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自分の想いを会社と地域にちょうどよく重ねるには? 鉄道業界から生まれる柔らかな共創を考える(さこすて®武部俊寛さん、京王電鉄・菊池祥子さん)

2025年10月7日、東京駅にほど近いpoint 0 marunouchiで、イベント『鉄道業界から生まれる柔らかな共創~地域と描く社内プロジェクト~職場でも「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」イベント×連載シリーズ~』が開催されました。

今回のゲストは、京王電鉄株式会社の菊池祥子さん、ジェイアール西日本コンサルタンツ株式会社の武部俊寛さん。手堅いイメージがある鉄道の世界で、一体どのように組織を巻き込みながら自分らしいプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか?

モデレーターをつとめるのは、森みたいな株式会社 代表取締役で、「コアキナイ」という“らしさ”をいかした社会プロジェクトに取り組む嶋田匠さんです。

▼ キックオフイベントの様子はこちら!

新しい事業でカギとなる、最初の一歩は「シャナイリカイ」

まずは、ジェイアール西日本コンサルタンツ株式会社で、社内唯一の「さこすて®」担当者として働く武部さん。事業を立ち上げたきっかけ、そして周りを巻き込みながら事業を進めるコツを教えてくれました。

今日は大ファンの菊池さんと一緒に登壇できてうれしいです。

僕自身、みんなで取り組むことが好きで、周りの人を強引に巻き込むクセがあるんです。そんな中で生まれた「さこすて®」についてまずはお話させてください。

武部

提供資料

もともと新卒でジェイアール西日本コンサルタンツ株式会社に入社して、駅舎の設計をやっていました。電車の駅って作ってからがようやくスタートじゃないですか?

でも、作って終わりになることが多い。駅に求められる役割も、次第に変化しているのではないかと考えるようになりました。

武部

武部俊寛(たけべ・としひろ)。1993年、大阪府出身。新卒でジェイアール西日本コンサルタンツ株式会社に入社し、2023年からは社内唯一の「さこすて®」専任担当者。専任化されるまでは、西日本エリアの駅舎設計も行ってきた。滋賀県湖南市にある「石部駅」などを担当し、鉄道建築協会賞入選。プライベートでは、バーの1日店長をしているそう。

でも、駅舎というハードを作っていた人が、「地域づくり」「交流拠点」「コミュニティ」っていきなり言い出したもんだから、社内からは「あいつ何してんねん」っていう雰囲気が出てくるわけです。

設計技術者集団の会社なのに、ローカル駅と地域に足を運んで「作戦会議してきます!」って言いながら、夜に地域住民の方とお酒を飲んでいたら「おや……?」と思われてしまう。あ、お酒は自腹ですよ! 作戦会議もちゃんとしてますよ!(笑)

武部

でも、このままじゃなんか「やばいな」って思ったんです。だったら、会社の人には「さこすて®」を理解してもらった上で応援するかどうかを決めてもらおう、と。そのために進めていったのが「社内理解」、そうシャナイリカイです。

最初に始めたのは、誰もが関われる「ライブラリー」の設置。地域づくりやコミュニティに関する誰もが気軽に普段と異なる分野の本に触れられるスペースを作りました。

武部

提供資料

次が「社外の方からの評価(外圧)」。今回のイベントもそうですけど、メディアに取り上げられると「おっ、頑張ってるんだな」と思ってもらえます。

それに、お客様から「この前、御社のさこすて®が〇〇に取り上げられていましたね!」って言われたら、ちょっと誇らしいですよね。話のネタにもなるし……。

武部

最後が社員向け説明会の「さこすてフェス」の実施です。

単に「社内説明会をします」と言っても誰も来てくれませんから。フェス形式にして、プロジェクトに関わる人たちをゲストにお呼びして、トークライブ(説明会)やさことーく(交流会)、オフ会(懇親会)を実施しました。

武部

提供写真
提供写真

ちゃんと入場用のリストバンドまで作ったことなど、細かい作り込みがポイントです。結構、泥臭いんです(笑)。

こんな感じで社内理解を深めていったことで、社内応援団も誕生し、プロジェクトの専任担当者として続けています。

武部

さこすてフェスの様子(提供写真)

「継続」が第一。担当者が変わっても、続く事業にする仕組みを整える

続いて、京王電鉄株式会社の菊池 祥子さんにお話を伺います。電車だけでなく不動産や百貨店事業も展開する京王電鉄。

菊池さんいわく、「大手鉄道会社では異動が前提のキャリア設計がされている」とのこと。ずっと同じ仕事ができない中で、どうプロジェクトを進めていくのかを話してくれました。

