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素朴な疑問が起こす、水インフラの変革 ― WOTA・前田瑶介

一説によると、ヨーロッパで近代的な上下水道システムが開発されはじめてから500年余り経ったとされています。しかしなお、日本の一部地域を含め、世界では未だに水の問題を抱えている人々がいます。

「これだけ技術が発達した社会で、なぜ上下水道はなかなか普及しないのか?」 ― WOTA株式会社CEOの前田瑶介さんは、学生の頃からそんな素朴な疑問を抱いていたと言います。

WOTAは「人と水の、あらゆる制約をなくす」をビジョンに掲げ、AIを活用した自律分散型水循環システム「WOTA BOX」を開発。このプロダクトを活用することで、水道管をつながずとも、装置の中で再生された清潔な水を繰り返し使うことができます。

人々の生活を変え得るこの発明は、2020年度グッドデザイン大賞を受賞。災害現場や新型コロナウイルス感染症対策など、徐々に導入が広がっています。前編では、WOTA BOXが私たちの生活にどのような未来をもたらすのか、前田さんに伺います。

建築・土木業の水道から、製造業の水循環システムへ

WORK MILL:WOTA BOXが今までの水道システムとは異なる点について、改めて伺えますか?

前田:私たちは、今まで土木業型でつくられてきた水処理のバリューチェーンを、製造業型で実現しようとしているんです。例えば西新宿一帯には世界最大規模の地域熱供給システムがあって 、ダクトでつながっているビルの排熱を一括で行っているんですよ。これは土木業型の空調システムであり、都市全体で一つの大きなシステムを共有して、各建築物をつなぐという形です。

一方、室外機であれば、いらなくなったら取り外して別の所に使えます。製造業型には、この場合の室外機のような柔軟性があります。

これはあくまで例えであり、どちらが良い悪いという話ではありませんが、水インフラも土木業型から製造業型にシフトすることで、これまでになかった可能性を持つことができると考えています。例えば量産効果を持たせたり、人々が安くアクセスできるようになったりします。

―前田瑶介(まえだ・ようすけ)
1992年徳島県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院工学研究科建築学専攻(修士課程)修了。幼少期より生物研究に明け暮れ、高校時代には食用納豆由来γポリグルタミン酸を用いた水質浄化の研究を行い日本薬学会で発表。大学・大学院在学中より、大手住宅設備メーカーやデジタルアート制作会社の製品・システム開発に従事。その後起業し、建築物の省エネ制御のためのアルゴリズムを開発・売却後、WOTA株式会社に参画しCOOに就任。現在同社CEOとして、自律分散型水循環社会の実現をめざす。過去に、東京大学総長賞、グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、「30 UNDER 30 JAPAN 2020(主催:Forbes JAPAN)」を受賞。 

前田:例えば世界に自動車が普及した過程で。あるいは戦後の日本で冷蔵庫を一気に普及した過程で。そういう、生活が一気に変わったとき、背後に製造業の存在がありました。

今までの水道工事は、都市から離れた所に水処理場をつくって、人が住む地域との間にパイプラインを敷いていました。でもそれぞれの都市によって、環境や土地条件は異なります。土地の起伏、山の有無、道のあり方などが代表例ですね。水道を敷くには毎回図面を書かなければなりませんし、引いた図面通りにいざ地面を掘り返してみると石がまざっていたりして工事が止まり、そのたびに図面を書くところからやり直しになってしまう。

そういう大変なことをやってきた方々へのリスペクトは絶えません。一方で、これから100年を考えたときに、人口がどんどん減っている中山間地域などで、上下水道を敷設するというのは現実的ではありません。実際に上下水道の維持に財政の課題を抱えている地方自治体からの相談も増えてきており、新たな形を検討するタイミングに来ているのだと感じています。

―中央の白い装置が自律分散型水循環システム「WOTA BOX」。左のシャワーテントで、浄化された水やお湯を浴びることができる。

前田:私たちが取り組んでいるのは、先人たちが育んできた水処理場の運用管理の方法を、デジタル技術に置き換えること。そして、今まで属人化してきた運用管理の技術をモデル化して残すこと。極端に言えば、水処理システムを家電みたいにしたいんです。家電のように共通仕様で量産して、安くしていく。「なんで現代の日本で水処理事業をやっているの?」と言われることもありますが、シナジーは十分にあります。今の日本ほど水処理の技術水準が高い国はありませんし、日本には製造業の土台がありますから。

iPhoneは普及しているのに水道が普及していないのはなぜか

WORK MILL:前田さんは2020年に、御社CEOに着任されています。その以前から、水システムのあり方に注目していたのでしょうか?

