我慢と鍛錬はまったく別のもの。「疲れていないフリ」をやめよう(澤円)

仕事でもプライベートでも、やりたいことは山のようにある。同時に、周りからのいろいろな頼まれごとにも向き合っていくと、いつの間にか予定はいつもパンパンに。この働き方、暮らし方は思っていたのと、ちょっと違う気がする……。そんなときに必要なのは、こだわりや常識、思い込みを手放すことなのかもしれません。連載「やめるための言葉」では、圓窓代表取締役・澤円さんと一緒に「やめること」について考えていきます。
「我慢は美徳」の恐怖
バブル華やかりし1980年代も終わりを迎える頃、非常に印象に残る栄養ドリンクのCMがありました。
そのCMでは、「24時間戦えますか」という、実に強烈なキャッチフレーズがありました。
24時間戦闘体制でいることこそが、ジャパニーズビジネスマンの誇りだったことを物語っています。今考えると、実に恐ろしい(笑)。
でも、当時の日本は経済的に絶好調、働いた分以上のお金がじゃんじゃん入ってくるような、なかなかに狂った時代でした。そんな時代には、疲れてる場合じゃなかったんですよね。
とにかく、無理するだけの価値があると誰もが思えるような雰囲気が、1980年代の後半は日本を支配していましたね。ボクの父親も大手証券会社に勤務していて、バブル時代はめちゃくちゃ忙しかったそうです。
父はとにかく体力お化けで、そんな時代にも飄々と生きていましたが、彼の同僚には睡眠不足が祟って体を壊す人も少なくなかったようです。「体を壊すまで働くことすらも美しい」と勘違いする人が出るような時代だったのではないかなと思います。
そして、バブル期に社会問題として認識されるようになった「過労死」は、2000年代の半ばにはピークを迎えるようになりました。バブルが崩壊し、リストラなどが急激に増えた結果として、一人当たりの業務量が激増したことが原因で、「働きすぎて命を落とす」というとんでもない状況が発生したのです。
(ちなみに、過労死は日本だけの社会問題ではなく、世界中で起きているようです。一部のレポートでは日本は割合が高いとされますが、公式な国際比較データは存在しません)
我慢を強制するのは暴力
さて。2025年7月31日、Xにこんな投稿がありました。
「昭和生まれの方に質問です。なぜか分からないのですが、「水飲むな」って体育の授業で言われてたって本当ですか?」
ボクがこの原稿を書いている時点で、約236万e回表示、約2.2万のいいね、2,263のリポスト、3,492のコメント。めちゃめちゃバズってますね。
今となっては都市伝説……と思いきや、いまだにこれを徹底している学校や運動部もあるというXのポストもちらほら。うん、なかなか狂ってますよね。
でも、このような理不尽を受け入れさせようとする圧力は、今でもあちこちに残っています。なんでこのような暴力がまかり通っていたかというと、生存強者の成功体験の押し付けに他なりません。
「オレもそうやって鍛えられたんだ、お前もやれ」という考え方ですね。自分がしんどい思いをして生き残ったんだから、当然後輩たちも同じ体験をするべきである、という考え方。
これは一言で言えば「暴力」です。暴力とはすなわち、「相手が全く望んでいない形で苦痛を与える行為」です。とはいえ、自分がした辛い体験を後の世代にもさせたいと思う一派がいるのは、不思議なことではなさそうです。
ちなみに、ある学校の運動部では、下級生に対する理不尽なルールが撤廃された時に、上級生が泣いて悔しがったという話もあるようです。同様のことが、職場でも起きかねないよな、とボクは危惧しています。
というのも、前章で述べたバブル時代の生き残りがまだまだ現役で、なんなら組織の要職にいたりするからです。「俺たちが若い頃は」なんてついつい言っちゃう連中がマネジメントのポジションにいるのは、なんとも恐ろしいものです。
そういう人たちが課長や部長といったポジションにいて、休暇申請の門番とかされると、本当にしんどいですよね。結構疲労が溜まってきて、そろそろ有給でも取ってリフレッシュしたいな……と思っているのに、「あの課長に申請するのやだなー……。週末まで頑張るか……」って我慢しちゃう人、いませんか?
自分と向き合う習慣づけを
まぁ、面倒くさい連中と対話するのを避けたい気持ちは分からんでもありません。
とは言え、「疲れてないフリ」は、結局のところ自分に蓄積するダメージを大きくしてしまいかねません。人間、ある程度は精神力で無理をすることはできないこともありません。
しかし、それをずっと続けていると、最終的には心身の健康を害するリスクがあります。また、疲労の感じ方は個人差が多いですし、同じ人であっても状況によってはいつもよりも疲労が大きいこともあります。
大事なことは、自分の心身と対話する習慣づけです。なんとなくやっている人はいるでしょうけれど、これは徹底して習慣にしてほしいと思います。自分がどの程度の睡眠で回復するのか、どの程度の食事量で満腹になるのか、お酒はどの程度飲めるのか……まずはこれを認識することが社会人の基本中の基本。
そして、これは年齢とともにアップデートが必要な情報でもあります。自分が疲労回復に必要な時間がどれくらいなのかを、しっかり見極めましょう。これは、ビジネスパーソンとしては最優先事項と言ってもいいでしょう。
当たり前のことを言っているのですが、この当たり前を疎かにして体を壊してしまったり、精神的に追い込まれたりしてしまったりする人、たくさんいますよね。疲れることは悪いことではありません。
そして、周囲と同じ量ができないからといって、それを極端に気にする必要もないと思います。大事なことは「回復する術を知っていること」です。
そしてもう一つできることは「適度に鍛えておくこと」です。我慢と鍛錬は全く別物。自己管理の一環として、肉体の鍛錬を取り入れるのは、非常に効果的です。
自分自身で決めたペースと方法で鍛錬を積むことは、結果的に自分の限界値をアップさせることができます。ボクの周囲の「仕事ができる人」は、高い確率で鍛錬を怠っていません。
別に週に6回ジムに行けとか、毎日10キロ走らなきゃダメだとか、そんなことを言うつもりはありません。ただ、ある程度でもいいので自分の肉体を鍛えておくことは、最高の投資になります。
「仕事ができる人」として扱われたいと思う人はたくさんいるでしょう。そのための第一歩は、優れたプレゼン能力でも、データ分析能力でもなく、「自己管理能力」だと思います。
疲れてないフリはやめて、まずは自分の疲労としっかり向き合う。そして、その疲れにくくなるにはどうすればいいかを考える。そうすることで、ビジネスパーソンとしてさらに一歩前に進めると思いますよ!
アイキャッチ制作=サンノ
編集=ノオト