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SF作家・冲方丁さんが語る、個々の幸福感がビジネスの指標になる未来

AI、仕事のリモート化……新型コロナウィルスの影響を受け、私たちの働き方は激変しました。今後、仕事のやり方はどう変わるのか。仕事選びのプライオリティは? 『攻殻機動隊 ARISE』などのSFアニメ作品の脚本やシリーズ構成を手がけ、10~20年後の電脳世界を描いた冲方丁さんが、すでに変革期に入ったとされる「働き方変革」の近未来について語ります。

 

若い世代に浸透する「コミュニケーション効率化」

 

WORK MILL:冲方さんが描くSF作品には、空を飛ぶ自動運転の自動車や、脳が直接ネットにつながる電脳通信、交換可能な肉体など、数々の高性能なテクノロジーが登場します。それに追いつこうとするように、現実においても、驚くようなスピードでテクノロジーが発達を遂げています。今後、社会はどのように変わっていくと思いますか?

 

冲方丁(以下 冲方):テクノロジーが発達すると、仕事も生活も便利になります。「やらなくなること」が増え、それが人間の働き方に変化をもたらすと思います。顕著なのが「コミュニケーション」の変化でしょう。

 

実際、今の若者には“会社で電話をきちんと取れない”という傾向があるようです。会社の固定電話に不特定多数の人間からかかってきますよね。そのメッセージを受け取ることがものすごく苦痛で、心が病んでしまう。自分のパーソナリティーみたいなものが暴露されてしまう恐怖心があるのかもしれません。だから、電話で話すよりも、文字でやりとりするチャットの方がラク。会議でも直接、顔を合わせて話したくないわけです。

 

従来のコミュニケーションでは、社外営業するにも、社内調整するにも、1対1で対面することで相手の人柄を理解し、人生のバックグラウンドなどを知ったうえで進めることが重視されました。しかし、今は、電話、メール、チャットなど、コミュニケーションツールが多く、コミュニケーションを取るべき相手の数も膨大です。すると“最小限の接触によって、最大限の効果を得たい”という効率重視の考えが出てくるのは当然です。

 

効率重視の視点に立てば、音声でのやりとりは非常にまどろっこしい。相手の感情が伝わることで、自分の感情も動くので、余計なエネルギーを要します。できるだけ電話でのやりとりは少なくし、人と対面するときには無表情になろうとする、そんな対人関係の様式の変化が起こるでしょうね。

 

WORK MILL:コミュニケーションは希薄になっていくのでしょうか?

 

冲方:コミュニケーションがものすごく苦手な人がいる一方で、コミュニケーションがものすごく得意な人もいます。二極化していくわけですね。会社でもコミュニケーションの得意な人が、「じゃあ、私が代わりにあの人に言っておいてあげるよ」などと、“コミュニケーション代理”みたいなことをするようになります。それが進化すれば、例えば、辞表を本人の代わりに会社に提出し、交渉し、円満退社に導く「退職代行」のような職業もどんどん増えてくるのではないでしょうか。皆がやらなくなる中で、逆にそれが得意な人間がビジネスで成功するというわけです。

 

実際、中世のヨーロッパの王族には、文字によるコミュニケーションが全くなくなってしまった時期がありました。本人の代わりに流麗な文章を作ってくれる「代筆屋」が職業として存在していたからなんですね。

 

全体としてはコミュニケーションが希薄にはなりますが、良い面もあるんです。相手がどういう人間か気にしなくなるわけですから、いちいち細かなことを聞かなくていい。文化的背景が全く違う海外の人とも、サクサクとコミュニケーションが取れるようになるわけです。ただ、見知らぬ相手に対しては、あなたに危害を加える事はないと言うことだけを説明して、相手に安心感を与えながらコミュニケーションを取る。今後は、そうした「ソツのない」コミュニケーション、さらには働き方が重要になってくるはずです。

 

ー冲方丁(うぶかた・とう)
1977年、岐阜県生まれ。早稲田大学在学中に『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞してデビュー。以後、『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞、『天地明察』で吉川英治文学新人賞および本屋大賞、『光圀伝』で山田風太郎賞を受賞。『天地明察』及び『十二人の死にたい子どもたち』は映画化され大ヒットした。小説にとどまらず、アニメ、漫画、ゲームのシナリオなど、エンターテインメント作家として幅広く活躍している。

 

 

自分の労働を自分が決定する時代

 

WORK MILL:今、新型コロナウィルスの影響下、テレワークという新しい働き方の一般化が加速しました。

 

冲方:今の日本のテレワークは、会社まで電車通勤で1~2時間かかる人が在宅勤務をしているイメージですが、そのうち「香港在住の社員」とテレワークするのが当たり前になる時代が来るはずです。それは単なる距離感が変わるだけではなく、日本人が自由になる、ということでもあるんです。

