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たとえ危機と共存しても私たちが歩むべき道 ― ジャック・アタリ

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)からの転載です。


WORK MILL:2020年に刊行した著書『命の経済』(原題:L’économie de la vie )では、感染症の押さえ込みに失敗した中国や世界の「初動の遅れ」を厳しく批判されました。そのうえで、人々の「命」を最優先する経済システムへいまこそ転換すべきと提言されています。

ジャック・アタリ(以下、アタリ):各国で経済政策が十分に議論されないまま、「命の経済」に焦点を当てた支援もなされず、然るべきことが実行されないまま時間だけが過ぎました。まるで、全身が麻痺してしまったような完全な昏迷状態に陥ったのです。残念なことに、数カ月前の著書で分析した内容や言葉に訂正すべき点は見当たりません。

世界にはいまだマスクや呼吸器具など必要不可欠な物資の準備、ウイルス検査体制が不十分な地域があり、ましてやワクチン接種はほとんど追いついていません。困難な立場にある人たちを救う経済への変換がなされていないのです。

WORK MILL:第5章の「最悪から最良の部分を引き出す」というメッセージは、いまの私たちが学ぶべき態度です。最悪の現状から「最良」を引き出すには?

アタリ:まずは、過ちを繰り返さないために学ぶこと。警告者の声に耳を傾ける必要があります。現在のようなパンデミックが起こりうることは、すでに20世紀には予見されていました。私だけでなく、世界中で多くの人たちが警鐘を鳴らしていましたが、パンデミックへの準備はなされませんでした。

国家レベルでは、過去の過ちに学んだ韓国(09年、新型インフルエンザ「H1N1」に約75万人が感染、263人が死亡)は、当初から万全の準備をしていたと言えます。約5,200万人の国民に対し、COVID-19の死亡者は1,700人台にとどまっているからです(21年4月上旬現在。日本の死亡者数は9,000人台)。私たちが学ぶべき教訓は「脅威を認識し、最善の行動をとること」の重要性です。さらに「最良」を引き出すには、やはり「命の経済」へ方向転換していくことを決意しなければなりません。

WORK MILL:具体的に、どんな行動変容がなされるべきでしょうか。

アタリ:将来の私たちの社会を脅かす可能性がある自動車や化石燃料、プラスチックといった分野に対し、これ以上、無駄な投資をやめることが肝心です。 そして、健康、教育、研究、疾病予防、衛生、食糧、農業、再生可能エネルギー、エコロジー、都市インフラ、流通、安全、民主主義、情報とメディア、女性の地位向上……こうした分野に向かって指針を出していくこと。それには当然、これまでの企業のあり方にも大きな変化が求められます。

さまようことを恐れない勇気をもて

WORK MILL:パンデミック後の世界における「未来の企業像」について伺います。例えば、遅々として進まなかったテレワークが日本企業でも浸透を見せました。

アタリ:これからの企業は「人と人が出会う場」として普遍的な機能性を保ちつつ、テレワークにも適応しないとなりません。しかしながら、テレワークだけでは企業活動が成り立たないのも確かです。オフィスに行く魅力がなくなれば、スタッフのロイヤルティ(忠誠心)が失われ、共に働く意欲も削がれてしまいます。こうしたロイヤルティの損失は、企業にとって大変危険です。

WORK MILL:これからのオフィスはどのような空間であるべきですか?

アタリ:オフィスが「勤務する意欲を与える場」となるには、ホテルと同等の環境価値を持ち合わせないとなりません。私は、観光業の未来は厳しいと見ていますが、観光業の一部を担う「ホスピタリティ」には大いに将来性を感じます。今後の企業、あるいは病院や公的機関などの場において、ホスピタリティの専門知識を最大限に有効活用できるからです。オフィスがヒエラルキー(階層)の場ではなく、「創造の場」であることも大切です。出会いや創造性、討論や議論、帰属意識を実感させる場になることです。

WORK MILL:著書にある「ほとんどの創造性は、偶然の出会いや不意の会話から生じる」との分析にうなずきました。個人が創造的な思考を養うための助言はありますか?

アタリ:私の好きなことわざに「人生の歩むべき道を尋ねるなら、間違った道を教える人を探したまえ。迷うことで新しい道が見つけられるからだ」というものがあります。固定され、繰り返される単調な仕組みからでなく、さまようことで新しい物事を発見する姿勢が大切なのです。迷うことを恐れない勇気をもつ。素直に何かを鵜う呑のみにするのでなく、疑うこと、リスクを負う態度を身につける。

そうやってイニシアチブをとって新たな見解を切り開く人たちが、家庭や学校、あるいは企業のなかで、罰せられたり、責められたりすることがあってはなりません。仮にその創造性が間違っていたとしても、発言や実行したことが賞賛される社会になるべきでしょう。

WORK MILL:これまで、アタリさんは「自己を監視する」効果を肯定的に捉える発言を重ねてきました。「自由になるためには、各自が自己をできるだけ正確に知ろうと関心をもつ姿勢が重要である」と。

アタリ:いまから40年以上前、私は「自己監視」について著述しました。自分自身を知っておくことは、自由を獲得する重要な道具になりえます。自己の健康状態、知能レベル、精神状態などを把握することは、自由になるための有効なテクニックです。しかし、同時に危険を伴うことに注意しなければなりません。

