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持続可能な社会をつくるために、企業・組織ができること ー Designing X in new normal age #3

新型コロナウイルス感染症の拡大は、人間と自然の関係性を問い直すきっかけとなりました。SDGs(持続可能な開発目標)への関心は一層高まり、多くの組織が環境への負荷を減らす持続可能なビジネスへの転換を試みはじめています。個人としても地球にやさしいプロダクトを購入するなど、普段の行動を変えた方もいるのではないでしょうか。

2020年11月24日(火)、産総研デザインスクール主催で「Designing X in new normal age」を開催しました。全5回のシリーズのうち、3回目となる今回のテーマは「サステナビリティ」です。

上智大学グローバル教育センターで講師を務める山﨑瑛莉氏より持続可能な開発の変遷を紐解いていただいたうえで、スウェーデンのストックホルム大学 ストックホルムレジリエンスセンターでプログラムディレクターを務めるSarah(サラ)氏よりサステナビリティの根幹にある考え方や、グローバル企業におけるサステナブルなビジネス事例をご紹介いただきました。

山﨑瑛莉(やまざき・えり) 上智大学グローバル教育センター 講師
東京生まれ、2006年立教大学法学部卒業。2008年立教大学大学院博士前期課程修了、2015年上智大学大学院博士後期課程単位取得退学。修士(文学)(立教大学)。2013年より東京大学大学院教育学研究科特任研究員。2015年上智大学グローバル教育センター特任助教に着任、2020年10月より現職。専門は開発教育・持続可能な開発のための教育、比較教育学、アフリカ地域研究。参加型学習・主体的な学びと実践の過程を、国際協力や地域における教育の分野で研究している。開発教育協会、日本比較教育学会、日本国際理解教育学会、アフリカ学会等の研究会・学会に所属。地球的諸課題の解決・持続可能な社会づくりを目指した、 教育カリキュラムの開発/ 指標開発・評価/ グローバルシティズンシップ育成のための実践研究を行う。

Sarah Juhl Gregersen  ストックホルム大学 ストックホルムレジリエンスセンター※1 
デンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」卒業後、英国ポーツマス大学でエシカルリーダーシップの修士号を取得。Genius Of Life創設者。ストックホルムレジリエンスセンターにてプログラムディレクター・ラーニングデザイナーを務める傍ら、サステナビリティ ・コンサルタントとして企業やNGOの間でCSR戦略の策定やパートナーシップを促進。製品中心の経済から循環型経済への転換と戦略に主眼を置いている。2013 年、デンマークを代表するビジネス紙で、デンマークのビジネス界で最も才能ある100人の一人に選出される。

※1ストックホルム大学 ストックホルムレジリエンスセンター
レジリエンスと持続可能性の科学に関する国際的な研究センター。2007年、ストックホルム大学とスウェーデン王立科学アカデミーの共同イニシアチブより発足し、人類が直面する複雑な課題に対処するための世界をリードする科学センターへと発展している。前センター長のヨハン・ロックストレムにより提唱された「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」はSDGsの基盤となった概念として知られている。

「経済的豊かさ」への疑問

イベント冒頭では山﨑氏から、SDGs(持続可能な開発目標)の背景にある考え方、そして持続可能な開発の変遷を共有いただきました。

山﨑:SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)の主なテーマは貧困削減でした。要するに、先進国が途上国の人々を支援し、途上国と先進国の格差を是正するというもの。しかし人口増加、都市化が進むことで、同じ途上国内で経済格差が生まれたり、先進国でも都市部と地方とで格差が生まれるようになりました。対応すべき課題が、一つの国のなかでも多様化したのです。

世界で起きるさまざまな課題を背景に、これから目指す未来の世界を示したのが2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」でした。その中核を成すのが、2030年までに達成すべき17の目標を掲げたSDGs(持続可能な開発目標)です。

これまでの社会では多くのモノを所有すること、つまり「経済的豊かさ」が豊かさだと捉えられてきましたが、工業化が進むにつれて環境問題、雇用の格差や人権問題など次々に問題が出てきました。ここで私たちは「経済的豊かさは本当に豊かなのか?」と疑問を持つようになります。今、まさにコロナの影響で人々の豊かさの定義が変わってきていますよね。開発の先に、どのような社会、未来を描くかを考えなければいけません。

有限な地球で続けられる社会と経済を

世界が向かうべき未来を見据えるのと同時に、「私たちは資源が有限な地球に住んでいる」という視点が欠かせないと山﨑氏は言います。

山﨑:持続可能な開発とは、環境・社会・経済の3つの視点に立ち、現在の世代も未来の世代も豊かに発展することです。そこには、私たちが暮らす地球環境は有限であるという前提があります。

