業が企画・運営する協働・共創スペースにも注目が集まっている。その場が醸成するものとは? その現場をリポートする。

テクノロジーが急速に発展した現在、1 社だけで新しい商品、サービスをスピーディーかつ継続的に生み出すのは難しい。近年、多くの企業は、その限界の突破口を、オープンイノベーションを促す“コワーキング”に見いだしてきた。アクセンチュア・デジタル・ハブ統括マネジング・ディレクター(2017年8月時)の保科学世さんはこう話す。「特に、デジタル領域において協働の度合いが高まると、全世界のGDPの2.2%に相当する1.5兆ドルの成長機会が生まれることが弊社の調査でわかった。日本ではGDPの1.8%に相当する940億ドルだ。これからは社内だけでなく、外部の事業者との協働も通じてイノベーションに取り組むことが重要になる」。

そのために、いま、企業が行っているのは、従業員に法人向けコワーキングスペースを活用させ、新たな気づきを得ることだけではない。自らが企画運営する協働・共創の場をつくり“コワーキングの主体”になることで、より効率的なオープンイノベーションの実現を試みている。それにより、気づきだけでなく、以降の開発やサービス化までのスキームを把握でき、当然ながらより多くの成長機会を得られる。その一方で、ビジネスや社会へのインパクトも増強できるはずだ。今回、その5つの現場を訪れた。

LODGE / Yahoo! JAPAN

女子高生とクリエイターの接点

ヤフー・ジャパンは2016年、自社オフィス内の一部を開放し、誰でも利用できる日本最大級のオープンコラボレーションスペース、LODGEを開設した。利用者は1日に200〜300人。ほぼ毎日開催されるイベントの来場者などを入れると、1日で500 人を超えることもあるという。「最新テクノロジーに関わる人だけの協働の場にしたら、それ以外のイノベーションは起きにくい。身分証明書を提示すれば誰でも利用できるようにしたのは、そのため」とサービスマネージャー(2017年8月時)の植田裕司さん。

利用者を限定しない場ならではのエピソードがある。VRアーティストを招いたイベント当日、企業のオフィスには一見場違いな地方からの女子高生がLODGEを訪れた。彼女たちはそのパフォーマンスに驚き、アーティストも新鮮な反応を得ることができたという。「さらに続きがあって、そのあとすぐ、SNSで“LODGEに女子高生が来ている”と知った、デバイス開発者たちがここにやって来た。

女子高生と意見交換できることは滅多にない。集まる人のバックグラウンドやナレッジにギャップがあればあるほど面白く、びっくりすることが起こる。LODGEはそれを目指している」。またLODGEでは、コミュニケーターをおき、ユーザー同士の接点づくりを促す。すでに、ここで知り合った人同士が協働し、海外のインターンシッププログラムを開始した事例などもあるという。

広々とした多目的スペースではイベントや講演会を不定期で開催

集中作業用の個人用ブース

食堂の隣にあるキッチン。食関連のイベントもここで行うことができる

ヤフー社員が選んだ本が並ぶ

LODGE

1,330㎡のスペースを誇るオープンコラボレーションスペース。施設内には、ワークスペースのほか、カフェや食堂、試食会等が可能なキッチン、そしてイベントスペースや収録スタジオも併設。名刺を貼れるボードを設置し、利用者同士の出会いを積極的に促している。食からIT、地方創生までバラエティーに富んだイベントも特徴。

住所:東京都千代田区紀尾井町1-3東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー17F

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100BANCH / パナソニック

超領域的に100年後を描く

東京・渋谷の100BANCHも多領域のプロジェクトを推進するコラボラティブな場だ。発端はパナソニックの創業100周年記念事業。「100年先の未来をつくる100のモノやコトを生む場」をコンセプトに、ロフトワーク、カフェ・カンパニーと共同で一棟型スペースをつくった。2階部分の「ガレージ」には、公募で採択されたプロジェクトチームが入居。特徴は「多種多様なメンター。プロジェクトの採択も、彼らに一任している」と事務局の則武里恵さんは言う。

