人口7000人の伊豆大島に無料のコワーキングスペース? 多働海域コミュニティ「WELAGO」が目指すもの
東京の竹芝からジェット船で1時間45分。東京から120km南に行ったところに、東京諸島最大の島・伊豆大島はあります。
2023年5月、そんな人口約7000人強の島に「都市と地方の共存社会を、多様な働き方から描く」がコンセプトの無料コワーキングスペース「WELAGO(ウェラゴ)」が開設されました。
オープン1周年パーティーには、島内外合わせて400名が集まるほどに。そんな賑わいを仕掛けたのは、伊豆大島出身で株式会社フロンティアコンサルティング執行役員の稲田晋司さんと、株式会社TIAM CTOの千葉努さん。
なぜ、WELAGOにそんなに人が集まるのか? なぜ、伊豆大島にコワーキングスペースをつくったのか? 仕掛け人のお二人に伺います。
稲田 晋司(いねだ・しんじ)
株式会社フロンティアコンサルティング執行役員 デザイン部部長。
1980年、東京都大島町生まれ。株式会社フロンティアコンサルティングには2007年の設立時より参画し、デザイン部門の責任者を務める。2020年より、企業のオフィス構築に関するリサーチチームを立ち上げる。2023年5月より地元伊豆大島に開設したコワーキングスペースを拠点に、『多働海域コミュニティ WELAGO』の運営をスタート。
千葉 努(ちば・つとむ)
株式会社TIAM CTO。デザインオフィス「トウオンデザイン」クリエイティブディレクター兼デザイナー。2010年に伊豆大島に移住、2019年まで経営指導員として大島町商工会に勤務する傍ら、2012年~2017年まで空き物件を活用してクリエイティブスペース「kichi」を運営、2014年にNPO法人化してアーツカウンシル東京との共催事業である「三原色(ミハライロ)」(2016年共催終了)をはじめ、おもにコミュニティや場づくりをテーマとした多種多用なイベント企画やメディアづくりを行なっている。
「WELAGO」はどんなスペース?
WORK MILL編集部の全員、伊豆大島には初めてきました都会とまったく違う景色、そして海の音や鳥の声に癒やされています……。
早速ですが、そんな伊豆大島にある「WELAGO」がどんなコワーキングスペースなのか教えてください。
稲田
WELAGOは、大島町が持っていたあまり使われていなかった建物を全面改装した、無料のコワーキングスペースです。
千葉
この施設はもともと、1992年に開催された第1回全国椿サミットというイベントのためにつくられました。以前は、祭りの太鼓の練習が行われるなど、地域のコミュニティセンターのような場所だったそうです。
よく通る道路沿いにあるので、ずっと視界には入っていたんですが、使ったことはなくて。
見た目も個性的な建物ですよね。左右に分かれていて。
稲田
もともと2部屋に分かれている建物だったのを生かしました。
1つの部屋がイベントやミーティングでざわざわしていても、もう1つでは静かな作業をする……など、利用状況によって使い分けられるんです。
稲田
それに、建物の奥には広い芝生があるんです。天気が良ければ、テーブルと椅子を置いて仕事できます。夜には、利用者さんといっしょにバーベキューや鍋をしたり……。
千葉
庭からは桜も見えますよ。
建物の中と外、それぞれの場所に個性があるので、イベント会場としてもすごくいいんです。今後、いろんな使い方を試しながら、可能性を広げていきたいですね。
あまり使われていなかった施設とは思えないですね……!
なぜ、伊豆大島にコワーキングスペースをつくったのか?
伊豆大島は人口7000人ほど。人口減少と高齢化が課題だと伺いました。たくさんの地域がある中、なぜ伊豆大島を選んだのでしょうか?
稲田
コロナ禍以降、働き方の自由度が上がり、都市と地方で働く多拠点生活という選択肢も一般的になってきましたよね。
この変化に合わせて、都市だけではなく、地方にも働く場所を作っていきたいと思うようになったんです。
とはいえ、地方と都市ではやり方もかなり違いますよね……?
稲田
はい。地方で新しいプロジェクトを始めるならば、近隣地域や行政の関係者などを巻き込む圧倒的な熱量が必要です。
だったら私自身が高校卒業まで過ごした地元・伊豆大島でやりたい。そこで、地域を巻き込むために、伊豆大島在住の千葉さんにお声掛けをしたんです。
千葉さんも伊豆大島のご出身なんですか?
