働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

職場ストレスを味方にする秘訣 ― ケリー・マクゴニガルが語るレジリエンス

―Photo by Mark Kuroda

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)に修正・加筆しての転載です。

***

「不快なものを避けようとするより、それが何を意味するのかを考えるほうが健康にはいい」。これは、ケリー・マクゴニガルのTEDトークに出てくる言葉だ。不快なものとはストレスのこと。そこから逃れようとあがくより、その意味を探ったほうがいいというのだ。先の見えないパンデミック下において、われわれが抱えるイライラと無力感にどう対処すればいいのかを聞いた。

日々の仕事や生活のなかでストレスに悩まされている人は少なくないはずだ。実は、ストレスはふたつの段階でできている。実際のストレスと、それをどう感じるか、だ。マクゴニガルが本格的にストレスの研究に取り掛かったのも、その違いを知ったのがきっかけだった。

それは1998年に行われた研究結果から学んだものである。アメリカで3万人の成人を対象に行われたこの研究では、参加者にふたつの質問が出された。「ストレスを感じているか」と「ストレスは健康に悪いか」だ。そして8年後の追跡調査において、亡くなったのはどんな回答をした人だったのかを調べた。その結果、強いストレスを受けていた参加者のなかでも「ストレスは健康に悪い」と感じていた人たちの死亡リスクは、そう感じない人より43%も高まっていたのだ。

さらにこの研究には、ストレスは敵だという定説を覆すのに十分な発見もあった。それは、強度のストレスを感じていても、「健康に悪い」と考えていなかった参加者に、死亡リスクの上昇が見られなかったということだ。つまり、強いストレスがあってもそれを前向きに捉えていた人々は、自分の健康を脅かされなかったということになる。

ー ケリー・マクゴニガル
1977年生まれ。専門は健康心理学。ボストン大学で心理学とマスコミュニケーションを学んだ後、スタンフォード大学でヒューマニスティック医学を研究、博士(心理学)を取得。同大学で講師を務め、最も優秀な教職員に贈られるウォルター・J・ゴア賞をはじめ数々の賞を受賞。(Photo by Mark Kuroda)

別の研究結果もある。それは、自分の人生に高い満足度を感じている人は、実はストレス度が非常に高いということ。しかも、彼らのストレスは鬱うつ状態の人が感じるものよりずっと強いこともわかった。このふたつの研究が物語るのは、健康を左右するのはストレス自体ではなく、それを本人がどう感じるかだということである。

マクゴニガルはそれまでの10年間、教壇や講演で「どうストレスを解消するか」ばかりを説いていた。だが、これらの研究結果によって見方をすっかり変えることになる。マクゴニガルが説くストレスを友とするアプローチは、多くの人々の共感を得て彼らを変えてきた。「最初は、非常に奇異な目で見られました。抵抗もあったくらいです。けれども、いくつもの科学的な証拠が徐々に出されました」。

マクゴニガルは今、「サイエンス・ヘルプ」のリーダーとされている。これは「セルフ・ヘルプ」をもじった表現で、科学的根拠を信じるということだ。ストレスを回避しようとすると心拍数が高くなり、血管は収縮する。しかし、「ストレスは自分のためになる」とポジティブに反応すれば、心拍数は上がったとしても血管はリラックスしていて、心臓血管系の状態は勇気や喜びを感じるときに似た「よい状態」に置かれることがわかっている。

「実際にこうした生体的反応が血管や脳に現れるのは励まされることです。自分の体に何が起こっているのかを直接に感じてほしいと思います。同時に、他人の話や経験談にも耳を傾ける。こうしたすべてが自分を助けるリソースになるのです」

ストレスフリーの人生などない

とは言え、ストレスをポジティブに捉えることなど本当にできるのか。例えば、日本ではストレスの最大原因は対人関係にあるとされる。相手は変えようもないのではないか。「ストレスを感じるのは、そこに自分が大切にしているものがあるからです。職場に嫌な人物がいてイライラすることもあるでしょうが、それは小さなこと。真のストレスは、自分の仕事の機会や「責任を全うする」という大切なことが危険にさらされているという認識です。ですから『制御不可能な攻撃に襲われている』という意識を、『自分の関与方法や環境をどう変えるか』に変えることが有用です」

ー「喜びはストレスにうまく対処するリソースのひとつ」とマクゴニガルは説く。パンデミック下、彼女はオンラインのほか、企業やコミュニティー向けに屋外でのダンス・パーティーを行った。コロナ禍前に撮影されたこの写真は、パロアルトのLucie Stern Community Centerにおけるコミュニティーダンスクラスの様子。(Photo by Mark Kuroda)

そのうえで、健康心理学者の立場からこんなアドバイスをする。「ストレスを感じるのは、まぎれもなく自分の人生の意味がそこにあるからで、一歩踏み出して自分の貢献を示す機会が与えられていると捉えることもできるでしょう」。そうした捉え方は、人としてのレジリエンスにもつながる。困難な状況にもしなやかに対処できるマインドセットとはどんなものなのか。「まず、ストレスは人生にはつきものだと捉えること。ストレスフリーの人生など、ただのファンタジーです。ですから、自分の人生が間違っているとか、手に負えないとは考えないことです。

そして、嫌な感情を避けるのではなく、意味ある方法でどう関われるかを考える。嫌な感情から逃げ出そうとアルコールに逃避したりすることも多いわけですが、レジリエントな人々は、その瞬間、瞬間でいちばん大切なことをやろうとします」レジリエントな人間のもうひとつの大切な特徴は、自分自身でストレスに対処すべきときと、周りに助けや協力を求めるときの見分けができることだ。「自分でストレスを解決して自信をつけようと考えるかもしれませんが、必ずしもそれがいい方法とは限りません。困難な課題に挑むとき、他者とチームを組むべきときがあるのと同様です」

こういう自己変革は、たとえ一気にできなくとも少しずつやっていけばいいと言う。「自分の経験を注意深く見守り、即座に批判的になったり、決めてかかったりしないことです」。

組織自体が成長する糧になる

マクゴニガルによると、ストレスに対するマインドセットは、組織内で「伝染する」。ストレスを力に変えるアプローチをとれば、周りの人間にも影響し、集団的レジリエンスや組織的な成長につながる。より具体的な対処として、アメリカ企業は従業員のワークライフ・バランスをサポートするために家族のケアの時間を認めるなど、仕事以外のストレス軽減に努めているという。これは企業制度の部分だが、より内面的なサポートとしては、マクゴニガルのような心理学者に従業員が相談できるようにしている。COVID-19のパンデミック下、彼女は医療従事者や保健機関のスタッフの話を聞き続けているという。彼らのストレスは、ミッション自体から生まれるものだ。解決自体は難しくとも、ストレスを「語れること」の効果は大きいという。

勇気とつながりと成長。人間に備わったこうした本能を使って、人間はストレスに対処することができるというのがマクゴニガルの確信だ。そして、このパンデミックが社会にもたらす変化は、非現実的なほどに楽天的なものではないにしても、私たちに変革と成長の機会を与えてくれると考えている。

2021年7月7日更新
2021年3月取材

テキスト:瀧口範子


著書紹介  『スタンフォード式 人生を変える運動の科学』(大和書房)

ベストセラー『スタンフォードの自分を変える教室』シリーズ最新刊では、心理学、神経科学、人類学の知見をもって「運動と幸福」のメカニズムを解き明かす。コロナ禍では体の健康だけでなくメンタルヘルス維持のためにも「体を動かすこと」の重要性がわかる。