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【クジラの眼 – 字引編】第6話 セレンディピティ

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

 

 

今月のキーワード:セレンディピティ

 

はじめに

試験のとき山を張ったらそれがドンピシャ。おかげで予想を上回る点がとれた。きっと多くの人が経験していることでしょう、たまたまうまくいくことって人生の中で何度も起きることだと思います。そんな幸せな偶然のことを「セレンディピティ」と世の中では言ったりしています。

 

2001年に封切られた、偶然出会った男女の恋愛を扱ったハリウッド映画のタイトルはずばり「セレンディピティ」。このころには少なくともアメリカではセレンディピティという言葉はある程度市民権を得ていたのだと思われます。我が国のビジネスの場では、知識創造、つまり新たな価値を生み出すことを希求する動きが始まった1990年代に、偶然の出会いやふとしたきっかけでアイデアをひらめく、そんな場面を説明する中でセレンディピティが使われ始めたと記憶しています。

 

上では「しあわせな偶然」と書いたセレンディピティですが、実は、自分では何一つ努力をしないでうまく事が運ぶのを待ち、結果として甘い汁を飲むのはセレンディピティではありません。ですから試験で山を張っていい点がとれたケースでも、山を張る段階の頭の使い方によって、セレンディピティと言っていい場合とそうでない場合に分かれるのです。今回は、“本当の”セレンディピティについて考えてみることにします。

                                            

 セレンディピティとは                      

セレンディピティ【serendipity】

ふとした偶然をきっかけに、才気を活かして、新たな価値を発見すること。

 

 

そもそものセレンディピティ

センディピティという言葉は、1754年、イギリスの文筆家であるホレス・ウォルポールが友人宛に書いた手紙の中で使った造語です。彼は幼少の頃に読んだおとぎ話『セレンディップの三人の王子』からこの言葉を造ったと言われています。ちなみに『セレンディップの三人の王子』とは次のような物語です。セレンディップ王国(現在のセイロン)の参院の王子が修行のために近隣の諸国を巡る中でさまざまな事態に遭遇します。王子たちはそのたびに持ち前の才覚を発揮して難題を解決し、最後には三人それぞれが諸国のお姫様を妻に迎え、みな幸せになる。この時ウォルポールは、センディピティを三人の王子たちがそうしたように「偶然と才気によって、探してもいなかったものを発見すること」として使っています。

 

それ以来この言葉は世の中に広まるにつれて、単に「しあわせな偶然」という意味で使われるようになって今に至ります。ウォルポールにしてみれば、「しあわせな偶然なんて単純な意味であれば、わざわざセレンディピティなどとう造語を造る必要性が無い」と憤慨するところかもしれません。上で挙げた定義はウォルポールの考えに少し立ち戻って、ただ何もせず偶然ことがうまく運ぶのではなく、才気、つまりその人の知識や技能、経験などを発動させることによって、幸運が舞い込むという考え方にしています。

 

 

セレンディピティの代表的な事例

ペニシリンの発見

1928年、細菌学者アレクサンダー・フレミングが2週間の休暇から戻ると、ペトリ皿の1つに不思議なカビが集まっていることに気づきました。そしてこのカビが生えている場所では細菌が成長していないことを発見します。これは不要な細菌の発生を抑えることができる可能性を示していました。このペニシリンの偶然の発見が抗生物質の開発へとつながり世界中で大勢の命を救うことになるのです。

 

電子レンジの開発

今や調理に欠かせない電子レンジですが、これもまた偶然の産物です。食材や飲料をさっと温められるこの器具は、アメリカの技術者にして発明家パーシー・スペンサーが電磁管を検査している最中に発見されました。スペンサーは、電磁管の前でポケットに忍ばせておいたキャンディーが溶けていることに気づきます。この偶然をきっかけにして、1945年に電子レンジが世に登場することになったのです。

 