菊池 祥子(きくち しょうこ)。2006年京王電鉄入社。ショッピングセンター運営管理を経験したのち、グループ会社のスーパーマーケットへ出向、オーナー/出店者双方の立場を経験。下北沢駅高架下の複合施設「ミカン下北」、高尾駅徒歩2分の個商いと出会うビル「KO52 TAKAO」の立上げを担当。

今回は『京王の菊池さんというキャラ設定』というタイトルで進めさせていただきます。

私が働く京王電鉄は、ここ5年くらいでやっと「共創」や「まちづくり」によりフォーカスするようになりました。

菊池

共創に力を入れる背景には、人口減少によって安定的に電車を使ってくれる人が減り、お買い物もECサイトに押されているといった事情があるそう(提供資料)

私たち鉄道会社は駅に集まる人たちに向けてグループの不動産や小売・流通業での商売をしてきましたが、これからはもっとまちにひらいて、地域の人と一緒にまちを盛り上げる必要があります。

菊池

提供資料

だからこそ、自前主義から脱却して、正しく人に頼る。そんなことを意識しながら、私自身は下北沢の「ミカン下北」や高尾の「KO52 TAKAO」に携わってきました。

この2つのプロジェクトを通じて、コミュニティや地域と関わる上では、「継続が本当に大事だ」と感じています。

菊池

高尾にある「KO52 TAKAO」の事業コンセプト(提供画像)

鉄道会社って3〜5年で部署異動するケースが多くて。つまり、一人がずっと同じ仕事をすることができないんです。だからこそ、自分じゃない人でもできる状態を作りながら、次の担当者を見据えてプロジェクトを進めていかないといけない。

そうじゃないと、せっかく作ったプロジェクトが消え、築いた地域との信頼も失ってしまう……。「いかに自分でやらないか」が大事だと思うようになりました。

菊池

下北沢の「ミカン下北」では、コミュニティの醸成を実践している(提供資料)

ショッピングセンターやスーパーの運営に関わる中で、一生懸命作ったコンセプトや想いといった“ソフト”の部分を働く人たちに受け継いでもらうこと、一人ひとりの意識を変えていくことの難しさを強く感じました。

会社の人間として生きていくならば、実際に現場を動かす人達へのボトムアップとしての「草の根活動」とトップダウンが必要な時に備えての「ピュアな気持ちのロビー活動」ができる土壌にしておくことがポイントなんですよね。

菊池

また、社内外問わず、依頼しやすさ、相談しやすさ、応援してもらうためには「京王の菊池さん」であることが必要だと思っています。ただ正直なところ、プライベートの私はそういうタイプじゃなくて……(笑)。

でも、鉄道会社が担える事業と会社をすごく信頼していて、キレイゴトがきちんと事業につながっていくと信じているんです。だから、「京王の菊池さん」としてなら頑張れると思って、お仕事をしています。

菊池

たった一人でも組織を動かすちょっとしたテクニック

ここからはモデレーターの嶋田さんも交えて、クロストークが行われました。

嶋田匠(しまだ・たくみ)。2015年、リクルートキャリアに新卒入社。2018年に日替わり店長の「ソーシャルバーPORTO」を開業。その後リクルートキャリアから独立。2019年から「コアキナイ」というエコシステムを主宰。

嶋田

非常に興味深かったです!

武部さんは自身の「やりたい」から始まっていて、菊池さんはさまざまな関わり合いの中で「京王の菊池さん」というキャラクターになっていったんだろうな、と感じました。

菊池さんは、これまでのプロジェクトにどうやってご自身の想いを重ねていったのでしょうか?

まず、私自身がめちゃくちゃ会社を背負っているって思って働いているんです。

正直、「地域」や「まち」と関わるってかなり自分を投入して一生懸命にならないといけないというイメージありませんか? 地域コミュニティってとくに「〇〇さんだからできた」って言われることが多いんです。

菊池

嶋田

確かにそうですよね。

でも、会社でやる以上、「菊池さんにしかできないじゃダメだな」って思ったんです。

そして実は、私自身そこまでコミュニティに積極的ではなくて……(笑)。会社に全力を出し切っているので、疲れちゃうんですよね(笑)。なので、プライベートはめちゃくちゃ陰キャです。

菊池

そうなんですか!?