千葉
いえ、私はもともと神奈川県出身で。2010年に伊豆大島の雰囲気に惚れ込んで移住してきました。
それから2019年までは大島町商工会に勤め、地域の事業者さんの経営支援や地域振興事業に関わっていました。
その後、地域の情報発信なども手掛けるデザイン会社を経営しながら、株式会社TIAMを仲間と創業。東京諸島をエリアとした事業を展開しています。普段は島内で暮らしているので、人間関係や空気感も把握していました。
出身の方と移住者の方だと、また視点も違いますし、心強いですね……!
ところで、WELAGOは「多働海域コミュニティ」と名乗られていますよね。これは一体?
稲田
伊豆大島を含む東京諸島(※)の特徴は、世界的な都市である東京の都市部に近い場所でありつつも、自然が豊かなところです。
「多働海域コミュニティ」は、都市と島を行き来しながら働く人々を増やし、コラボレーションや事業シナジーを生み出すことを目指し、名付けました。
伊豆大島のコワーキングスペースWELAGOは、そのリアル拠点の第一号なんです。
(※)東京諸島……東京都に属する伊豆諸島の大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島と小笠原諸島の父島、母島の計11島の総称
稲田
高齢化や人口減少のほかにも、空き家問題、一次産業の衰退、残された耕作放棄地……。日本の地方が抱えている典型的な課題は、伊豆大島にも存在しています。
しかも、進行ペースが速い。たとえば、私が伊豆大島に住んでいた2000年代前半には9000台だった人口が、2024年には6000人台まで減少していて。
そんなに短い間に……。
稲田
だからこそ、都市部と島の状況を俯瞰的に見つめながら、解決に向けたアクションを起こしたい。WELAGOは、そんな活気あるコミュニティにしていこうと思っています。
地域に愛される場所であり、島内外との交流も生まれる場所
WELAGOは伊豆大島で初めてできたコワーキングスペースだそうですね。島にお住まいの方には、どんな場所として受け止められているのでしょうか?
稲田
やはり横文字は通じにくいようで……(笑)。
最初は「これは何?」とよく聞かれていたのですが、「島外の人が旅行のついでに仕事をする場所」として、徐々に認知されるようになりました。
島にとって新しい存在であるWELAGOを受け入れてもらいやすくするために、コワーキングスペースは無料にしています。
実際、地域の人は巻き込めているんですか?
稲田
はい。
これまでに、地域の課題を考えるワークショップや子どもたちが都内の大人に仕事について話を聞けるイベントなどを開催してきました。
千葉
今、島内には3つの小学校があって、それぞれ1学年につき十数人ずつ生徒がいます。ただ学校同士が少し離れているので、子どもの足で他の学校へ移動することはできないんです。
そのため、イベントに参加してくれた子どもの保護者の方からは「他校の子と交流の機会ができて嬉しい」というお声もありました。
稲田
イベントの時は、都内の大手町にあるフロンティアコンサルティングのオフィスとスクリーンを通してリアルタイムでつなぐこともあります。大型ディスプレイ「tonari」が大活躍していますよ。
稲田
あとスペース貸しもしているのですが、地域のハワイアンフラダンスチームやサッカーチームの保護者の皆さん、伊豆大島アンコ文化保存会、婦人会の集まりなどでも使っていただいています。
本当に地域の活動で使われているんですね。
稲田
2024年5月にはオープン1周年記念でマルシェイベントを開いたのですが、合計400人ほどの方に立ち寄っていただきました。
「働く場所」だとなかなか入りにくいですが、マルシェなら誰でも来られますから。
人口7000人の島で、400人!
千葉
近隣他島にもお声掛けをして。70キロ以上離れた三宅島からマルシェに出店してくれた仲間もいましたね。
インターンの学生さんが建物の外壁にライブペイントをしてくれたり、たまたま島に来ていたバイオリニストさんがその場で演奏をしてくれたり……。
稲田
あと、伊豆大島へ移住してきたWELAGOスタッフがいるのですが、WELAGOの裏庭を使って結婚式を挙げてくれました。
それは素敵……! まさにWELAGOを通して、島内・島外の両方のつながりが生まれているんですね。
WELAGOの存在から見えてきた来島者の多様性
オープンから1年経った今、WELAGOは島外から来る方からはどんなふうに使われていますか?
