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頼りながら、避難しながら、痛みを乗り越えろ ― 私たちが対峙するべき「アダプティブ・チャレンジ」とは?

働き方改革がさまざまな場所で叫ばれるようになった今、多くの企業では小手先の対策ではなく「組織自体の在り方の見直し」が問われています。これから私たちは、皆が気持ちよく伸びやかに働ける環境を実現するために、企業社会の中でどのような組織づくりを目指していけばよいのでしょうか。組織論、経営戦略論の研究者である宇田川元一さんにお話を伺いました。

 

後編では、変化の激しい現代社会に生きる私たちが持つべき「アダプティブ・リーダーシップ」や、一時避難できるサードプレイスの重要性など、未来の組織にまつわるさまざまな話題で盛り上がりました。

 

・記事前編_働き方改革の中で、私たちは何に向き合うべきか―組織論、経営戦略論を研究する経営学者・宇田川元一さん

・記事中編_わかりあえないことから、始めよう―変革期を迎えている組織に必要な“対話”の在り方

 

憎むべきは孤独、勇気ある変革者を孤立させるな

WORK MILL:宇田川先生はこれまでに、さまざまな企業組織の現状分析をされてきていますが、現代の会社によくある組織の問題点とは、どのようなものだと思われますか。

 

宇田川:組織を変えていこうとする人が、孤立しがちなことでしょうね。もしかすると今、会社の中で働き方改革の推進を担当している人たちの多くが、現場と上層部との板挟みになって、孤立しているのかもしれません。同じく、経営者も孤立しやすい立場にいると思います。

 

―宇田川元一(うだがわ・もとかず) 埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授
1977年東京都生まれ。長崎大学経済学部准教授、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。専門は経営戦略論、組織論。社会構成主義を思想基盤としたナラティヴ・アプローチの観点から、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行なっている。

 

宇田川:働き方を変えていくというのは、質的な問題≒多義性の問題と向き合うことと同義です。それは明確な答えのない難しい問いであり、向き合うのはとても苦しい。
そんな時、苦しさや悩みを共有できるような仲間が周りにいないと、その人はどんどん孤独に支配されてしまう。すると、その人は心が折れて何も考えられなくしまったり、必要以上に周りに悪意を感じたり、わらにもすがるような思いで間違った何かに依存しまったりするかもしれません。

 

WORK MILL:孤立や孤独が、人にとって毒になる……だとすると、社内で変革を進めていこうとする人が、孤立しない環境をつくるのが大事だと?

 

宇田川:その通りです。まず旗を振る側の人が、自分の苦しさや悩みを、周りの人たちに語れるようになれるといいですね。一人で抱え込んでいたら、誰もその悩みに参加できないんです。悩みをオープンにして、頼れる同志を得ていきましょう。
とあるベンチャーでは、社長が「オレはこの問題に対してのアイディアがない! 皆でどうすればいいか考えようぜ!」と、あらゆる情報をオープンにしています。社内にあるさまざまな課題について、社員皆で語り合って、皆で解決策を考える環境をつくっていった。結果としてその会社は、役職に縛られないホラクラシー型の組織になり、ユニークな働き方を実践しています。

 

WORK MILL:目指したわけではなく、結果的に階層のない組織になったと。

 

宇田川:彼らは、彼らなりに“ちゃんと”したかったんだと思います。多くの会社にとっての“ちゃんと”は、オペレーショナルに日々の業務を回すことだと感じますが、彼らにとっての“ちゃんと”は、皆で正面から課題と向き合っていくことだったんです。

 

WORK MILL:なるほど。

 

宇田川:「旗を振る側の人が悩みをオープンにする」ことは、立場を超えて人に頼ることができる、というある種の能力なのかもしれません。そして、もうひとつとても大切なことは、「勇気を出して組織を変えようとしている人を、周りがフォローする」ことです。私たちが「何を信じて従うのか、支援するのか」という選択をいい加減にしていると、皆のために矢面に立った人が損をする会社、社会になってしまいますから。

 

WORK MILL:よりよい世界へ向かおうとする開拓者たちを損させないことが、先頭に立たない、フォロワーたる私たちの重要な役割なんですね。

これからの組織に必要な「アダプティブ・リーダーシップ」 

宇田川:組織論を扱っていると、よく「理想の会社組織とはどんなものですか?」と質問されることがあります。でもね、「これが完璧な設計です」と言える組織などは、存在しません。「完璧」と思い込んでるものほど、不完全なものはないのです。
人や社会の変化に伴って、組織には日々新たな問題が生まれます。それを常に表に出し続けて、皆で「今に適した組織の形ややり方」を考えられるのが、いい企業の在り方ではないかなと思います。

 

WORK MILL:時と共に変化し続ける柔軟性が、組織のキモになると。

 

宇田川:組織にはもちろん、個人にとっても、ですね。ハーバード・ケネディスクールの上級講師であるロナルド・A・ハイフェッツは、『最前線のリーダーシップ』にて「これからの組織において重要なのは、アダプティブ・リーダーシップだ」と述べています。

 

WORK MILL:アダプティブ・リーダーシップ?