武部

やること自体がいやではないんですよ。大義名分があるから、やる。世のため人のために働きたいから「京王の菊池さんとしてやるよ!」という感覚なんですよ。

私の根っこの部分に「いいことしたいな」「人が楽しく暮らせたらいいな」という想いがあるので、その想いにキャラクターがうまくのせられているのかな?と思っています。

菊池

嶋田

武部さんは、どうやって自分の想いをプロジェクトにのせていったのでしょうか?

正直、まったく意識していなくて……。「さこすて®」が好きっていうのが根底にあるのかな。プロジェクトを進めていくと、もうひとり自分がほしいと思うんですが、現実的に無理じゃないですか(笑)。

でも、菊池さんがおっしゃるような軸を他のメンバーに受け継ぐことができれば、それに沿いながらもその人なりの「さこすて®」をやってもらえるのかな、と思っています。

武部

もっと言うと、僕は「さこすて®」をやっていますけど、「言えばできる環境がある」ってことをほかの社員にも伝えたいって想いがコアの部分にもあるかもしれません。

同じことをやってほしいとかではなく「新しいことや地域と関われる会社なんだよ」「ソフトなこともできるよ」という部分も含め、次の人へ伝えていきたいと思っています。

武部

嶋田

ありがとうございます。

お二人の話を聞いていて、トム・ニクソンさんの書籍『すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』(英治出版)を思い出しました。

その中ではリーダーじゃなくて、ソースと呼ばれる「最初の一歩を踏み出した人」が大事だって書かれているんですね。まさにお二人なのではないかな、と。

たとえば、「武部さんがやるなら」「菊池さんが言うなら!」と社内のメンバーに思ってもらえる雰囲気をどう作っていけばいいと思いますか?

人間は「感情の生き物」なので、いくらロジカルで正しいことを突きつけても、好きとか嫌いとかで判断されてしまうことも多いな、と思うんです。

全員に私のこと、プロジェクトのことを好きになってもらう必要はありませんが、「嫌われないこと」は大事だと思っていて。あと、関わる相手の刺さりどころをきちんと把握しようと心がけています。

一方、めちゃくちゃピュアに「いいですよね!」「素敵だと思いませんか?」ってロビー活動するしたたかさも兼ね備えておくようにしていますね。あくまでもピュアに!(笑)

菊池

すごいっすね! 僕は必死にやってたら、「いいから、お前向こうでやってくれ!」って言われちゃうかもしれないです……(笑)。

うちの会社にとって「さこすて®」はこれまでに“ない”分野なんです。なので、いろんなことを「さこすて®」と絡めましたね。

たとえば、一見関わりのない場面でも「あっ、これ、さこすて®と通じますね」「この前書いていた経営計画の〇〇って、さこすて®のことですよね」みたいに伝えてみたり……。既存のものにうまく絡めていくことで、お互いの理解を深めていました。

武部

業種の垣根を超えて「やりたい」を叶えるヒントを語らう

イベントの後半は、登壇者を交えたテーブルトークが行われました。

「お二人にどんどん聞きまくりましょう!」と笑顔で進行するWORK MILL編集部メンバーで、プロジェクト発起人の宮野玖瑠実(みやの・くるみ)。参加者さんの緊張感もふわっと和んだ様子でした。

「キーパーソンはどうやって見つけたらいいですか?」
「会社の体制が古すぎて……」
「ぶっちゃけ収益って出せます?」
「運営のゴールは会社とどう折り合いをつけていますか?」
「そもそもどのように企画やアイデアが思いつくの?」

などなど、議論が止まらないあっという間のテーブルトークとなりました。

イベント終了後もその熱がおさまらず、多くの方が会場に残り、名刺交換やテーブルトークの続きを楽しむ様子が! 武部さんと菊池さんの熱い思いが伝播し、広がっていくようでした。

『職場でも「もっと、ぜんぶで、生きていこう。」イベント×連載シリーズ』では、参加者向けのFacebookグループを開設し、参加者さん同士での交流をさらに深める仕掛けも用意中です。

次回は2026年1月に「社内コミュニティ」をテーマに開催を予定しています。詳細は、WORK MILL上でお伝えします。どうぞお楽しみに!

さこすてポーズの武部さんと、「KO52 TAKAO」の52を表現してくれた菊池さん。

2025年10月取材

執筆=つるたちかこ
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代(ノオト)