前田:私の故郷は47都道府県の中で最も下水道の普及率が低い徳島県で、私が育った県西部には上下水道ともにない地域も多くありました。ただ、だからこそ上下水道があることが発展度の一つの象徴のようにとらえられている側面もあって、「どんどん敷設しよう」という世論があったように感じていました。そういう中で、上下水道が敷設される様子などを見ていて、工事の大変さは体感で知っていたんです。地面に石が埋まっていたら避けないといけないとか、そういうのは掘ってみないとわからないとか。

世界に近代的な上下水道システムが始まって500年余り経つとも言われていますが、いまだに全世界に普及していない。水は、生活に必要不可欠なものであるにも関わらずです。一方でスマートフォンは、10年くらいでアフリカの隅々にまで流通しました。2019年の年末にケニアのマサイ族の村を訪れたんですが、4Gが飛んでいて、バッテリーソーラーシステムもあって、みんな普通にスマートフォンを使っているんですよね。それでいて、水だけは遠くまで汲みに行っているような状況です。

WORK MILL:「どうして水の問題はこんなに解決しないんだろう」という素朴な疑問を抱いていたんですね。

前田:その疑問がもう一段階、抽象化された出来事があります。私は大学の合格発表のあった2011年の3月10日に上京したんですが、翌日に東日本大震災が起こりました。地震の影響で水道が止まった際に、都市におけるインフラの脆弱性と、都会の人々の水に対する意識の違いを痛感したんです。断水して水が足りない状況になっても、誰も近くに流れる川の水を利用しようとせず、その水が何に使えるのかも知りませんでした。

私の故郷だと、川の水質をみんなが知っていて、「何かあったときに使えるぞ」という見方をするんです。夏に野菜が採れたとき「あの辺の水は冷たいから冷やしておこう」とか、山道を歩いていてのどが乾いたら「ここの水よりもあっちの山肌から染み出ている水の方が甘いよね」とか。一方で、都会ではそういう感覚は一切なくて、水との接点といえばコンビニで売られているミネラルウォーターくらい。神田川を見て「何かに活用しよう」とは、なかなか考えませんよね。そういった経験から、人と水の関係性について考えるようになりました。

人がデザインする、水処理のあり方

WORK MILL:人と水の関係性について、もう少し詳しく教えてください。

前田:弊社の社名である「WOTA」には、普通の水(water)ではなく、「人間がデザインする水」という意味が込められています。今までの水処理は、都市から離れた所で、環境に負荷をかけながら不純物を取り除く、いわば問題を外へ外へと押し出すような構造でした。私たちが志向する水処理は、人が自由自在に水をコントロールできる状態です。自由自在といっても、水をただ浪費するわけではありません。それは持続可能な仕組みと言えませんからね。

水に対する自由と、それにともなって負うべき責任を、人がデザインするような水処理をめざしています。

WORK MILL:なるほど、具体的にはどのような水処理の状態を実現していくのでしょうか?

