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高齢者はまだまだ活躍できる。20〜90代までイキイキ働く「うきはの宝」に教わる多世代協働のコツ

飲食店で配膳ロボットが活躍していたり、セルフ注文のお店が増えたり。日常のさまざまなシーンで、「人手不足」を肌で感じている人は多いのではないでしょうか。

少子高齢化により、業界を問わず人手不足は加速しています。働き手の確保のため、企業は高齢者雇用を進めていますが、ノウハウがなく、難航している企業も少なくありません。

しかし、人手不足の深刻化は待ったなし。今後はいかにシニア世代に活躍してもらうかが鍵となっています。

そんななか、福岡県の中でも過疎化が進むうきは市で、75歳以上のおばあちゃんたちを主役とした会社があります。それがうきはの宝株式会社です。

今回は、代表取締役・大熊充さんにおばあちゃんたちの良さをどのように引き出しているのか。その工夫や大切にしている考え方について伺いました。

大熊充(おおくま・みつる)
うきはの宝株式会社代表取締役。1980年、福岡県うきは市出身。20代にデザイン事務所を創業。その後、地域の課題解決のために何かできないかと社会起業家育成のスクールで学び、2019年10月に75歳以上のばあちゃんたちが働ける会社「うきはの宝」を設立。2020年福岡県主催の『よかとこビジネスプランコンテスト』で大賞、2021年農林水産省主催の「INACOMEビジネスコンテスト」で最優秀賞を受賞。

75歳以上のおばあちゃんたちに、働く場と仕事を創出する会社

うきはの宝は、一体どんな事業をしている会社なのですか?

大熊

75歳以上のばあちゃんたちが働く場と仕事をつくることを目的とした会社です。

農産物の加工・販売や食品の製造・販売、「ばあちゃん新聞」という自社メディアの制作・販売などの事業を行っています。

昔ながらの“おばあちゃんの味”を商品化。「ばあちゃん飯」として、通販やマルシェなどで販売している。(提供写真/撮影=田代茂輝)

大熊

メインで働いてくれているばあちゃんは4〜5人で、一番若い人が77歳、一番上は88歳です。

アルバイトとして、食品製造や有料視察が入った際の料理提供などを担ってくれています。

77歳が若手!

大熊

他にも、薬草採りなどスポットで協力してもらっているばあちゃんもいて、最高齢は90代。この場合は、委託や謝礼といった形でお支払いをしています。

会社には20代から90代までいるので、僕は“多世代協働”と呼んでいるんですよ。

20代のスタッフも入れると、常時18人〜20人が関わっている。(提供写真)

90代の方まで……。皆さん、お元気ですね。

大熊

とはいえ、ばあちゃんたちに正社員として週5日・1日8時間で目一杯働いてもらうのは、やっぱり現実的ではなくて。

いろいろ試した結果、今は週2回、1日3〜4時間を目安に、元気に帰れる範囲で働いてもらっています。

どうやって決めたんですか?

大熊

ばあちゃんたちに話を聞くと、国民年金だけでは足りない人が多いんです。

それで、「1カ月に2〜3万円のバイト代があると生活が楽になる」と言うので、その金額を目安にしています。

少しでも収入があると、安心感がありますよね。

大熊

ただ、仕事である以上僕は成果を求めます。福岡県の最低賃金である時給992円を払っていますから。

たとえば、マルシェに出店したら、ばあちゃんたちにもその日の売上目標を伝え、頑張ってもらいます。納期やクオリティも、成果を求めるのは普通の会社と同じです。

「ばあちゃん飯」を販売するマルシェの様子

大熊

「ばあちゃんだから」と大目に見ているわけではない。

そこは、あえてビジネスライクな姿勢をとっていますね。

社会課題解決のためにも、高齢者が働ける仕組みを作りたい

お手伝い感覚で働いてもらっているわけはないのですね。

大熊

はい。実はこうして適度な圧をかけるのは、ばあちゃんたちの脳にもいいという研究もあって。

1日中テレビを見て、ぼんやりと過ごしている高齢者も多いですから。仕事という適度な緊張感がある方が、生活に張りも出るんです。

確かに、刺激が全然違いますよね。

大熊

あいさつのようなライトなコミュニケーションも、脳に非常に良い影響があるとわかったそうです。

人との関わりって大事なんですね。

大熊

そうなんです。現在、認知症が非常に大きな問題になっています。いま日本の認知症患者数は約750万人で、将来的には1200万人まで増えると危惧されている。診断を受けた人数なので、実際はもっと多いはず。

このままでは、医療費や介護費は増える一方です。だからこそ、高齢者が週に数回、短時間でも人と関わりながら働く仕組みが作りたい。それが健康にもつながり、社会課題解決の一助になると考えています。

