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子どもにとってあそびと制約は両輪だ - ジャクエツ・徳本達郎

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。

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狭い場所をくぐる、障害物を飛び越える、不安定な場所でバランスを取る―「あそび」はさまざまな制約を伴う営みだ。それは子どもの創造力を触発し、やがては「人生を生き抜く力」の源になる、と株式会社ジャクエツの徳本達郎社長は語る。子どもを育てるための、種々のプロダクトを生み出してきた老舗企業は今、あそびの先に広がる「未来」を見据えている。

1916年、福井県敦賀市で誕生した「早翠(さみどり)幼稚園」が、ジャクエツの出発点だ。創業者の徳本達雄は、園児のために教材やあそび道具を手づくりで製作していたという。それから100年余り、ジャクエツは遊具製作をはじめ、公共施設やランドスケープの設計など、「あそび環境」づくりをトータルに行うトップシェア企業へと発展を遂げた。

ジャクエツには、長い歴史のなかで培われた蓄積に加え、最先端の知見がある。同社の研究所「PLAY DESIGNLAB」においては教育学・デザイン学・建築学など、さまざまな分野の専門家との連携がなされ、絶えず新しいあそびの世界がつくり出されている。

それでも ― と、現在の代表取締役社長である徳本達郎は語る。

「あそびは、定義が困難なテーマです。それは『自由』の難しさと似ているように感じます。自由は、不自由があって初めて意識されますね。あそびもまったくの空白の場では発生しづらい。越えたくなる段差、隠れたり見つけたりする物陰、こちら側とあちら側。そうしたものがあそびを生み出すのです」

あそびは制約が触発する営み

徳本は、これを「見えるものと見えないもの」というキーワードで言い表す。その境界に立つことは大人社会の予行演習でもあるという。「見えないものは、探求心や好奇心を喚起します。かくれんぼをしたり、なぞなぞを解いたり、難しいことに挑戦したり。その経験は心を強くしなやかにし、困難に立ち向かう力を育みます」

その力は、近年幼児教育の世界で注目されている「非認知能力」とも重なる。対応力、行動力、集中力、協調性といったこれらの能力は、反対概念である「認知能力」のように、学力テストで数値化されるものではない。学校教育を受け始める前の幼児期が、非認知能力の最も重要な形成期になると言われている。

米国の経済学者ジェームズ・J・ヘックマンは、著書『幼児教育の経済学』で、幼児期のあそびを通して育まれる非認知能力は将来にわたって持続的な効果をもたらす、と述べている。アフリカ系の子どもを対象に、幼児教育の有無による違いを数十年にわたって追跡調査したところ、生活水準や社会適応性に、明確な差が現れているというのだ。

つまりあそびは、個人の未来を拓く鍵になると言える。そして、いま我々が生きている社会の未来を変えていく力も持っている。「今後、社会はいよいよ不透明性を増していくでしょう。そこでは既存の正解の『外側』を見る能力が欠かせません。これもまた、『見えないもの』の世界です。次代を担う子どものなかに、その力を育むことが私たちの目指すところです」

その理念のもとにつくり出される、ジャクエツの遊具の数々。開発過程には、異なるふたつのアプローチがある。一方はデータやエビデンスに基づき、論理的に有効性を組み立てていく手法。他方は芸術性や偶然性を重視し、自由な発想のもとで創出していく手法だ。

ジャクエツでは、早翠幼稚園をはじめ、協力関係にある幼稚園や保育園と連携して、子どもに3Dセンサーを装着してもらい、起床や睡眠時間、身体活動などのデータを収集している。その膨大なデータを分析し、遊具の形状や配置を最適化していく

ー「PLAY COMMUNICATION」は子どもの成長に必要な5要素の習得をトータルに促す総合遊具。移動やバランスで培われる身体能力、友達とのコミュニケーションや譲り合いで生まれる社会性、どう遊ぶかを考え、選択決定する過程で育つ知的側面、難度の高いあそびにチャレンジして鍛えられる精神、そして解放感あふれる「熱中」の時間は、情緒の安定をもたらす。

「幼稚園では、いちばん人気の遊具を園庭の奥に配置し、移動による運動量を増やすといった工夫のほか、時間軸も視野に入れて考えます。例えば、あそびの序盤で『感覚の共有』があると、子どもの気分が一気に活性化するというデータがあります。そこで『DONUT』というリング形の回転遊具を手前に配置。最初にみんなでグルグル回れば、熱中スイッチをONにできます」