 

宇田川:ハイフェッツは、企業にとっての課題を「技術的問題(テクニカル・プロブレム)」と「適応課題(アダプティブ・チャレンジ)」に分けました。ここまでの話で言えば、前者は量的な問題で、後者は質的≒多義性の問題のことですね。別な側面から言うと、適応課題は変えようとすると痛みを伴う問題です。この後者の課題に対応することが「アダプティブ・リーダーシップ」です。
彼はアダプティブ・リーダーシップにおいて「観察・解釈・介入のサイクルを回せ」と言っています。「いま何が起きているのか、相手が何を考えているのか、それはなぜか」をよく観察し、得られた情報を解釈した上で、取るべきアクションを考えていけと。このプロセスでは、対話と翻訳の能力がポイントになります。

 

WORK MILL:翻訳、ですか。

 

宇田川:翻訳とは「相手のメッセージを、相手のコンテクストを理解して読み解くこと」であり、また「相手のコンテクスト上で、こちらのメッセージが“意味のあるもの”になるよう調整して送ること」です。
言葉の意味だけをなぞっていても、人の真意は理解できません。相手の発言内容だけでなく、置かれている状況や、言外に発しているシグナルも含めて「伝えようとしていること」をくみ取る努力をする。そしたら今度は、相手にこちらの意図が誤解なく伝わるような言葉を選び、目線を合わせて語りかける。
“対話”の中で丁寧に翻訳を行ないながら、自分の悩みや課題を共有できるリーダーは、強い存在ですね。こういったアダプティブ・リーダーシップを持った人物が増えることが、おそらく今の日本の企業社会に強く求められていることだと感じます。

 

 

人任せにしない。新しい物語をつくるのは自分から

宇田川:翻訳のくだりで思い出したのですが、知人の社内起業家が「従業員の仕事は、経営者に夢を見させることだ」と言っていて、とてもいい言葉だなと思いました。自分のやりたいことを、経営者が「それいいね!」と思えるように提案して、資源を配分してもらうんだと。

 

WORK MILL:それも立派な翻訳、というわけですね。

 

宇田川:会社に所属するというのは、例えるなら「経営者が運転する車に乗っている」ような状態です。そこに自分が載せたい荷物を持ち込もうとするなら、その車に合うように荷物の量や形を調整しなければなりません。セダンに乗っているのに、2tトラックでも運びきれないような規模の事業提案をしても、通るわけがないんですよ。

 

WORK MILL:乗せてもらっていることに、自覚的になる必要があると。

 

宇田川:生活を支えるという形で会社は自分に貢献してくれてもいるわけなので、会社に貢献する内容であることは大前提になる。もちろん、貢献も短期的から長期的までありますが。会社になんらかの形での貢献と自分のやりたいことの接点を見つけていかなければ、仕事にならんのですよ。当たり前と言えば当たり前なんだけれど、働く現場でこの視点が抜けている人は、結構多いのではと思います。
企業と個人のバランスがおかしくなってくると、組織はうまく機能しません。なぜそうなってしまうかと言えば、情報の非対称性が崩れたことによって、皆が会社の提供している物語を信用しなくなっているから。その気持ちはすごく分かる。だけど、不満を募らせるばかりでは、何も変わらないのです。

 

WORK MILL:新しい物語を、自分たちでつくっていかなければならない。

 

宇田川:確かに、すごく色々な変化が劇的に起きていて、そんな悠長なことをと思うかもしれないのだけれど、焦っても何も生み出せないのです。ある意味でその焦りは、目の前のことに圧倒されて、自分の大切にすべきものを見失っている状態とも言えます。自分にとって観察される様々な変化がどのような意味があるのかをもう一度立て直さなければ、その語る言葉が相手に響くこともないでしょうし、相手の反応をちゃんと観察できないでしょう。
変革をしたいのならば、忘れてはならないのは、変革のための変革にならないように、大切にしたいものは何か、それを守るために何を改めるべきか、という観点から考える必要があります。言うなれば、自分たちの物語の何を守り、どう改め、新しい物語を紡いでいけるかを冷静に見極めなければならないのです。

 

WORK MILL:それは会社の中の誰の仕事でしょうか。

 

宇田川:もちろんトップも変わらなければいけない。これは当然のことです。だけれど、まずは可能な範囲で、自分自身を改めなければなりません。中間管理職でも現場でも、それは皆同じです。それぞれの立場から変えていけることが、きっとあるはずです。

 

WORK MILL:一人ひとりが、アダプティブ・チャレンジに向き合うべきときなのですね、今という時代は。

 

宇田川:ハイフェッツは『最前線のリーダーシップ』の序文で、「アダプティブ・チャレンジはキツいぞ、危険だぞ? それでもやる気か?」と脅してくるんですよ(笑)。けれども、僕にはアダプティブ・リーダーシップが「仕事を楽しむための秘訣」のように思えるんです。彼は危険だと言いつつ、そこを突破していく難しさ、難しいがゆえのやりがいや面白さを、著書の中で雄弁に語っています。
だからこそ、現状の企業の組織や体制に不満を持っている人には、解決されるのを待つのではなく、ぜひ攻めてほしい。「今は疲れていて、攻める元気がない」という人は、まず休んでください。大いに休んで英気を養って、アダプティブ・チャレンジに臨んでいただきたいのです。誰かが挑まない限り、その課題が自然に消えることはありませんから。

 

次世代の組織の在り方は、コミケに学べ?

