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共創をドライブする空間のつくり方

いま、「共創」や「オープンイノベーション」という言葉が世間を賑わせています。ひとつの企業や組織、あるいは個人が、自分たちの限られたリソースだけで価値創造を行うのではなく、他者とリソースを共有し、より大きなリソースを駆使すること、あるいはその相乗効果によって1+1を3にも4にもする活動がさまざまな現場で求められ始めています。程度はさまざまなれど、実際にそのような共創の活動が数多く立ち上がり、大きな話題を呼ぶようになってきているのです。

前回は共創空間が注目を集め、その重要性の高まりを見せている背景について述べましたが、今回はその空間をつくる際にどんなポイントを考えればよいかを述べていきます。

慶應義塾大学湘南藤沢メディアセンター内にある「ファブスペース」。学生同士が学び、教え合う「半学半教」による運営が行われている  

共創空間ってそもそもどんな空間?

そもそも共創空間とはどんな空間のことなのでしょうか?一般的には、「共創を行う場所」という以外に定義はないため、ここで述べる共創空間とは、後述するいくつかのすでに定義された空間モデルを包含する総称として考えたいと思います。

実際に共創空間を計画する際には、これらの空間モデルが参考とされるケースは多くみられます。空間を設ける目的などに即して、その要素を参考とすることがよいでしょう。

■フューチャーセンター

「フューチャーセンター」とは、1990年代にスウェーデンのレイフ・エドヴィンソン氏によって提唱され、同氏が所属していたスウェーデンの保険会社・スカンディア社に初めてのフューチャーセンターが設立されて以降、普及が進んでいった、知識創造のための空間です。自然資源に乏しい北欧にとって、知的資本が重要であった中で、「知的資本を未来に向けて具現化する実験室あるいはプラットフォーム」「(企業や政府などの)組織内の知的資本を発展させる道具」といった構想から生まれた空間でした。

起源である欧州では、官主体の課題解決の場として設けられていますが、日本ではビジネスイノベーションを目的と定めて企業内に設けられるケースが広がっています。
対話を促す内装や家具があらゆるところに用意されていることが特徴であり、また、普段の感覚から解放され、自由な思考を行いやすくするために、「非日常的」な仕掛けや、「遊び」の要素、先進的なツールが多用されています。

■コワーキングスペース

「コワーキングスペース」は米国のベンチャー企業や起業家の集積地からお互いのネットワーキングを求める動きによって生まれていったと言われています。また、2000年代には、フリーエージェントと呼ばれる働き手が出現し始め、彼らが寄り集まってふれあいを得ながら、一緒に共同のプロジェクトに取り組んだりするための「新しいタイプのオフィス」が提唱され、コワーキングスペースに近いモデルが考えられ始めました。そして、ICTやSNSといったツールの発達が進むと、2010年頃から本格的に普及し進み始めました。

利用者がコミュニケーションを取ることを前提とした空間であるため、仕切りの少ないオープンなワークスペースとして設けられているケースが多く、また、交流を促すカフェやキッチンスペース、勉強会などの交流イベントを行うことのできるオープンスペースが併設されています。

■ラボ(リビングラボ、オープンイノベーションラボ、ファブラボなど)

ラボとはラボラトリーの略語であり、研究所、実験室といった意味を持ちますが、このラボという言葉を尾に付ける空間が近年増え始めています。昔からよくある研究所とは異なり、オープンで、より社会に近いところで、新しい技術を社会に活かすためのトライアルやプロトタイピングが行われたり、それらの技術が作り得る未来の可能性を多くの人たちに問う機会づくりが行われます。

内装や家具といった空間要素についても、「実験的なもの」や「未完成のもの」が多く、あるいは誰もが出入りできるようなオープンな空間の中に、さまざまなトライアルのための設備が用意された環境がしばしば見受けられます。

■ファブスペース(メイカースペース、ハッカースペースなど)

デジタルファブリケーションというデジタル工作機器によるものづくりが一般に普及し始め、誰もが気軽にものをつくることのできる「メイカームーブメント」の到来が騒がれています。そのムーブメントの集積地として各地に新設され始めているのがものづくりのために開かれた工房空間である「ファブスペース」や「メイカースペース」です。

デジタルファブリケーションの機材は高価であったり、利用にスキルが求められるものもまだ多いため、これらの空間ではそれらを利用し、ものづくりをサポートするサービスを提供することで、多くの人がそういったツールを使ってものづくりができるような環境を与えています。こうした空間の立ち上がりもまた、共創の「創」の要素が高まっている要因のひとつと言えるでしょう。

