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オルタナティブの希望 孤高の政治家が描く「新しい豊かさ」の時代 ― ウッフェ・エルベックさん

 

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。

 

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1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。 

 

教育・ビジネス・政治の世界でデンマークに“オルタナティブ”を示し続けてきた男が語る、時代の危機と新しい政治のかたち、福祉国家の次なる挑戦。

 

2040 年までの再生可能エネルギーへの完全移行、国内農業のオーガニック化、ベーシック・インカムと週30 時間労働制の導入、国の成長を測る指標としてのGDPの廃止──。2013年11月にデンマークに設立された「The Alternative」は、これらの政策によってサステイナブルな社会へのトランジションを目指す政党だ。

 

代表を務めるのは、ウッフェ・エルベック。チェンジメーカーを育てるためのビジネススクール「KAOSPILOT」の創設者として知られる人物で、1991年の創設時から15 年間学長を務めたのちに退任。その後、2009年にコペンハーゲンで行われたLGBTコミュニティのための国際スポーツ大会「World Outgames」やリーダーシップ育成プログラムを手がけるコンサル企業「Change the Game」を率いた彼は、11 年、57 歳にして政治家に転身した。ソーシャルリベラル党の議員として、一時は国の文化大臣を務めたこともある。

 

「大手メディアの反応は、こんな政党は機能するはずがないというものだった。ラディカルすぎる、きれい事にすぎないとね」と、ウッフェはThe Alternativeを設立したときのことを振り返る。「だが、ガンジーはかつてこう言っている。闘技場に新しいプレイヤーが来たとき、もとからいたプレイヤーはまず彼らを無視し、次に笑い者にし、最後に闘うことになると。The Alternativeもこのすべてのプロセスを通ってきたんだ」。

 

15 年6月、メディアの予想とは裏腹に、The Alternativeは初の総選挙で4.8%の得票率と健闘し、179 議席中9つを得る。「よりグリーンで、より人々が共感し合える、よりクリエイティブなデンマークをつくるために投じられた票だ」。ウッフェは選挙後、自身のFacebookにそうつづっている。

 

―国会議事堂にあるライムグリーンに塗られたThe Alternativeのオフィスには、ところどころにアートワークが並ぶ

 

これはムーブメントである

The Alternativeの代表は、まったくと言っていいほど政治家には見えない。政治の世界に入ってからもウッフェがスーツを着ているところをほとんど誰も見たことがないらしく、18年1月のある午後にコペンハーゲンの国会議事堂を訪ねたときにも、彼は「OUT OF OFFICE」と書かれた深緑のセーターを着て現れた。そんな“政治家らしからぬ政治家”にまず聞きたかったのは、なぜ自ら政党を立ち上げることにしたのか?ということだ。我々の社会はいま3つの危機に直面している、とウッフェは言う。

 

「1つ目は『環境の危機』。生産や消費、人のあり方から街の姿まで、環境破壊は世界のあらゆるものを変えてしまうものだ。2つ目は我々が『共感の危機』と呼ぶもの。他者を理解する力、コミュニティ意識がどんどん弱くなってきている。そして3つ目が『システムの危機』。環境や難民、経済といった世界規模の複雑な問題は、もはやひとつの国やセクターだけで解決できるものじゃない。こうした問題の解決策は、民間・公共・NGOなどの市民活動の真ん中、我々が『第4のセクター』と呼ぶところで起きているんだ」

 

ウッフェはThe Alternativeを、これらの危機的状況に対するオルタナティブをつくるためのプラットフォームだととらえている。彼らは政党であると同時に、オンラインメディアやリーダーシップを育むための教育プログラムをもつ。イギリスでは同名の政治プラットフォームを立ち上げ、ネパールにはビジョンを共有する姉妹党を設立した。

 

13 年の政党設立時には政綱を100%クラウドソーシングによってつくるという実験を行った。党の方針は「勇気・謙虚さ・透明性・寛大さ・共感・ユーモア」という6つのバリューに賛同する700 人以上の人々によって決められている。また、KAOSPILOTを設立する前には「The Frontrunners」と呼ばれるユースムーブメントを率いたウッフェはアートとカルチャーの力を大事にし、政策を詩にして朗読する、アーティストをオフィスに招くといった活動も行っている。「The Alternativeを理解するためには」とウッフェは言う。「政党以上のものだと考えなければいけない。これはムーブメントである」。

 

17 年末に行われた地方選を経て、The Alternativeは現在、コペンハーゲンで3番目に大きな政党になっている。しかしウッフェは、数が大事なわけではないと語る。「どれだけ人々をモチベートできるかのほうが、はるかに重要なんだ。民主主義を取り戻すために、一人ひとりが声を上げるために、そして、政治には政党政治以上のことが為せるということを示していくために」

 

200年目のキックスタート

デンマークはしばしば「世界一幸せな国」と呼ばれる。国連が発表する「World Happiness Report」で、デンマークは16年に1位を獲得。17年はノルウェーに次ぐ2位だった(ちなみに日本は51位)。

