多様なワークスタイルから学ぶ、働き方の文化創造
2020年、2025年、そしてさらにその先の働き方は一体どのように変化していくのでしょうか。働くの見方を変え、価値を挽き出すウェブメディア「WORK MILL」では、働き方に関する先端領域で活動されている方々をお招きし、座談会を開催しました。
集まってくださったのは、日本人のステレオタイプな働き方にはまらず、既成概念にとらわれない自由な発想で働き方をデザインされている、こちらの3名の方々。
サンフランシスコ・シリコンバレーを拠点にグローバル市場向けのデザインコンサルティングサービス、コミュニティワークスペースD.Haus、イノベーション環境とメソッドをお届けするイノベーションプログラムの3つのサービスを提供する会社のCEOであるブランドン・K・ヒルさん。
日本で法人向け名刺管理サービス『Sansan』と個人向け名刺管理アプリ『Eight』を提供しているベンチャー企業Sansan株式会社で”コネクター”として活動されている日比谷尚武さん。
育児中の女性の多様な働き方のための空間としてコワーキングスペース『cococi』を運営する他、地域女性ネットワークを活用した「共創マーケティング」など、地域や女性をテーマに活動しているPolaris代表取締役CEOの市川望美さん。
それぞれ働き方に関して気になるキーワードを持ち寄っていただき、キーワードを元にこれからの働き方について語っていただきました。
まず、それぞれのワークスタイルとカルチャーについてうかがいました。
積極的な「発言」が必要になっていく
WORK MILL:本日はよろしくお願いします。みなさんに挙げていただいたキーワードを参考にしながら、座談会を進めていければと思います。まず、ブランドンさんのキーワードから。「ディスカッション」という言葉を挙げているのが気になったのですが、その理由をうかがっても?
ブランドン:パソコンを触っている時間って、基本しゃべらないですよね。でも、アメリカではそういった時間もありつつ、一緒の空間で意見を出し合うというのが一般的です。だから、うちも仕事のやり方はディスカッション主体にしています。
WORK MILL:なるほど。ディスカッション主体の働き方は、日本と比較してどう異なっているのでしょうか?
ブランドン:ディスカッション主体だと、発言しない人の評価が下がります。日本に来てクライアントさんと打ち合わせをすると、年齢や立場によっては若い人があまり発言しないですよね。6〜12人くらいの人数で同じ部屋に集まって話すのに、発言している人はほぼ決まった2、3人の人たち。これじゃあディスカッションというより報告会ですよね。
日比谷:うちもディスカッションを主体としている点は同じですね。あとは、社内のコミュニケーションツールにメールを使わないで、『Yammer(2008年にリリースされ、2012年に12億ドルで米Microsoftに買収された企業向けSNS)』というツールを活用しています。アイデアの状態であっても投稿でき、チャットツール上でディスカッションが進んでいきます。リモートからでも参加可能な点が良いですね。
市川:お母さんたちに対してコミュニケーションするときはちょっとしたコツが必要です。みなさん共感力が高いので、ついその場にふさわしい答えを出そうとします。個人の正直な意見というのが、なかなか出てこないんです。例えば、ある人が「私こう思います」と言うと、「私もそれに近いんですけど」という言い方をしたり。そんな状況では、多様で、柔軟な意見は絶対出てきません。また、女性なので「わかる、そうだよね」と安直に共感してしまうこともあります。そうすると、本当は全然違うことを言いたかったはずなのに、言葉の表面的な部分だけが共有されてしまって、みんなが思ってないことが総意のようになってしまうことがあるんです。
WORK MILL:そうなると、意見を引き出すためのはたらきかけが必要ですよね。Polarisではどんなことを?
市川:Polarisでは、「真ん中のテーブル」をキーワードに、模造紙と付箋に書きながらワークショップのような形式でディスカッションをしています。「みんなが違うのを良しとしたいから、まずは真ん中のテーブルに意見を出しましょう」と進めていきます。そうしないと、話は盛り上がるけれど誰も本音を言わない状態になってしまいますから。多様な議論ができないと、働き方にも影響でてしまうんです。まず多様性を引き出すチームにしないと、生産性も何もないんですよ。
ブランドン:発言を引き出しやすい仕組みや、共有しやすい仕組みは大事ですよね。うちの会社では、発言したことをホワイトボードで書きながらディスカッションしていくのがメインのやり方になっています。ビジュアルコミニケーションですね。うちの会社は日本人もいて、他の国の人もいたりするので、文字で書き留める以外に絵を描いていく。話した内容、結論など、できるかぎり文字を使わないで残しておきます。そうすると、後で見返したときに文字の議事録よりも思い出しやすい。フリーなスタイルでディスカッションをしながら、最終的なアウトプットとしてはビジュアルに落とし込むということを気をつけてやっています。
WORK MILL:「ビジュアルコミュニケーション」は、ブランドンさんが挙げていたキーワードのひとつですね。
ブランドン:そうです。文字で使う脳とビジュアルで使う脳とは、部位が違うとか言うじゃないですか。文字はロジックに寄りすぎちゃうので、感覚的なもの、たとえば心地良さとかが文字では表現しにくいんですよね。うちのようなユーザエクスペリエンスなどを仕事にしている会社とは相性がいいと思います。あとは、ファシリテーターが最終的なアウトプットを絵にしていくと、「ああ、そうそう」と、参加者が理解しやすくなる。絵は、万国共通の部分があるので、納得感が生まれやすいんです。無理して語学を勉強するんだったらで、ビジュアルコミュニケーションを習得したほうが実は手っ取り早いかもしれない。
WORK MILL:先ほど、市川さんのお話では多様で柔軟な意見が出ることは、生産性にも直結するということでした。積極的な発言を引き出すために、アメリカではどのようなことが行われるのでしょうか?