予防医学研究者の石川善樹さんやメディアアーティストの落合陽一さんなど各分野の第一線を走るメンターが、確実に面白いと思ったプロジェクトだけがここで推進されるということだ。「かっこいいふんどしを世界に発信するチームや家庭用ロボットをつくる高校生チームなど、領域を限定しないプロジェクトが同居しているのも魅力」とロフトワークの松井創さん。

ここで出会った入居者の高橋祐亮さんは美大生。将来の食糧難に備え、高カロリー・高タンパク質の“昆虫肉”のレシピ開発を行っている。十数年前から、美術シーンでも、モノではなく、社会的なプロジェクト型のアート作品がトレンドとしてあったが、ここでのプロジェクトはそれに近い。ビジネスだけを大義名分にしない、広域的な創造活動の社会的受け皿としても、100BANCHは重要な意義をもつ。

3Fはイベントスペースに。パナソニック社員がリモートワークすることも

「ガレージ」は、チーム間の交流を促す、敷居のない可逆的なスペースを実現

昆虫食のレシピ開発をする高橋祐亮さん

写真の書籍のほか、共用品として自転車も用意

100BANCH

東京・渋谷の新南口エリアにオープンした、パナソニック、ロフトワーク、カフェ・カンパニーが3社共同で企画運営するスペース。“束”の意味をもつBANCHを冠に掲げ、100年先の未来をつくる100のプロジェクトを実施する。2Fの「ガレージ」では、公募審査に合格した35歳未満の起業家やクリエイターが同居。1Fには、2017年10月に新しい食体験を探求するカフェがオープンした。

住所:東京都渋谷区渋谷3-27-1

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TECH LAB PAAK / リクルートホールディングス

脱“スタートアップ村”を促す

企業が運営するコワーキングを巡るなかで、70歳の起業家、佐藤博さんと話す機会があった。彼は元シリコンバレー発ベンチャーの日本法人社長。現在は、リクルートが運営するITクリエイター向けの会員制コミュニティースペースTECH LAB PAAKを利用し、ロボットで手書き風の手紙をつくるサービスを開発中だ。「そのサービスに親和性が高いのがリクルートだった。ゼクシィなどのウエディング事業も展開し、情報やノウハウをもっている」。

もともと多くの新規事業を展開してきたリクルートは、イノベーションに前向きだ。「会員にスペースや設備を無料で使っていただくだけでなく、リクルートのもつネットワークや知見も可能な限り提供する」とコミュニティーマネージャーの岩本亜弓さんは言う。また、外部の研究者、VCらとの出会いも積極的に促している。「この数年で、日本でもVCが増えたことで投資を得やすくなった。

また、国も政策で起業を後押ししている。スタートアップを取り巻く社会的環境はよくなっている。だからといって、起業家だけで結束された“スタートアップ村”に生きるのではなく、さまざまな人との接点を会員に提供するのもここの役割。それは、単にシリコンバレーをモデルにしない日本独自のエコシステムをつくることにつながると思う」

PCスペース。壁面にはさまざまなスタートアップのTシャツが展示に

気分転換に使えるけん玉

カフェ風のテーブル。メンバー同士による意見交換も促進される

入り口に貼られた、入居者や卒業生などのコーポレートステッカー

TECH LAB PAAK

ITクリエイターのコミュニティースペース。3カ月に一度開かれる会員審査に合格すると、6カ月間、場所や設備、ドリンクなどが無料で利用可能。またAmazonや決済サービスのストライプなどのスポンサーによるサービスも会員のビジネスインフラを支える。リクルート社員とスタートアップの出会いを促しともに新規事業に取り組むMEET SPAACなど、ここから派生した支援企画もある。

住所:東京都渋谷区神南1-20-9

Accenture Digital Hub / アクセンチュア

社会課題の解決に向けた連携

アクセンチュア・デジタル・ハブは、企業やスタートアップ、そして政府・自治体などが相互連携できる拠点で、新規事業の創出支援や、社会課題の解決に向けたエコシステム構築を図れるのが特徴だ。「自治体とも協働することは、日本の本質的な社会問題の解決に向き合うことであり、それがビジネスの持続的な基盤にもなる」と先述の保科さん。