これらの空間はビジネスの現場だけではなく、大学や地域の公共の場などにも設けられるケースが増えています。産学協同プロジェクトの高まりや大学と地域の新しい関係性を生む構想(文部科学省・大学のCOC(Center of Community)構想)、公共の場の在り方を問い直す動きなど、様々なセクターの現場やそれらが交錯する場において、共創空間が生まれ始めているのです。

考えるべき9つの要素

上記のようないくつかのカテゴリーに分かれる共創空間の国内外の事例を調査し、人が集まり、成果を創出している空間に共通される9つの要素を抽出しました。

■3つの活動要素「交流」、「創作」、「発信」

共創空間では、主に3つの活動が中心となっています。これらを円滑に行うための要素が空間には求められます。

【交流】ゆるいつながりの人的ネットワークがアイデアの源泉となる。とくに飲食は万人が楽しむことのできる、交流を促す最適なツール

【創作】 つくるための道具は必要であるが、重要ではない。早い段階で失敗を多く重ねていき成果へとつなげていくプロセスがこそ重要なのである

【発信】 共創空間で行われている活動や成果をより多くの人に発信し、多くの人を介在させるように促すことが共創を高める重要な要素である

【発信】 情報受発信のツールとして、WebやSNSは大きな役割を果たす。わかりやすく伝える、ターゲットに届くように伝えるといったメディアデザインの要素も重要となる

ー交流

言わずもがなですが、共創には交流の要素が必要不可欠です。対話を通して、お互いの課題を共有したり、解決の糸口や新たなアイデアの種を生みます。 また、交流から生まれた顔見知り程度のゆるいつながりも、いざという時に思わぬ助言を与えてくれる、アイデアの引き出しのような人的ネットワークとなります。交流を促す仕掛けとして「飲食」が用いられるケースは多く、カフェやキッチンスペースが重要な要素となっています。

ー創作

これもまた当たり前のことですが、アイデアをそのままにしておくのではなく、「つくってみる」ことが重要視されています。その時に重要なのは、「しっかりしたもの」を「時間を掛けて」つくるのではなく、早い段階で失敗を繰り返し、そこからラーニングを得るという“Low Fidelity, Early Failure”(低い精度と素早い失敗)が重要であり、「段ボールや手書きでささっとつくる」レベル感でのプロトタイピングが重要です。

ー発信

一番見落としがちな要素が情報の発信です。そこで行われている活動や成果をより多くの人に発信し、多くの人を介在させるように促すことが共創を高める重要な要素となります。情報の受発信を円滑にするためにWebサイトを設けたり、SNSを活用するだけでなく、空間の中でも情報の掲示を行うことでさらに交流を促し、運営者や利用者による「口コミ」を増やすことも重要な要素と言えるでしょう。

■3つの空間要素「可変」、「筆録」、「特設」

共創空間では、3つの活動要素が順不同、かつ同時多発的に行われます。それをサポートする要素として、主に3つの空間機能が重要となっています。

【可変】 共創のあらゆる活動にフレキシブルに対応できる可変性が求められる。集合(大人数)と分散(少人数)の規模の拡大縮小にいかに対応するか

【可変】 キャスター付きの家具であれば、利用者が空間を即座に再構成できたり、集合と分散を繰り返すレイアウト変更にも対応可能である

【可変】 空間を仕切る機能も重要である。少人数での集中的な作業には、集中しやすい規模の空間に仮設できたほうがよい。仕切る壁は掲示や筆録の作業面ともなりえる

【筆録】 揮発性の高いアイデアの種を書き留めて共有財産化する。書き残された痕跡は利用者に空間への愛着心を高め、場の雰囲気の伝えるメディアにもなる

【特設】 そこに集まる理由となる「特別な設え」が必要となる。普段使うことのない貴重なツールを共有することは利用機会を共有するだけではなく、そのツールを使いこなすためのスキルやノウハウの共有にもつながる

【特設】 空間や建物そのものが特別であることも重要となりえる。歴史的な建造物はそれが抱える歴史そのものが共創空間のポリシーを示すこともできる

ー可変

共創のあらゆる活動にフレキシブルに対応できる必要があるため、空間には可変性が求められます。設備は移動可能で、利用者が空間を即座に再構成できたり、集合と分散を繰り返しやすいレイアウトが組まれていることが重要となります。様々な活動に合わせたレイアウトパターンが想定されていることが重要であると共に、思いもよらない使われ方が発生するような自由度や余白も大事です。

