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【体験レポート】ワーケーションの価値って何だろう? ― 丹後で考える「はたらく・まなぶ・あそぶ」の重なり合い

「唯一無二」を研ぎ澄ます、伝統産業の革新者たち

今回訪れた丹後地域では、長い歴史の中で、その気候風土に適した絹織物業や醸造業が育まれてきました。しかしながら、近年の需要減少や後継者不足により、存続が危ぶまれる場合も少なくありません。

そんな厳しい状況においてこそ、独自の価値を磨き上げることで、伝統産業に新しい風を吹き込んでいる企業や経営者が存在します。今回は2社に訪問し、ものづくりの現場を見学しながら詳しくお話を伺いました。

「モテるお酢屋。」への挑戦 ― 飯尾醸造

株式会社飯尾醸造

1日目の午後に伺ったのは、宮津市の株式会社飯尾醸造。明治26年創業で、無農薬米づくりからお酢のもととなる酒づくり、そして酢づくりまで一貫して手掛けるお酢屋さんです。丁寧につくり上げられたお酢にはファンも多く、年間の商品購入者数は数千人にのぼるそう。

「ブランドをつくるとは、意味のある差をつくること」と話すのは、五代目の現当主である飯尾彰浩さん。その戦略は明確で、「モテるお酢屋。」を経営理念に掲げ、ブランディングで他と差別化する「弱者のための競わない経営」に取り組んでいます。

株式会社飯尾醸造 五代目当主 飯尾彰浩さん

ブランディングと言うと、「広告宣伝に力を入れているの?」と思うかもしれませんが、そうではないのが大きな特徴。なんと、広告も営業もゼロなのに、自社のファンを生み出しているのです。

「モテ」の源泉となるのはもちろん、通常の何倍もの手間ひまをかけてつくる、美味しいお酢。宮津の棚田で育てた無農薬米をたっぷり使ってお酒を仕込み、その酒をお酢へと発酵させるだけでも100日以上かけるという手の込みようです。

多種多様なお酢。それぞれ味わいが異なる

酢蔵見学でお酢のテイスティングを体験したところ、今まで味わったことのないまろやかな酸味と旨味がふわりと広がり、本当に驚きました。(これはリピートしたくなります!)

しかしながら、商品だけでは「モテるお酢屋」にはなれません。飯尾さんによると、モテるための要素は3つ。それは、「イケメン」が「腕枕」をしながら「夢を語る」こと。

目の前に??が飛んだ方のために解説すると、こうなります。

  • イケメン=商品
  • 腕枕=体験
  • 夢を語る=ビジョン

つまり、素敵な「商品」を「体験」とともに提供するなかで、会社の「ビジョン」も伝えていくということ。この3つに真剣に取り組むことによって、共感・愛着・信頼につなげているのです。

「体験」の代表例が、通販会員限定の田植え・稲刈り体験会。このプログラムが誕生したきっかけは、契約農家の高齢化と後継者不足を受けて、自分たちでも米づくりを始めたことでした。農薬不使用での栽培は難しく、人手も足りなかったものの、普段経験することのない作業には非日常の楽しさがあったといいます。

ある人にとっての日常が、別の人にとっては非日常の体験に変わり、大切な付加価値となる。ここにアイデアを得て、一般の方にもより楽しんでもらえる工夫を加えることで、何度でも参加したくなる体験会が生まれました。

「紅芋酢」の工程。お酢づくりへのこだわりは、お米以外の原材料にも共通

また、飯尾醸造は自社の利益だけではなく、丹後の町、そして社会全体までも視野に入れた「ビジョン」のもと多様な活動を展開しています。その中の一つが、イタリアンレストラン「aceto(アチェート)」の運営です。

天橋立で知られる観光都市でありながら、客単価が低いという課題を抱えている丹後地域。京都市と比べて宿泊者の割合が少ないことに原因を見出した飯尾さんは、「旅の目的になるレストラン」が必要だと考えました。そこで編み出したのが、夜だけ営業するレストラン。飯尾醸造のお酢や地元食材をふんだんに使った料理を目当てに、今や年間約1,000泊が生まれているそうです。

