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ローカルが照らす未来の兆し ― 星野リゾート代表・星野佳路さん

 

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN EXTRA ISSUE  FUTURE IS NOW『働く』の未来」(2020/06)からの転載です。

 

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ただ高級ホテルを構えるのではなく、社 名に掲げるとおり「リゾート」という発想で、 旅の体験価値を高めてきた星野佳路。 1991年に星野リゾート4代目の代表に就任すると、数々の施設を再生させる目覚ましい実績を上げる。業界の風雲児との異名をとるほどの星野 だが、その手法は一貫して丁寧。それは、ゲストが訪れた土地の魅力を存分に堪能できるような滞在を提供すること。建物、客室の設計、ホスピタリティはすべてこの1点につきる。移動が制限され、人々が旅の喜びを奪われたいま。これから必要とされる観光はどのようなものか。星野の考えを聞くと、すでに次なる一手を打ち出していた。

 

 

国内外で42施設を運営している星野リゾートでは、5月14日に「最高水準のコロナ対策 宣言〜星野リゾートが考える3密回避の旅〜」と称し、長期化するウィズコロナ時代の旅のあり方として、最高水準の新型コロナウイルス対策を目指していくことを宣言しました。

 

通常の清掃に加えての館内の除菌対応、スタッフやお客様の健康面の確認と、お客様とスタッフ、お客様同士の視点で3密が発生しづらい環境づくりを進めつつ、現在はリモートワーク時に利用できるプランや、家族で施設を貸し切れるプランなどを企画・提供しています。新型コロナウイルス感染症の拡大が起こるまで、私が施設の予約状況を確認するのは1 カ月に1回でした。しかしコロナ後は毎日数字を見て、顧客がどういう心理で動いているのか仮説を立てながら次の手を考えています。

 

先の宣言に至るまでに行ってきたことを、ここで振り返ります。まず4月7日、東京都において緊急事態宣言が発令された段階で、「星のや東京」を含めた首都圏の2つのホテルを休館しました。 銀座の本社オフィスでもテレワークを実施し、都が求めた「人との接触を8割減らす」は十分実行できていたと自負しています。一方、地方のリゾートや旅館は、昨年同時期と比べれば集客ははるかに少ないですが、例えば「星のや軽井沢」には長野県や新潟県からお客様が来られるなど地域内である程度の需要があり、営業を続けておりました。

 

このタイミングで打ち出したのが、3つの方針です。 1つ目はコスト削減。将来のためにかけていた投資はいったん停止しました。2つ目は人材の維持。ワークシェアリングを行うと同時 に、政府からの雇用助成金を最大限に活用し、 帰休するスタッフに対する収入を確保しました。3つ目はサービスの見直しです。これまで行っていた食事の仕方やアクティビティにおいて「3密を避ける」という視点でサービスの見直しを行いました。

 

オペレーション全体を「3密回避」の視点で見直すことで、お客様の安心・安全も担保できるようになりました。もちろん、お客様とスタッフばかりでなく、お客様同士が密になる機会をどう減らすかも十分検討しています。「3密のない滞在をどのように提案するか」は、弊社のみならず、旅行業界全体で重要視されるべき課題でしょう。

 

ー「最高水準のコロナ対策宣言」を掲げる星野リゾートでは、フロントではなく客室でチェックインを行うなど、安心して非日常を楽しめるように、3密回避の対策を進化させるという。写真は温泉・大浴場の混雑状況をスマートフォンで確認できる「3密の見える化」サービス(界、星のや軽井沢、リゾナーレ熱海の15施設で提供(2020年6月5日時点))。

 

地元とのコラボレーションが復活の鍵に  

密閉・密接・密集を回避する旅の形を提案さえできれば、これまでにない市場セグメント ができる可能性もあります。今後の旅行業界がどうなるかについて、私自身が予測していることは2つです。まず、コロナ禍においては、医療崩壊を起こさないことと同時に、経済活動を殺さないことも非常に重要です。

 

専門家によれば治療薬とワクチンが誕生するのは1年〜1年半後とのこと。旅行業界もその間、自粛と緩和のゆるやかなアップダウンを繰り返しながら、進んでいくのではないでしょうか。第二に、旅行市場は近い場所から戻ってくるというものです。つまり、施設から30分〜1時間圏内のお客様が戻ってきて、次に首都圏や大阪圏、最後にインバウンドが1年〜1年半後に戻ってくるという目算です。

 

実はこれまでも地元客の需要は少なからずありました。例えば長野の大町温泉の場合、お客様のほとんどは首都圏からで、徐々にインバウンドが増えつつあるという状況でしたが、 オフシーズンには地元のお客様がよくいらしていたのです。それらの予測を踏まえ、今後真剣に取り組んでいこうと考えているのが、「マイクロツーリズム」です。これは私の考えた造語で、サービスの内容を変更し、地元の方々にも来ていただこうというアイデアが主軸です。

 

メリットはいくつかあります。まず、ある程度の既存の需要があるので、雇用が維持できること。次に、遠距離を移動するのはコロナウイルスの拡散につながる可能性がありますが、地域内であればそういうリスクも少ないだろうということです。最大のメリットは、ローカルの皆さんに自分の住んでいる地域の魅力を知ってもらうこと。その土地に住む方は、意外に自分の住む土地の魅力を知らない方が多い。