前田:一つには、レイアウトフリー・フェーズフリー。つまり「いつでもどこでも」です。従来の水は水道設備やパイプラインに依存していましたが、めざすのは都市の中、建築の中、自然の中、場所を問わず水を使えること。そして通常時、緊急時、災害時、状況を問わず水を使えること。本来ライフラインとはそうあるべきだと思いますが、私たちの開発する自律分散型の水循環システムによって、それを実現していこうとしています。

―WOTA BOXの仕組み(WOTA社提供)

WORK MILL:災害現場に清潔な水をもたらした功績から、御社のプロダクトには「緊急事態のためのもの」というイメージがありましたが、そうではないんですね。

前田:もちろん災害は、自然や水と人間社会の関係性をとらえ直す重要なきっかけになるとは思います。私たちは、自治体の水の未来を考える一つのきっかけでもあると考えているんですよ。だから、目の前の災害対応のため、ということに加えて、この先災害時に限らない水そのものの未来を、自治体の皆様と一緒に考えていきたいと思っています。

それに、最初は全然違う商品企画でした。もともとは「工事なしでオフィスにシャワーボックスを設置できるプロダクト」をめざしていたんですよ。2018年の夏には、100BANCHなどで実証実験をしていました。ただその直後に西日本豪雨が起きて、プロダクトをばらして持って行き、災害現場で使っていただいたんです。そのときにいろいろな気づきがありました。

倉敷市の小学校の避難所に行ったんですが、2~300人くらいの方が避難されていて、一週間以上入浴できていないような人もいる状態でした。ただ、近くにはプールがあったんですよね。私としては「どうしてこの水を使わないんだろう」と思ってしまうんですが、一方で地元のみなさんは「どうにかお子さんやお母さん、年配の方に入浴をさせてあげたい」と仰るんです。

そのとき、水の問題は、解決したいと考えている人はたくさんいるが、解決する手段がなかったり、手段がないように思えるから、解決が進まないんだと気づきました。であれば、水問題を解決しようとする人の、相棒のようなツールをWOTA BOXはめざしていくべきなんじゃないかと考えたんです。こういった経験が、今のプロダクト展開につながっています。

変わるものばかりでなく、変わらないものにも注目してみる

WORK MILL:お話を伺っていて、前田さんのパーソナルな経験と地続きの事業をされているという感じがしました。ビジネスチャンスを探して、水に注目した、という順番ではなかったんですね。

前田:結局私たちは、何か突飛な発明をしようとしているわけでもないんだと思っています。一つのテーマについて素直に、純粋に考えていくなかで「こっちに進んだ方がいいな」と都度判断しながら進んできた結果、具体的な取り組みレベルで見ると、今までにはなかったものが生まれていた。

「なんでこの問題が起きているんだ?」という素朴な疑問を自覚し、「他のことでできていることがなんでこっちではできないんだろう」と置き換えて考えてみたり、その課題が抱える不合理・不条理・非効率……WOTAで言えば「なんで水だけ普及しないの?」といった所から考えていく。それが、私の基本的な思考の枠組みだと思います。

ーWOTA BOX開発中のプロトタイプ

WORK MILL:今、私たちは変化の激しい時代に置かれています。どのように向き合っていけばいいか、お考えがあれば教えてください。

前田:自分なりに世の中に向き合ってみて、重要なことは定数と変数をうまく設定することではないかと思っています。変化していくことが世の中の前提となっていますが、変わるものだけじゃなくて、変わらないものも考えてみる。これを定数と仮定したらどうなるか。今まで変数だと思っていたものを定数にしたらどうなるか。逆に今後も変わらない定数を見つけられたなら、それは人々にとってプライオリティの高い重要な要素だと言えるでしょう。

私が生まれ育った山にも、似た所があります。山の大枠の形は変わりませんが、日々小さい所は変わっているんです。何かの拍子に木の枝が一本折れて、下の地面に日光が当たるようになると、一週間ほどで日陰が好きなコケから日向が好きなコケに生え変わる。その上を歩いてみると、前と比べて踏みしめたときの感触が変わります。そういう複雑系に対するそもそもの興味は、昔から持っていたかもしれません。

脳にも限界があって、生態系のすべてを認識し、把握することは不可能です。私の場合はそこから、何が変わって何が変わっていないのか、変数と定数を考えるスタイルになったのかもしれませんね。

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前編はここまで。後編はWOTA BOXを搭載した手洗いスタンド「WOSH」の可能性について伺います。

更新日:2021年7月13日
取材月:2021年6月

画像提供:WOTA株式会社
テキスト:プレスラボ
写真:安井信介