ブランドン:アメリカでは、ブレインストーミングの手法とプロセスが確立しています。参加者全員が、ある程度均一な量を発言すること、そして、発言に対して批判をしてはいけないというルールを設定してディスカッションします。実際にボールを使って、それを持った人が必ず発言し、投げていきながら全員が発言していく。それに対して、最初のうちは発言した人に対して周りの人みんながわざとイエスって言う。「肯定する」ことを前提としていくと、次からボールやルールがなくても自由な発想ができるようになってるんですね。アメリカではこれが一般的になっているんですが、日本人だと物怖じしてしまったり、同調意見しか出ないという印象があります。
情報共有はどこまでするべきか
WORK MILL:Sansanではどのようなことを心がけてミーティングされていますか?
日比谷:Sansanでは、はっきりしたアジェンダがない場合でも、話されるトピックにまつわる情報はあらかじめチャットで流れているので、その流れを事前に共有したうえでミーティングで話すというのは当たり前にやっていますね。
ブランドン:あ、ちょっと聞いてもいいですか?チャットに対して参加しているメンバーっているじゃないですか。その人たちはどれくらいコミュニケーションに参加しているんですか?メールのCCのように閲覧だけの人も入っているのか、それとも限定されたメンバーが入っていて発言は全員が求められるのか。
日比谷:見ているだけの人がチャットに参加していることはよくありますね。というより、入っちゃうんです。僕も、開発はどういうプロセスで進んだのかということやマーケティング施策についてなど、気になることがあれば隙あらば突っ込んでやろうかなって見ています。
ブランドン:それは本人の希望?
日比谷:そうですね。参加する意思があれば参加できます。結構、よこやりが入ったりすることもあるんですけど、外からの意見もOKになっていて、新しい刺激になっているケースもあります。まだ会社の規模も大きくないし、ミッション&ビジョンが浸透しててゴールが共有されているので、それを踏まえていれば途中からでも参加しやすい、というのもあると思います。
ブランドン:なるほど。どうして今の質問をしたかというと、情報共有とノイズのバランスって凄く難しいと思っているからなんです。情報は、知っておけば知っておくほどベネフィットが大きくなるわけだけど、その分時間が取られちゃうわけじゃないですか。チェックしなければいけない情報が増えすぎると、ノイズになってきちゃう。特に日本ってとりあえずCCに入れておく、まとめてメールしておく、というカルチャーがあると思うので、そのあたりどうなのかなと思って。
日比谷:多人数にまとめて共有するというカルチャーもあれば、3人程度、もしくは1対1でコミュニケーションしちゃうこともあります。このあたりのワークスタイルは今後どうなっていくんでしょうね。すごく興味があるなぁ。
ブランドン:うちはベンチャー企業で新しいことに取り組むわけですけど、新しいものを作る上で、何か決めなきゃいけないときに答えはありません。そうなると、多様な意見を取り入れたほうがプラスに働くんですね。そう考えて、最初からおおよそのことは共有しています。ただ、最初にジャッジする人が誰かということだけは決めておきます。そうしないと決まらないですから。集中できないという人や、さばけなくて困るという人は、共有しなくてもいいかもしれないですが、ただ情報を排除したい人ばっかりになってしまうと、新しいものは生まれにくくなるんじゃないかな。
WORK MILL:情報共有の仕方にもいろいろありますね。コワーキングスペースでは、情報共有のためのツールは何かありますか?