肥満防止や仕事の進捗管理といった目的での「自己監視」ならばともかく、いったん外部からの影響下に置かれてしまうと、自己の内部が次第に奴隷化されていき、危険な状態に陥ります。重要なのは「自分に対して、絶対に嘘をついてはならない」という原則です。

WORK MILL:その指摘は、過労死やメンタルヘルスの不調といった、労働にまつわる問題と大いに関わる内容だと感じます。

優れた組織は、将来の世代や女性の立場に関心を寄せる

WORK MILL:これから日本でも「ジョブ型雇用」などが進み、プロジェクト単位でワーキングチームを組む働き方も増えていくことが予想されます。例えば、フリーランスの立場で働くワーカーたちへの提言などはありますか?

アタリ:私はよく「音楽」にたとえて未来を予見します。音楽家はソリスト(独奏者)でありながら、不定期のコンサートへの参加や複数のオーケストラに所属するケースがあります。フリーランスも同様に、ソリストでありながら複数でしか演奏できないクラシックやジャズの演奏に参加することができるのです。

フリーランスは相手にとって有益でなければ失格です。しかし、私は「才能は仕事を介して磨かれる」と信じています。それを理解したうえで、互いの専門知識を共有しながらプロジェクトで他者と協働すれば、自らの才能を成長させられるのです。中期・長期的な計画を立てる必要性もさることながら、相互依存的なネットワークの構築がいちばん大切です。ひとりでは成功できません。

WORK MILL:それは、今日までに多くの場面で主張されてきた「利他主義」とも関連しますか?

アタリ:真の利他主義のためには、クライアントや他者にとっての自分が「有益な存在である」と認識できることが必要でしょう。そのことで、引いては「お互いが欠かせない存在である」と確信できます。将来の社会では、ますます個人と個人がつながっていく傾向が進むでしょう。大手企業が安泰とは思えません。

WORK MILL:日本企業は、どんな役割を果たすべきだと考えますか。

アタリ:私が提唱する「ポジティブ経済」の実現には、「長期的かつ持続的な経済」「持続的なエコロジー」「持続的な賃金」「マイノリティーや女性の立場に配慮する持続的な統治」といった持続性の4本柱が必須の条件です。企業も国家も、こうした持続的な環境を整えることで、ようやくポジティブな存在になります。私が代表を務める財団では、数年前から企業のポジティブレベルを測定していますが、残念ながら日本企業のランクは低いままです。

日本には世界レベルでリーダーシップを取れる優秀な企業がたくさんあります。彼ら自身が担うべき役割も多いですが、外部からの才能を受け入れ、革新的であり続けることです。さらに、長期的なプランと革新性のバランスも求められます。優秀な企業とは、将来の世代に関心を寄せる組織にほかなりません。

さらに、日本における最大の課題は、社会における女性の立場の弱さにあります。今日では日本社会がもっている半分の知識や才能、創造性がまだ発揮されていないと言えます。出産・育児休業への手厚い保障、さらに父親への手当といったグローバルなレベルの基盤確立がなされることで、女性の社会的立場が尊重されるでしょう。

パンデミック後の世界は、それ以前の姿に戻らない

WORK MILL:最後に、人類共通の「エコロジー」という課題を伺います。企業や個人に課される義務やミッションをポジティブに捉えながら、直面する危機をチャンスへ変えていくために必要なことは何でしょう?

アタリ:先ほど、私たちの財団が企業のボジティブレベルの指標を測定するテクニックとノウハウがあることを申し上げましたが、これは企業を内部から詳細に解析する緻密な作業に基づくものです。例えば、いまから20年後に完全な「カーボンニュートラル」を実現するためには、これからの企業は、徹底して無駄を排した生産・消費・再生の総合的なプランを策定し、気候と生態環境の問題にたえず関心を寄せてアクションに移していく必要があります。

エコロジーの課題だけに甘んじてはなりません。生態環境は「命の経済」のひとつのパーツですが、その周辺を取り巻くものへの総合的なビジョンが必要です。社会と統治全般にまつわる問題の解決に着手していくべきです。

WORK MILL:パンデミックを体験したいま、目の前の危機に「打ち勝つ」のではなく、私たちは「共存」することを覚えないといけないのでしょうか。

アタリ:たとえ危機と共存することになっても、たえず「その先」を生きていくことです。障害物だけに気を取られて乗馬やスキーをしていても、まるで技術の向上は見込めません。私たちは、前を向いて進むのです。ただし、パンデミック後の世界は、それ以前の状態には戻れないことを決して忘れてはなりません。危機と共存しながらも、その状況から迅速に脱するため、成せる術をすべて実行していくことが必要です。

-ジャック・アタリ
1943年、アルジェリア生まれ。経済学者、思想家、政治諮問、文筆家、音楽家。フランスのミッテラン元大統領の経済顧問を務めた後、欧州復興開発銀行の初代総裁など要職を歴任。マクロン大統領は「アタリ政策委員会」の元報道官。80冊以上の著書は、22カ国語に翻訳されている。

2021年6月2日更新
2021年4月取材

インタビュー・テキスト:浦田 薫
編集:神吉弘邦