ー筆録

活動によって生まれたアイデアを留めて収める要素が必要となります。書き留めたアイデアたちは、それそのものが共有財産となり得ますし、それらをそのまま展示し、他の利用者のアイデアメイキングのヒントを点在させるような効用も考えられます。また、留めるものはアイデアだけとは限りません。書き残された痕跡は利用者に空間への愛着心を高め、場の雰囲気の共有を促進する効果も生み出します。

ー特設

前編で述べた通り、コミュニケーションを取るだけであればオンラインで可能である時代の中では、そこに集まる理由となる、「特別な設え」が共創空間には求められます。「日常的な環境から離れ、非日常や未来を感じられる」、「貴重なツールが利用できる環境である」などといったここにしか無いものをいかに用意するか、そして人の集まる誘因性と共創を支援する機能性をいかに両立させるかが重要となります。

■3つの人間要素「関心」、「互恵」、「秩序」

人が多様に介在しあう空間では、豊かなネットワークを形成し、維持発展していくことが重要です。共創空間とは切っても切り離せない「人」という要素について考える必要があります。

【関心】 共創の第一歩は利用者同士の興味、関心、課題の共有からはじまる。他者の関心を得るためには、自分の抱えるプロジェクトや問題についてきちんと説明できることが重要である

【互恵】 共創空間は、その言葉の通り、利用者同士の互恵互助から価値をつくりあげる場であり、提供者と利用者、生産者と消費者といった二項対立ではない関係性が求めらる

【互恵】互恵互助として分かち合うものは有形資産だけではない。スキルやノウハウ、ちょっとした情報など、自分にとって価値のないものであっても、他者にとっては有益なものになりえる

【秩序】共創空間を継続的に維持発展させるためには、交流を潤滑にし、細かいチューニングを取り仕切る、秩序の見守り役が必要となる。そうした人材確保にはコストがかかることも見逃してはならない

ー関心

共創によって新たな価値を創出するためには、そこに介在する利用者同士の「関心のエネルギー」が重要となります。

自分が進めているプロジェクトを周りの人がなんとなく知っていて、次のアクションを言葉にしてくれる。「君のやっていることに価値があるよ」という励ましはもちろんのこと、「難しいね」という意見でも、関心をもってくれるだけで事業立ち上げの大きな力を得られるといいます。もちろん関心を得るためには自身の事業についてしっかりと説明できることが重要であり、決して単純なプロセスではありません。

ー互恵

また、共創という言葉の通り、利用者同士の互恵互助から価値がつくりあげる場であり、提供者と利用者、生産者と消費者といった二項対立ではない関係性が求められます。

お互いへの関心に加え、……互恵的な行動を通して信頼関係を構築できる人、また自分で場づくりに積極的に関与できる「投資家的な利用者」が常態的に必要です。投資家的利用者は利用料金を払いながらも、その場のつながりから生まれるコミュニケーションやコラボレーションの可能性を積極的に広げる行動をとります。

一方、利用料金を払ったのだから「何をしてくれるのか」または「使うのは当然の権利だ」と個人の使い勝手だけを主張する「消費者的な利用者」が大勢を占める場合、同一の場を共有しながらも利用者間での情報の流通は極端に落ち、コワーキングスペースの価値が大きく損なわれます。

ー秩序

以上のような要素を継続的に維持発展させるためには、その秩序を見守る役割が必要となります。様々な要素が複合的に入り組む共創空間では、交流を潤滑にし、細かいチューニングを取り仕切ることが必要となり、それはまだ人の力に頼らざるを得ません。

利用者の交流を促したり、多様性を把握してマッチングの中継役になったりするだけではなく、新規利用者がスムーズにコミュニティに入れるような気配りをするような役割です。

……このため、利用者のほかに場の秩序を守るための専任のスタッフがいることが望ましいといえます。……秩序を守りながら利用者のネットワークをつなぐハブとしての機能を果たす人がその場にいることが、コワーキングスペースにとって極めて大切な要素です。

最終稿では、さらに考えるべき設計指針のご紹介と、共創空間と共創のこれからについて考察します。

2016年11月29日更新

共創空間を考えるシリーズ

 

参考

【プロフィール】
ー庵原悠(いはら・ゆう) 株式会社岡村製作所 ソリューション戦略部 未来企画室
既存のデザイン領域を越えて、デジタルメディアや先端技術がもたらす新しい協働のスタイルとその場づくりに従事。Future Work Studio “Sew”Open Innovation Biotope “Sea” ディレクター。慶應義塾大学SFC研究所 所員(訪問)。

テキスト:庵原 悠
写真:岡村製作所、ファブ地球社会コンソーシアム
イラスト:野中 聡紀