地球の限界を示す「プラネタリー・バウンダリー」という概念があります。気候変動やオゾン層の破壊、生物多様性といった地球の環境容量を代表する9つのプラネタリーシステムを対象として取り上げ、今の地球でどの範囲で人類が安全に活動でき、次の世代にどれだけの資源を残せるのか、その境界線を把握するための重要なレポートです。9つの項目のなかには、すでに境界を超えているものもあります。私たちはある資源が有限である地球環境のなかで、持続可能な形で社会・経済を成長させる必要があるのです。

付け加えておくと、現在の世代が我慢することで次世代への豊かさを残すことが持続可能性だと捉えられることがありますが、それは違います。今を生きる私たちも幸せで、かつ次世代に対して負担をかけないこと。それを実現するために、イノベーションや発想の転換が求められるのです。

企業のビジョン実現のためにSDGsを活用する

持続可能な開発の定義や豊かさが変化していくなかで、企業はどのようにして持続可能な未来に貢献できるのでしょうか。実例を踏まえて紹介していきました。

山﨑:企業は社会に対して何かしらのサービスを提供するために存在しており、その多くはよりよい社会を実現するための企業理念を持っています。企業としてありたい姿、つくりたい社会から遡って、SDGsとどのような連携ができるかを考えることが大切です。

例1. 良品計画
企業活動とSDGsをうまく連携させた例として、無印良品ブランドを展開する良品計画のプロジェクトが挙げられます。SDGsの先駆者として知られる慶應義塾大学大学院の蟹江教授との共同研究で、『感じ良い社会の実現に向けたSDGsの戦略的実現モデルの創出』に取り組みました。良品企画の企業理念や、資産として持っている地域とのつながりを活かしながら、SDGsを絡めた商品展開を行なっています。

例2. 楽天アースモール
日常的な買い物にサステナビリティを取り込んだ事例です。楽天市場にオープンした「Earth Mall(アースモール)」では、未来の環境、社会、経済を考えて作られている商品を扱っています。サービスそのものに環境や社会への配慮を入れることで、同じ消費行動でも「環境にいい」という付加価値がついてきます。

人間中心デザインから惑星中心デザインへ

続いては、サラ氏のプレゼンテーションへ。「SDGsを研究している人で楽観的な人は少ないですが、私は楽観主義者です」と興味をひくセンテンスから始まりました。

サラ:世界中にある課題が複雑であるがゆえに、多くのリーダーは解決策を知りません。だからこそ、行動することです。2002年に国連との仕事でWSSD(持続可能な開発に関する世界首脳会議)という大きなサミットに参加した時、リーダーたちが自分の手で植物を植える光景をみて非常に感銘を受けました。どれだけ小さな一歩であっても、リーダーがみずから実行に移すことが大切です。

人間が地球の許容量を超えた生活をすることで、地球は脅威にさらされています。私たちは立ち止まって考えるだけでなく、新しい行動を起こす必要があります。生物多様性に合った形に行動を変えるチャンスだと捉えることもできるでしょう。

ビザカードの創設者ディー・ホックは、「人間の内なるエコシステムは、外の環境に与えたストレスとつながっている」と語っています。外の世界が危機に瀕している今、内なる世界を見直す必要があります。

人間中心デザインから惑星中心デザインへのシフトが求められます。自然のデザインは考え尽くされていて、そこにはゴミも無駄もありません。自然から学んで行動し、地球を支えるためにイノベーションを起こすこと。これをエシカルリーダーシップ(倫理的リーダーシップ)と呼んでいます。

日本で身近な事例をご紹介しましょう。鳥のカワセミは日本の500系新幹線のモデルになっています。カワセミに似せた形態で新幹線は摩擦なく走ることができ、エネルギー量を30%削減することに成功しました。ビジネスにおいても自然からインスピレーションを受けることは可能なのです。

私たちは地球とひとつだった

サラ:ここで、大きな文脈を共有させてください。自然は38億年前から生命を育んできました。すべての生命のうち、人類は0.01%に満たないのです。ところが人類は、哺乳類の83%を絶滅させる影響力を持ちます。

38億年という数字は大きすぎて想像しづらいので、仮に生命誕生の歴史を38年とすると、人類が生まれたのはたった2日前です。人類が生まれるまでの時間では、すべての生命体が自然と調和していました。しかし、人類は農業革命や産業革命などを経て、地球環境を脅かす存在となったのです。

人類はいま、立ち止まって開発や発展を考え直す段階にきています。私たちがデザインをするとき、技術や経済を中心に考えますが、それらは環境に依存しているのです。環境は人間にとって体のようなもので、環境を無視して技術や経済の発展は考えられません。