市川:現在、Polarisが運営するコワーキングスペース「cococi」は東京都内に2箇所あります。他のワーキングスペースのオーナーさんたちとは運用者専用のFacebookグループでやりとりしていますし、子育て中の女性がチームとして仕事を請け負う新しい形の組織「セタガヤ庶務部」では、チャットワークやFacebookを使っています。最初は、旦那さんと共有のメールアドレスを使っていたような人も、途中から個人でメールアドレスを持ち、チャットツールを使うようになります。なるべく、ツールは使ってもらえるのにこしたことはないのですが、あまりツールを使うのが得意でない人は、積極的にPC操作を前提としない仕事に手を挙げてくれることが多いです。自分で判断して手を挙げてもらうことを大切にしているので、できるだけ多様なスタイルで関われる仕事を用意しながら、チームで働くための仕組みづくりをしています。
アウトプットを前提にしたスタートアップのはたらき方
WORK MILL:情報処理に関する話が出たので、インプットについてもうかがってみたいと思います。ブランドンさんはインプットとアウトプットに関して、どう考えてらっしゃいますか?
ブランドン:日本人はインプットがすごく好きだなと感じますね。これは素晴らしいと思う一方で、インプットしているということは、それだけアウトプットの時間が削られるってことじゃないですか。そこのバランスをうまくとらないといけない。アメリカだとアウトプットしないと評価されないから、インプット制限してアウトプットしていかないといけない。
日比谷:ただインプットしているだけではダメですよね。何のためにインプットしてるのかということをちゃんと考えていかないと。
ブランドン:特に、シリコンバレーのスタートアップでは「お前はどう思うんだ」ということを初日から聞かれる。どんな新人でも自分の意見を聞かれるんです。だから、自分の意見を言えないといけない。テスラの社員から聞いたのは、イーロン・マスクが「こういう車を作りたいんだけどどうしたらできる?」と若い新人エンジニアに聞いたところ、その人は「いやそれは難しい」と答えたんですね。そしたら、イーロン・マスクは「難しいとか聞いていない。それを可能にするためにお前を雇ったんだ」と言ってエンジニアは解雇されたという話でした(笑)
WORK MILL:解雇されてしまったんですか。
ブランドン:そう。だから、聞かれたらどうしたらそれが可能になるか、そのための方法や意見を言わなきゃいけません。働きはじめたら勉強している時間が与えられない。職場では、即戦力である必要がありますから、働き始めたら勉強している時間が与えられない。 日本もどんどんそういった傾向なっていくんじゃないかなと思います。 今の日本ではスタンダードな研修が今後は少なくなって、いきなりアウトプットを求められるようになる。そんな気がしますね。
日比谷:スタートアップにいると、目的や意思がはっきりしていて、実現するために自分たちでやり方を編み出すというのが当たり前ですよね。
ブランドン:誰も教えてくれないんですよね。日本の企業で働いた経験のある人が来るとびっくりする。「ドキュメントないんですか」とか「研修ないんですか」とか聞いてくる。そんなのない、自分で考えてやればいいじゃんって思う。
日比谷:へえー。自分で考えて実践できるから面白いし、自由にできるんですけどね。
ブランドン:そうなんですよね。だけど、人によって向き不向きはあるんだろうなと思って。プロセスを作ること自体がスタートアップの仕事じゃないですか。まず挑戦してみて、ダメだったら軌道修正してやり直しを繰り返すのがスタートアップ。大企業は確立したものをどれだけ使い続けるかで。性質が違うから。
出会う人を広げることで生まれる価値
WORK MILL:日比谷さんは「弱いつながり」というものをキーワードとして挙げてましたが、なぜこの単語をキーワードとして挙げられたのでしょうか。
日比谷:「弱いつながり」って聞いたことがありますか?これは「six degree」など、社会的ネットワークの考え方です。自分の周囲にいつも知っているような人ばかりだと、同一性が高すぎて刺激も少ない。そこで、半年に1回くらいしか会わないような人と話す機会があると、新しい情報や出会いがあるというもの。意識的に自分と遠いつながりの人たちとつながることで、自分とは異なったタイプの情報が入ってくるし、刺激になる。自分のセーフティーネット的に「弱いつながり」の人を配置しておいたほうがいいよということですね。
ブランドン:僕の感覚だと、それって日本だと特別だけど、アメリカだと普通かも。特にシリコンバレーエリアは、どれだけ違う業界の人と繋がっているかというのが個人の重要な財産になる。日本だと異業種交流会って言葉があるじゃない。アメリカだとイベントってほぼ全部異業種交流会だから。そんなラベリングが必要ないんだよね。日本って同業者位しか知らないケースが多かったりする。
日比谷:多いみたいですね。僕なんかは個人的に新しい人たちと知り合うのが大好きだし、自分のミッションでもあるから、あちこち出歩いてるんだけど、日本の企業の中にいると外の人と話す機会がない。情報が漏れるんじゃ、とか、疲れるからとか言う保守的な人もまだ多いですね。
ブランドン:それだと発見がないですよね。多様性が少ないと「インブリード(同族交配)」になっちゃう。そうなると、アウトプットのバリエーションが少なくなる。
WORK MILL:常に意識的に新しい人や自分から遠いつながりの人に会うことが大切なんですね。『cococi』のようなコワーキングスペースは、地域という高い同質性と多様な人との出会いの両方の側面があるように思いますが、いかがでしょうか?