 

そこで、今回のコロナ禍でできた1年〜1年半という時間をあえて“観光力を上げるための有効な投資期間”と捉えることとし、宿の周辺の皆さんに宿泊してもらい、地元の価値の再発見をしていただけたらと考えています。そのうえで、農家の方に「あそこの野菜がおいしいよ」と紹介していただいたり、漁業をされている方に「いまの時期はあの魚がいいよ」とご指摘いただいたり、その地域の工芸家や家具職人の方に「僕らがつくっている家具を使ってよ」と自薦していただけたとしたら、素晴らしい関係性が構築できます。

 

コロナウイルス問題は1年半、長くても2年半程度で解決するでしょう。考えるべきなの は、解決した後の日本の観光業。首都圏だけでなく地方へもインバウンドの皆様に来ていただくのであれば、マイクロツーリズムは大きな力になる。それこそ日本の観光のレベルが一段階上がる可能性を秘めていると思います。平時に提唱したところで「いいアイデアだね」とは言われこそすれ、実行に移す人は皆無です。

 

しかし、まさにいま、前向きに捉えて実行する人が増えるのではないでしょうか。地域の人が地元の魅力をわかっていないということは、日本の観光力の弱さにつながります。私たちは例えば界加賀であれば、土地を代表する伝統工芸である、九谷焼の若手作家から皿を購入するようにしていました。

 

相手が巨匠だとすでにあるものを買わないといけない。しかし若手から買うのであれば、一緒につくるところから始められます。若手陶芸家の皆さんも面白がって、「まずは料理を見せてください」と言い、それに合うサイズとデザインの器をつくってくれる。観光体験を地元の人とともにつくることができるのです。こういうコラボレーションができるのが、地 方の素晴らしさ。

 

若手の工芸家や陶芸家、農 林水産業に携わる方々にもっと「観光」について学んで理解していただきたいですし、私たち観光事業者もそういう方々とコラボレーションのベースとなるリレーション、ネットワークを積極的につくっていきたい。それが今後の日本の観光力を強める鍵となると思うのです。

 

―「界 仙石原」の客室露天風呂。もともと土地の空気に触れられる設計のため、自然に換気が行われる。「3密回避」の視点でオペレーション全体を見直しながら、既存の施設の安全性を生かしていく考えだ。たとえば、星野リゾートの他の多くの施設でも、自然の風が通り抜ける設計の客室や、テラスリビングやウッドデッキを備えた客室といった、安心して非日常を過ごせる空間を提供している。

 

新しい旅の魅力を従業員総出で考える弊社の場合、スタッフの9割は接客サービスに従事しており、テレワークにはしづらい環境にあります。ただ、以前から予約を受け付けるコールセンターでは30〜40人がテレワークをしています。配偶者の転勤やその他の事情で現場を離れなくてはいけなくなった人がほとんどで、アイルランド、アメリカ、中国・ 四川にも1人ずついます。

 

しかし、それ以外の本社機能のテレワーク化というのは、今回が初めての挑戦であり、まだまだ生産性には問題が。「子どもがいて仕事にならない」というスタッフも多く、仕事が捗る態勢をどのように整えるか、試行錯誤している段階です。

 

私個人は、数カ月にわたる自粛下で、リアルに集まってコミュニケーションをとることはとても重要な行為である、とあらためて思うようになりました。オンライン会議を行うと、直接会って話しているときとの差が大きく、デジタルの限界を感じます。特に経営者にはファシリテーションのスキルは重要であり、そのスキルの中に話しながらスタッフの反応を読み取る力があります。

 

従業員20人との会議で何人かを説得しなければならないような状況において、彼らの表情や体の動きから自分のファシリテーションのトーンを変えるべきタイミングがあるというか。集まって話しているときの情報量というのは、実は圧倒的に多いのです。テレワークの推進は今後の日本にとって必要不可欠かもしれませんが、それと同時に「オンライン上では解決できないことがある」と再認識され、集まることの重要性が見直されていくのではないでしょうか。

 

私は「Yoshiharutimes」というブログを、従業員限定で発信しています。「いま、観光は善なのか」というテーマで綴った『旅行の大義』には、このように書きました。─単に地域経済にとって重要という理屈は説得力を欠き、社会の理解と支持を得られないでしょう。私たちが提供するサービスが、ウイルスと闘う社会にどう貢献できるのかという問いに真剣に向き合うことで、私たちは誇りをもってこの苦難を生き抜くことができるのです─。

 

星野リゾートの強みはフラットな組織文化であり、発想の多様性であります。従業員一人ひとりの創造力をもちより、新しい旅の魅力を提案していく。それが日本の旅行業界全体の底上げの一助になれば幸いです。

 

 

―ほしの・よしはる
1960年、長野県生まれ。米コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、星野リゾート代表に就任。既存の枠組みを守りながらも新規拡大を続け、観光リゾート業界の風雲児に。今回のコロナ禍においてもスピーディーな対応を行い、実行力の高さが際立つ。

 

2021年1月12日更新
2020年4月取材

 

テキスト:堀 香織
写真提供元:星野リゾート

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