確かにそうですね。

大熊

だから、僕は年を取っても稼げる社会をつくりたいんです。

「老害」という言葉がありますよね。「高齢者の存在は害である」という考え方です。

時々耳にします……。

大熊

これ、要は世代間闘争なんです。そして、その原因は高齢者を支える現役世代の負担増加にあります。

しかし、「不要だ」と言って高齢者を社会の隅に追いやっても、彼らが保護対象であるのは変わらず、根本的解決にはなりません。

それなら、高齢者も働いて稼げる世の中にすればいい。雇用制度や仕組みを生み出すことで、あらゆる世代が協力して働けるようになればいいんです。

当初は、多くの人に「75歳以上の人を雇う会社なんてうまくいくはずがない」と言われたが、今では国内にも認知が広がり、海外の大学からも視察が来るなど注目されている。(提供写真)

大熊

実は、僕たちが取材されたテレビ番組を見たり、「ばあちゃん新聞」を読んだりした全国のばあちゃんたちから「私も近くにうきはの宝があれば働きたい」と、会社に月に100件近い電話がかかってくるんです。

ばあちゃんの知恵や輝くばあちゃんを紹介する「ばあちゃん新聞」を読んで、「うきはの宝の◯◯さんのようになりたい」という声が寄せられることも。(提供写真)

そんなに……!?

大熊

働く場があれば働きたい高齢者が、それだけいるということです。

地域のことはおばあちゃんに聞け。シニア版リファラル採用

おばあちゃんたちと働いてみて、気づいたことはありますか?

大熊

たとえ80代同士だったとしても、いきなり新人を入れて「今日から仲良く働いてね」とお願いするのは難しいとわかりました。みなさん、人の和を大切にしますから。

僕がそこを理解できていなくて、ばあちゃんたちから怒られたんですよ。

何があったんですか?

大熊

僕は以前、「働きたいばあちゃんは全員仲間にしたい」と思って、希望者をどんどん入れていたんです。

でも、人間関係の問題がいくつも出てきてしまって……。今考えると当然のことですが、年齢に関係なく人と人との相性ってありますよね。

でも、そういった問題も、ばあちゃんが自分たちで解決してくれました。

どうやって解決したんですか?

大熊

「一緒に働く人は自分たちで選ばせてほしい」と言われて。今は、ばあちゃんたちにも面接の場へ入ってもらっています。

さらに、ばあちゃんたち自身が一緒に働きたい人を見つけて紹介してくれるようになりました。ばあちゃんたちは長年その地域に住んでいるので、昔一緒に活動していた人や先輩・後輩など信頼できる人を誘ってくれるので、社内が安定しました。

シニア版リファラル採用ですね。

おばあちゃんたちは、テレビで見たイケメンやスイーツの話などでいつも盛り上がっているそうだ。(提供写真)

同じ「高齢者」でも、世代によって知恵や経験が異なる

他にも気づいたことはありますか?

大熊

私たちはつい「高齢者」と一括りにしがちですが、世代によって全然違うことがわかりました。

ばあちゃんたちは知恵・知財をたくさん持っています。そして、それは70代より80代の方が圧倒的に多い。

それは意外ですね。

大熊

たとえば、今の80代以上は戦前・戦中を知っているし、会社勤めの経験がない人も多いです。一方で、70代前半は戦後生まれで会社勤めの経験もあり、スマートフォンも結構使える。このように世代でかなり違いがあります。

80代のばあちゃんまでしか知らない料理も多いので、今ちょうど70代のばあちゃんへ引き継ぎをしてもらっています。

(提供写真)

そう考えると今この時が、一番世代間格差が大きくて、難しい時期かもしれませんね。

大熊

確かに。今後はスマートフォンやパソコンを当たり前の様に使いこなす高齢者が増えてくるでしょう。

そうそう、うちで働いているばあちゃんたちにはLINEを覚えてもらったんですよ。おかげで劇的にやりとりが楽になりました。

デジタル化も進んでいるのですね!

自由出勤で「無理しない働き方」を実現

おばあちゃんたちと働く上で気をつけていることはありますか?

大熊

なんと言っても、無理をさせないことです。そのため、名目上シフトは一応ありますが“自由出勤”にしています。

僕たちの会社で最大のリスクは、ばあちゃんが仕事中に倒れること。だから、「少しでも具合が悪かったり、気が乗らなかったりしたら来なくていい」と伝えています。

それは大事なことですね。

大熊

僕たちも、仕事の約束が入っていると無理しがちじゃないですか。だから、「来なくても大丈夫」と伝えているのは効果が出ていると思います。

ただ、自由にしすぎた結果、3人来てほしい日に1人しか来ないこともある。それだと生産が間に合わないので、3人中2人は来てもらえる仕組みを考え中です。

おじいちゃんを雇用する予定はないのですか?