WORK MILL:ここまでのお話で、アダプティブ・チャレンジに向き合うことの重要性や、そのプロセスに“対話”が不可欠であることがよく理解できました。一方で、それらが難しく、痛みを伴い得る行為であることも、伝わってきました。課題と真正面から向き合う克服するために、私たちには何が必要なのでしょうか。

 

宇田川:残念ながら、恐怖や痛み自体を取り除くことはできません。それらと向き合うこと自体が、アダプティブ・チャレンジの大切な要素でもありますからね。ただ、難しい課題に向き合う環境を整えるという意味で、苦しい時にリトリート(避難)できるコミュニティ――サードプレイスがあるかどうかは、とても重要な要素だと思います。

 

WORK MILL:リトリート?

 

宇田川:そうです。居場所が一箇所しかないと、人間はそこで大きなリスクは取れません。上手くいかなかった時に、ほかで誰かに相談できる人がいることは、心強い支えになります。具体的な相談できなくても、逃げられる場所があるだけでもいいんです。
そういったコミュニティにおいて大事なのは、短期的な利害関係がないこと。マウンティングがなく、正直に話せることです。皆でおいしいものを食べながら、歓談できるような感じで。

 

WORK MILL:心理的安全性が担保された場所、ということでしょうか。

 

宇田川:心理的安全性は、結果として生まれるものです。それを人為的にやろうとすると、変な感じになります。「心から安らげる、何でも話せる場所をつくろう!」って、うさんくさいでしょう?(笑)

 

WORK MILL:なんとなく心地よくて、自然と正直に話せるようになったコミュニティが、結果的にその人にとって「安心できる場所」になると?

 

宇田川:それが望ましいですね。目的ありきではなく、皆に愛されるような場所だといいですね。
私はアニメなどのコンテンツは詳しくないのですが、たまにコミケ※1 には足を運ぶんです。組織論の研究者として、あのコミュニティには感心してしまいます。「これが次世代の組織、これからの社会の在るべき姿じゃないかな」と思うくらいに。

 

WORK MILL:それは、どういったところで?

 

宇田川:お客さんが1日に20万人くらい来るようなイベントを、ボランティアスタッフがメインで切り盛りしてるんですよ。イベント運営を専門に手がける企業とか、プロがやろうとしたって困難な規模です。それがずっと続いている。
「なぜそんなことが可能なのか?」と中をのぞいてみると、スタッフだけではなくて、参加者の一人ひとりがコミケという場を大切に思い、それぞれが場づくりに参加しているんですよ。皆が好きで「この場所がなくなったら困る」と思っているから、自分たちでどうしたらいいか考え、自制をして行動できている。
コミケが持っているのは「参加を促す物語」。一人ひとりが参加して、皆でつくっていく物語なんですよね。あんな風な物語が、これからの社会の中でも紡ぎ出されていってほしいなと、私は思っています。

※1:コミックマーケット、年に2回行われている日本最大の同人誌即売会。2018年に夏に東京ビックサイトにて開催された「コミックマーケット94」では、3日間でのべ55万人の入場者数を記録した。 

 編集部コメント
働き方改革や組織変革といったテーマに対して『多義性の問題』、『対話』、『アダプティブ・チャレンジ』など多くのインプットや示唆を3週にわたり宇田川先生から頂きました。テクノロジーの進化やビジネス環境の変化が激しい現代社会において個人や組織に求められることは、それらを扱う「技術・スキル」ではなく、もっと根本的な「人」としての姿勢や在り方ではないか、と受け取りました。それは、主体性や自分を改めること、相手や課題と向き合うことなど、一見簡単なようですがとても難しく、痛みを伴う、まさに人間力への問いではないでしょうか。

人間力を鍛えながら、個人や組織がどのような物語をつくり、これからの社会を紡いでいくか、私もイチ企業人として自分から新しい物語をつくっていきたいと思います。余談ですが、中編のモーセと神の対話のエピソードは個人的にとてもツボでした。(山田

 

<参考文献―話題に上がったトピックについてさらに詳しく知りたくなったら>

・「アダプティブ・リーダーシップ」について
ロナルド・A・ハイフェッツ、マーティ・リンスキー(野津 智子 訳『最前線のリーダーシップ』英治出版)
ロナルド・A・ハイフェッツ、マーティ・リンスキー、アレクサンダー・グラショウ(水上 雅人 訳『最難関のリーダーシップ』英治出版)

・コミュニティの在り方について
ジグムント・バウマン(奥井 智之 訳『コミュニティ』筑摩書房)

 

2018年11月27日更新
取材月:2018年9月

テキスト:西山 武志
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀

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