 

この幸せな国の社会を特徴づけているのが、充実した教育と福祉だ。1813 年、ナポレオン戦争を経て国家財政が破綻したデンマークは、その翌年に世界初となる義務教育制度を制定。資源の乏しい北欧の小国にとって、国を復興させるためには「人の育成」がキーになることを彼らは知っていたのだ。その後、フォルケホイスコーレ運動や女性運動といった市民運動、グルントヴィやアンデルセン、キルケゴールが活躍した黄金時代を経て、現在の福祉国家のしくみとそれを支える人々のマインドセットがつくられていった。所得税は約50%と世界のなかでも最高水準だが、その代わりにすべての人が無料で教育と医療を受けることができる。デンマークに滞在した2 週間の間、会う人会う人に高い税金についてどう思うかと聞いたが、それを不満に感じていると答えた人はいなかった。

 

しかしウッフェは、デンマークがいま、超福祉国家を築き上げたがゆえの課題に直面していると考えている。彼の言葉を借りれば、それは「意義の喪失」という名の課題だ。完璧な福祉システムにより、人々は生き残ることに必死だった時代には生まれなかった問い──何のために生きているのか? 人生の意義をもっと高めることができないか?──を抱き始めているのだと。

 

「デンマークは、人々が協働し、よくオーガナイズされよく機能する、洗練された社会だ。同時に人々は、カーブの頂点に立っているようにも感じている。そしてこれから、坂を下っていってしまうのではないかと。だからこそいま、近代の福祉国家モデルを築いた北欧で、『次代の福祉国家』をつくらなくちゃいけない。デンマークを次のレベルに引き上げなければいけない」。ウッフェは言う。「The Alternativeでやりたいのは、この国を再びキックスタートさせることなんだ。200 年前にもできたんだ。我々ならもう一度できると信じている」。

 

ビジョンの人

学校から政治まで、30 年にわたって社会に“オルタナティブ”を提示してきたウッフェには、昔から変わらぬ行動指針が2つあるという。ひとつは「もっとよりよくできる」。「懸命に頑張れば、あらゆる物事はもっと面白く、もっと意義あるものになる」と彼は言う。そしてもうひとつが「既知と未知の間のエッジに立つこと」だ。「なぜなら大事なことはここで起こるからだ」。

 

誰よりも理想主義者で、まじめな話をしているかと思えば、冗談を言って子どものように笑い、早口に自身の描く未来を語る──。テーブルを挟み、言葉を交わしていくうちに、63 歳という年齢を忘れさせてしまうくらい、ウッフェ・エルベックはエネルギッシュで、何よりも真っすぐな人だった。そうやって彼は人々を巻き込み、彼が呼ぶところの「Friendly Revolution=やさしい革命」を起こしてきたのだろう。目指すべき未来のアイデアを見つけたら──新しいリーダーシップ教育であれ、異色の政治ムーブメントであれ──目を輝かせながら、ユーモアとともにビジョンを熱弁して。

―インタビューの間、ウッフェはメモ用紙を何枚も使って自身のアイデアをビジュアルにしながら説明をしてくれた。話しだすと止まらないといった様子で彼がThe Alternativeのビジョンを語るのを聞いた1時間は、あっという間に過ぎてしまった。

 

「陳腐に聞こえるかもしれないが、私にとって何よりも大事なことは、すべての人々が、等しく、最高の意義をもって人生を生きられる社会をつくることなんだ」と、ウッフェはThe Alternativeというムーブメントの先に見据える世界を語る。

 

「多くの人が、自分を抑えて生きている。声を上げることを恐れ、言いたいことを言えない人がいる。私が望むのは、すべての人が目的をもって、心から生きたいと思えるような社会なんだ。人生を通して何をやりたいか、誰とパートナーになりたいか、どんな家族を築きたいか──人は誰しも、そうした望みをもっているものだろう。死ぬときに人生を振り返って、みんなが『自分は100%生きた』と言えるだろうか? もしそうじゃなかったら、それはなぜだろうか? こうした問いが、私が進めてきたムーブメントのすべてを生み出してきた。人々を自由にするためのムーブメントをね」

 

世界一幸せな国にも課題はある。現実は常に理想に追いつかない。それでもウッフェはポジティブで、歴史が示すようにいつだってオルタナティブはあるのだと語る。秘書が次の予定が迫っていることを告げ、インタビューを切り上げようとすると、最後に彼はこう言って笑うのだった。「いずれにしても、デンマークはクールな場所さ」。

 

―ウッフェ・エルベック

1954年生まれ。政党「The Alternative」代表。ユースムーブメント「The Frontrunners」、ビジネススクール「KAOSPILOT」、コンサル企業「Change the Game」を立ち上げたのち、2011年に政界に進出。13年11月より現職。『KaosPilot A–Z』『Leadership on the Edge』など著書多数。

 

2020年6月17日更新
2017年1月取材

 

テキスト:宮本裕人
写真:デイビッド・シュヴァイガー
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載

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