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働き方研究者がおすすめするビジネス書 ― VUCA時代に読むべきマネジメント編

はじめに

「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。

働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで考えるべきテーマをもとに、参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。 

今回のテーマ : 「VUCA時代に読むべきマネジメント」に関する書籍

『イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』

著  クレイトン・クリステンセン
発行 翔泳社 2001年7月3日

この本のおすすめポイント

「今まで好調だった経営が失敗につながる理由」 が書かれている。

  • ベンチャー(破壊的製品)はなぜ、大企業には育たないのかを解説       
  • 破壊的技術が最初に商品化されるのは、一般にどんな市場や規模なのか考える 
  • 企業にとって良い顧客は、従来ヒット商品と新商品のどちらを選ぶか説明   
  • 破壊的技術の商品市場はなぜ収益性を低くしなければいけないのか解明する  
  • 「顧客要望を意識して商品開発する。」ことが本当に正しいのかを分析している

本書の副題のように、市場を独占していた企業の従来商品が、新商品に市場を奪われてしまい、その市場から従来商品が退場するといったことはよく聞きますよね。 

日本の薄型液晶テレビが韓国の有機ELテレビに、ソニーのウォークマンがアイポッドナノやiPhoneへと。これは市場を確保していた「持続的イノベーション」が「破壊的イノベーション」によってたどる運命と言えます。下位メーカーが上位メーカーに挑戦して上位メーカーになった時には、高品質、高収益の分野から、単純機能、低収益の下位機種への再挑戦は出来ないというロジックです。上位メーカー商品は、品質、機能、収益の向上を目指して顧客が必要とする以上の、ひいては顧客が対価を支払おうと思う以上のものを提供してしまうのです。

さらに重要な点として、破壊的技術の性能は、現在は市場の需要を下回るかもしれないのですが、明日には十分な競争力を持つ可能性があるという事です。この本では、そのような破壊的イノベーションの実態と事例を多数取り上げ、「大企業でベンチャーは育たない」組織的、製品的理由も解説しています。 

イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』の読後感は?

本文では実際の企業事例をいくつも挙げて解説しています。解説は全てもっともなことです。しかし、実際の企業がこれらを正しく実行しているかというと疑問を感じます、そこに企業経営の課題と難しさがあり、判っていても組織として実行できないのです。 

この本の監修担当の玉田俊平太氏が最後の「解説」に載せている文章を引用します。 

クリステンセンの命題はこうだ『偉大な企業は全てを正しく行うが故に失敗する。』 著者は、なぜトップ企業が顧客の意見に熱心に耳を傾け、新技術に狂ったように投資したにもかかわらず、なお技術や市場構造の破壊的変化に直面した際に市場のリーダーシップを失ってしまったのかについて説明をあたえます。

理屈が判っていても実行できないのが人間の性なのかもしれませんね。  

『世界標準の経営理論』

著  入山 章栄
発行 ダイヤモンド社 2019年12月11日

この本のおすすめポイント

  • この一冊で経営理論の入門書として全てを網羅しているといっても過言ではない
  • 経営の理論と手法を多く知ることにより健全経営のヒントを見つけられる   
  • 経営目標と理論の整合性を確認するための企業経営の教科書として活用できる 
  • 組織の行動原理を知り、人の合理的、非合理的な行動と心理を知ることができる
  • 経済学、心理学、社会学の三つから見た経営学を論じた貴重な一冊である

世界の経営者や経済学者が認めた主要経営理論30を、完全網羅した解説書となっています。「経営理論の主な目的は『どのように』(how)『いつ』(when)そして『なぜ』(why)に応える事である。」と述べて、それぞれの経営理論を分類、整理してあります。「経済学」「社会学」「心理学」から成る3つの学問体系に分類し、第1部から第6部までの42章で構成しています。各部の最初には、紹介している経営論の概要が記載され自分が知りたい理論がどれなのかも記載されています。 

本文では学問書にありがちな難しい言い回しではなく、現実社会で決断を下していかなければいけない課題に対して、図や表を使って具体的に説明しています。関係部署や協力会社との付き合い方、人脈の広げ方、上司や部下との交流の仕方、新企画を進めるかどうかの判断基準、顧客とのコミュニケーション、競合相手とのコンペ、そして会社を辞めるか辞めないかに至るまで、実務的な事例を挙げながら解説しています。 

「経営理論」は、ビジネスパーソンの考えを深め、広げるための「柱」となるものです。企業規模、業態、業種、経営方針に合った、あなたの企業独自の「経営論」が見つかるはずです。 

約800頁に及ぶ書籍ですが、気になる経営論や考え方を見つけやすいように索引が組まれています。一遍に全部を読み通すのではなく、手の届く身近な場所に置く座右の書として【参考書、辞書として】好きな時に必要と思える部分から読み込んでいくことができますので身近で活用することをおすすめします。 

世界標準の経営理論』の読後感は?

経済や経営に関する読み物は、書店の店頭に新刊書が置いてない日は無い昨今ですが、経済学、心理学、社会学を総合的にまとめた経営学の書籍は見たことが有りませんでした。まして私のように設計をメインとしてきた人間にとっては、これらの題材は取っ付きにくく「ゲーム理論」のように数式が数多く出てくるような理論はもってのほかです。

しかしそんな読者にも経営学を分かり易く解説しているのが本書です。本の厚みに恐れをなして遠ざけてしまいそうですが、一気読みしなくても良いので章ごとに根気強く読み込んでもらい、企業運営や監理、組織のマネジメントに携わる人からオフィスの構築、管理に関わりのある人まで活用できるのではないでしょうか。内容の濃いコストパフォーマンスに優れた価値ある一冊ですので、幅広い人々にぜひとも読んでもらいたい書籍です。

 

おわりに

私がオフィスプランニングの世界に足を踏み入れたのは、米国海軍のスタンダードで作られた灰色机の時代でした。それから50年、自分の座る場所が有れば良かったオフィスから、今では効率性、機能性、生産性、創造性、快適性、安全性などは当たり前で、かつ知識創造空間の提供が求められ、企業経営を反映し理念にあったオフィス構築が求められます。そして働く人々の意識は大きく変わり、時代の変化と価値観の違いで「働き方」も変化、「コロナ感染症」という世界的な要因も加わり企業の経営課題は山積しています。 

今回の書籍紹介では、企業経営の理解に応えられるような基礎知識として経営理論、イノベーションに関する本のご紹介をさせていただきました。コロナ禍で在宅勤務が推奨される世の中となって働く環境は大きく変化しています。そうした「働き方」を考える上で、経営理論の基本を理解し考えていくことが重要だと思います。

著者プロフィール

ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わりクライアントと一体となる空間づくりを心掛け支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。 

2021年6月8日更新

テキスト:田尾悦夫
イラスト:前田豆コ