世界200 都市以上に拠点をもつアクセンチュアおよびスタートアップ、研究機関などが有する優れた技術やアイデアが集約されているのもメリット。最新の事例も参照しながら、ワークショップやプロトタイプ開発など一貫した支援を行っている。「デジタルで世の中を変えようとするとき、いろんな技術がありすぎる。一方で、どれがどう使えるか、どう適応していくのか見極められる人材が圧倒的に足りていない。

私たちはベンダーフリーの立場で、世界中のさまざまな技術を見極め続けてきた会社で、その知見を生かすことができる」 ある企業が活用できていなかった技術が、ここでほかの企業と出合うことで、新しいサービスにつながった例もあるという。「これまで弊社がコンサルティングを提供してきた大企業に限らず、アイデアや志などを共有し、さまざまな企業・組織と連携していきたい」。

コラボレーションエリアではセミナーなども実施

ホワイトボードに描かれたコンセプトメーキングやミーティングのメモも新しいアイデアの源に

最新技術のデモ体験ができるのもここの特徴

いまの世の中を覗き込み、未来につなげるという場の象徴として望遠鏡を設置

Accenture Digital Hub

アクセンチュアがオープンイノベーションによるデジタル変革の支援拠点として2016年に開設。さまざまな大企業やスタートアップ、自治体、研究機関などが日々来訪し、アクセンチュアの各領域・業界の専門家とともに相互連携を図りながら、イノベーションの創出に取り組んでいる。利用の際は、事前連絡が必要。(住所は非公開。ウェブサイトの問い合わせフォームより連絡)

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DMM.make AKIBA

ものづくりの未来をつくる場

日本はものづくり大国だ。最後に訪問したDMM.make AKIBAは、IoTを軸にしたハードウエア系スタートアップのシェアオフィス。「ハードウエアの開発には、PC以外のさまざまな機材も必要。なかには数千万円するものもあり、個人やスタートアップが所有するのは困難。彼らがリソースにアクセスできる環境を提供したいと思った」とエヴァンジェリストの岡島康憲さん。各種工作機械や高度な設計ができるCAD、チップマウンターなどプリント基板への電子部品実装が可能な設備、環境試験装置まである。「元大手メーカーの技術者もスタッフにいてサポートも可能。量産の試作までを、ここでできる」。

大企業がスポンサード契約という形で、ここを協働の場として活用するケースもある。日本ロレアル社は、研究員を配置。例えば、マスカラが日常環境でどうにじむかを細かく評価測定するメガネ型の装置を試作。制作期間やコスト面でも効率がよく、エンジニアなど他のバックグラウンドの方と接点ができるのも付加価値だという。日本ロレアル社とは共同で化粧品会社として日本初のビューティーハッカソンも実施。化粧品とIoTという新しいものづくりの協働がここで始まっている。 実際に、企業が運営するコーポレート・コワーキングは、ユーザーからの需要も高い。日本のビジネスを、大きくイノベートさせる協働・共創の現場としての大きな期待を背負っている。

仲間との出会いの場にもなるフリーアドレス型のオフィススペース

工房にあるCNCマシニングセンター(コンピューター制御による切削加工機)

Orpheをはじめ、DMM.make AKIBAにゆかりのある製品が展示に

ここで協働する日本ロレアル社の研究員

DMM. make AKIBA

DMM.comが運営する国内トップクラスのハードウエアスタートアップの支援拠点で総額約10億円の機材・設備を誇る。会員費のほか一部設備利用代を支払えば誰でも利用でき、スマートフットウエアOrpheや犬の心理状況を視覚化するINUPATHYなどもここで開発。最近はクラウドサービスやソフトウエアの開発者の入居も増加。スペース内での情報交換も行われている。

住所:東京都千代田区神田練塀町3 富士ソフト秋葉原ビル10・12F

取材月:2017年8月
2020年9月16日更新

テキスト:松本雅延
写真:天田 輔
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 01 WHY COWORKING? コワーキングと働き方の未来』より転載