大熊

正直なところ、じいちゃんと比べて、ばあちゃんたちは柔軟なんです。

なので、会社の立ち上げ時は意図的にばあちゃんに特化しました。じいちゃんたちを誘うのは、基盤を作ってからにしよう、と。

なるほど。

大熊

でも今後は、じいちゃんも採用予定です。今働いてくれているばあちゃんたちは、在庫管理など数字が苦手な人が多くて。だから、数字が得意なじいちゃんに任せようと思っています。

それと、2025年から福岡市内に「ジーバー喫茶」をオープン予定です。ここでは、ばあちゃんだけではなく、じいちゃんにも委託で働いてもらうつもりでいます。

それは楽しみですね。

高齢者の活躍には、徹底した分業と短時間労働が鍵

一般企業の場合、高齢者を雇用して一緒に気持ちよく働くために、どんな考え方が必要でしょうか?

大熊

一般企業の高齢者雇用には大きく2種類あります。

一つは、社員として働いてきた人が再雇用や嘱託になるケース。近年では、待遇を変えずにそのまま雇う大企業も出てきています。

もう一つは、うちのように新たに高齢者を雇い入れるケースです。このケースでは週5日、1日8時間労働という考えをまずは変える必要があります。短時間労働で、足りないシフトを人数でカバーする方が理にかなっています。高齢者はたくさんいますから。

シフト調整や採用、教育などのコストはかかっても、働ける人材がたくさんいるのはいいことですね。

大熊

今、僕は高齢者雇用に関するコンサルティングも行っています。ある薬局では若い薬剤師が足りないため、有資格者の高齢者を雇い入れるようになりました。

そこでは、調剤業務とは分業した相談窓口業務を作り出し、任せています。患者さんも高齢者が多いので、有資格者に体の変化や悩みを相談したいというニーズがある。

分業の仕方次第で、若い人材の不足を補えるんですね!

大熊

この構造は、障がい者や引きこもりの方々も同様です。今、引きこもりも数百万人いると言われていて、このままだと現役世代が保護することになります。

であれば、働ける仕組みを作って短時間でも働いてもらった方がいい。

「今は共働きが主流なので、子どもの見守りなど、高齢者に頼りたいことはたくさんあるはず」と語る大熊さん。

確かに。それに、高齢者が増えるということは、今後高齢者向けの商品を作る企業も増えるはずですよね。

大熊

そういう意味でも、高齢者と一緒にできることはかなりあると思います。実際、僕たちの会社にも「高齢者のインサイトを探らせてほしい」と相談が来ますから。

高齢者の意見を聞かずに開発した商品がうまくいかなくて撤退した例もたくさんある。だから、高齢者向け商品の開発なども、高齢者自身に協力を仰ぐといいと思います。

世代によって大きな違いがあるとのことだったので、商品開発にもその視点は必要ですね。

大熊

世代や性別で全然違います。

これは仕事も同じです。誰に何ができるかを見極めて分業すれば、高齢者の生産性は決して低くない。うちのばあちゃんたちも、食品づくりを任せれば僕よりもよほど生産性は高いですから。

(提供写真/撮影=大塚 淑子)

本当に多様な社会は、さまざまな選択肢があってこそ

1つの組織で多世代がお互い気持ちよく働くには、何が大事だと思いますか?

大熊

役割分担を明確にすることでしょうか。うきはの宝の場合、値決めや売り方の決定権は僕にあるというのを明確に伝えていて。

ばあちゃんたちもその役割分担を理解して尊重してくれるし、僕もばあちゃんたちの知識や経験をリスペクトしています。

(提供写真)

お互いのいいところを認め合いながら、適材適所を徹底するのが大事なんですね。

大熊

そうですね。

これは個人的な意見ですが、国が高齢者の雇用制度を考えていくべきだと考えています。僕は、高齢者の時給は600円くらいでもいいと思っていて。

どうしてですか?

大熊

最低時給に捉われることで、まだ働けるのに活躍の場がない人材がたくさんいるからです。

なんなら、最低時給との差額は国が保障すればいい。働くようになれば、健康を維持できる高齢者も増えるはず。そうすると、今かかっている医療費や介護費を雇用に回すことも可能になるのではないでしょうか。

確かに新しい雇用制度ですね。

大熊

業務委託として仕事を頼む方法もありますよね。そんな新たな働き方ができる枠組みづくりも必要だと思います。

今は、高齢者に委託する話はあまり聞きませんね。

大熊

それは、これまで75歳以上の高齢者は働かないという概念があったからですよね。

もちろん高齢者でも時給1,000円以上の働きができる人は、そんな仕事を探せばいい。問題なのは、今は多様性がないことです。本当の多様性とは、選択肢があること。

これは雇用だけの問題ではありません。日本にはもっと多様な選択肢があっていい。そうすれば、活躍できる人はきっとたくさんいるはずですから。

2024年9月取材

取材・執筆=神代裕子
撮影=西澤真喜子
編集=鬼頭佳代/ノオト