ポスト・イットの開発

1969年、スリーエム社では強力な接着剤を研究が行われていました。研究はなかなか思うように進まず、糊の中にはたまたまできてしまった「よく付くが、簡単にはがれる」奇妙な接着剤もありました。その5年後同社の研究員アート・フライは、普通ならば失敗作として扱われるその接着剤が讃美歌集のしおりとして使えるのではないかと閃きます。こうしての付いた付箋紙やメモ用紙が製品化されたのです。

 

田中耕一さんの発見

島津製作所の田中耕一さんは生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発により、2002年にノーベル化学賞を受賞しました。これも偶然に依拠するところがあったと言われています。1985年、試料に混合させるコバルト微粉末に誤ってグリセリンをこぼしてしまい,それをそのまま使って実験した結果、タンパク質などの質量を計測するための試料のイオン化に成功したのです。

 

セレンディピティを引き起こすために

セレンディピティは偶然に依るものである限り、その発生をコントロールすることは難しい。ただ手をこまねいて通常の活動を続けているのより、セレンディピティが起きる可能性を増やすための行動をすることは可能ですし、そうするに越したことはありません。

 

ビジネスの場でセレンディピティが期待されるのは、何といっても課題の解決策を作る場面でのことでしょう。有効な、あるいは斬新な解決策が閃かないのであれば、自分が思いもよらなかった異分野の情報を仕入れるのが良いとよく言われます。そのために私たちは、積極的に外へ出向き、自身の仕事と一見関係のなさそうに思えるセミナーやトークセッションなどにも参加すべきなのです。

 

さらに言えば、セミナー終了後に懇親会が行われるのであれば、そこにこそ喜び勇んで参加し、新しい「知」に遭遇したいところです。そこでの偶然の出会いがその後の大きなアイデア誕生に寄与してくれるかもしれないからです。もちろん多くの場合は空振りで終わることでしょう。しかし、打率は低くても一発逆転のホームランにつながることが期待できるのなら、そうした行動をこれまで以上にとるのは大切なことなのです。

 

 

おわりに

棚から牡丹餅:思いがけない好運を得ること、労せずして思いがけない幸運を得ること
地獄で仏:苦しい時に予想もしない助けにあった嬉しさを表すたとえ
怪我の功名:過失と思われたこと、なにげなしにやった事が、意外によい結果になること

 

うまくいったときや結果オーライのときに使われることわざです。でもこれらはセンディピティではありません。最もセレンディピティ的なことわざはこちらでしょうか。

 

禍を転じて福と為す:禍や不幸をたくみに処理して、逆に幸福のきっかけになる ようにすること

 

近代細菌学の開祖であるルイ・パスツールの至言に「幸運の女神は準備ができたものに微笑む」というのがあります。これなどはまさにセンディピティにぴったりの言葉です。最後に経営の神様、松下幸之助の教え「好況よし、不況さらによし」。不況のとき消費者は買うものに敏感になるので、良い経営を続けていれば不況のときこそ選ばれるという趣旨です。セレンディピティを得るためには弛まぬ努力を怠らない姿勢が必要なのですね。

 

だけど目的を達成するために、いつもどこでも、ぎゅうぎゅうと考え抜いていなければだめなのでしょうか。パスツールが言ったように、そうしない人にはセレンディピティは訪れないのでしょうか。役に立つかどうか分からないままに、いろんな人と出会って話をしたり、さまざまな分野の本を読んでおけば、無意識のうちに仕入れた知識Aと知識Bが頭の中で化学反応を起こして、画期的なアイデアとなって浮かび上がる。そんなセレンディピティを待っている今日この頃の私です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

 

 

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

■働くを考えるシリーズ(字引編) 過去掲載記事
第1話 チェンジマネジメント
第2話 WELL認証
第3話 コラボレーション
第4話 コミュニティマネジメント
第5話 CMF

 

 

2019年9月19日更新

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI
参考文献:「セレンディップの三人の王子たち」

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