市川:私たちも最初は自分たちの自宅のある街でスペースを作って運営したいと考えていて、やはり同じ人ばかりが集まってしまうことを懸念していました。企業で働いていたときや、NPOにいたときも、組織の人はどこか似てる人が多くて、きつく結びつきあっているという印象がありました。それは嫌だなと思う一方で、自分の軸足は地域。地域にいながら、いろんな人と出会うにはどうしたらいいんだろうと考えたときに、コワーキングスペースというのを見つけました。それが、2010年の夏頃のことです。
WORK MILL:集まる人の同質性を減らすための手段としてコワーキングスペースを選ばれたのですね。
市川:そうなんです。いろんな人と出会えて、仕事をきっかけに新しいつながりがうまれる場所として作りました。その後は、地域の人や常連の人が集まりやすい場所であっても、なるべく多様な人と出会うようにするには、どうしたらいいだろうと考えながら試行錯誤してます。
WORK MILL:同じ人たちが集いつつも、多様性のある場所というのはどのようにしたら生み出せるのでしょうか。
日比谷:特に同質性の高いエリアの場合、最初に「ここは文化が違う場所ですよ」と伝えてあげないといけない。文化が違うとルールも違いますし、コミュニケーションの仕方も違うよねって。文化が違ったらマナーも違う。コワーキングスペースなどでは、関わる人みんなでこうした文化を場所と共に作っていくことが重要なんだと思います。
先駆者に聞くvol.2 「シェアリングエコノミーがオフィスを変える」に続く
先駆者に聞く
- vol1.「多様なワークスタイルから学ぶ、働き方の文化創造」
- vol.2「シェアリングエコノミーがオフィスを変える」
- vol.3「分断から統合へ。ライフとワークが重なっていく未来に向けた働き方」
- vol.4「「はたらく」がつなぐ社会と未来、2025年を見据えて求められるもの」
- 番外編「2016年注目している「はたらく」ツール」
Profile
Brandon K. Hill
Founder and CEO, btrax, Inc.
アメリカ人の父・日本人の母の下、北海道札幌市で生まれ育ったブランドンは、アイディアとクリエイティビティ、パッションをもって、2004年に米国・アジア間ビジネスの架け橋となる会社・btraxを設立しました。btraxはサンフランシスコを拠点とし、世界の市場をターゲットにデザインソリューションでビジネスのグローバル展開をサポートするグローバルデザインコンサルティングサービス、コミュニテイ型ワーキングスペース「D.Haus(ディーハウス)」の運営、世界最高峰のイノベーション環境メソッドをお届するイノベーションプログラムの3つのサービスを提供しています。
市川 望美
非営利型株式会社Polaris代表取締役 CEO / 日本ファンドレイジング協会認定 准認定ファンドレイザー
1972年生まれ。短大卒業後IT系企業へ入社。2002年長男出産後、育児休業を取得したのち退職。2003年からは“当事者発信型・循環型”の子育て支援に従事。NPO 法人せたがや子育てネット理事、アミーゴプリュス合同会社代表社員などを経験。2011年内閣府地域社会雇用創造事業ビジネスプランコンペで採択され、地域における多様な働き方を支える基盤づくり事業を開始。2011年8月「ここちよく暮らし、はたらく為の拠点」として”cococi”Coworking Space立ち上げ。「セタガヤ庶務部」等育児中の女性たちによるあたらしい組織づくりや、暮らしを価値に換える「ロコワーキング事業」に取り組む。「女性」「地域」「新しい働き方」などをテーマにした講演も多数。中1男児、小6女児の母。
日比谷 尚武
Sansan株式会社 コネクタ / Eightエヴァンジェリスト
学生時代より、フリーランスとしてWebサイト構築・ストリーミングイベント等の企画運営に携わる。その後、NTTグループにてICカード・電子マネー・システム開発等のプロジェクトに従事。2003年、株式会社KBMJに入社。取締役として、会社規模が10名から150名に成長する過程で、開発マネジメント・営業・企画・マネジメント全般を担う。2009年より、Sansanに参画し、マーケティング&広報機能の立ち上げに従事。現在は、EightおよびSansanのエヴァンジェリストとして社外への情報発信を務める。趣味はサバイバルゲーム、BtoB / IT広報勉強会の主催、アナログレコードでロックを聴く素晴らしさを啓蒙する活動など。
テキスト:モリ ジュンヤ
写真:押尾 健太郎