使う材料も、使い終わった製品もリサイクル

サラ氏によるプレゼンテーションの後半では、グローバル企業における持続可能なビジネス例を共有。廃棄物を有益な資源として活用する「循環型」プロダクトを中心に紹介していきました。

例1. IKEA
持続可能なビジネスの実例をご紹介しましょう。一つ目は、スウェーデン発祥の家具量販店「IKEA」です。IKEAは2030年までにすべての商品を循環型にすると掲げています。リサイクルされた材料を使い、自社商品も使用後リサイクルできるようにするのです。

そのコンセプトは製品のデザインのみならず、ビジネスのデザインにも及んでいます。私が携わったIKEAとのプロジェクトでは、家具貸し出し型のビジネスモデルが生まれました。ソファを一台売るよりも、一台貸し出すほうが結果的には利益を生むことが分かったのです。IKEAはモノを作って売るという製造モデルから、サービスを売るモデルに移行しつつあります」

例2. HOUDINI
スウェーデンのアパレルブランド『HOUDINI(フーディーニ)』は次の段階にいっています。ここで販売されている洋服は使用後に土へ戻し、その土で野菜を育てることができます。さらに、その野菜を使った新しいレストランビジネスが誕生しました。

サラ:製品をデザインするとき、ぜひ「ユーザーに繰り返し使ってもらえるには?」「所有ではなく共有できないか?」と考えてみてください。私たちが直面している危機は、地球と新しい関係性を築くチャンスかもしれません。

私は楽観主義者なので、シンプルに捉えます。私たちの前には、2つの道があります。惑星のロジックに合った形で自然と調和していくか、このまま地球環境を破壊していくか。どちらの道に行くべきか、私たちはすでに知っているはずです。

持続可能なコミュニティづくりを支援するには?

最後のセッションでは、産総研デザインスクールの受講生である上野氏と飯山氏が進行中のプロジェクトに関して共有し、山﨑氏とサラ氏を交えてパネルデスカッションを行いました。

受講生の2人が所属するチームでは、とある団地を対象に「誰もが寂しさを抱えない、持続的なコミュニティづくり」に取り組んでいます。2人は地域コミュニティを外側から支援する立場。支援する側が持つべき心構えについて、持続可能な開発に関わるゲストスピーカーの2人にうかがいました。

山﨑氏は地域コミュニティを俯瞰すること、サラ氏は地域に住む人々のオーナーシップを引き出すことを意識していると言います。

「学生たちとアフリカに研修に行くときは、課題ありきで見ないよう伝えています。たとえば、『貧しい国』というバイアスをかけないこと。社会の全体性、構造を見ようとする姿勢が大切です。現地の人が何を話しているのか、誰とどんなことをしているのかなど、今見えているものに着目するようにしています」(山﨑氏)

「コミュニティを既に機能しているシステムと見ることが大切です。上手く行っていないことを直させるのではなく、既にうまくいっていることを伸ばす方法もあります。外からコミュニティに働きかける際は外部の人間に依存させるのではなく、コミュニティの人々がオーナーシップを持てるように支援します」(サラ氏)

持続可能性をさまざまな視点で見つめたプレゼンテーション、そして進行中のプロジェクトを扱ったパネルディスカッション。2時間半の濃密な時間を経たゲストスピーカーの2人からコメントをいただき、イベントは幕を閉じました。

「イベントを通して実感したのは、私たちのあり方もSDGsも一つのエコシステムだということです。課題は複雑に連携しているし、さまざまな視点が混在している。だからこそ、目指すべき未来やビジョンに向かって、私たちは何ができるかを考えることが大切だと感じました」(山﨑氏)

「課題を解決するために多様なデザインスキルを持ち合わせることが大事であると同時に、一人ひとりがクリエイティビティを発揮することの大切さを実感しました。好奇心をもってさまざまな視点を共有する場は非常に有意義だと思います」(サラ氏)


次回、2021年1月26日(火)19:00〜21:00にて「Designing X in new normal age」第4回を開催します。テーマは、「新しい組織文化 」。多摩大学大学院より紺野登教授をお迎えし、経営フレームの変化を捉えながら、イノベーションを生む組織に必要な視点と場のつくり方を共有します。


Designing X in new normal ageとは
産業技術総合研究所(以下、産総研)が企画運営する産総研デザインスクールでは、「Designing X in new normal age」と題し、未来の兆しを掴む全5回のオンラインイベントを開催。毎回異なる領域「X(エックス)」で活躍するゲストから未来の兆しを共有いただき、共にこれからの時代の在り方を探っていく一般公開イベントです。

2020年11月取材
2021年1月14日更新

テキスト:花田奈々
グラフィックレコーディング:仲沢実桜