奥に設置されているのは、「PLAY COMMUNICATION」という大型遊具。これは非認知能力を向上させるという明確な目的と論理をもってつくられている。「さまざまな難易度の機能が備えられており、子どもは自分の身体能力と相談しながら使い方を選びます。『これは難し過ぎるかも?』という制約に突き当たっては乗り越えるなかで心身双方が成長し、『細い通路で友達を先に通してあげる』といった場面では、思いやりや協調性も育まれます」

もう一方の自由で直感的なアプローチでは、どのような遊具がつくり出されているのだろうか。代表例として挙げられるのは、丸餅のような不思議な形状の「OMOCHI」。この遊具、大人から見るとどう遊ぶべきものなのか、少々判断に迷う。「ところが、子どもは実に多様なあそび方を考え出すのです。ゴロンと寝転んだり、側面をよじ登ったり、ぴたっと張り付いたり。『こう使うべし』という情報の手助けが少ないほうが、子どもの創造性が存分に引き出されるようです」

OMOCHIはプロダクトデザイナーの深澤直人が「アフォーダンス」の考え方を意識して生み出した遊具。アフォーダンスとは、モノや環境が、それを見た人に使い方を想起させること。遊具をつくるうえで最も重要な概念だ、と徳本は語る。「OMOCHIで言えば、触れたくなるつややかさ、抱き付きたくなる丸み、滑りたくなる傾斜。子どもはこうしたアフォーダンスを感じ取る天才です。地面にたった1本のラインを引いただけでも、それをゴールに見立てて走り出す。子どもは何でもあそび道具にするのです」

ー深澤直人のデザインによる「YUUGU」シリーズのひとつ「OMOCHI」。中央の階段を上り、反対側のスライダーを滑り降りるという一般的な滑り台の機能は持っているが、子どもは湧き上がる直感のままに、側面をよじ登り、そこを滑り、全身でOMOCHIの形状を体感し確かめようとする。子どもたち一人ひとりが思い思いにこの遊具を使うことにより、新しいあそびが創発されていく。

大人が失ってしまった感覚

大人は遊ぶとき「あそび道具」として指定されたモノを用い、それ以外のモノとの間に無意識の境界線を引く。それは、つくり手が気を付けなくてはならないバイアスだと徳本社長は指摘する。「子どもは『これは遊具か否か』などとは考えません。あらゆるものにあそびを創出するボーダーレス感を忘れないこと。これも私たちが大事にしている視点です」

あそびを創出する子どもは、あそびのなかでさらに新しく「制約を創出する」と徳本は語る。「子どもが集まると、年齢や身体の大きさに差があって遊びづらい、という場面がしばしば出てきます。すると、子どもは小さい子のためにハンデを設けたり、その場限定のルールをつくったりと、オリジナリティあふれる制約をつくり出すのです」

創意の原動力となるのは、共感と思いやり。これもまた、あそびが育む非認知能力の大事な要素だ。その能力を養うため、ジャクエツグループのモデル幼稚園や保育園においては年齢の違う子ども同士が遊ぶ場を多く取り入れている。「面白いのは、それぞれの場面でしばしばリーダー的な子が現れ、皆が楽しく遊べるしくみを巧みにつくる、ということです。思いやりはリーダーシップとも緊密につながっていることに気づかされます」

こうした発見は、大人にも数多くの示唆を与える。この一年、コロナ禍によってあそびという営み自体が厳しい制約を受けた。そのなかでも見過ごせない一要素が、大人の都合によるあそび場の侵食だと徳本は語る。

「外で遊べず、家で遊ぶしかないところに『リモートワーク』という形で大人の仕事が入り込みました。企業が子どものあそび場を奪っているこの状況は、早急に解決されなくてはなりません。子どもが、自分より小さい子を思いやるように、大人もこの最大級の制約下で新たなルールを編み出すべきではないでしょうか。親が子どもの、企業が家族のあそび場を確保する。そのアイデアの創出が、私たちをはじめ、すべての大人に託されていると思います」

-徳本達郎(とくもと・たつろう)
1963年、福井県敦賀市生まれ。86年に若越(現ジャクエツ)に入社。2004年専務取締役を経て06年より代表取締役社長。質の高いあそびの環境をデザインすることで、子どもの成長とともに大きく花開いていく「未来価値」を創造し続ける。

2021年7月28日更新
2021年3月取材

テキスト:林 加愛