純米「富士酢」の原料となる玄米と、宮津の魚を使用した「aceto」のリゾット。他にも充実の料理が並ぶ

わたしたちも、実際に「aceto」で夕食をいただきました。お酢の原料となるお米を熟成させたリゾットを筆頭に、お酢屋ならではの素材と丹後の食材を生かした料理は見事な美味しさ。こちらでの食事を目的に、丹後を訪れたくなるのも納得のひとときでした。

このほかにも、「手巻キング」と称して公式手巻き寿司パーティーを開催したり、「江戸前シャリ研究所」を主催して世界中の鮨職人が宮津に集まる機会をつくったりと、驚くほど多様な取り組みを行っている飯尾さん。

これら全ての軸となるのは、何と言っても「お酢」です。お酢をコアとして、体験やコンテンツを掛け合わせることで独自の価値を築き、お客さんや従業員、地域も含めた「モテ」を実現させていました。 1日目はこれにて終了。夜は古民家をリノベーションした一軒家「三上勘兵衛本店」に宿泊し、ぐっすり休みます……。

「手織り」の追求が生む独自性 ― クスカ

2日目の午前に伺ったのは、1936年創業・丹後ちりめんの製造販売を手掛けるクスカ株式会社です。300年の歴史を有する丹後織物の手仕事を守りながらも、新しい視点で現代のファッションやインテリアにブランドを展開。国内外から注目を集めています。

しかし、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったといいます。

実は、着物生地のマーケットや生産量が減少する中で、一時は廃業寸前にまで追い詰められていた同社。その状況を打破しようと改革に乗り出したのは、三代目で現代表の楠泰彦さんでした。

クスカ株式会社 代表取締役 楠泰彦さん

改革の柱は2つ、「手織り」と「直接販売」への思い切った切り替えです。

工場にあった機械織機を全て処分し、あえて手織り100%に。織機には最新の技術を取り入れて生産性も高めつつ、職人による「手織り」という独自性を追求したのです。同時に流通経路も見直し、問屋などを経由する従来の形式ではなく、自社で作った最終製品を直接販売する方法に舵を切りました。

この大胆な方針転換によって、機械での大量生産からは一切手を引き、職人の技術が活きる製品を感度の高い方に届ける、ものづくりブランドへと生まれ変わっていきます。 2010年に立ち上げた自社ブランド「KUSKA」の代表的な商品は、ネクタイです。空気を含んだ独特な質感が美しく、手に取ってみると、立体的な生地のやわらかな風合いが直に感じられました。楠さんが「表面的なデザインではなく、素材に向き合う本質的なデザインを」と語る通り、ネクタイを通して、手織り生地の持つ豊かな表情に触れることができます。

手織り生地を活かしたネクタイ

さらに、2022年4月には「KUSKA」から「kuska fabric」へとブランドを再構築。商品だけではなく、素材や作り手などのプロセスも含めた価値を訴求しながら、グローバルブランドとしての展開を目指して販路を伸ばしています。

工場の中では、丹後ちりめんを織っている様子、一つひとつ製品を縫製する様子を間近で見学。実際に織機を操っていた職人さんにお話を伺うと、手織りの仕組みや生地の特徴について、丁寧に教えてくださいました。特に印象的だったのは、織物を扱う職人さん自身の姿です。やわらかな生地を生み出すやさしい手つきも、真剣なまなざしも、この場所を訪れたからこそ感じられたものでした。

手織りの様子。職人さん一人ひとり、異なる風合いが出る

また、工場内を見渡すと、若手の女性職人の方が特に多いことに気づきます。楠さんによれば、改革を通して、もともと0名だった手織り職人が10名以上増加、平均年齢は約35歳に! 作り手の高齢化が進む中にあって、この事実は目を見張ります。

子育て中の方も多く、勤務制度も柔軟にしているそう。プロダクトの生産価値を高めるだけではなく、働きやすい環境を整え、働き手の幸福を追求する企業姿勢も伝わってくるようでした。