 

もともと、日本人は組織への従属意識が強いんです。例えば、先日、日本の会社とアメリカの会社とを結んでSkypeでリモート会議を行ったとき、アメリカ人は一画面に一人ずつ登場しました。しかし、日本人は会議室にメンバー全員が集まって一画面に全員が登場したんです。とにかく呪縛のように一カ所に集まるんですよ(笑)。

 

WORK MILL:それくらい組織への従属意識が高い日本人にとっては、テレワークの普及によって今後、自主性が求められるという課題が生まれたとも言えるのでしょうか。

 

冲方 これまでの日本人は自分の能力を発揮したいというモチベーションよりも、“組織という安心できる場所にいたい”というモチベーションが高かったんです。だから、自由も少なければ、仕事で決定する権限も得ようとしなかった。仕事の開始時間や終了時間も自分で決めることができず、組織が決めた時間に従っていたわけです。でも、今後は自分の体調や環境に合わせて、自分で決めていくようにならないといけません。そうしないと日本人の生産性は向上しません。

 

もちろん、自由度と決定権が増えれば、仕事の責任も大きくなりますし、負担も増えます。しかし、海外のビジネスマンを含め、いろいろな人と接触するようになると、自分と比較できるようになります。「なぜ、自分とは違うのだろう?」という視点で、ときには危機感を持って考えられるようになる。こうして学んだことが自分、さらには若い世代に浸透していくことで、マイナスの「日本人らしさ」を捨てることが期待できます。

 

WORK MILL:「マイナスの『日本人らしさ』を捨てる」という表現は、非常に興味深いですね。

 

冲方:例えば、ゲームと仕事を比較したとしましょう。ゲームが仕事と違うのは、まず結果に責任を持たなくて済むこと。そして、必ず、達成可能な目標が登場することです。実際の仕事では、なかなか達成できないような「高み」のある「目標」が設定されますからね(笑)。しかも、面白くなくてもなかなかやめることはできません。しかし、今後は自由度が増えるわけですから、もう少しゲーム的な感覚で低い目標を適度に設定し、真剣な中にも遊び心を持った視点から仕事ができてもよいのではないでしょうか。

 

もちろん、成果に無責任であってはいけませんが、組織が設定した目標に至るまでの細かな目標は自分で設定してもよいはずです。自分の能力を最大限発揮するためには、前述した通り、組織のリズムではなく自分のリズムや体調、環境に合わせて仕事をしていくことが重要です。自己マネジメントが浸透していく世界では、従来の終身雇用の概念は完全に消えていくことになるでしょうね。

 

ビジネス勝ち組は「個人の幸福感」を満たす

 

WORK MILL:つまり、テクノロジーの進化によって、より個人を大切にする思想が日本人にもたらされる、ということでしょうか?

 

冲方:その通りです。そして、今後は企業側も、より個人をフォローする役割を担うようになるはずです。テレワークで自宅を使用するなら電気代を含めて経費を負担するのもいいでしょうし、仕事などで個人が精神的に悩んでいる際に気遣ってくれる存在であってもいいでしょう。

 

重要なことは、「個人の幸福感」なんですよ。環境の選択でいえば“住みにくいところには住むな”ということです。実際、組織の中にいることで所属欲求自体は満足させられたとしても、自主性が求められる働き方の中では、もはや所属するだけでは自己実現という幸福を満たせません。個人の幸福なんですから、個人が発見しなければいけないはずです。

 

WORK MILL:自分の幸福に対しても他人の幸福に対しても敏感にならざるを得ないわけですね。

 

冲方:その点、AIは人間の「幸福感」までは判定できません。幸福感を数値化するのは難しい。だからこそ、今後は「幸福感」こそ、ビジネスの指標となるでしょう。これまでは日本の産業主体は「工業」でした。金融業も成長し、「利便性」は向上しました。ですが、これからは個人個人の生活シーンをより快適に社会生活とフィットさせる、楽器で言えば「調音」する商品や、サポートするサービスが重要になるはずです。どれだけ満足してもらえるか、幸福感を感じてもらえるかがビジネスの鍵になります。

 

これからの商品やサービスは、場合によっては「国」を超えて、それぞれの「個人」が抱く幸福感を満たすことでなければなりません。そのためには、相手との障壁を取り去って、相手を認めなければいけない。ビジネスとは、人間個々がそれぞれに「幸福の形」があることを肯定することから生まれてくるものになるのですから。

 

2020年9月8日更新
取材月:2020年3月

テキスト:丹 由美子、野辺名 豊
写真:鷲崎浩太朗

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