千葉
東京都を始めとする自治体や行政の離島関係の事業では会場や、経営者合宿などのチーム研修で使いたい、といったご相談があります。
稲田
2023年5月からの1年間で、1400名ほどの方がWELAGOに来てくださいました。
1周年のマルシェを開催した2024年5〜6月は、合計で約540名以上ですね。
千葉
建築家、デザイナー、漫画家……。WELAGOで話したことをきっかけに、「実はすごく幅広いタイプの方々が島に来ているんだな」と気づきました。
この島にどんな人が来ているのか、ある意味で「見える化」されたとも言えますね。
稲田
もともと「まずは地域の方にWELAGOを使ってもらい、その賑わいから生まれる魅力を島外にも伝えていく」という流れを考えていました。
いまちょうど1年経って、やっと島外にも少しずつ認知が広がってきているのを感じます。これからいろいろな人に入ってきてもらって、実際に何を求めているかを把握しながら広げていきたいですね。
千葉
伊豆大島は観光で来る方も多いので、WELAGOでも個人旅行の多様なニーズに応えるクリエイティブな発想をもっていたいですね。
観光客の方ご自身が関われる余白も作りたいです。WELAGOはまさに、そんな新しいアクションやコンテンツが生まれる場所になっていくと思います。
ワクワクしますね……! これからやっていく予定のことはありますか?
稲田
2024年5月からは、WELAGOをリサーチ拠点とした武蔵野美術大学と共同研究をスタートしました。
個人でも企業でも、大きな都市ではなかなか試しにくいことも、伊豆大島でならもっと気軽に実験できる。そういった面白い取り組みを始められる場所にしたいです。
千葉
私はやはり、事業承継や創業などにつながるミートアップを通じて、地域が持続可能な社会を描いていく契機をつくっていけたらと考えています。
あと、ここで行うイベントやワークショップはきちんと地道に島内外に向けて発信していきたいですね。それをきっかけに、島に興味がある人や島に関わってくれている人のネットワークも広げていければ。
グラデーションとコントラスト。島で働く魅力とは?
「伊豆大島に興味はあるけれど、まだ行ったことがない」という方は、まだまだたくさんいらっしゃいます。
最後に、ワーケーションも含めて伊豆大島で働く魅力を教えてください。
稲田
都市から近いのに自然が楽しめるところですね。都市にいると電車で通勤して帰り道に飲んで家に帰る……、なんて働き方になりがちですよね。
でも、自然の中にいると朝に少しトレッキングしてから仕事をしたり、休憩時間に海を見に行ったりもできる。働き方、生き方が豊かになっていきますよ。
稲田
あと、ワーケーションが盛んな地域は、伊豆大島の他にもたくさんありますよね。
でも、行くまでの道のりが、グラデーションなのかコントラストなのかという違いがあると思うんです。
グラデーションとコントラスト?
稲田
たとえば、都内から長野に行く場合、車でも新幹線でも車窓の景色がちょっとずつグラデーションのように変わっていきますよね。もちろん、それも素晴らしい体験です。
でも、海で隔てられた島の場合はコントラスト。船に乗って降りたら、一気に景色が変わる。普段の生活との違いを一気に感じられるのは、島ならではの魅力です。
そもそも船に乗り慣れている方も少ないので、その時点で楽しいですよ。
すごくわかります……!
想像以上に移動時間がかからないのに、大自然が楽しめる、とても魅力的な土地ですね。島との心の距離がぐっと近くなりました。
稲田
本当に意外と近くて。
船の就航率はジェット船で95%、客船だと99%。気候などの影響で帰れなくなることもほとんどありません。ぜひ、お気軽にいらしてください。
千葉
大島は伊豆諸島でもっとも大きい島で、ほかの東京諸島と都市部をつなぐハブのような場所。ここにWELAGOができたことで、東京諸島全体の魅力がもっと伝わるようになるのではないかと期待しています。
今後、都市から来てくれた方と一緒に、島でのワークスタイルや文化を育んでいきたいですね。
島で働くという選択肢、すごくリアルになりました。今日は本当にありがとうございました!
2024年6月取材
取材・撮影・執筆=鬼頭佳代/ノオト
編集=桒田萌/ノオト
撮影=WORK MILL編集部